「着床前診断で選別」の是非

法整備は幸福をもたらすか

 現行の民法は、両親との血縁を想定し、「婚姻中に妊娠した子は夫の子」と「推定」することで父子関係を決める。母子関係については法律の規定がないが、出産した女性を母とするとの判例がある。

 女性から性別変更して結婚した男性と、第三者の精子による体外受精で妻が産んだ子供との間に、初めて父子関係を認める最高裁判決が出た。

 社会の変化と医療技術の進歩で家族の問題が複雑化している。

 第三者から精子を譲り受ける体外受精や代理母出産では、生物学上の親子関係と、養育上の親子関係が生じ、どちらを重視するかが問題となる。

 前者の場合、精子提供を受けて生まれた子供かどうかは出生届では分からないため、「婚姻中に妊娠した子は夫の子と推定する」との規定に基づいて、体外受精を承諾した夫が父となる。

 「性別の変更や結婚を認めたのに、子供を持つことを認めないのはおかしい」「子供の法的地位を確立するためにも民法を改正すべきだ」という声もある。

 一方、「子供は生物学上の親と育ての親の間で苦悩する」という批判もある。これは、いくら法整備をしても残る問題がある。

 

新型出生前診断が認定外施設でも 障害を持って生まれる理由がある

 妊婦の血液によって胎児のダウン症など染色体の異常を調べる新型出生前診断(NIPT)が、認定外の民間クリニックでも行われているという。

 NIPTの費用は約15万~21万円で、採血だけで済むことや、妊娠周期の早い時期(妊娠10週~)から検査可能という特長がありますが、陽性(染色体異常)と出た場合の正確性は年齢によって大きく変わる上、確定診断ではありません。認定外の施設の多くが美容外科や皮膚科などで、確定診断や出産ができない施設でもNIPTが行われています。

 おなかに宿った子が五体満足で生まれるか、万一障害があったときに育てていけるか、不安な親心に応じてサービスが広がっていると考えられます。しかし、この問題を考えるときに外せないのが「魂の存在」です。

 あらゆる人は、生まれる前に自分の魂を成長させるための人生計画を立てて、両親や環境を選んで生まれてきます。その中で、あえて肉体に障害を持って生まれることを選ぶ人もいます。

 幸福の科学大川隆法総裁の著書『愛と障害者と悪魔の働きについて―「相模原障害者施設」殺傷事件―』のあとがきにはこうあります。

「障害者は、人間に、足るを知り、幸福とは何かを教える、魂の教師の役割を持っている。また不当な、劣等感・失敗感・挫折感により、神への信仰を見失った、競争社会のすさんだ人々を、救済する役割も障害者たちには与えられている。そして彼らの中には現実の天使も身を隠して潜んでいる」

 宗教的な観点から見ると、「障害があっても魂は健全」です。社会全体としても、障害があると、本人も家族も「不幸」であるという見方を乗り越える必要があるのではないでしょうか。

参考

胎児に魂が宿るのは満9週目のころ

 「子供に障害がある可能性が高い」と知った夫婦のほとんどは、悩みに悩んだ上で中絶を決断しています。精神的にも肉体的にも大きな苦労が伴う子育てになることや、経済面での負担など、どうにもならない事情もあるため、その決断をとがめることはできません。

 ただ霊的真実を知ると、少し考えが変わるかもしれません。

 幸福の科学には、「人間は肉体に魂が宿って魂修行をしている存在。死後は魂があの世に還り、一定の期間が経てばまた生まれ変わる」という霊的人生観があります。地上に生まれる時、母胎に胎児の魂が宿るのは、女性が妊娠して満9週目のころ。

 もし中絶されると、胎児の魂に傷が残ってしまいます。両親に信仰心があり、供養の心を持っていれば、胎児の魂も救われて天国に還ることができます。しかし、両親が霊的真実を知らない場合、中絶された胎児の魂は成仏できずに、母親や家族の近くをさまよっているケースも多くあります。

 つまり、宗教的にみると、障害のあるなしに関わらず、中絶はできるだけ避けた方がよいのです。

 

 あらゆる人は、生まれる前に人生の計画を立て、両親や家庭環境を自ら選び、人生の目的と使命を持って生まれてくる。その中で、あえて肉体に障害を持つという厳しい人生を選ぶ人もいる。「無駄な人」や「要らない人」などいないのです。

