創世記第一章は エローヒムの書

 「In the beginning(原初に),God created the heavens and the earth.(神は天と地を創造し給うた」

 ヘブライ語の原典の旧約聖書には、その翻訳する前の元なる「神」のことが、「エローヒム」と書いてあるのです。

 これまで多くの聖書学者は、「エローヒムとは、一般的な「神」を意味する「普通名詞」であって、特定の神の名を表した「固有名詞」ではない」と一生懸命主張してきました。というのは、エローヒムや、(その単数形の)「エル」は、ユダヤ民族が戦ったり征服してきた他民族をも指導してきた普遍的な神だとみなされていたからです。「普遍的な神様が、民族を超えて、少なくともユダヤ民族を含めた中東全域を指導していた」ということは、ユダヤ教では認めていません。一方、考古学や神話学(宗教学)の方では、「エローヒムとは、どう見ても特定の個性を持った「固有名詞」だったのではないか」ということを認めている学者が結構います。エローヒムとは、普通名詞の側面もあるけれども、そういう名前を持った特定の神が存在していた。そして、その後もその神様はユダヤ民族を含めて天上界から指導をしてきて、現在も存在している。そして、現在の名前をエル・カンターレ = 大川隆法 という

 『旧約聖書』に出てくる「神」という言葉は、元々、ヘブライ語では、「エローヒム」と書かれています。これが、現在も存在する「固有名詞」の神様だとしたら、本来「神」という言葉は「エローヒム」と訳さないといけないのです。

 そして、『旧約聖書』の「神」を「エローヒム」に置き換えて読むと驚くべきことを発見するのです。

 神(エローヒム)は、7日間でいろいろなものを創造された。まず、「光あれ」とおっしゃった。すると、「光が現れた。」

 「地に植物を芽生えさせよ」と仰ると、「そのようになった。」

 「次に、二つの大きな光るものを創られた。大きいほうの光るもの(太陽)には昼をつかさどらせ、小さいほうの光るもの(月)には夜をつかさどらせた。また、星々を創られた」とあります。

 更に、動物を創造された後に「いよいよ、人間を創造しよう。我々の姿に似せて」

 エローヒムのかたちに「人間を創造し、男と女を創造した」。

 エローヒムは、動物を創造された後に「いよいよ、人間を創造しよう。我々の姿に似せて」とおっしゃってます。ここで「我々」と言っているのは、「エローヒム」が複数形であることに対応しています。エローヒムが「神」であると同時に「神々」(指導霊団)であることが明らかです。「一神教」からは説明のつかない事態なのです。

 旧約聖書の中で天地創造を記す「創世記」は、前編と後編に分かれており、前編では神を エローヒム と呼んでいるのに対し、後編では突然「ヤハウェ神」を名乗る者が登場します。

 この ヤハウェは妬む神であって、「自分以外の神を崇拝することは許さない」と言っています。しかし、このユダヤの神がほんとうの一神か、神は一つなのかというと、『旧約聖書』を読んでみると、そうではないことがはっきりしています。旧約に出てくる神には、ヤハウェと、もう一つ、エロヒムという神がいます。これはヤハウェとは違った神なのです。この両者が指導しているのです。したがって、『旧約聖書』に載っているだけでも、早くも二人の神が出てきていて、一神ではないのです。そのときに熱心に指導した神が、邪教を信じている人などに対して、「自分のみを神とせよ」と言ったことはあるかもしれません。しかし、それは、「自分以外の神の存在を許さない」という意味ではなかったわけです。 もし、ほんとうに間違った宗教を信じている人がいたら、「その邪神を崇めるのはやめなさい。われのみを信ぜよ」と言うことは、方便としては、もちろん、正しいことではあります。しかし、その教えが「他の宗教は全部間違いである」「他の神がすべて間違いである」というなら、これは大変な混乱を生みます。 

人類の創造まで

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