三帰誓願

 幸福の科学では、気楽に入れるようにという理由で、三帰誓願者以外にも、会員というかたちが設けられている。

 しかし、三帰誓願者になったほうが、光は強くなり、いろいろな奇跡も起きやすくなる。その値打ちは高く、この国を護る光である。

 お布施とは、自分にとっての修行であり、功徳を積むことです。

 幸福の科学大川隆法総裁は、『逆境の中の希望』で以下のように説かれました。

「幸福の科学の信者には三帰誓願者と会員とがあります。

 当会に入ることを望んでいる人には真面目な人が多く、「真理の勉強や修行が進んでからでないと、信者になってはいけないのではないか」と思い、遠慮している人が多いため、「もう少し気楽に入れるように」という理由で、三帰誓願者以外にも、会員というかたちで入会できることにしているのです。ただ、この両者には、もともと、それほど扱いに差があるわけではないので、会員のみなさんは、どこかで早く発心し、三帰誓願者になっていただきたいと思います。三帰誓願者になったほうが、もちろん、光は強くなり、いろいろな奇跡が起きやすくなります。これは当然のことです。そして、救う側としての力は、もっと強化されてくるのです。布施など金銭的なことを考え、「三帰誓願者になるより、普通の会員でいたほうが、金銭面での負担が軽い」という理由だけで、三帰誓願者にならず、会員のままでいる人もいるかと思います。しかし、布施は、自分にとっての修行であり、功徳を積むことであって、何かを買うための対価ではないため、「値段が高い」と考えるようなものではありません。「目に見えないもののために金銭などを差し出す」ということによって、修行を重ね、功徳を積んでいるのです。したがって、「お布施ができるような身分の自分になりたい。しっかりと仕事をして収入を上げたい」と考えてみてください。また、自分自身に収入がない主婦の場合には、ご主人に対して、「あなた、もっと出世して、きちんとお布施ができるようになってください。幸福の科学の信者なら、もっと偉くなり、お布施ができる経済的余裕をつくってください」と言って尻を叩き、課長は部長を、部長は役員を、役員は社長を目指して頑張るように、プッシュしなければなりません。決してマイナス発想をしないでください。三帰誓願者の値打ちは高く、「この国を護る光である」と私は思っているので、ぜひ増えていただきたいのです。会員のほうは、どんどん増えていますが、三帰誓願者のほうは、養成するのに多少の手間がかかるため、伸びが少し弱く、その傾向は全国的にあります。しかし、ここは、光の直流が流れてくるところなので、多くなければ駄目なのです。三帰誓願者は、ある程度、修行の年数がたつと、いざとなったら、支部長や講師に代わって、同じような仕事ができる立場にあります。一定の法臘(ほうろう)(弟子になってからの年数)がある人には、それだけの力があるので、そういう人は数多くいたほうがよいのです。 「会員のままのほうが金銭的負担が軽い」と思っている人がいたら、そういう人には、「実際には、三帰誓願者になるほうがよいのです。こちらのほうが、あの世へ行ってから、“お得”です」と述べておきます。」

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