信仰で奇跡は起きる?

 幸福の科学大川隆法総裁は、『信仰のすすめ』で以下のように説かれました。

「ルルドの地に聖母マリアが現れ、その実証の一環として、「病気が治る」という奇跡が起きました。しかし、実は、ルルドの泉自体は、そこで起きる奇跡とは、まったく関係がないのです。泉の水の成分も関係がありません。ずいぶん多くの人が、その地に行っています。しかし、実際に病気の治る確率は百分の一もないでしょう。病気が治った例は、ごくわずかです。いろいろな人がルルドに行きますが、そのなかで、奇跡が必要な人には奇跡が現れてくるわけです。それが天上界の計らいなのです。全員が治るわけではありません。奇跡が必要な人とは、一つには、仏神の証明役として予定されている人です。もう一つには、奇跡が起きることによって、その後、大きな活動が期待できるような人です。この条件を満たす人に奇跡が起きるのです。その泉にまつわる高級霊たちが、伝道の観点から奇跡現象を起こしているのです。彼らは、奇跡が必要だと思われる人に対して奇跡を起こし、そうでない人に対しては奇跡を起こしません。場所も、水や木や砂なども、ほんとうは関係がありません。そういうものは、縁をつくっているだけのことで、奇跡とは関係がないのです。宗教の支援霊団、指導霊団は、「奇跡を起こそう」と思えば、いつでも、どこででも起こせます。ただ、彼らは賢いので、よく考えた上で、それを行っています。当会においても、あちこちで、そのような現象が起きていますが、あえて大きくは取り上げていません。たとえば、私の法話のビデオを観ただけで病気が治る人もいます。奇跡が当会の活動の中心になれば、そういうことは数多く起きてくるはずです。しかし、そちらを中心にはしていません。なぜかといえば、そうなると、信者たちが勉強をしなくなるからです。奇跡がたくさん起きると、「ああ、おもしろい」と言って、そのことばかりに夢中になり、勉強をしなくなるので、抑えをかけています。奇跡については、あまり起きると、地上の人間たちがおもしろがり、期待しはじめるので、支援霊、指導霊によって調整がなされています。ほんとうは、支援霊団、指導霊団が本気で「やろう」と思ったならば、あらゆることが可能です。ただ、三次元世界は霊界とは違う世界なので、奇跡は一定の例外としてのみ許されており、それをどういうかたちで起こすかは、ほとんど彼らの判断にかかっているのです。もっとも、信仰心とのかかわりで言えば、「信ずる者のところに奇跡を起こしたい」ということは彼らも考えています。どうしても、そういう面があるので、「信仰心は奇跡を起こす原動力になる」と言えます。」

奇蹟が起きないときとは

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