「孫子・用間篇(第十三章)」に読むビジネスリーダー

人により敵の情報をつかむ

 優れたリーダーが人並み以上の成果を収めるのは、能力や知力ではなく、事前に敵情を知る「先知」なのである。そのための間諜であり、企業で言えば営業マンである。

 孫子は、2500年も前に、決して神仏に頼ったり祈祷や占いで知るのではなく、人間が直接動いて情報をつかむことによって、先に知るべきだと説いた。我々が運勢や神頼み、仏頼みになったり、気合と根性と誠心誠意で乗り切ろうとするのではまずい。

 情報もないのに、ただ訪問件数を増やせ、電話本数を増やせと尻を叩くのも、無駄なコストばかりかかって大した成果にはならない。  

 勝つためには情報収集しなければならない。顧客の情報、競合の情報、世の中のトレンド、自社の活動状況などの情報を地道に集め、それらを分析して、どう動くべきかを考える。その情報も鮮度の高い情報が求められるし、その情報によって先手を打つことができるようになる。営業活動、売上創出活動においては、「先知先行管理」が必須である。先々の売上や受注を見通しながら、先手を打っていく。先に情報をつかみ、先手を打って行く。自社の商談期間や納品リードタイムなどを見て、先々への仕込みをする。そうすると、取れるべくして取れる受注もあるし、棚ボタでもらえる受注もあることが分かる。もちろん、取れると思っていたのに失注してしまうものもある。それをつかむのがリーダーである。

 大きな事業投資をすれば、稼働・維持するために膨大な人件費や管理費等が必要になる。投資資金を回収するのに何年もかかったあげくに、わずかな事でライバル企業との競争に敗れてしまうこともある。にもかかわらず、事前に入念なマーケティングやライバル企業の情報収集を怠るのは、経営者として失格である。

 優れた経営者が事業展開して成功できるのは、事前に入念なマーケティングやライバル企業の情報収集を行うからである。しかも、それらの情報は、机上の空論でなく、人が足で稼ぐ現場の生の情報でなければならない。

 何年にも渡って敵国とにらみ合うようなことになれば、戦費も莫大である。だが、その勝敗を分ける決戦は一日で終わる。川中島の決戦も、天下分け目の関ヶ原も、せいぜい半日程度。そこで負ければ、すべての努力はその時点で水泡に帰す。そこで、重要になるのが、敵国の情報をスパイ(間諜)を使って収集すること。敵方への調略、情報流布活動(プロパガンダ)なども必要である。決戦時に失敗が許されないからである。そのスパイに払う褒賞をケチって敵の情報を収集しない将軍がいたとしたら、指揮官失格であると孫子は断じる。節約した金は、莫大な戦費の中ではほんのわずかな金に過ぎないからです。

『凡そ師を興すこと十万、師を出だすこと千里なれば、百姓の費、公家の奉、日に千金を費やし、内外騒動して、道路に怠れ、事を操るを得ざる者、七十万家。相守ること数年、以て一日の勝を争う。而るに爵禄百金を愛みて、敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり。民の将に非ざるなり。主の佐に非ざるなり。勝の主に非ざるなり。  故に明主・賢将の動きて人に勝ち、成功の衆に出づる所以の者は先知なり。先知なる者は、鬼神に取る可からず。事に象る可からず。度に験す可からず。必ず人に取りて敵の情を知る者なり。』第十三章 用間篇

 およそ10万の兵を集め、千里もの距離を遠征させるとなれば、民衆の出費や国による戦費は、一日にして千金をも費やすほどになり、官民挙げての騒ぎとなって、補給路の確保と使役に消耗し、農事に専念できない家が七十万戸にも達する。こうした中で、数年にも及ぶ持久戦によって戦費を浪費しながら、勝敗を決する最後の一日に備えることがある。(数年にも及ぶ戦争準備が、たった一日の決戦によって成否を分ける)にもかかわらず、間諜に褒賞や地位を与えることを惜しんで、敵の動きをつかもうとしない者は、兵士や人民に対する思いやりに欠けており、指揮官失格である。そんなことではとても人民を率いる将軍とは言えず、君主の補佐役とも言えず、勝利の主体者ともなり得ない。聡明な君主や優れた将軍が、軍事行動を起こして敵に勝ち、人並み以上の成功を収めることができるのは、事前に敵情を察知するところにこそある。先んじて敵情を知ることは、鬼神に頼ったりして実現できるものではなく、祈祷や過去の経験で知ることができるものでもなく、天体の動きや自然の法則によってつかむわけでもない。人間が直接動いて、情報をつかむことによってのみ獲得できるものである。

 神様、仏様に頼ったり、気合と根性で乗り切ろうとするだけでは、安定した成果を生むことはできません。孫子は優れたリーダーの特徴は先知であると説きました。先に知って、先に手を打ち、先々を見通しているからこそ優れた成果をあげることができるのだと。

