大室木工所事件 浦和地裁熊谷支部決定(昭和37年4月23日)

(分類)

 懲戒解雇  退職金

(概要)

 争議行為中の暴行を理由として有罪判決のあることを停止条件として懲戒解雇する旨通告をうけた者が右条件の成否未定の間に一方的に退職を申し出、退職金を請求したのに対し使用者が拒否したため仮処分を申請した事例。

 当時施行されていた就業規則(昭和36年3月13日施行、以下新就業規則という)第10条第1号には従業員は退職を願い出て会社が承認したとき従業員たる身分を失う旨の、また同規則第11条第2号には退職願を提出したものは会社の承認があるまで従前の業務に服さなければならない旨の各規定があることの各事実を一応認めることができる。右就業規則の規定は、これを通読するときは従業員の退職の成立を使用者の承認にかからしめたものと解する外はなく、民法第627条第1項の期間の定めのない雇傭当事者が何時にても雇傭契約を解約することができるとする規定を排除する趣旨の規定であるところ、元来就業規則はその施行される事業場に働く従業員の各個の労働契約の内容となるものであるから、本件においては右就業規則の定めにより、申請人等の労働契約において民法の右規定を排除する特約がなされたものと認められる。ところで、このような特約の効力について考察するに、民法第627条第1項の規定が強行規定であるか否かは説の分れるところであるが、雇傭の当事者が継続的契約関係における契約自由の原則の一面たる解約の自由を自己の意思によって制限することはそれが他の強行法規に反するとか或は公序良俗に反するとかの特段の事由に渉らない限り許容されるものと解される。

 民法第627条第1項の規定を排除する特約はこれを無制限に許容すべきではなく、労働者の解約の自由を不当に制限しない限度においてその効力を認むべきものと解するのが相当である。換言すれば、労働者の退職が使用者の承認を要件として効力を生ずるとの特約がある場合においても、使用者の承認を全くの自由裁量に委すものとするときは労働基準法の前記法意に抵触するわけであり、かかる趣旨においてはその特約は無効というべきであるが、使用者において労働者の退職申し出を承認しない合理的な理由がある場合の外はその承認を拒否し得ない趣旨と解するならば、その特約は必ずしも労働基準法の法意に反せずその効力を認めて差し仕えないと解される。これを本件についてみるならば、申請人等の労働契約における前述の特約は、相手方において申請人等の退職申し出を承認しない合理的な理由がある場合の外は相手方はその承認を拒否し得ないという限度において右特約の効力を認むべきものと解するのが相当である。

 将来右刑事被告事件の裁判の帰すうに従い或は申請人等の非行が明白となるにおいては、新就業規則制定後においても旧就業規則の懲戒規定によつて生じた既得の懲戒権に基づき申請人等に対する懲戒解雇をなし得る場合もあるものと解されるので当時懲戒解雇の現実の可能性が存在していたものと認めることができる。しかして疏明によれば、当時の新就業規則の別表退職金支給規定第7条第1号によると懲戒解雇された者に対しては退職金を支給しない旨の規定があり相手方が申請人等を懲戒解雇すれば退職金を支給しないに拘らず、懲戒解雇の現実の可能性が存在しても退職を承認しなければならないとすれば申請人等に対して退職金を支給しなければならない事情にあつたことが一応認められる。右事実よりすればこれ等の事由は相手方が申請人等の退職を承認しない合理的な理由となり得るものと判断される。

(関係法令)

 民法627条1項  労働基準法11条

(判例集・解説)

 労働民例集13巻2号505頁

 

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