三陽物産事件 東京地方裁判所(平成6年6月16日)

(分類)

 不利益変更  賃金

(概要)

1.
(1) 会社が従業員をどのような職務に任用し、いかなる賃金査定を行うかは、会社の業務運営上の必要性の観点から決せられるべき問題であり、基本的には会社の裁量権に委ねられるべきものであって、とりわけ私企業においては、営業の自由及び契約自由の原則が働くことを考慮すれば、右裁量の余地は、国・地方公共団体における任用の場合と比較してより大きいということができる。

(2) 憲法14条、19条、21条の規定は、専ら国又は地方公共団体と個人との関係を規律するものであって、私人間の関係を直接規律するものではないから、私人間において思想信条に基づく差別行為又は思想の自由を侵害する行為がなされたとしても、直ちに右各条項を適用又は類推適用することはできない。

(3) 労働基準法3条が、信条等を理由とする差別的取扱いを禁止していることに加えて、会社・労働組合間で締結された労働協約にも政治的信条等を理由として差別待遇をしない旨定められている以上、会社が従業員の思想信条による差別的取扱いをしてはならないということは、労働基準法により公序を形成しているばかりでなく、労働協約上の義務ともなっているといえる。

(4) 会社が、共産党員又はその支持者である従業員に対し、その思想信条を主たる理由として差別意思の下に不利益な賃金査定を行ったこと、及び転向強要、不当配転等の思想信条の自由を侵す人権侵害行為を行ったことは、民法90条に違反するものとして違法性を帯び、不法行為を構成するものというべきである。

2.会社が、共産党員またはその支持者である従業員に対し、その思想信条を主たる理由として差別意思の下に不利益な賃金査定を行った事案につき、会社が右従業員らに対して差別査定を行っていた事実は認められるものの、右従業員らが同期同学歴者中の平均的能力を有する従業員と同等の勤務成績を有していたと認められない以上、勤務成績による部分と差別査定による部分が特定できないとして、平均賃金との差額相当の損害賠償の請求が認められなかった事例。

3.会社が、共産党員またはその支持者である従業員に対し、その思想信条を主たる理由として差別意思の下に不利益な賃金査定を行い、転向強要、不当配転等の思想信条の自由を侵す人権侵害行為を行った事案につき、右従業員らは重大な精神的苦痛を被ったとして、各自240万円の慰謝料が認められた事例。

4.会社が、共産党員またはその支持者である従業員に対し、その思想信条を主たる理由として差別意思の下に不利益な賃金査定を行い、転向強要、不当配転等の思想信条の自由を侵す人権侵害行為を行った事案につき、右従業員らの名誉毀損については、慰謝料の支払いをもって填補され得るものというべきであり、それ以上に謝罪文の掲示等の必要性は認められないとされた事例。

5.会社が、共産党員またはその支持者である従業員に対し行ってきた、思想信条を主たる理由とする賃金差別行為、転向強要、不当配転等の人権侵害行為は、会社による個々の行為であって、差別を受けた従業員の精神的苦痛もその都度新たに発生するというべきであるから、右従業員らが損害および個々の行為を行われたことを知ったときから消滅時効が進行を始めると解するのが相当である。

6.
(1) 会社が、共産党員またはその支持者である従業員に対し、その思想信条を主たる理由として差別意思の下に不利益な賃金査定を行い、転向強要、不当配転等の思想信条の自由を侵す人権侵害行為を行ったとしても、民法709条は、故意による不法行為と過失による不法行為とに差異を設けていない以上、故意によることを理由に、消滅時効の援用が権利濫用に当たるとすることはできない。

(2) 会社が従業員に比して優位な立場にあることは、本件に限って認められる事情とはいえない上に、他にも企業を被告とする不法行為について消滅時効が認められた事例も少なからずあることは顕著な事実であるから、右事実をもって権利濫用を基礎づける事実であると認めることは難しい。

(3) 差別を受けた従業員が会社に対して問いただしまたは苦情申立てを行ってきたとしても、これらはいずれも裁判外の請求に当たるものであり、民法が証拠収集の困難を時効中断事由としていないことからすれば、これをもって時効援用権の濫用を基礎付ける事実とは認め難い。

 7.被告会社が、原告らに対し、その思想信条を主たる理由として差別意思の下に不利益な賃金査定を行ったこと、及び思想信条の自由を侵す人権侵害行為を行ったことは、民法90条に違反するものとして違法性を帯び、不法行為を構成する。

8.
(1) 日本共産党員又はその支持者らが、その思想、信条を理由とする賃金査定上の差別を受け、同期同学歴入社の従業員らの平均賃金額との差額相当額の損害を受けたとする損害賠償請求につき、会社が賃金査定において主としてその思想、信条を問題視し、実際の職務遂行能力及び業績よりも相当低く査定したことは認められるが、同人らの勤務成績が同期同学歴者中の平均的能力を有する従業員のそれと同等であったと認めることはできず、同人らが主張する賃金差額中には、差別行為に基づく部分と正当な査定に基づく部分とが混在し、どの部分が差別行為によって生じたものであるかを特定する主張立証が尽くされていないから、損害額を正確に算定することが不可能であるとして、該請求が認められないとされた事例。

(2) 一掲記の従業員らによる賃金査定上の差別を原因とする慰謝料請求及び謝罪広告請求が、それぞれ264万円の限度で認められた事例。

(判例集・解説)

 判例タイムズ846号111頁  判例時報1502号33頁  労働判例651号15頁  
 労働経済判例速報1532号3頁

 

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