光の天使

 幸福の科学大川隆法総裁は、『永遠の法』で以下のように説かれました。

「現代のいわゆる常識人たちは、天使という存在について、なかなか信じることができないだろうと思います。たとえ敬慶なクリスチャンであっても、天使という存在に対して、頭では信じていても、実感としては、そう簡単には信じることができないはずです。キリスト教では、「父と子と聖霊」ということが言われています。クリスチャンたちにとっては、「父なる神」は分かる気がしても、また、「子なるキリスト」も分かるにしても、「聖霊たち」になると、よく分からないようです。また、天使や悪魔について、「それは、『グリム童話』といった童話集などに出てくる存在であり、二十世紀の時代に天使や悪魔がいるとは思えない」と、九割以上の人がそれを一笑に付すことになってしまいます。しかし、これは昔話ではないのです。洋の東西を問わず、古今を通じて、天使的な存在と悪魔的な存在についての話があります。それは文明国であっても発展途上国であっても同じです。なぜかといえば、現にそうした存在があるからです。天使とは、ひと言でいえば高級霊の総称です。しかし、高級霊といっても、さまざまな段階があります。のちほど説明しますが、六次元光明界の上段階あたりから、天使といわれる存在がいるのです。いわゆる諸天善神(しょてんぜんしん)です。その他、菩薩や如来の段階の人たちも天使といわれています。天使のなかで、地上を去ったばかりの人たちを救う天使というのは、いわゆる第一段階の天使です。この第一段階の天使は、法を説くことよりも、人間の魂の現実的な救済のために働いています。  こうした天使は非常に数多くいます。この世を去ってあの世に行ったばかりの人たちを導いたり、その人たちを収容して、さまざまな教育をしたりしている天使、すなわち第一段階の天使は、何億人もいるのです。しかも、一人ひとりの思想や信条、宗教環境に合わせた天使が出てきて指導をします。キリスト教圏では、やはりキリスト教系の天使たちが、そうした指導をしています。また、仏教圏では、仏教系の諸菩薩が指導をしていることが非常に多いのです。つまり、指導を受ける者が信じやすいような姿で出てくるのです。」

 光の天使(如来や菩薩)とは、決してふんぞり返っている人たちではなく、卓抜な指導力ゆえに先生役を頼まれている人たちである。

 指導力が低下したときには、先生役から外れる場合もあるし、逆に平凡な魂だったものが、転生の過程の努力・精進で、しだいに指導力を増し、先生役を頼まれることもある。

 魂の世界では、努力すれば光の量が増し、怠ければ光の量が減少する。進歩する機会は「平等」に与えられ、努力の結果に対しては「公平」に処遇される。

 大川隆法総裁は、『ユートピア創造論』で以下のように説かれました。

「霊界において、九次元には救世主の世界、八次元には大指導霊・如来たちの世界、七次元には指導霊・菩薩たちの世界があります。そして、六次元の上段階には諸天善神たちの世界があります。彼ら光の天使たちというのは、結局のところ、ユートピア創りのための指揮・監督者たちなのです。長年の転生輪廻のなかで、指導力があると認められた人たちが、個性ある大勢の魂たちの、それぞれの長所をさらに引き出しながら、全体を調和させていくという役割を担っているのです。つまり、如来や菩薩というのは、決して地位が高くてふんぞり返っている人たちではなく、卓抜な指導力ゆえに先生役を頼まれている人たちなのです。したがって、たとえ如来や菩薩であろうとも、最初から最後まで、ランクづけされた光の天使として存在しているわけではありません。転生の過程で指導力が低下したときには、先生役から外れる場合もあります。逆に、平凡な魂であったものが、長年の転生輪廻のあいだの努力・精進のおかげで、しだいに指導力を増し、多くの人びとの先生役を頼まれることもあるのです。  

 このように、魂の世界は、「努力すれば光の量が増し、怠ければ光の量が減少する」という、明確な法則のもとに運営されています。すなわち、個性あるそれぞれの魂は、進歩する機会は「平等」に与えられ、努力の結果に対しては「公平」に処遇されるように、配慮されているのです。」