霊子 究極の微粒子は物質ではない

物質の核「霊子」

 私たちが住む三次元宇宙は物質で構成された世界です。そして、四次元以降の多次元宇宙は、私たちが霊界と呼んでいる世界です。霊界は高次元に上がるほど、その世界を形成している創造主(神)の光のエネルギーが精妙になっていきます。反対に、次元が下がっていくほどに、創造主の光のエネルギーは凝縮され、波動が粗くなっていきます。私たちの住む三次元空間では、創造主(神)の念い によって、創造主の光のエネルギーが目的性を持って集合し、「霊子」という核をつくります。そして、霊子がもとになって、現代物理学でいう素粒子が誕生します。素粒子が、さらに大きな物質を構成していく。つまり、 創造主の念(念い)→ 創造主の光のエネルギー → 霊子(三次元世界での核)→ 光子(フォトン)→ 陽子 原子 分子 物質 という順に、創造主(神)の念い のエネルギーが変化し、各次元を構成しているのです。  

参考

 幸福の科学大川隆法総裁は、著作『黄金の法』で次のように説いておられます。

「現象界で実体ありと思われているものも、分解してゆけば、ついには光子となり、光子は仏の念によってできているのですから、結局、実在するものではありません。その実在するものではない光子が凝集して、『霊子』→『陽子』→『原子』→『分子』→『粒子』となって、物質ができるのです」

 私たちの住む三次元空間では、「光」はあるときは「粒子」として顕れ、あるときには「波」として顕れます。

 光が「粒子」として顕れたとき、そこに「物質」が出現します。光が「波」として顕れたとき、それは想念、念いの作用としてのみ存在します。

 創造主(神)の念いは、凝縮されて一点となれば物質となり、それが人間となり、地球となり、三次元宇宙となります。

 それが凝縮されるかたちではなく、「粒子」ではなく、「波」として顕れたときには、「想念の波動」として、念いとして、宇宙を飛び交う電波としてのみ存在するのです。

 最先端の量子力学を勉強すると、この説には、深い宇宙の法則が見て取れるのです。

 デンマークの理論物理学者ニールス・ボーアは、粒子と波のように対立するものが補いあって、一つの世界を形作っていることを「相補性」と名づけました。

 しかし、現代の量子力学では、光は「粒子」であり「波」であることまでは分かっていますが、なぜこのように対立する性質のものが一つの存在になっているのかは解明されていません。

 光を金属に当てると、金属の表面から電子が飛び出す「光電効果」という現象がありますが、これは上記の説から考えると、通常『波』として存在している光にエネルギーを与えることによって、光を「粒子化」させたことになるのではないでしょうか。

 

究極の微粒子は必ずしも物質ではない

 ここ100年の学問の進歩で、最も大きく常識が変わったのは、物質に関する認識かもしれない。

 20世紀の初めまでは、物質の最小単位は原子と考えられていた。原子は原子核と電子とで構成され、しかも、水素原子の場合、原子核の大きさは原子の10万分の1に過ぎなかった。これは、原子核を半径1mのボールとすると、原子の大きさは半径100キロの円となる計算であり、原子の中身はスカスカなのである。

 この原子核も陽子と中性子とで構成され、その陽子と中性子の中にもさらに小さな粒子がある。これがいわゆる素粒子の世界である。この段階になると、「物質なのに物質でない」という不思議な性質を持つようになる。例えば、電子と電子を特殊な設備を使って衝突させると大きなエネルギーが生じるが、そのエネルギーから新たな素粒子が生成され、しばらくすると崩壊するという現象が起きる。つまり、エネルギーが物質になったり、物質がまたエネルギーに戻ったりするのである。さらに、「何もない」と思われていた真空も、無数の粒子と反粒子が、生まれたり消えたりを絶えず繰り返していることも分かってきた(真空のゆらぎ)。また、ニュートリノという素粒子のように、何でも通り抜けてしまうため(地球すら通り抜ける)、「幽霊のような粒子」と呼ばれるものもある。

 この宇宙空間は見えない物質で満たされているようです。天文物理学の分野では、観測される宇宙全体の星の全重量と、理論で得られる数字が合わない事実を、観測できないダークマター、つまり見えない物質が宇宙にたくさん存在しているからだとしています。

 私たちの体を始め、宇宙の万物を構成する究極に近い単位の原子でさえ、隙間だらけのスカスカの存在だということになります。そして、この宇宙空間は、空っぽの空間ではなくて、何か未知のエネルギーに満ちている。

 しかも、極小の素粒子は意識を持っているようです。この素粒子が私たちの体を構成していることを思うと、この不思議な量子力学の世界も、私たちの存在のあり方と無関係とは言えないはずです。光を構成する光子も含めて、素粒子が実体のない波になったり、実体を持つ粒子になるということは、私たちの存在も実体があるように見えて、実は幽霊みたいなものだということにならないでしょうか。

 原子以下のミクロの世界では、事実上中身は空っぽで、その中のわずかな物質である素粒子も現れては消えたりする不思議な性質を持っている。まさに、仏教でいう「色即是空・空即是色」の世界である。