 やってみなければ分からないという経営ではなく、先を読んで手を打ち、決して結果オーライに甘んじないようにしていきます。

 「明君とか賢将とか言われる者が相手に勝ち、目覚しい成功を遂げるのは、人より先に敵情を知り、事態を予知しているからである。」とのことです。

 

スパイを利用せよ

 孫子は、間諜に5種類あることを示した。

 現代企業における間諜である営業マンに置き換えてみる。

・因間(郷間) 顧客の身近、周辺にいる人間を利用する諜報活動    

  近所の人、親族、出入りしている人、取引業者、口コミの評判

・内間 顧客の内部にいる人間をスパイにする    

  客先で内部情報を聞き出す、秘書・受付と仲良くなる

・反間 敵のスパイを利用する こちらのスパイにしてしまう    

  競合の営業マンと親しくなり情報を聞き出す、自社に転職の誘いをしてみる    

  軽くニセ情報を流してみる

・死間 死ぬ(失注)からこそ聞ける情報をとってくる    

  失注した時にこそ聞ける本音情報をとる    

  失注してもそこで終わらずに伝えるべき情報を伝えてリベンジに備える

・生間 一度で終わらず二度三度と諜報活動を繰り返す    

  受注したら更に突っ込んで色々と裏情報、内部情報を聞き出す    

  その情報は蓄積し、今後の取引に備える

『間を用うるに五有り。因間有り。郷間有り。反間有り。死間有り。生間有り。

 五間倶に起こりて、其の道を知ること莫し、是を神紀と謂う。人君の宝なり。  郷間なる者は、反り報ずる者なり。因間なる者は、其の郷人に因りて用うる者なり。内間なる者は、其の官人に因りて用うるなり。反間なる者は、其の敵間に因りて用うる者なり。死間なる者は、誑事を外に為し、吾が間をして之を知ら令め、而して敵を待つ者なり。』

 営業活動が諜報活動に相当すると思えば、いろいろと工夫する余地がある。営業マンはモノ売りではなく、情報の力で人を動かす人でなければならない。情報と言っても、インフォメーションではなく、インテリジェンス。まさに諜報であり、それが孫子の兵法を現代の営業活動に応用する時の重要ポイントである。したがって、営業活動は、顧客へのプロパガンダとも言えるし、情報リークとも捉えることができる。顧客に適時適切な情報を流すことによって、顧客の判断軸を作り、またそれを変えて行く。人は見ようと思ったものを見、聞こうとしたものを聞く。いきなり商品の説明や売り込みを行うのではなく、予めその商品を正しく判断できるようにするための情報を流してあげて、判断軸や評価尺度を作ってあげることが必要なのです。

 孫子は「お金を惜しんで敵情視察をしないものはバカである」と言っています。

 ビジネスでも、情報収集をせずに新規事業を立ち上げる人が大勢います。市場調査、競合調査、ノウハウの獲得、経営情報の獲得など、それらの情報がなければ成功しないでしょう。

 

情報の価値を汲み取り漏洩は決して許さない

 人生をかけ、キャリアをかけて仕事をするなら、それ相応の人と仕事をしたいと考えるのが普通である。「報酬を払っているのだから、黙って言うことを聞け」という態度、姿勢では人は動いてくれない。2500年前ですらそうだった。気に入らなければ斬って捨てても許される時代であっても、人を使うリーダーには多くの要件が求められた。このことを現代の経営者は忘れてはならない。ここで、リーダーとしての条件である、「智・信・仁・勇・厳」に加えて「聖」が追加される。聖人とはまさに人知を超えた神なる存在とも言うべきか。そして、現場に出て集めてきた情報から真実を読み取る洞察力と論理力。たとえば、営業マンや顧客対応窓口が顧客から収集してくる情報は、貴重なマーケット情報ではあるけれども、断片情報であり、主観が混じっていたり、誤解があったりして、そのまま鵜呑みにはできない情報も多い。真偽も定かではないから、裏もとらないといけない。個々の情報は点に過ぎない。それを、リーダーは点をつなげて線にして、線を面にする。その面も表から裏から見て、過去から現在の積み重ねを見て、そこから未来へと延長する推察や論理も必要となる。こうした情報の裏にある因果や背景、真実を読み取って、何らかの意思決定を下さなければ、せっかく集めた情報も成果には結び付かない。ただ集めたデータを見て「あれが悪い」「これが悪い」と言っているだけでは何の意味もない。なぜそうなっているのか、その真因はどこにあるのか、どうすればその真因を取り除くことができるのか までつかんで、手を打ってこそ情報を分析したと言えるし、インフォメーションからインテリジェンスへの昇華がなされたと言える。

