林野庁高知営林署事件 最高二小判決(平成2年4月20日)

(分類)

 安全衛生

(概要)

 チェンソー使用による営林署員の振動障害発生につき、国に安全配慮義務違反はないとされた事例。  棄却

 昭和40年に右予見可能性が生じたことを前提に、林野庁の行った施策等についてみるに、これら林野庁の行った一連の施策等を通じてみれば(同40年前の施策等も同年以降の施策等の基礎になっているものとして考慮し得る。)、同40年前のものからはもとより同年以降における医学的知見及び各種の調査研究の結果からも、必ずしも振動障害発症の回避のための的確な実施可能の具体的施策を策定しうる得る状況にあったとはいえない時期においては、林野庁としては振動障害発症の結果を回避するための相当な措置を講じてきたものということができ、これ以上の措置をとることを求めることは難きを強いるものというべきであるから、振動障害発症の結果回避義務の点において被上告人に安全配慮義務違反があるとはいえないというべきである。〔中略〕

 これを本件についてみれば、新しい形態の機械器具であるチエンソー等を導入したことは、当時の情勢からみて何らの落度もなく、むしろ作業員の肉体的負担の大幅な軽減のため必要であり、有用であったのであって、前示のようにチエンソー等の使用による振動障害発症の予見可能性が生じた昭和40年当時、チエンソー等は既に本格的に導入されていたのであるから、この段階においてその使用を中止するとすれば、林野庁の全国の職域に混乱を招き、林野行政に深刻な影響を与えることは明らかであり、他方、伐木造材等の作業員にとっても、林野庁にとっても、その使用によって現に肉体的負担の大幅な軽減、作業能率の飛躍的向上等の大きな利益がもたらされていたことを考えれば、チエンソー等は伐木造材、造林事業を円滑に遂行するための必要不可決な機械としてその使用がしだいに定着したものと認められるのであって、このような見地からすれば、被上告人に振動障害を回避するためチエンソー等の使用自体を中止するまでの義務はないものといわざるを得ない。そこで、チエンソー等の継続使用を前提として結果回避のための注意義務を検討すると、その注意義務は、チエンソー等は新たに採用された新しい形態の機械器具であり、国の内外の専門家の間でも被害発生の点につき十分な研究がなされていなかったなどの諸事情を勘案すれば、前述したところから明らかなように、社会通念上相当と認められる措置を講ずれば足りると考えられるのであり、この点については前述したとおり振動障害の発生を防止するため各種の措置が講じられてきたのである。チエンソー等の継続使用による振動障害の発生という事態はわが国においては過去に例がないため、その対策を検討するには原因究明のための科学的、医学的な調査研究が必要であり、その対策を樹立し、実施するには、右調査研究と相まって、作業体制、作業員の待遇その他の勤務環境、条件の整備、機械の改良等の各種の検討、試行を繰り返しながらある程度の期間をかけざるを得ないのであって、前記の措置が遅きに失しあるいは不十分であるとはいえない。例えば、チエンソー等の使用時間を1日2時間に短縮する 措置は、昭和44年に至ってはじめて実施されており、振動障害の発症を予見し得た時期から約4年を経過しているが、チエンソー等の使用時間と身体への影響の関係については当時科学的、医学的に解明がなされておらず、そのため林野庁はその調査研究等を各研究機関に委託していたものであり、使用時間の規制の基準及び規制のための所要措置についても、それらの調査研究の結果や多くの経験例を積み重ねるなどそれなりの資料の収集と根拠なくして安易に実施されるべきものでないことはいうまでもなく、更に、使用時間の規制が直接生産高に影響し、使用時間を短縮された作業員の賃金の低下を補償するための予算的措置を講じなければならないなど背後に複雑困難な諸事情があることをも併せ考えれば、右程度の期間の経過もやむをえなかったものというべきである。上告人らは、被上告人の義務違反として時間短縮措置の遅れをいうが、被害防止のためには時間短縮と並んで機械の改良が大きな要素をなしており、この点については、林野庁は昭和40年から直ちに改良の研究にとりかかり、これを逐次実施に移していったことは、前示のとおりである。  なお、チエンソー等の使用時間短縮が実施された昭和44年以降振動障害の認定者数が減少しているが、それは、機械の改良、各種の調査研究を参考にした諸施策、健康診断の実施、職種換えや使用時間短縮等の措置が総合的に作用してその効果を発揮したものといえるのであって、減少の原因をチエンソー等の使用時間の短縮のみに求め、短縮に至る経過期間の長さのみを取り上げて、振動障害回避の注意義務違反とすることはできない。  林野庁は、全国的に配置されたチエンソー等を使用する多数の作業員の健康問題、その中にあって振動障害を訴える作業員の健康回復のための具体的措置、更にはそれらの作業員の給与待遇問題などに考慮を巡らし、他方において林野行政の適正円滑な遂行に配慮するなど、総合的な観点からその対応策を順次実現に移していったものであって、このような観点から事実関係の経過をみれば、林野庁としてはその置かれた諸条件のもとにおいて、結果回避のための努力を尽くしていたと認められるのである。したがって、被上告人において安全配慮義務に違反するところはなく、債務不履行による損害賠償責任はこれを否定せざるをえないのである。

(関係法令)

 労働基準法2章

(判例集・解説)

 訟務月報37巻3号443頁  労働判例561号6頁  労経速報1391号3頁
 法律新聞969号6頁  ジュリスト臨時増刊980 206~208頁  季刊労働法157号192~193頁
 労働法律旬報1244号20~25頁  民事研修419号39~50頁
 法律のひろば43巻9号62~69頁  経営法曹94号11~15頁

 

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