空間論・時間論

 幸福の科学大川隆法総裁は、『黄金の法』で以下のように説かれました。

「釈迦には、八万四千の法門があったと言われるほどに、その教えの内容には高低があり、その幅にも、目を見張るようなバラエティがあります。しかし、その考えの柱を取り出すと、次の五つになります。  

 一番目の柱とは、実相世界と地上世界、すなわち、三次元の現象世界との関わりです。釈迦が常々説いていたのは、こういうことです。人間には、生まれて来る前にそこにおり、死して、またそこに還る永遠の実相、実在世界があり、この世は仮の世にすぎないのだ。実在の世界が、根元の仏の創造意志によって現出したように、この三次元世界も、実在の世界の投影にすぎず、人間は、影絵の世界に住んでいるようなものである。この影絵の世界、仮の世界こそ唯一の世界だと錯覚して、人々は、地上に執着を持ち、さまざまな苦しみをつくってゆくのである。この苦しみから逃れるためには、自分が本来いた実在の世界を想い起こすことだ。そして、物質人間の執着を断って、本来の実相人間になることだ。さすれば、そこに生の苦しみなく、老いる苦しみなく、病の苦しみもない。そこにあるのは、ただ歓喜の世界であり、光煌めく光明の化身としての人間なのである。人々よ、このことを、まず、悟りなさい、と。これが教えの最初の柱でした。  

 教えの二番目の柱とは、時間論です。一番目の柱を空間論とするならば、二番目の柱は、時系列的なものの考え方にあります。そのひとつが縁起の法です。この現象世界、実在世界を貫く法則は、原因と結果の法則であり、あるできごとと次なるできごとを結びつけるもの、あるいは、ある人と次なる人とを結びつけるものを縁といいます。そして、すべてのものごとは、この縁によって生ずるのです。しかも人間は、永遠の時間の流れのなかで生まれ変わり続けてゆくという転生輪廻の法則から逃れられない存在なのです。この転生輪廻も、原因あって結果ありの因果の法則に支配されております。来世がどのような世界で、どのように生きるかは、今世をどう生きるかにかかっており、今世の自分の魂の傾向とか、自分がおかれた環境などは、前世に起因しているのです。しかし、逆にいうならば、今世を素晴らしく生きることによって、輝ける未来世が約束されているのだと言えます。ですから、悪しき因果の循環を断つためには、今世において努力精進し、運命に翻弄されている自分の生活を立て直す以外にないのです。これを解脱といいます。そして、運命に支配されない金剛不壊の目分を発見することを悟りというのです。しかも、悟りによって如来の境地に達すれば、人間は、因果の法則で転生輪廻することから解放され、自分の自由意志によって、転生をすることが可能となります。こういう教えが、二番目の時間論なのです。」

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