全国信用不動産事件 東京地裁判決(平成14年3月29日)

(分類)

 不利益変更

(概要)

 信用金庫Yの従業員であったXが、Yに在籍中、満55歳に到達した平成9年1月の翌月以降、平成5年に変更された就業規則に基づいて給与等が低減されたが、この就業規則の変更は無効であるとしてYに対し、本来得られるべきであった給与等と実際に受領した給与等の差額支払を請求したケースで、本件就業規則の変更は55歳到達者に対する就業規則の一方的な不利益変更であるということができるとしたうえで、

〔1〕本件就業規則変更後の特別積立金が増額され、変更時点では少なくともYが倒産の危機に瀕しているという状況になかったこと等から本件就業規則の変更の時点において変更の高度の必要性は認めることができない、

〔2〕本件における定年延長が代償措置には当たらない(Y側は昭和58年に労働基準監督署に就業規則を届出して導入された60歳定年制(定年延長)の導入と本件就業規則の変更(55歳以上の給与低減措置)は一体的であると主張していたが、60歳定年制は、昭和58年の就業規則の届出以前にすでに就業規則が従業員に配布されていたこと等から昭和50年頃に導入されていたと推認するのが相当であり、この事実を前提とする以上は平成5年の本件就業規則の変更と定年延長措置との間に代償関係を認めることは困難である)、

〔3〕変更に関する説明会の実施も、これによりそれを聞いた当時の従業員が55歳到達者の給与が減額になるなどといった認識をするに至らず、そもそも同説明会が従業員に不利益を受忍させるに資する意味での労使間の利益調整を図る目的にあったということはできない、

〔4〕本件においては、定年延長と55歳以降の給与の低減措置が一体となってとられたこと自体が認められず、信用金庫業界でそのような措置がとられていたという一般的状況を考慮することは相当ではない、

として、月例給与部分に関する本件就業規則は合理性はなく無効であるとして月例給与の差額分については請求が認容されたが、賞与の差額分については、就業規則の規定は就業規則変更の前後を通じて変更されておらず、少なくとも従業員によって賞与支給額を異にすることが許されない定めとはなっていないなどとして請求が棄却された。

 一般に、就業規則の作成及び変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解されるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないというべきである。ここでいう当該条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、給与、退職金という労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。  本件においても、本件就業規則等変更が、月例給与の減少という不利益を原告に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができるかどうかを検討する必要がある。そして、この合理性の判断要素として本件においてあらわれている事情としては、本件就業規則等変更による不利益性の程度のほか、被告の経営状態等、代償措置の有無、従業員の側との交渉の経緯、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等が挙げられる。〔中略〕本件就業規則等変更においては、労働者の給与を低減するという措置が講じられ、そのような変更に当たっては高度の必要性を要することは、上記アのとおりであること、経営状況改善のための他の執り得る措置がなく、又は、これがあるとしてもその実施が困難であることについて、これを認めるに足りる証拠はない(主張もない。)こと、上記のとおり本件就業規則等変更後特別積立金が順調に増額されていて、本件就業規則等変更の時点において、少なくとも、被告が倒産の危機に瀕しているという状況にはなかったこと、しかも、上記(1)記載のとおり、本件においては、減額の程度は相当大きいこと(従前の月例給与額に比して約68パーセントに当たること)に照らせば、結局のところ、本件就業規則等変更の時点において、そのような高度の必要性までは、これを認めることは困難であるというほかはない。〔中略〕被告の就業規則(具体的には給与規程)上は、「賞与金の額は、収益状況を勘案のうえ、社員の勤務成績に応じて算定する。」とのみ定められていて(給与規程41条。なお、証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば、この規定が本件就業規則等変更の前後を通じ変更されていないことが認められる。このように、原告の賞与の減額が就業規則の不利益変更の問題ではないことは明らかである。)、少なくとも建前上は従業員によって賞与支給額を異にすることが許されない定めとはなっていない(すなわち、労働者が使用者に対し、就業規則上の定めに従って具体的な賞与金を請求できるような定めとはなっていない。)ことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。他に、55歳到達者にも55歳未満の従業員と同じ支給率で賞与が支給されることとなっていたことを認めるに足りる証拠はない。〔中略〕
 以上からすれば、原告について55歳未満の従業員と異なる扱いをすることが直ちに不当であるとはいえない。しかも、上記1(7)及び3(2)イ記載の事実によれば、平成5年以降被告は人件費削減を図るべき状況にあり、かつ、その削減対象として55歳到達者の賞与を選定したことが不相当であるということはできないことが認められる。仮に原告が過去被告に対して貢献したとの事実があったとしても、これを左右しないというほかはない。  なお、平成9年夏期賞与と同年年末賞与については、人事考課査定による減額部分があるが(第2の1(3)ウ)、この人事考課査定が不当であることを認めるに足りる証拠はない。  以上からすれば、本訴請求中、賞与(臨給)の差額分を請求する部分は理由がない。

(関係法令)

 労働基準法11条 3章 89条2号 93条  

(判例集・解説)

 労働判例827号51頁  労経速報1816号3頁  季刊労働者の権利245号71~75頁

 

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