異動等

○人事異動

 従業員を採用した後、会社が業務上の理由から就業場所や従事する業務を変更することは、会社と労働者との間で就業場所等について変更することはない等の特別な合意がない限り可能です。

 業務上の必要性は以下に揚げることが該当します。
 (1)組織の変更、部門の新設、廃止、又は拡張、縮小、その他これに準ずる事由がある場合
 (2)役職を任命、解任したとき
 (3)職制上の昇格、降格又は罷免の場合
 (4)従業員の適正に合う職に認めれる職に移すとき
 (5)社員自らが配置換えを希望し会社が妥当だと認めた場合
 (6)人員の過剰や不足が生じた場合
 (7)人事異動・交流により、人間関係の良好な維持を図る場合
 (8)休職が復職者が復帰した場合、以前の職場に復帰する事ができないとき
 (9)他社への出向・派遣・転籍を命じた場合
 (10)その他、業務上の必要がある場合

 しかし、労働者の意に沿わない就業場所等の変更を命じた場合、トラブルが生じ得ますので、就業規則に明記しておくことが望ましいと言えます。

 会社の配転命令が有効とされるには、次の要件を満たす必要があります。

(1) 労働契約上、配転命令権の根拠があり、その範囲内で配転命令が出されること
 労働契約において職種や勤務地が限定されている場合には、その限定された職種・勤務地の範囲が、配置転換命令の範囲になります。

(2) 当該配転命令が法令等の強行法規に反しないこと
 配転命令が不当労働行為にあたるもの(労働組合法第7条)や当該従業員の思想・信条を理由とするもの(労働基準法第3条)は、法令違反となり、当該配転命令は無効となります。
 また、労働協約や就業規則の条項に違反してなされた配転命令も、一般に、無効になります。

(3) 当該配転命令が権利濫用にあたらないこと

 次の基準に従って、当該配転命令の有効性が判断されることになります(東亜ペイント事件 最高裁 昭61.7.14
 ・当該人員配置の変更を行う業務上の必要性の有無
 ・人員選択の合理性 ・配転命令が他の不当な動機
 ・目的(嫌がらせによる退職強要など)をもってなされているか否か
 ・当該配転命令が、従業員に通常に甘受すべき程度を著しく超えるような不利益を与えるものか否か
 ・その他上記要素に準じるような特段の事情の有無(配転をめぐる経緯、配転の手続など)

 人事異動は、多くの会社で実施していると思いますが、これもトラブルが多い項目の一つです。まず、人事異動の命令に対し、従業員は「正当な理由がない限り、これを拒むことができない」 旨を必ず規定します。この文言がないと、従業員が人事異動を拒否した場合にトラブルになりかねません。

 また、異動の種類についても詳しく規定しておきます。これにより、採用時に会社にどんな人事異動があるのかが分かるため、従業員も自分に今後どんな人事異動があり得るのかが明確になります。

就業規則規定例  

第○条 (人事異動)
 ・・・
2 前項の人事異動の定義は次のとおりとする。
(1)配置転換
 従事業務を変更し従来とは別の業務に従事すること。

(2)転勤
 従来の勤務場所を変更し従来とは別の場所で勤務すること

(3)派遣
 勤務場所変更して勤務するものであるが、その場所が他社の事業所内に設けられておりそれが独立の労基法の適用範囲にまで至っていない作業所等の場合。

(4)出向
 社に在籍したまま、グループ企業、子会社、関連他社へ赴き他社の従業員としてその指揮監督に従い他者へ労務を提供するもの。
① 従業員は限定勤務・場所特約等の正当な理由がない限り、これに従わなければならない。
② 出向を命じる場合、その事由、任務、出向予定期間、出向中の労働条件、賃金の取り扱い、その他の必要事項について、2週間前に本人に通知する。
③ 出向期間については、本人に通知する。

(5)転籍
 退職し、新たに他社との雇用契約を締結し、他社の従業員となるもの。
① 会社は業務上必要がある場合、従業員を関連会社等の他社へ転籍を命じることがある。この場合、本人の同意を得て行うこととする。
② 従業員を転籍させる場合、退職金規定に基づき退職金を支給するものとする。

