ブラックホールにおける量子もつれが既知の限界より強い可能性を明らかに ホーキング博士の議論の穴を発見

 量子ビットを用いた模型の理論的解析により、ブラックホールの熱的エントロピーの導入に用いられてきたホーキング博士の考え方に穴がある可能性を指摘した。

 量子もつれに関する予想の不十分な点を見出し、ブラックホールにおいてこれまで考えられていた上限を超える強い量子もつれが存在しうることを示した。

 この模型の解析を通して、ブラックホールが極めて高温な防火壁で覆われているという仮説が論理的必然でないことを明らかにした。

 ブラックホールは曲がった時空構造のひとつであるが、熱的性質を持つことが様々な解析から予言されていました。例えば、1975年のケンブリッジ大学のスティーヴン・ホーキング博士の研究では、ブラックホールはホーキング輻射と呼ばれる熱的な輻射を出すことが明らかになり、この輻射の温度がブラックホールの温度であることを仮定して、ブラックホールのエントロピーが導入されました。これは、ベッケンシュタイン・ホーキングエントロピーと呼ばれ、ブラックホールの熱的エントロピーであるとこれまで考えられてきました。

 現代物理学における課題のひとつは、量子重力理論が未完成であることであり、それを解決するためには、極めて強力な重力源であるブラックホールにおいてその量子的な性質を明らかにすることが重要となる可能性が高いと考えられます。ブラックホールが輻射を出しながら消失する過程においては、ブラックホールを構成する物質の量子的な情報が失われる可能性が指摘されていますが、これは情報喪失問題とよばれます。量子論の基本的な原理に従えば、情報は必ずどこかに保持されるはずだからです。量子重力理論の完成に向けてこの情報喪失問題を解決することが重要だと考えられ、盛んな研究が行われています。

 このような量子的性質を調べるためのひとつの便利なツールが、ある種の量子的な相関(量子もつれ)を定量化するエンタングルメントエントロピーであり、情報喪失問題はこのエンタングルメントエントロピーから理解することもできます。普通の物理系では、エンタングルメントエントロピーは熱的エントロピーよりも小さいのですが、ブラックホールが輻射を出しながら完全に消失する過程の後半においては、その二つが一致することがアルバータ大学のドン・ペイジ教授によって1993年に予想されていました。上述のホーキング博士の議論と合わせて、ブラックホールが輻射を出す過程の後半では、エンタングルメントエントロピーはベッケンシュタイン・ホーキングエントロピーとも一致すると予想されていました。

 東北大学大学院理学研究科の堀田昌寛助教 山口幸司氏(博士課程)は、名古屋大学理学研究科の南部保貞准教授と共同で、ブラックホールから輻射が出る過程を模倣した量子ビット模型を提案して、その性質の理論的研究を行いました。この系において導入可能な三種のエントロピーの比較を行った結果、これらは一致せず、エンタングルメントエントロピー、熱的エントロピー、ベッケンシュタイン・ホーキングエントロピーの順に大きいことが示されました。特に、エンタングルメントエントロピーが、これまで考えられていた上限値であるベッケンシュタイン・ホーキングエントロピーよりも大きい。すなわち、既知の限界よりも強い量子もつれが存在することが明らかになりました。この模型は、実際のブラックホールそのものを直接的に記述するものではないものの、ベッケンシュタイン・ホーキングエントロピーを導入する際のホーキング博士の議論と同様な状況設定を考えています。このことから、実際のブラックホールにおいても、上述の先行研究の予想が必ずしも正しくない可能性が示唆されます。

 我々の住む4次元時空の球対称なブラックホールは、エネルギーが外へ持ち出されると温度が高くなる、つまり、比熱が負であるという注目すべき性質がありますが、その物理的な起源は明確にはわかっていません。この研究で提案された量子ビット模型は、このブラックホールと同じ熱力学的な性質を持ちます。この模型における負の比熱の起源は、エネルギー零の輻射であるため、将来的に実際のブラックホールにおける同様の輻射の役割を調べることで、ブラックホールの熱的性質の理解が進むかもしれません。更に、零エネルギーの輻射が、ホーキング輻射と強い量子もつれを共有することが可能となることから、ブラックホールが極めて高温な防火壁で覆われているという仮説が論理的必然ではないことも明らかにしました。

 近年、ブラックホールにおける零エネルギーの輻射への関心が高まっています。 元々、2001年に本研究の著者のひとりである堀田助教が、当時東北大学の大学院生であった佐々木健一氏、佐々木高洋氏と共同で発表した論文中で指摘されていたブラックホール地平面上の零エネルギーミクロ状態が、ホーキング博士、ケンブリッジ大学のマルコム・ペリー教授、ハーバード大学のアンドリュー・ストロミンジャー教授によって2016年に再発見され、ブラックホールが収縮するにつれて、そのミクロ状態が零エネルギーの輻射と転化する可能性が論じられました。更に、彼らはこの零エネルギーの輻射こそが情報喪失問題を解決するキーポイントとなると予想したため、現在様々な研究が進められております。本研究は、このような零エネルギーの輻射が、ブラックホールにおいて熱統計力学的、情報理論的に重要な役割を果たす可能性を指摘したものであるということも出来ます。

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