 仏教の中核理論の一つである「空」について、大川隆法総裁は、さまざまな角度から分かりやすく、しかも論理的かつ合理的に説かれておられます。

「「唯神(ゆいしん)実相哲学」という言葉がありますが、これは「唯光(ゆいこう)実相哲学」と言い換えてもよいものです。」 「三次元、四次元、五次元などという世界があると言われているが、ほんとうは、そうしたさまざまな世界があるわけではない。ただ光のみがある。その光が実相をつくっている。光のみ実相である。その光が変化した姿が、さまざまな世界のありさまをつくっている。霊の世界における仏の光が、いろいろなかたちで霊体をつくり、また、霊体のなかにある光子体をつくっている。地上に現われるときには、それが霊子という核をつくり、霊子がもとになって、現代物理学でいう素粒子が誕生する。そして、素粒子がさらに大きな物質を構成していくのである。こうした世界観があるのです。これは現代物理学の最先端とも一致しています。最先端の物理学によると、「素粒子というものは、粒子でもあり、波動でもある」と言われています。素粒子は、粒子としての性質を持ちながら、同時に、波としての性質も持っているのです。いま述べた世界観からは、素粒子が粒子の性質と波の性質の両方を持っているのは当然と言えるでしょう。仏の光という霊的エネルギーが物質をつくり、その物質が分解されると、霊的エネルギーに還元されるのです。このように、「エネルギーと物質が循環している」という思想も、「空」の思想と言うことができます。「色即是空、空即是色」は、この観点から説明することもできます。現代の優れた科学観をもってすれば、こうした領域まで「空」の思想は発展していくことになるのです。」

 アインシュタインは、相対性理論において「E=mc²」という式を示している。ここで「E」(エネルギー)と表したものは、宗教的には仏の念い、仏のエネルギーであると解釈できる。物理学の世界が宗教の世界に少しずつ近づいている一つの例といえる。

 現在の素粒子物理学は、「物質がどうやってできたのか」という根源の部分に迫ってきています。この物質の起源について、大川隆法総裁は、『釈迦の本心』で「空」(くう)について、「霊の世界における仏の光が、地上に現われるときに霊子という核をつくり、霊子がもとになって素粒子が誕生する」ことを明らかにしていました。

「三次元、四次元、五次元などという世界があると言われているが、ほんとうは、そうしたさまざまな世界があるわけではない。ただ光のみがある」

「霊の世界における仏の光が、いろいろなかたちで霊体をつくり、また、霊体のなかにある光子体をつくっているのだ。地上に現われるときには、それが霊子という核をつくり、霊子がもとになって、現代物理学でいう素粒子が誕生する。そして、素粒子がさらに大きな物質を構成していくのである」

「仏の光という霊的エネルギーが物質をつくり、その物質が分解されると、霊的エネルギーに還元されるのです。このように、『エネルギーと物質が循環している』という思想も、『空』の思想と言うことができます」

 質量のない光が質量のある粒子になる。あるいは逆に、粒子が光になる。これは仏教の「色即是空、空即是色」の物理学的な意味です。ヒッグス粒子はその仲介をするものだと考えられる。

 最先端の物理学の世界では、「素粒子」が突然現れ、突然消えるという不可思議な現象が確認されていますが、これは、四次元以降の世界から、創造主(超宇宙意識)のエネルギーが供給(物質化)されているのだと考えれば、説明がつくのではないでしょうか。

 さらに、この原理を応用すれば、「霊子」を使って、三次元空間に物質を生み出すことが可能になるかもしれません。

 聖書では、イエスが空中からパンやぶどう酒を創造したということが記してありますが、こういう奇蹟現象は非科学的だということで、現代では一笑にふされてきました。

 しかし、上記の説を仮説として取り入れて発想をジャンプさせれば、科学的に奇蹟現象を研究することも、可能になるのではないでしょうか。

 また、逆に、物質を四次元以降の世界に還元する技術が生まれれば、異次元航行(ワープ)が可能になるかもしれません。

 すなわち、アインシュタインの「相対性理論」を超えた、光速を超える存在、「霊速」の発見です。

 「霊速」が発見されれば、何万光年もある惑星間の航行が可能になるでしょう。

 また、光より速い存在があるということは、理論上では、未来や過去を映像として見ることができることになります。

 歴史上の偉大な預言者達は、霊的能力を使って、光の速度を超える「霊速」が存在する四次元以降の世界を かいま見、未来を予知することができたのでしょう。

 このように、現在の唯物論科学を超え、「物質が精神を生んだのではなく、精神が物質を生んだのだ」という『霊界科学』を人類が研究するようになれば、異次元航行による銀河系間の旅、タイムマシンの開発による時間の旅、宇宙人との交流、霊界との交流、霊界通信機を使った天使たちとの直接的交流等、人類の未来は超加速度的に進化していくことでしょう。

神の創られた多次元世界の究明に向かう科学

 今後、神という概念を、また神の創った霊界という世界を念頭に置かない科学というものは存在することができなくなっていく。

 今後、科学の対象は霊界に向かうべきであり、霊界の奥にある神そのものに向かうべきであると思います。物理学においては素粒子論で持ち切りのようでありますが、素粒子の奥をきわめていくと、物質とはそもそも何であるのか」「物質の誕生とは何であるのか」ということに思いをいたさないわけにはいかなくなります。(『ニュートン霊示集』より)

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