 就業規則に定めが無くても、会社は、自由に転勤命令を出す権利がありますが、就業規則に定めがあれば、入社の際に既に包括的な転勤への同意があることになり、トラブルが生じた時に安心です。実務上は本人の同意を得て、新たな労働条件による労働契約を締結することが重要です。

 転勤を含めて配置転換の場合には、同一企業内の部署の異動ですから、一般に、就業規則に雇入れ時に契約した「就業の場所」を変更することがある旨の定めがあれば、業務命令として発令することができるものと解されています。

 職種や勤務地を限定した雇用契約の場合は、本人の同意なしで変更することはできないとの裁判例があります。この場合は、契約している「職種・勤務地」の範囲内でのみ配転を命じることができ、全国転勤を命じることはできません。しかし、会社の業務上どうしても必要な場合もありますので、職種や勤務地を限定している雇用契約でも配置転換がある旨を記載する必要があります。

就業規則規定例

第○条(異 動)
 会社は、業務上必要がある場合、配置転換、転勤、または従事する内容の変更、もしくは関連会社等への出向または転籍を命ずることがある。ただし、従業員のうち、採用時に勤務場所や業務等について特別な労働契約をした場合は、その範囲に限るものとする。

2 前項の命令を受けた従業員は正当な理由がない限り、これを拒む事が出来ない。ただし、転籍に関しては、当該従業員の同意を改めて得て行う。

3 会社は、異動を行うにあたり、本人に対して原則として4週間前までに部署、職務役職時期等を通知し、それに関する意向を聴取し、健康状態及び家庭の事情などを十分に考慮してから行なう。なお、当該異動で労働条件の変更により契約内容の変更を伴う場合には、従業員の同意を得て行なうものとする。

4 会社は、異動を命じる場合において、子の養育又は家族の介護を行うことが困難となる従業員がいるときは、当該従業員の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならず、また、不利益が少なくなるよう努めるものとする。

 使用者が、業務上の必要から労働者に配置転換や転勤を命じることは、特約のない限り許されます(三菱オーシャン事件 ほか)。

 業務上の必要性、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益があるか、目的の正当性はあるかを考慮して判断されますが、会社の転勤基準も明確にしながら「異動命令拒否禁止」を記載することにします。

転勤拒否が認められる場合とは
 ・業務上の必要が無いのに、私的な理由で転勤を命じた場合
 ・賃金などの労働条件が著しく低下する場合
 ・職種・勤務場所について合理的な予想範囲を超える場合
 ・技術・技能等の著しい低下になるもの
 ・私生活に著しい不利益を生ずるもの(※労働者に不利な傾向です)

 「異動命令拒否禁止」
 転勤に対するトラブルであり、業務上の必要性、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益があるか、目的の正当性はあるかを考慮して判断されますが、会社の転勤基準も明確にしながら「異動命令拒否禁止」を記載することにします。

育児・介護を行う社員への配慮
 育児・介護を行う社員について、異動を命じる場合、これを配慮して行うものとする。

 転勤により、2時間前後の通勤時間になったことにより転勤を拒否した事が認められなかった例があり、労働者は、よほどの事がない限り命令を受け入れる傾向にあります。 

 転勤や配置転換は、会社内の人事異動です。したがって、従業員の同意は原則不要で、会社に裁量権があるとされています。しかし、地域を限定して採用した従業員をその地域を越えて転勤させる場合や、職種を限定して採用した者の職種を変更する場合には、同意が必要となります。

 育児・介護を行う社員への配慮 育児・介護を行う社員について、異動を命じる場合、これを配慮して行うべきです。

 

出向に関して

 出向命令は、就業規則に出向応諾義務が規定されており、これを提示することで包括的同意を得たとされます。(古川電工事件 東京地 昭52.12.21)

