ジョブクリェーション

「大きな政府の下での魂修行は十分ではない」

 「労働者から搾り取っているお金持ちから奪い返さないといけない」という被害妄想と嫉妬を体系化したマルクス。今も公的年金や健康保険として、社会主義は生き延びている。

 幸福の科学大川隆法総裁は、法話「繁栄への大戦略」で次のように説かれました。

「国民の一人びとりが政府の大きな力に期待し、政府から与えられることに期待し、そして、この世の中のさまざまな制度や機構、仕組みをいじったならば、みなさまがたの未来が明るくなっていくと考えているとするならば、それはみなさまがた一人ひとりの魂の修行としては十分ではない」

「ここで甘えて、大きな政府にぶら下がるようになっていけば、この国は時代を下っていくことになります。かつて繁栄した国がそうなったように、下りに向かっていくことになるんです。今、心を入れ替え、立て直し、もう一度、力強い繁栄の息吹を、この地上に満ち満ちさせることが大事であります」

 日本も他の先進国も、国民の生活の面倒を見る大きな政府から抜け出さないといけない。

 地方の人口減少にストップをかけ、再増加へと転じるには「ジョブ・クリエーション」しか方法はない。その地域でたくさんの人が食べていけるだけの仕事が創られ、所得が増え続けることが必要条件である。

 安倍政権も似たような問題意識を持っているが、それを基本的に「補助金行政」で実現しようとしており、うまく機能していない。

 ジョブ・クリエーションのためには、地域の人たちが勤勉に働き、売れる商品・サービスをつくり出すしかない。それは江戸末期の農政家・二宮尊徳が、疲弊する600以上の農村を復興した方法と変わらない。

1 自立心を育てる「心田開発」

 二宮尊徳による地方を復興・繁栄させる方法とは、どういうものだったのか。3つの柱で整理してみたい。

 第一は「心田開発」。江戸末期は天変地異や天候不順が頻発し、不作や飢饉に苦しむ農村が続出した。農民たちは「自然が相手ではどうしようもない」と言い訳やあきらめの心が出てきて、貧困から抜け出すのが難しくなる。

 尊徳は復興を任された地域で、マイナスからでも立ち上がり、情熱を共有する仲間を一人二人とつくり出していった。

 そのために「芋こじ」と呼ばれる村の集会を重視した。そこでは誰をリーダーに選ぶか、どう復興を進めるか、どう資金を使うか、誰を働きの目覚ましい人として表彰するかなどを話し合った。意見をぶつけ合って「芋がこすり合う」ようになる中で、一人ひとりに当事者意識や自立心を植えつけるのがねらいだった。

「荒れ地には荒れ地の徳がある」と尊徳は農民たちに説いていた。どんな人にも神仏から与えられた長所や取り柄があり、それを発見・自覚し、神仏にお返しするという独自の「報徳思想」を教えた。今の自分たちに与えられているものへの感謝を復興・繁栄への出発点とした。

2 「勤勉」と「倹約」を奨励

 第二に、「勤勉」と「倹約」を奨励した。自分たちに与えられた条件・環境の中で、「顧客」が買い求めたくなる商品をつくり出した。

 尊徳自身が少年期にやったように、薪や梅の実を集めたり、新しく野菜や菜種を育てたりして領内外で販売。収益源の多角化を図った。コメは大坂・堂島の米相場を見ながら、高値のときに売りさばいた。つまり、「稼ぐ」ために手を尽くした。