 現場の営業マン、諜報マン、現場の人間は、すべて情報をもたらしてくれる間諜であるが、事実だけでなく感じたことを添えて伝えてもらう。その場で感じた実感を添えてもらうことで、単なるデータや事実が温度感のある生々しい情報となる。経営者には、その情を汲み取る思いやりや慈悲の心があれば良い。そして、その情報を重ね合わせ、時系列に並べてみて、その裏にある流れを読み取る。一時点では読み取れなかった事が、時系列に追いかけてみると見えてくることがある。営業担当者や顧客対応窓口がせっかく収集した顧客の声やマーケット反応も、その価値をとらえて企業経営に活かすマネージャーや経営者がいなければ、ただのゴミ情報と化してしまう。情報活用とはIT活用とは違う。読み取る人間の側の問題なのです。 

『三軍の親は、間より親しきは莫く、賞は間より厚きは莫く、事は間より密なるは莫し。聖(智)に非ざれば間を用うること能わず。仁(義)に非ざれば間を使うこと能わず。微妙に非ざれば間の実を得ること能わず。密なるかな密なるかな。間を用いざる所なし。間の事未だ発せず、而して先ず聞こゆれば、間と告ぐる所の者と、皆死す。』第十三章 用間篇

 全軍の中でも親密度において、間諜よりも親密な者はなく、褒賞も間諜より厚遇される者はなく、軍務において間諜よりも秘密裏に進められるものはない。聡明で思慮深くなければ、間諜を諜報活動に当らせることはできないし、思いやりや慈悲の心がなければ、間諜をうまく使うことはできない。また、微細なところまで配慮のできる洞察力がなければ、間諜から集めた情報の中にある真実を見極め実地に用いることができない。なんと奥深く、見えづらく、微細・微妙なものであるか。軍事において間諜を使わないことも、諜報した情報を活用しないこともない。

 間諜の情報が公表される前に他から耳に入り、間諜が情報を漏らしていたとなると、その間諜本人だけでなく、その情報を知った者はすべて殺してしまわなければならない。

 危険を顧みず、敵国に侵入し、何年もかけて情報を収集するような諜報活動をさせるためには、間諜が優秀な人材であることはもちろんだが、依頼する側に余程人間的な力や魅力がなければならない。そして、個々の間諜が伝えてくる情報は、個別、断片情報に過ぎないから、それらを統合し、その因果を読んで、隠れている真実をつかむ洞察力がなければ、せっかくの情報も役には立たない。

 顧客のためにやるべきだと考えている仕事や業務を徹底しない、実行しない社員を許してはならない。業務命令違反だとか、ルール破りとか、社内の問題の前に、顧客に対する背信行為であることが問題である。会社に対する背信行為であれば、その経営者なり組織が許せばそれで済むが、顧客に対する背信行為を会社が許してしまったら、今度はその会社丸ごとが顧客からそっぽを向かれることになる。そうした問題行動をとる社員を処断できない弱腰なリーダーが、組織の崩壊、企業の倒産へと導く。

 機密情報の漏えいは競争上死活問題につながることから、企業の組織内における情報統制を厳格にすることは重要である。近年、企業におけるコンプライアンス導入の必要性が高まっているが、ここでは規律の遵守を徹底させなければならないことが、組織の課題として明示されている。

 

攻める前に周到に諜報すべし

 何としても成功させたい商談や事業企画があり、攻略したい顧客やキーマンがいるなら、その情報を徹底して収集し、それに通ずる人脈をたどり、相手の取り巻きや過去からの経歴、経緯などを調査した上で慎重に事を進めなければならない。

 法を犯して産業スパイをせよというのではない。日頃の業務、活動の中でいろいろな情報が取れるはずである。それらを捨ててしまわずに蓄積しておけば良い。そうして、相手からの信頼を得、信用を勝ち取り、友情とも言えるような感情や関係性を築けたならば、その相手を反間として、また、内間、郷間として利用することもできるようになる。競合企業の営業マンは、まさに反間である。同業者の集まりや、同業者が一堂に会するイベント、展示会などで隣り合わせになったりする。そこであれこれ世間話などもしていれば、自ずと競合企業の内部事情などが聞けたり、読み取れたりする。

『軍の撃たんと欲する所、城の攻めんと欲する所、人の殺さんと欲する所は、必ず先ず、其の守将・左右・謁者・門者・舎人の姓名を知り、吾が間をして必ず索めて之を知らしむ。』第十三章 用間篇

 攻撃したい敵や、攻めようとする城塞、殺害しようとする人間がいれば、事前に その護衛をしている指揮官や護衛官、側近の者、取次ぎ役、門番、雑役係などの姓名を調べ、間諜に命じて更に詳細な情報を得るようにしなければならない。

 