 しかし、これはグループ企業やあらかじめ予想され得る出向先の場合に限られます。

《同意について》

 配置転換・転勤・・・従業員の同意は不要

 出向・・・・・・・・原則として従業員の同意が必要

 転籍・・・・・・・・従業員の同意が必要

(注)『会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律』による転籍は、労働者本人の承諾がなくても可能な場合があります。

 「就業規則には、会社は従業員に対し業務上の必要により社外勤務をさせることがあるという規定があり、労働協約では社外勤務条項として同様の規定があるとともに出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていた。このような場合は、従業員の個別的同意なしに,本件出向命令を発令できる。(新日本製鐵(日鐵運輸)事件:最高裁平成15年4月18日)」

 転籍は、従業員としての身分を失い、新しい会社と新たな労働契約を締結することになります。このため、従業員に重大な影響を及ぼすため、個別的同意を得る必要があります。  以下の判例があります。

 「本件就業規則の変更は、従業員との労働契約関係を終了し、新たに労働契約関係を設定する転籍出向を内容とするものである。従って、従業員の労働条件等に重大な影響を及ぼすものである。変更された就業規則での業務命令として従業員に転籍出向を命じるためには、不利益を受ける可能性のある従業員の転籍出向について個々の同意が必要である(三和機材事件:東京地裁.平成7年12月25日)」。

 出向は、出向目的や必要性等が変わるごとに出向先もその都度変わる等の理由から、これを細かく規定することは困難であり、包括的規定にとどめます。すなわち、就業規則本体に出向応諾義務のみ定め、別規程として出向規程を設け、出向における労働条件を定めることが望ましいでしょう。

 条項としては、少なくとも以下の項目が必要となります。
 (1) 出向先の範囲
 (2) 出向の際の手続き
 (3) 出向期間
 (4) 出向中の労働時間
 (5) 復帰の際の手続き
 (6) 復帰後の労働条件

就業規則規定例

第○条 (出向命令等)
 会社が在籍出向を命じようとする場合において、次に掲げる事項を事前に明示したときは、改めて本人の同意を求めずにこれを命ずることができ、従業員は、正当な理由がない限りこれを拒むことができない。
 (1) 出向の事由
 (2) 出向における具体的手続
 (3) 出向先
 (4) 出向期間
 (5) 出向先における労働条件と労働条件が低下した場合の配慮
 (6) 関係会社以外の会社への出向の場合は、出向先の労働条件その他会社が必要と認める事項

 

〇業務引継ぎ

 異動を命じられた社員は、指示された期間内に業務の引継ぎその他必要な指示を後任者に対して速やかに行い完了させることを規定します。  

 人事異動があった場合、意外におざなりにされるのが「引き継ぎ業務」です。自分の意に反した人事異動が出て、投げやりになり、引き継ぎをきちんと行わない、昇進異動が決まって今の業務の引き継ぎに手につかないということも実際にはあります。 しかし、引き継ぎまで含めて「業務」です。 他のメンバーやお客様にも迷惑がかかります。

 就業規則の中に、きちんと引き継ぎを行うことも併せて記載しておきましょう。

就業規則規定例

第○条(業務引継ぎ)
 異動を命じられた従業員は、会社が指示した期間内に業務の引継ぎその他必要な指示を後任者に対して速やかに行い、完了させなくてはならない。

2 前項の引継ぎを完了しない者及び十分な引継ぎを行わない者は、懲戒処分を科すことがある。

 異動を命じられた社員は、指定された日までに赴任等新しい職場・職務に着任しなければならないことを規定します。
 指定された日を、『命じた日から10日以内』など具体的に定めても良いでしょう。 

 異動に伴う業務の引継ぎについて、いつまでに引継ぎを完了させるのか、また、不完全な引継ぎを行った場合の対応についても規定しておけば、スムーズに人事異動が行えるでしょう。

 会社によっては、出向や海外転勤があるところもあると思いますが、その場合には、別規程でより詳しく定めたほうが良いでしょう。

 

労働相談・人事制度は 伊﨑社会保険労務士 にお任せください。  労働相談はこちらへ

人事制度・労務管理はこちらへ