 一方、薪など燃料消費を節約すれば自分の収入になるルールを決め、節約のためのインセンティブ(誘因)を働かせた。

 尊徳は、村や町自体を今の「商社」のようなものに見立て、利益を生み出し続けることで、すべての家庭の黒字化を目指したのだった。

 尊徳の領内”経営”のポイントは、飢饉など緊急時以外は「補助金」を断ったことにある。

「お金をいただくと村民は奪い合うだけで、心がすさみます。これから後、殿様は一両もくださりませんように」

 尊徳は小田原藩主の分家の下野国桜町領の復興を請け負う際、補助金を辞退した。

 藩主からの資金は領民に低利で融資し、彼らの田畑の復興に充てさせ、必ず返済させた。融資制度を、領民が「農業経営者」としての自覚を持つための呼び水にした。

3 社会や未来への「推譲」

 第三は、「推譲」の実践を促した。

「子孫に譲る。親戚友人に譲る。郷里に譲る。国家に譲る。それぞれの分限によって努めて行うべきだ」

 尊徳は「譲る」ことの意味を、自身の富を他の人や社会、国のために使うことだと説いた。また、領内の田畑や用水路などのインフラを力を合わせて開墾・建設することも含むものだった。尊徳が指揮して造ったインフラは明治時代以降も使われ続けたので、未来社会への「推譲」にもなった。

 尊徳は「徳は無尽蔵にあり」と語っていた。人間一人ひとりや土地、自然環境などの「徳=長所」を「心田開発」によって発見し、「勤勉」「倹約」「推譲」によって生かせば、無限の富を生み出せると考え、実践した。

 

現代でも応用できる 

 尊徳方式は現代にそのまま応用できる。

 民間企業はその事業を通じて利益を上げる一方、政府や自治体は業務の効率化・低コスト化を図れたり賃料や税金を納めてもらえたりするので、ウィン・ウィンの関係ができる。尊徳は、領内農村のマネジメントの委託を受けて再開発し、年貢を確保して藩に納めた。

 

足りない未来への「推譲」

 現代で江戸末期の田畑や用水路にあたるのは、やはり交通・流通のインフラでしょう。新幹線やリニア、高速道路などによって、東京や大阪、名古屋など大都市圏との間を短時間で行き来できる範囲が広がるほど、人とモノとお金が循環し、ビジネスや観光は活発になる。

 1970年代に「日本列島改造論」で全国に新幹線網と高速道路網を巡らせることを提唱した田中角栄首相は、「人間の1日の行動半径の拡大に比例して、国民総生産と国民所得は増大する」と語っていた。

 それは近年では、九州や北陸の新幹線の開通によって地域の仕事が増え、所得水準も上がったことが実証している。

「改造論」はその提案から半世紀が経とうとしているというのに、その3割しか実現できていない。これは、未来社会への「推譲」をこれまで怠ってきたことを示している。

 

努力の障害を取り除く

「心田開発」や「勤勉」「倹約」、「推譲」の精神で自治体や地域の経営が行われることによって、仕事を創り、所得を増やすことができる。

 シャッター街化した地方の商店街の問題も対処法は変わらない。言い訳を廃し、与えられた環境下で売れるものをつくり出し、人通りを増やすような”インフラ”を築くしかない。

「ジョブ・クリエーション」が人口のV字回復を可能にする。高齢者にとっては、働き続けられる仕事の存在自体が最大の福祉となる。

 幸福の科学大川隆法総裁は、著書『HS政経塾・闘魂の挑戦』で以下のように説かれました。

結局、資本主義の精神とは何かというと、実は、『仕事をつくっていく能力』なんですよ。ですから、『仕事をつくって、富を生み出し、個人が豊かになる。そして、個人の豊かさの一部が、国家や社会に対する貢献になり、あるいは、足りざるところ、遅れているところに対する穴埋めとなって、いわゆる弱者を助けたり引き上げたりするために使われていく』というスタイルでなければいけない

 尊徳の人生は、資本主義の精神をそのまま体現したものだったと言える。

 尊徳は、「政治は、人々が正当な努力をする際の障害を取り除くためにある」と語っていた。

 

「尊徳方式」を広げるには

 尊徳方式の自治体経営を全国で実現するために取り除かないといけないことは、少なくとも以下の7点でしょう。

1 政府から自治体へ「地方創生」の名目で注ぎ込まれる補助金を極力絞り込み、民間からの投資や低利融資などに切り替える。すでに政府には市町村にバラまける補助金が乏しい。市町村・都道府県の首長は、住民の声を聞きつつ、民間と連携して「稼ぐ」ことのできる能力が一つの条件となる。

