昭和自動車事件 福岡高裁判決(昭和53年8月9日)

(分類)

 退職  懲戒解雇

(概要)

 運転管理業務に関して社長に不平不満を表した嘆願書を送ったことが懲戒解雇事由になると指摘され、任意退職扱いにしてやるから退職願いを出せという上司の言葉に従い退職願いを提出したバス運転手が、退職願いの提出の翌々日、退職願いの撤回の意思表示をし、雇用関係存続を否認する会社に対し従業員たる地位の確認を求めた事例。 (一審 請求認容、二審 控訴棄却、請求認容)

 ところで、控訴人の就業規則24条は、「従業員が次の各号のいずれかに該当するときは退職とする。」旨規定し、その1号として「退職を願い出て会社が承認したとき、または退職願提出後14日を経過したとき」として従業員による退職願による退職を定めている。そして一般に被用者のなす退職願は、使用者との間の雇傭契約を合意解約したい旨の使用者に対する申込みの意思表示と解することができ、それに基く合意解約の効力は、右申込みに対する使用者の承認がなされ、かつ、それが被用者に到達したときに発生するものと解される。したがって、右申込みはそれ自体で独立に法的意義を有する行為でないから相手方たる使用者において申込者たる被用者に対し承認の意思表示をなすことによって右合意解約の効果が発生するまでは、それが信義に反すると認められるような特段の事情がない限り自由にこれを撤回することができると解するのが相当である。  前記認定事実によれば、被控訴人は、A所長の言動から退職願書を提出しなければ、当然懲戒解雇処分に付されるものと思い違いをして、昭和50年4月9日本件退職願をしたが、その翌々日の11日には弁護士と相談の上、本件退職願を撒回する旨の意思表示を、控訴人に対してしているものであり、他方、控訴人においては、被控訴人が退職願を提出した同月9日から翌々日の11日にかけて持廻りで重役会にはかり、本件退職願を承認する旨の決裁をしたものの、右決裁に基く、本件退職願承認の控訴人の意思表示は、被控訴人が前記のように、本件退職願の撤回を控訴人に申出るまでに、被控訴人に対し何ら表示されていなかったことが明らかである。  もっとも、控訴人は、前記就業規則24条1号前段により、本件退職願を内部的に承認した時点でその効力が発生した旨主張するが、右内部的承認は、それが従業員に対して表示(到達)されない限り、あくまで内部的意思決定に止まり、退職願による退職(雇傭契約の合意解約)の効果を発生させるものではないから、それが被控訴人を拘束するいわれはないというべきであり、右就業規則24条1号前段にいう「承認したとき」とあるのは、同承認が退職願をなした者に表示(到達)されたときをいうと解すべきであるから、控訴人の右主張は採用しない。  

 以上検討したところからすると、被控訴人が昭和50年4月9日になした本件退職願は、控訴人の承認の表示が被控訴人に到達する以前の同月11日被控訴人によって撤回されたものであること明らかであるところ、被控訴人の右撤回が信義に反すると認められる特段の事情があったとの点について主張および立証のない本件においては、本件退職願は有効に撤回されたというべきである。そうすると、本件退職願による雇傭契約の合意解約の成立は、その余地のないものといわなければならない。

(関係法令)

 労働基準法2章,89条1項3号

(判例集・解説)

 時報919号101頁  タイムズ377号133頁  労働判例318号61頁
 ジュリスト697号144頁

 

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