第三者行為

1 第三者行為と健康保険

 交通事故のように、第三者の行為が原因でケガや病気になったときでも、健康保険で診療を受けることが出来ます。

 第三者行為が原因で健康保険を使う場合には、「第三者行為による傷病届」を 協会けんぽ 又は 健康保険組合 に提出しなければなりません。

届出に必要とされる添付書類は次の通りです

・交通事故証明書

・自賠責保険証明書(加害者の車)の写し

・示談が成立しているときは、その示談書の写し

・事故発生状況報告書

・念書(被害者用・加害者用)

・その他参考となる書類

 

 被害者が第三者から受けたケガ、病気について健康保険を使い治療を受けた場合には、協会けんぽ 又は 健康保険組合がその費用を第三者(加害者)に請求することができることになっています。

 損害賠償の対象となる保険給付の種類は、療養の給付(治療費等)、傷病手当金、埋葬料などがあります。

 保険給付と関係ないものや差額ベット代のようなものは対象外です。

 

(注意) 示談

 健康保険を使って治療を受け、その間に加害者から賠償金を受け取って示談が成立したような場合は、その後の治療については健康保険を使えなくなり、後の治療費などは全額被害者が自分で全額負担しなければならないことになります。

 

2 第三者行為と障害年金

 交通事故など第三者行為によりケガをして障害になった場合、原因が同一事由のため、損害賠償金と障害年金は併給調整されます。

 厚生年金保険法等の被保険者が交通事故等の第三者行為による事故に遭い、負傷し、傷病にかかった場合、被害を受けた被保険者は、加害者(第三者)に対し損害賠償の請求権が発生します。また、その事故等により保険給付(年金・手当金・一時金)の受給権も同時に発生する場合があります。この場合、被害を受けた被保険者は、同一事由により二重の生活保障を受けることになります。被害者の損害については本来、加害者である第三者が賠償すべきものであり、その事故が仮に起こっていないとしたら、その事故に因る障害年金の受給権も発生することはなく、年金を支払う必要も生じません。そこで、年金法ではこのような不合理を避けるための規定を設け受給権者(被害者)、保険者(日本年金機構及び第三者(加害者)間の調整を図っています。    (厚生年金保険法第40条 国民年金法第22条 船員保険法第25条)

 

損害賠償権の代位取得

 「政府は、事故が第三者の行為によって生じた場合において保険給付をしたときは、その給付の価格の限度で、受給権者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。」

 

保険給付の免責

 「受給権者が、当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価格の限度で保険給付をしないことができる。」

 

 実際の損害賠償と年金の調整では、国が損害賠償請求権の代位取得をして求償を行うことは、第三者(保険会社含む)からの報告義務も無いため、実務的に実際に行うことは困難なため、年金を一旦支給して、受給権者が損害賠償を受けた後に第2項による免責規定を適用しています。

 交通事故などの加害者(第三者)から自賠責保険等の損害賠償を受ける場合、障害年金は事故日(受給権発生日)の翌月から最長24月(2年間 船員保険の職務上年金は36月)の範囲内で支給停止が行われます。

 障害年金の場合には、障害認定日以後の支給となりますから、特例該当者を除き障害年金の支給が認められても実際には6月間の支給停止期間となります。

事後重症請求では24月は既に経過していることが考えられますから、実際にはこの調整は行われないことがほとんどです。 

 

 交通事故などが原因となって障害の状態となった場合、障害年金を請求する際の書類は通常の添付書類(受診状況等証明書・診断書・病歴・就労状況等申立書)に加えて、以下のような書類を求められます。

交通事故証明書

第三者行為事故状況届  確認書

自賠責保険等の保険金支払通知書など損害賠償金の受領が確認できる書類

賠償金の内訳の基礎となる領収書(治療費・雑損費など)

 

 「確認書」については、事故に係る年金保険給付を請求するにあたり、損害賠償金を受けたときや相手方との示談を行うときなどの確認事項が書かれており、それを了承する内容の書面となっています。

 単独事故であっても事故発生の状況等を詳細に申告しなければなりません。

 

 相手方あっての事故の場合、損害賠償金額が決まり、受け取りが完了するまで時間がかかることが多いかと思います。このような場合、仮に受け取りが済んでいなかったとしても、年金は支給開始され、事後に差引調整されることになります。

 

3 第三者行為と労災保険

 仕事中や通勤途中のケガ、病気などの原因が、第三者の行為(例えば、交通事故、建設物の落下などの突発的な事故、業務に関連して他人から暴行を受けた等)によっておきた場合の事故、災害のことを労災保険の制度上「第三者行為災害」と呼んでいます。

