年金不足問題 「老後の不安は、家族や親族にも責任がある」

 日本中の家計に衝撃が走った。

 2019年6月、金融庁の審議会の報告書に、老後の暮らしのためには年金以外に2000万円の資金が必要と記載された。そして、

 金融庁が、このほど、「年金とは別に、30年間で2千万円の老後資金を用意する必要がある」という報告書を作成。批判を浴びて撤回した。

 その額の信憑性については、さまざまに議論されている。しかし、寿命も延び、年金がどれだけもらえるかもおぼつかないなか、ひとつの参考値にはなる。

 「貯蓄2千万円」と聞いて、思わず現在の積み立てペースから逆算してみた人もいるかもしれない。実際に、働いている人の大多数の実感に近い年収(中央値)は約360万円。そのうち10%の貯蓄を、子育てなどをしながら30年間続けても、1千万円ほどしか貯まらない。

 ならば、年金を維持するために さらに増税をすべきなのか? いや、逆である。そもそも、日本がこれほど”薄給国家”になったのは、増税が原因である。消費税率を5%に引き上げた1997年以降、国民の財布の紐が締まり、景気が冷え込んだ。その結果、年収は約50万円レベルで減った。もし、賃金がこれほど減っていなければ、約20年間で累積800万円以上多くもらえていた。

 幸福実現党は、消費税を5%に減税し、長期的には廃止することを提言している。少なくとも景気を20年前の水準にまで戻す。そうすれば、約20年間で800万円貯めることができる。「30年間で貯蓄2千万円」は、ぐっとイメージしやすくなる。

 また、景気が良くなれば、企業が払う法人税が増え、個人が払う所得税も増える。

 日本のGDP(国内総生産・名目)が年3%成長すれば、年金など社会保障費の増え方に追いつく速度で、税収も増えるといわれている。経済成長すれば、「自助」も「公助」もしやすくなる。減税こそ、最大の福祉である。

 幸福の科学大川隆法総裁は、「幸福への論点」と題して講演を行って、「年を取って老後に不安があるという場合は、普通は、家族が第一義的に責任を感じなきゃいけないことであるのに、この議論だけはまったく出てこないんですよね。これは一体、どういうことなのかなと不思議で仕方がない」と指摘。

「年金なんて、官僚が食いつぶしてしまって、グリーンピアとか建てて使って、”横領”されちゃいますからね。第一義的には家族、第二義的には親族にも責任があると思うし、それ以外は、隣近所から自分に関係のあるいろいろな方々、篤志家など、晩年困った方がいたら、お助けする義務はあると思います」 

 続けて、総裁は、今後万が一政治の不手際で高齢化した人たちが困るような事態が起きた場合、幸福の科学は宗教として、「孤独老人なんて放っておきませんよ」「全幅の信頼を置いてください」と呼びかけた。

 

政府が70歳まで働ける環境を整える方針 年金破綻の時代に必要な施策

 政府は、2019年6月、未来投資会議において新たな成長戦略の素案を示しました。

 デジタル市場での取引透明性や公平性確保のためのルール作り、地域や要件を限定せずにタクシーの相乗りを導入する、地方銀行の経営統合を認める、などの施策を打ち出します。

 特に大きなものは、希望する人が70歳まで働き続ける環境を整えることです。

 70歳までの就業機会の確保を企業の努力義務とし、その後の状況も踏まえて義務化も検討する方針です。

 折しも、金融庁が「公的年金の水準が当面低下することが見込まれている」「年金の給付水準が今までと同等のものであると期待することは難しい」などと指摘した報告書を出したことが報じられたばかりです。

 国民皆年金が実現した1961年の平均寿命は、男性が約65歳、女性が約70歳でした。

 しかし、現在では、男性は約81歳、女性が約87歳になり、大幅に平均寿命が延びています。

 状況が変わったのに、定年退職の年齢や年金の支給開始年齢がほとんど変わらなければ、破綻は確実でしょう。

 政府がこうした事情を真正面から説明しないことは問題ですが、70歳まで長く働ける社会になることは、生きがいが生まれるのでよいことだと言えます。

 ただし、70歳までの就労確保の機会を義務化するのではなく、企業が「ぜひ従業員に長く働いてもらいたい」と思えるよう、減税や雇用に関する規制緩和や減税を推し進めるべきでしょう。

 

「自助」の人生設計を立てる

 老後の自衛策として、まずは生涯現役を目指し、年を重ねても働いて収入を得られるように心がけることです。さらに、家族の助け合いや近所づきあい、友人を大切にして、人間関係の絆を深めることです。

 政府も、国民が現役時代から資産形成できるよう減税に舵を切るべきです。現在の制度を維持しようとすれば、無限に増税が必要になるので、思い切って公的年金をなくし、民間に任せることも検討すべきでしょう。

 例えば、男性が65歳まで働いた場合の生涯賃金は2億円とされていますが、22歳の男性が75歳まで働き続けると仮定すると、労使負担分を合わせて約4300万円の厚生年金保険料を納めることになります。年金が廃止されれば、その分の保険料が自由に使えるわけです。運用は個人に任されますが、貯蓄や投資、将来面倒をみてくれる子供を育てるなど、選択肢が増え、自由が広がります。

 「政府がすべて面倒をみる」というこれまでのやり方はいずれ限界がきます。これを機に、「自助」を中心とする考え方に変えるべきでしょう。

参考

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