『源氏物語』に流れている「宿世」の世界観

 日本最古、そして、世界最古の長編小説とされ、日本文学を代表する『源氏物語』。この物語の根底に、「人は予め定められた運命に導かれ、翻弄される」という「宿世」の世界観があると言われている。

 源氏物語には、こんなストーリーがある。 

 18歳の光源氏が耳にした「ある女性」の話 であるが、宮廷に生まれた光源氏は、幼い頃に母を失った。その亡き母の面影を求め、様々な女性と恋をする。そんなある時、自分の従者との雑談の中で「明石の入道」という男の話を聞く。その男は、都で出世を諦め、明石(現在の兵庫県)で暮らす。娘には「自分の希望しない結婚でもしなければならなくなった時には、海へ身を投げてしまえ」と言っている。

 光源氏はその話の娘に、何となく興味を持ったが、しばらく忘れてしまう。18歳のときの話だった。

 

重なる不運は「前世の罪」?

 26歳ほどになった光源氏は、順調に出世していた。しかし、ある時不運が襲う。自分のことを疎んじている政敵の孫が天皇に即位したのである。それにより、政局は政敵の思うままに動かされるようになる。

 さらに不幸なことが起きた。光源氏が密かに恋愛関係にあった女性がその政敵の娘だった。そして、なお悪いことに、その女性は天皇に嫁ぐ予定だったことが分かった。

 光源氏は、そのことに因縁をつけられ、「天皇への謀反の疑い」がかけられる。その結果、都を離れざるを得なくなってしまった。光源氏はこの不運を「前世の罪の報い」と嘆く。

 

謎の嵐と不思議な夢

 光源氏は、しばらく須磨(現在の兵庫県・神戸市)で詫び住まいをしていた。ある時、様々な心労が重なったので、陰陽師に海岸でお祓いをしてもらった。すると、突然激しい嵐が吹き荒れ始めた。避難した光源氏が翌日の明け方にまどろんでいると、不気味な夢を見る。人間でない何かが自分を探しながら、「なぜ王が呼んでいらっしゃるのに来ないのだろうか」と言っているのです。光源氏は、その後も同じ夢を見続ける。

 その後も嵐と雷は激しさを増す。光源氏は神に「嵐を鎮めてください」と願をかけた。すると、なぜか廊に雷が直撃し、火事になってしまった。

 しばらくして嵐は収まった。光源氏は、嵐と火事で滅茶苦茶になった家の中で座り込み、惨めな気持ちのまま うたた寝していた。すると、故人が夢に出てきて こう告げる。「どうしてこんなひどい所にいるか。住吉の神が導いてくださるのについて、早くこの浦を去ってしまうがよい」

 

同じく夢に導かれて表れた男

 その後、住まいのある海岸に、何者かが舟を漕いでやってきた。その人物は、「夢のお告げで、人間ではない何かに嵐がやんだら舟を出せと言われた」と語る。その人物こそ、光源氏が18歳の時に話で聞いた「明石の入道」だったのです。

 光源氏は、謎の嵐や、不思議な夢を思い出し、何か運命に導かれている気がした。思い切って「明石に私の住めるような場所はありますか」と尋ねる。すると、入道は喜んで光源氏を自分の邸宅に迎えてくれた。

 

 「明石の君」との契り

 その邸宅に住んでいたのが、18歳のころふと気になった「明石の君」だった。

 光源氏と「明石の君」は、言葉を交わさなくても、内心惹かれ合うものがあった。ある時、「明石の入道」が、光源氏に娘との結婚を勧める。

 それに対して、光源氏は「無実の罪に当たって、思いもよらない地方に来ることになったのも、何の罪によるのかと分からなく思っていたが、なるほど浅くはない前世からの宿縁であったのだ」と考えるようになる。

 その後、光源氏は明石の君と心を通わせ、ますます「生前からの契り」を感じるようになる二人はめでたく結ばれ、「明石の君」は子を腹に宿す。

 

光源氏は皇子の祖父に

 その後、光源氏は都から呼び戻される。最初は泣く泣く「明石の君」と別れたが、後に都に呼び寄せる。生まれた娘である「明石の姫君」も一緒だった。

 それから時間が経ち、愛娘「明石の姫君」は成長していった。そしていつしか、皇子に寵愛され、子を宿す。その皇子は天皇に即位し、子供が第一皇子となる。

 その知らせを聞いた「明石の入道」は、光源氏に「『明石の君』が生まれたとき、夢で『娘から将来の天皇が生まれる』というお告げを聞いていた。だから、都でも通用するような教育をし続けてきたのだ」と告白した。

 それから、光源氏は皇子の祖父という立場となり、栄華を極めることになった。

 

日本人と西洋人を分けるのは「前世の観念」?

 「会う前から存在している契り」があり、夢や人間ならざる何者かがその予兆を告げる。そして、振り返れば、様々な出来事が点と点が線になるように、二人が出会うための伏線になっていた。

 日本最古の長編小説『源氏物語』には、『君の名は。』や『ボク、運命の人です。』などに見られる、「運命の赤い糸」的ストーリーの原型があるのかもしれない。

 実際、物語には「宿世」を表す言葉が 277も出てくる。様々な説話の中で、登場人物が自分の身に降りかかる出来事を、「生前からの縁や運命だったんだ」と感じて感慨にふける。この運命への感慨が、古典の授業で習う「もののあわれ」と通じるのであろうか。

 「宿世」の世界観は、仏教から来ている。「人は繰り返し生まれ変わっている」という思想が浸透していたので、当時の人たちはより共感を持って作品を読んだのでしょう。

 明治時代に日本に帰化し、その文化を研究した小泉八雲というギリシャ人は、日本人と西洋人の一番の違いは「前世の観念」だと述べた。

 そして、現代の日本人も、頭では「運命、前世なんて・・・」と思いつつも、どこかに「運命を感じてぞくぞくする」感性が残っているのかもしれない。

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