上智を間者とし大功を成せ

 営業(諜報活動)の重要性を認識した優秀な経営者のみが、優れた営業担当者を使いこなすことができる。その担当者が集めてくる情報の価値を活かすことができるのである。営業力強化のポイントは、営業マンの売り込む力、押し込む力にあるのではなく、マーケット、すなわち、顧客や競合の動きを把握する情報力、諜報力にある。どんなに営業力、戦闘力、兵力があろうとも、顧客の情報、競合の情報、マーケット情報、敵の情報、戦場の情報がなければ、戦いに勝利することはできない。商品力や開発力は小さくても、相手の動きを把握していれば、マーケットニーズを探り、ニッチな分野に絞り込むなど戦いようがある。その判断、戦略立案の元になるのが、営業マンが諜報してくる情報である。殷や周が、最優秀の人間を敵国に送り込み諜報させたように、21世紀の今も、戦う時には情報が必要であり、その情報をとってくる人間は、上智でなければならない。営業マンを諜報マンとして捉え直し、優秀な人材を充てて育成していくことは、企業経営にとって大切である。作れば売れ、売れれば儲かるという時代ではなくなった。売れるものを作らなければならないし、儲かるように売らなければならない。そのためには、顧客のニーズを汲み取り、斟酌して、先回りする諜報力が必要です。競合の動きを察知し、その意図を読み、有利にビジネスを進める智恵が求められる。

 だが、この営業部門を軽視している会社がある。技術系、開発系の下請け体質の会社に多い。また、経営者が技術者、開発者だとそういう傾向が強い。「安くて良いものを作れば売れる」という発想の会社である。技術力があり、商品力があるのは大いに結構なことだが、それでは営業機能を親会社に依存した下請け構造に甘んじるか、たまたま当たれば売れるが、継続して売れるものを出し続けられないという。

 営業活動を諜報活動と考えるというのは、営業活動を仮説検証活動だと捉え直すことに等しい。こちらの持つ情報をマーケットにぶつけてみて、その反応をつぶさにつかんでフィードバックし、それに基づいて次の手を打つ。間諜を送り込んで、敵国に情報を流しつつ、敵国の動きを探り、それを自国に持ち帰り、戦い方を考えるのと同じ。諜報(営業)活動によって、先知し、攻めたい先の周辺情報までしっかりと探る。その情報に基づいてターゲッティング(絞り込み)し、全軍を動かす。製造も開発も仕入も施工も物流も、すべてはマーケット情報、顧客起点の情報によって動き、それに合わせていかなければならない。

『敵人の間を索し、来たりて我を間する者は、因りて之を利し、導きて之を舎せしむ。故に反間は得て用う可きなり。是に因りて之を知る。故に郷間・内間も得て使う可きなり。是に因りて之を知る。故に死間も誑事を為して敵に告げ使む可し。是に因りて之を知る。故に生間も期するが如くなら使む可し。五間の事は、必ず之を知る。之を知るは必ず反間に在り。故に反間は厚くせざる可からざるなり。』

 必ず敵方の間諜がいないかを探し、潜入して来て我が方を探っている者がいれば、それを逆用して利益を与え、うまく誘導して寝返らせ自国側につかせる。こうして反間を得て用いることができるのである。この反間によって敵情をつかむことができる。だから、郷間や内間となる人物を見つけ出して使うことができるのである。死間が攪乱行動をとり、虚偽の情報を敵方に伝えさせることができる。生間を計画した通りに活動させることができるのである。五種類の間諜による諜報活動により、必ず敵の情報をつかむことができる。その敵情をつかむ大元は、反間の働きにある。反間は厚遇しないわけにはいかない。

『昔、殷の興るや、伊摯は夏に在り。周の興るや、呂牙は殷に在り。惟だ明主・賢将のみ、能く上智を以て間者と為して、必ず大功を成す。此れ兵の要にして、三軍の恃みて動く所なり。』第十三章 用間篇

 昔、殷王朝が天下を取った時、(のちに宰相となった有名な功臣である)伊摯は、(間諜として敵国である)夏の国に潜入していた。周王朝が天下を取った時、(建国の功臣である)呂牙は、(間諜として打倒すべき)殷の国に潜入していた。ただ、聡明な君主や優れた将軍だけが、智恵のある優秀な人物を間諜として用い、必ず偉大な功績を挙げることができる。この間諜の活用こそが戦争の要であり、全軍がそれを頼りに動く拠り所となるものである。

 間諜からの情報が間違っていたり、不充分であったなら、それを元に立てた作戦は自ずと失敗することになるし、それを信じて動かした兵隊は思わぬ罠に陥るかもしれない。信頼できる情報を得てこそ、戦争に勝つことができる。紀元前も今も、戦争は情報戦。どんな武力も兵力も、情報なくして有効に動かすことはできない。

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