 2013年4月に日本でも「新型出生前診断」が導入されたが、これまでに、胎児に障害がある可能性があるとされた妊婦の約96%が中絶を選択したという。「障害者がいなくなればいい」とは言わないまでも、「障害者として生まれるのは不幸」「障害児を育てたくない」という見方をしてしまいがちであることをうかがわせる結果でした。

 

 旧来の着床前診断では23対ある染色体の一部しか調べられなかったが、新型だと全ての染色体を調べることができ、ほぼ確実に異常を見つけることができる。

 着床前診断は異常の見つかった受精卵を除くため、命の選別につながるとの指摘が以前から出ている。日本婦人科学会は指針で、重い遺伝病の患者などを除いて認めていない。また、染色体に異常がある受精卵を除外するため、ダウン症などで生まれる可能性のある命をも消してしまうことになるため、障害者団体は強く反対しているという。

 日本では着床前診断は厳しく制限されているが、妊娠中に胎児の染色体異常の有無を調べる「出生前診断」は広く行われている。2009年までの10年間に胎児の異常を診断された後、人工妊娠中絶したと推定されるケースは約1700件あり、それ以前の10年に比べて倍増しているという。出生前診断で異常が見つかり、中絶をしたと考えられる。

 生まれてくる子が五体健康であることを願うのは親として自然な気持ちだが、出生前診断にしても着床前診断にしても、障害児を生まれさせないことにつながっているのは事実です。

 いつの時代にも肉体に障害を持っている人たちは存在する。その人たちがいることによって、他の人は健康であることのありがたさを悟らされたり、障害を持つ人を世話する「菩薩行」に打ち込むこともできる。

 「豊かな社会のなかにあって、そういう恵まれない人たちは、他の人々が間違わないように、道を外さないように、心の間違いを教えてくれています。不自由な人や恵まれない人は、困っているところを見せることによって、実は他の人を導いてくれているのです」

 重い障害者というのは、驕った人たちを戒め、目覚めさせるための「先生」というのが霊的真実なのです。この観点から見た場合、着床前診断や出生前診断については、まったく違う見方が出てくることになる。

参考

 現在の日本では、胎児の障害を理由とした中絶を認めてはいない。しかし、母体保護法14条1項1号は、「妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのある」場合には、指定医師が、「本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる」と定めている。この、母体の健康と経済的理由の部分が拡大解釈され、事実上、中絶することが可能となっている。

 日本以外では、子供の障害を理由に中絶を認める国も存在する。イギリス、フランスを始めとしたヨーロッパ諸国がその例である。これには、「国が命の選別を認めているのではないか」という批判的な見方も当然あり、日本もこの道をたどるのではないかという危惧もある。

 ここには、障害は避けたいもの、不幸なものであるという考え方が存在する。だが、障害を持っている人は皆、本当に不幸なのでしょうか。

 歴史上の偉人でも、三重苦と戦ったヘレン・ケラー、聴覚に障害を抱えながら数々の名曲を生み出したベートーベン、最近では、生まれつき両手がなく、足の長さも左右で異なりながらもゴスペルシンガーとして活動するレーナ・マリアさんらの活躍が知られる。ハンディを乗り越えて活躍している人は確かにいて、その姿は障害を持たない人々にも感動を与えてくれ、感謝の思いを抱かせてくれる。

 幸福の科学大川隆法総裁は、「人は自分の魂を磨くためにこの世に生まれてくる」「生まれる前には人生計画を立て、自分の親となる人にお願いして生まれてくる」と説いている。霊的真実から見れば、障害も「人生計画」のひとつであり、障害を持って生まれてくる魂は、ハンディを乗り越えて自分を成長させようとしているチャレンジャーといえる。

 さらに、大川隆法総裁は、著書『じょうずな個性の伸ばし方』において「障害を抱えている人がいることで、慢心したり他人や国家を恨んだりする人に反省のよすがを与えている面もあるため、障害と闘うことは菩薩行の一部である」という趣旨のことを述べている。

 「障害を持って生まれるのはかわいそう」と中絶をすることで、本人の人生計画をフイにするのみならず、障害を持たない人たちも、優しさや謙虚さを学ぶ機会を失ってしまう。多くの人の可能性を真に開くためにも、医療技術の進歩につりあう、霊的人生観の普及が急がれる。

