仕事は苦役か それとも喜びか

 正社員の働き方についてのアンケートを行った(朝日新聞デジタル「働き方、どう変える?」)。

 「長時間労働が、なぜいけないか」については、「心身の健康を害する」が50.9%と半数以上を占めた。次いで「家庭と仕事を両立できない」が22.6%であった。

 「長時間労働を減らすにはどうしたらよいか」に対しては、「会社が仕事や評価の仕方を見直す」が37.5%、「国の規制を強める」25.1%でした。

 国や政府が改善することを求める回答も目立った。

 

「仕事をすること自体が幸福」という見方

 もちろん、成果につながらない長時間労働には改善の余地がある。しかし、休日返上で働いて会社の危機を救ったり、新規事業の立ち上げや作品の創作のために全力を尽くすための長時間勤務もあり、一律には否定できない。

 「ブラック企業批判」において、長時間働くことを「悪」とする見方の背景には、「仕事=苦役」ととらえる見方が見え隠れする。そのような中、現代の日本人にとって示唆に富む「仕事をすること自体が幸福」という幸福論がある。19世紀に「スイスの聖人」と呼ばれたカール・ヒルティ(1833~1909)の代表的著作である『幸福論』です。

 ヒルティは、弁護士、大学教授、政治家などを務め、敬虔なクリスチャンでもあった。ヒルティの『幸福論』は、「仕事論」から始まっており、「ひとを幸福にするのは仕事の種類ではなく、創造と成功のよろこびである」と述べた。どんな仕事でも、真剣に創意工夫し成果を生むことで、仕事は楽しくなるとしている。

 

「嫌々仕事」と「喜んで仕事」

 幸福の科学大川隆法総裁は、2012年、カール・ヒルティの霊を招霊し霊言を行った(『ヒルティの語る幸福論』)。

 ヒルティは、仕事をする人には「嫌々、仕事をしている人」と「喜んで仕事をしている人」の2種類あるとした。

 「嫌々、仕事をしている人」は、「仕事自体を税金のように思い、人間として生きていくため、食べていくためにしかたがないので、苦役としてやっていて、余暇の方に関心がある」と指摘。一方、「喜んで仕事をしている人」は、「お金ではなく仕事そのものが報酬であり、よく仕事をすればするほど、もっとやりがいがあって、もっと多くの人に影響を与えられる仕事ができる。それが『人生の報酬』なのだ」と考えるという。

 自分の仕事の素晴らしいところは何か、そして、より良い仕事をするにはどうすればよいか。仕事を通じて幸福になる道に目を向けるうちに、毎日の仕事のやりがいが高まるだけでなく、さらにやりがいがある仕事への道が開けるかもしれない。

参考

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