2 自治体が「商社」的な機能を持ったり、再開発事業を展開したりして「稼ぐ」ことを積極的に認める制度に改める。現在は自治体が利益を上げると、地方交付税(政府が自治体に代わって集める地方税の性格)を減額されるなど不利に働く。

3 自治体に複式簿記方式の会計制度を正式に導入し、公有財産が活用できているか、「稼ぐ」ことができているかを点検できるようにする。

4 「稼ぐ」ことのできた自治体が独自に住民税や法人住民税を減税できるようにする。それによって移住や企業移転を呼び込む。特集でラッファー博士が語っていた米テキサス州の例はその典型。最終的な理想は「無税自治体」で、各自治体はそれを目指して競争する。

5 地域内の民間の仕事がどれだけ創出されたか、かつ平均所得がどれだけ上がったかに連動して自治体の首長と職員の給料が決まるようにする。公務員と民間企業の給与格差が1.5倍ある不公平を改める。また、選挙では仕事の創出、所得上昇を最重要のモノサシとするよう住民を啓蒙する。

6 日本には自治体が財政破たんする仕組みが存在しない。破たん制度をつくり、自治体の首長や幹部の責任を明確にする。

7 法学部など行政官を輩出する学部での教育体系の柱にマネジメントを入れ、経営能力の基礎を学べるようにする。

 政府や自治体の運営の中心に「稼ぐ」という考え方を導入する時代が到来している。

 補助金漬けではない「本当の地方創生」の方法が全国に広がれば、日本のGDP(国内総生産)はこの30年間の停滞を脱することができる。

 再び日本が経済発展するプロセスにおいて、「親日国から移民を受け入れ、日本人になってもらう」という本誌や幸福実現党が提案する政策が重要な役割を果たすことになる。尊徳も農村復興が軌道に乗る中で他藩からの移民を受け入れ、さらなる復興・繁栄へとつなげた。

 尊徳方式を全国に広げ、地方に繁栄を呼び込みたい。

 

「身分制度」を打ち破り、自由参入を

 医療や農業、教育などの職業集団が一つの特権階級となり、江戸時代に負けない「身分制」をかたちづくっている。

 農業は、いまだに農家に生まれなければ、簡単には農業に携われない枠組みを維持している。株式会社による農業生産法人への出資を通じて農地を持つことはできるが、農業生産法人の役員が実際に農業に従事していないといけないなど、さまざまな制約が課せられている。

 教育も、特に大学では政府が参入を阻み、競争が乏しい。「教育は国家が行うべきもの」という枠組みを、明治以来今も守っているためである。保育分野で数万人単位にのぼる「待機児童」が存在するのも、民間企業の新規参入を積極的に認めていないためです。

 この「身分差別」を打ち破って、自由に参入できるようにすべきです。株式会社が病院や農業をやっても問題もない。塾が学校として認められても構わないと思う。高齢者が退職後に協力して学校をつくるケースがあってもよいでしょう。

 同時に、単なる保護のためだけの補助金はやめるべきです。なお、利用者に対するバウチャー方式の補助金はあり得ますが。それでまかなえない部分は、親がプラスして出す方式を取るべきです。そうすれば、新たな起業が爆発的に増え、高齢者、パートタイムなども含め、仕事がたくさん生まれる。

 ハイエクは、それぞれの人がその能力を発揮して世の中に貢献することの価値について、『自由の価値 自由の条件』で以下のように述べている。

 「事物なり人間自身の能力なりのより上手な利用方法を発見することは、一個人がその仲間の福祉のためにわれわれの社会でなしうる最大の貢献の一つであり、またそのために最大限の機会を与えることが自由社会を他の社会よりもはるかに豊かにするにちがいない」