参考

 妊婦の血液から胎児に染色体異常がないかを調べる「新型出生前診断」について、日本産婦人科学会(日産婦)が、2019年1月9日、他学会を交えた委員会で検査できる施設の拡大案を表明した。

 新型出生前診断は採血により、妊婦の血液に含まれる胎児のDNAからダウン症、13トリソミー、18トリソミーの3つの疾患の可能性を調べるもの。従来の出生前診断「羊水検査」よりも容易で安全とされている。日本では2013年より診断が開始された。

 日産婦は現在、新型出生前診断が可能な施設の指針として、「産婦人科医と小児科医が常勤し、どちらかは遺伝専門医の資格を持ち、さらに遺伝の専門外来を設置しており、十分なカウンセリングが行える」、などの要件を定めている。診断を受けられるのは原則35歳以上の妊婦に限定され、現在は大学病院など92ヵ所の認可施設でのみ診断可能である。

 このほど出された拡大案では、要件を緩和し、研修を受けた産婦人科医がいる分娩施設なら検査を認めるといった指針が出されている。

 結果次第では診断を受けた妊婦に「中絶か、出産か」の重い選択を迫ることになることなどから、「産婦人科医のみでは十分な説明やカウンセリングができないのではないか」など、拡大に反対する意見もある。

 

染色体異常が確定した9割以上が中絶を選択

 2018年9月までの5年半で、約6万5千人が新型出生前診断を受け、うち胎児に染色体異常が確定した886人の9割以上が中絶したという統計が出ている。

 拡大案に対して、インターネットの反応を見ると、「年齢制限などもやめ、希望する妊婦全員に診断を受けられるようにするべき」「陰性だと早めにわかれば安心して出産に臨める」「障害児を育てるのは、きれいごとでは済まされないので拡大はよいこと」など、歓迎の声が目立つ。

 晩婚化により、出産年齢も高齢化の一途を辿る現在では、障害児を育てることに対する不安や、周囲の人の声、経済的な問題などさまざまな理由から、新型出生前診断の拡大案に賛成する声が広がっている。

 しかし、「健常者と違っているから不幸」「”普通”の日常生活を送れないから、生きる意味がない」のだろうか。宗教的な観点から見れば、障害者にも明確な生きる意味がある。

人間の本質は魂であり、障害があっても、魂は完全

 幸福の科学大川隆法総裁は、「人間の本質は魂であり、障害があっても、魂は完全」と説いている。そして、こうした宗教的真理を背景に障害者支援を行う一般社団法人「ユー・アー・エンゼル」では、重い知的障害を持つ小学生が字を書けるようになる、寝たきりの重度重複障害者と呼ばれる少年が、スイッチワープロを使って美しい詩を綴るなどの事例が報告されている。

 知的障害といっても、自分の思いを上手に表現できないだけで、自分の意思や思考を持ち、健康な人と同じように周りの人の言うことを理解していることの証明といえる。

 さらに、大川隆法総裁は、書籍『じょうずな個性の伸ばし方』で、「障害を持つことは菩薩行でもある」と説いている。

「障害など、いろいろな悪条件を持っている人も多いと思いますが、実は、まわりの人に何かを教えたり、まわりの人の性格を優しくしたりする修行もしているのです。まわりの人たちは、そういう人から逆に教わっているわけです」

「こういう言い方をすることは、障害児本人やその保護者に対して申し訳ないことかもしれませんが、そういう不幸な人がいることは、慢心し、うぬぼれて、親や他人を恨んだり、世の中や国を恨んだりする人にとって、反省をするよすが(きっかけ)にもなっています。その意味で、そういう人がいてくださるのは、ありがたいことなのです」

「何らかの障害を抱えていることについて、どうか、『これは菩薩行の一部でもあるのだ。本人は大変だけれども、ほかの人を教えているのだ』ということを知っていただきたいと思います」

 「障害=不幸」という考え方は、障害者やその家族を取り巻く状況に影響される部分も大きい。「障害があっても魂は健全」「障害を持つことは菩薩行」という宗教的な価値観を持つ人が増えれば、社会もあたたかいものに変わるだろう。今、必要なのは新型出生前診断の拡大よりも、宗教的価値観や、霊的人生観を多くの人が知ることである。

参考

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