 仕事中や通勤途中におきた第三者行為災害の場合には、被災者又はその遺族は、第三者(加害者)に対して被害に対する損害賠償を請求する権利を得ると同時に、労災保険の保険者(政府)に対しても給付を請求する権利を得ることになります。

 第三者行為災害の場合は、その被害者(被災労働者)が加害者に対して不法行為責任又は債務不履行責任に基づく損害賠償請求権を取得出来ることにあります。

 つまり、同一の災害による傷病又は死亡に対して、その加害者と政府の両方から補償が二重補填されるケースが出てくる、ということです。 そこで、労災保険では、損害に対する二重補填を回避する為に、次に掲げる(1)(2)の支給調整規定が設けられています(これは健康保険も同様です)。

(1)第三者行為災害に対して、労災保険給付が民事的な損害賠償より先に支給された場合は、政府は、支給した保険給付額の限度で被災労働者(又はその遺族)が加害者に対して有する損害賠償請求権を代位取得(=加害者への求償権を取得)する。

(2)第三者行為災害に対して、民事的な損害賠償が労災保険給付より先に支払われた場合は、政府は、加害者から支払われた損害賠償額の限度で被災労働者(又はその遺族)に対する労災保険給付を控除(支給停止)出来る。

 上記の「民事的な損害賠償」には、交通事故に対する自賠責保険(又は任意保険)からの給付も含まれます。 第三者行為による物的損害や慰謝料は労災保険給付の対象外ですので、上記の支給調整(求償又は控除)規定の対象外です。 労災事故の原因となった加害行為がその加害者の勤務中に為されたものである場合、政府は、原則として民法第715条の使用者責任規定に基づき、その加害者を使用する事業主に対して求償権を行使します。

 損害賠償と労災保険給付のどちらを先に請求するかについては、被災者又はその遺族が自由に選ぶことができます。

 同一の事由(例えば、治療費や休業補償など)について両方から重複して給付を受けるということになれば、被災者又はその遺族は実際の損害額より多い支払いを受けるということになるため、労災保険法において労災保険給付と損害賠償との支給調整(「求償」又は「控除」という調整方法)を行うという規定が定められています。

 被災者と第三者の間で被災者が権利として持っているすべての損害賠償についての示談(いわゆる「全部示談」)が本当に(勘違いや脅迫によるものではなく、両当事者の本当の気持によるものであること)成立し、被災者が示談額以外の損害賠償の請求権を放棄した場合は、示談成立以後の労災保険の給付は行われないことになっています。

 

請求手続

 第三者行為災害の場合に労災保険から保険給付を受けようとする時は、通常の保険給付の請求手続きの他に「第三者行為災害届」の提出の必要があります。

 

支給調整の方法

 第三者行為災害がおきた時の損害賠償と労災保険給付の支給調整方法は、「求償」と「控除」という方法によって行われます。

求償

 労災保険からの保険給付が第三者の損害賠償より先に行われた場合に行われる方法です。政府は、保険給付をした価額の限度で被災者の第三者に対する損害賠償請求権を被災者の代わりに取得(代位取得)し、それを第三者(交通事故の場合は、自賠責保険会社など)に請求(求償)するという形で調整が行われます。

 次のような場合には、求償は行われません。

・同僚労働者の加害行為による災害の時

・同一作業場で作業をする使用者を異にする労働者の加害行為による災害の時

・下請人の加害行為による災害の時

 控除

 第三者からの損害賠償が先に行われた場合に行われる方法です。政府は、労災保険の給付額から損害賠償の額を差し引いて支給するという形で調整が行われます。

 

支給調整の対象となるもの

 支給調整の対象となる損害賠償は、労災保険給付と「同一の事由」のものに限られています。

労災保険給付

支給調整の対象となる損害賠償項目

療養(補償)給付

治療費

休業(補償)給付

休業により得ることができなくなった利益

傷病(補償)年金

障害(補償)給付

身体障害により得ることができなくなった利益

介護(補償)給付

介護費用

遺族(補償)給付

被災者の死亡により遺族が得ることができなくなった利益

葬祭料(葬祭給付)

葬祭費用

 支給調整の対象とならないもの

 次のものは、支給調整の対象となりません。

・特別支給金 特別支給金は、保険給付ではなく、社会復帰促進等事業として支給されるものですから、支給調整の対象とはなりません。 例えば、休業補償を先に自賠責保険に請求している場合でも、労災保険から支給される休業補償給付(平均賃金の60%)が支給調整されても、休業特別支給金(平均賃金の20%)は支給調整されずに満額支給されます。

 また、損害賠償額のうち、次のものは、労災保険の保険給付と同一の事由によるものではないため、支給調整の対象とはなりません。

・精神的苦痛に対する慰謝料 ・物的損害に対する損害賠償 ・見舞金 ・遺体捜索費、義肢、補聴器    など

 