 「最大限の機会を与える」ことが、「ジョブ・クリエーション」です。これが尊徳精神の「勤」に基づく「生涯現役社会」の土台となるのです。

 

 新幹線・高速道路などの整備による「交通革命」や、「未来産業への投資」、農業などの「規制緩和」を進めていく。そうすれば、地方に仕事が生まれ、人口は増加に転じるはずです。

 また、政府や自治体は、寝たきり老人を減らす介護予防に努め、高齢者であっても働ける「生涯現役社会」を築くべきである。

 もちろん、本当に困っている人を救うセーフティーネットは必要です。その一方で、元気に働く高齢者を増やせば、年間30兆円を超える社会保障費を減らせる。それが財政を建て直し、地方の発展にもつながる。

 少子高齢化などを抱える日本は、「課題先進国」と評される。だが、新しい発想があれば、日本は繁栄できる。先行した発展モデルをつくり、世界を牽引するリーダーになれる。

 

富の創出による人口問題の解決

 世界の人口は年々増加し、現在は70億人超とされる。今後も増加傾向は変わらず、21世紀半ばを少し過ぎた頃に100億人に達すると予想されている。

 この100億人の人口が単に生きるだけではなく、幸福に生きていくには、それに見合う十分な「富」が必要となる。「経営成功学」は、人間の幸福を目指す「人間幸福学」の具体的展開の一つとして、この課題に向き合う。富の創造に失敗すれば、貧困と闘争の世界が展開することは想像に難くない。

 では、富や豊かさはいかにして創造されるのか。答えは「個々人が勤勉に働き、世の中に貢献することによって」である。したがって、社会の責任としてやるべきことを一点に絞るならば「雇用の創出」(ジョブ・クリエイション)でしょう。雇用を創出する役割を果たすのは、企業家や資本家であり、黒字を生む経営者に他ならない。

 経営成功学は、成功する経営者を数多く輩出し、雇用を創出して多くの人が働ける環境を創り、世界の富の総量を増やすことで、人口問題の解決に寄与することを目指している。実は、事業やビジネスを起こし、雇用を創出することこそが真の社会保障である。

 これとは反対に、国家による過度な福祉政策、優しすぎる政治は、かえって個人の経済力を弱め、社会全体の貧困を拡大する。現在のギリシャの惨状を見るまでもなく、社会保障支出の増加が長期的にその国の経済成長率の低下をもたらすことは実証済みである。

 

経営は成功させるべきもの

 国家や世界のためにも、経営はぜひとも成功させるべきものです。日本では約7割の企業が赤字であるとされるが、赤字会社は経営に失敗し、経営資源の無駄遣いをしている。

 経営の使命とは、限られた資源をうまく利用し、投入した価値以上の付加価値を生むことである。仕事や雇用を生み出し、黒字経営をし、国家に税金を納め、従業員に十分な賃金を支払う企業は「善なる存在」である。この善なる存在を限りなく増やしていく必要がある。

 日本政府も経営に成功しているとは言えない。もちろん、政府の経営と企業の経営は単純に同一視できないが、少なくとも、増税を繰り返し、新たな税制を導入しようとする国家経営は合格点には程遠い。重税は「財産権の侵害」であり自由の統制です。税収アップは、国民一人ひとりの所得と企業の利益が増えることによって実現されるべきです。経済成長のための国家戦略と政策こそが必要である。

 当然ながら、経営の成功はミクロの観点からも重要である。人生の途上で生じる悩みや苦しみの7、8割は、経済力がつくと解決するものが多いと言われる。

 個人が額に汗して働くことは、もちろん社会のためにもなるが、働くことは人間の尊厳でもあり、その意味でも、すべての人間が仕事を得て所得を増やしていける社会が望まれる。十分な経済力は人生に安定をもたらす。「衣食足りて礼節を知る」の教えの通り、豊かさは文化や文明の基礎ともなるでしょう。