支給調整される期間

 支給調整される期間は、災害発生日から3年間です。

 控除の場合、年金で支給される保険給付(例えば、障害補償年金や遺族補償年金)は、支払われた損害賠償額に達するまでその支給を停止されますが、災害発生後3年を経過した時は、たとえ支払われた損害賠償額に達していなくても、支給停止は終了し、保険給付が開始されます。

 

 交通事故による損害に対して、自賠責保険と労災保険のどちらが優先して支給されるのかについては法律上の規定はありません。

 労災保険と自賠責保険のどちらを先に請求するかについては、被災者又はその遺族が自由に選ぶことができます。

 自賠責保険には次のようなメリットがありますので、通常は自賠責保険を先に受けるほうが有利です。

自賠責保険のメリット

・仮渡金や内払金の制度がある。 ・休業補償が休業1日につき平均賃金相当額が支払われる。

(労災保険は、平均賃金の8割相当額) ・慰謝料が支払われる。(労災保険はなし) ・治療費の対象が労災保険より広い。

 

自賠責保険

 自賠責保険は、被災者の救済が目的なので、被災者の傷害、後遺障害、死亡に対して支払われます。

 被災者の過失割合が70%未満の場合は減額されません。  

支払限度額

傷害の場合   

 120万円まで 後遺障害の場合 3000万円まで

 常時介護を要する後遺障害の場合 4000万円まで

 死亡の場合 3000万円まで

 

 交通事故による労災保険手続きにおいては、「第三者行為災害届」に、自動車安全運転センターが交付する「交通事故証明書」を添付する必要が有ります。 また、警察署への届出をしなかった等の理由で自動車安全運転センターの証明書が受けられない場合は、「交通事故発生届(様式第3号、交通事故の相手方の署名又は記名押印が必要)」を添付しなければなりません。

 

 次に掲げる事由に該当する場合は、労災(指定)病院に対して、敢えて「労災保険の先行願い」を行なう必要があります。

1.その交通事故に対して自分の過失割合がかなり大きい場合(自分が加害者の場合を含む)  

 自賠責保険では、自己の過失割合が7割を超える者に対しては、損害補償が5割~2割の範囲で減額されてしまいます。(労災保険・健康保険にはこのような過失割合による減額はありません。)

2.交通事故の過失割合について相手と揉めている場合

 上記1と同じ理由です。

3.相手の車の所有者が運行供用者責任を認めない場合

 自賠責保険はその車の運行供用者が事故を起こした場合にその損害を賠償する保険です。 交通事故の相手が勝手に他人の車を運転して事故を起こし、その盗難車の所有者が運行供用者責任を認めない場合、被災者個人がこれを認めさせるのは多大な労力を要します。こういった場合は、敢えて労災保険を先行して使うことにより、政府に求償権を行使させるというやり方が良いでしょう。

4.相手が無保険又は自賠責保険しか加入していない場合  

 対人無制限の任意保険に加入していない場合でも、「補償範囲の違い」「診療報酬単価の違い」などの理由で、労災保険給付の請求を先行させた方がいいケースなのです。

 

 ひき逃げや盗難車又は無保険車による事故などで、保険金の請求が出来ない場合は、政府が行なっている保障事業制度を利用することが出来ます。 この保障事業制度が適用される場合は、原則として労災保険給付分が控除されて損害填補額が支給されます。

 

 支給調整の「3年間」と規定されているのは、おそらく不法行為責任に基づく損害賠償請求権が3年で時効消滅するからだと推測されます。

 

示談について

 示談とは一般には「裁判外での和解契約」のことを指します。 この示談について注意しなければならないことは、「加害者に対して有する損害賠償請求権のうち、既に労災保険給付の支給を受けた部分は、その請求権が政府へ移転している為、これを被災労働者(又はその遺族)が勝手に示談によって金銭相殺又は放棄(免除)することは出来ない」ということです。

 

 労働基準監督署へ「第三者行為災害届」を提出する際、必ず所定の「念書」に自署又は記名押印して提出することになります。 この「念書」には次のようなことが書かれています。 (1)相手方と示談しようとする時は必ず前もって労働基準監督署長に連絡します。

(2)相手方から金品を受けた時は遅滞無くその内容を労働基準監督署長に連絡します。 (3)示談内容によっては労災保険給付が受けられない場合があることを承知しました。 (4)相手方に白紙委任状は渡しません。
(5)私が受けた労災保険給付については、政府が私の有する損害賠償請求権を取得することを承知しました。

 

 労災事故発生日から3年経過した日以降に労災保険給付(障害年金や遺族年金など)を受給出来る状態にある場合は、加害者側との示談成立の有無に関わらず、その労災保険給付を全額受給することが出来ます。