孫子・現代訳

第一章 計篇

 自国と敵国の状況を比較し、勝算を計ることの重要性を説く

兵は国の大事  

 戦争は国家の一大事で、国民の生死、国家の存亡にも関わってくる。細心の注意を払って検討に検討を重ねなければならない。

 戦争は何も生み出しません。亡くしていくばかりです。孫子は、まず冒頭にこの言葉を持ってきて、戦争を安易に起こしてはいけない事、重大だからこそ事前に充分な検討が必要なのだという事を教えています。

 まわりに流され、勢いで選択・競争するのではなく、事前に十分な準備を整えながら考察すれば、戦う前から勝敗は予想できると言っているのです。

 

五事と七計

五事

 事前の徹底した研究が不可欠であり、判断の軸となる五事(5つの要点)をもとに徹底して比較検討を重ね、戦況を正しく把握することが重要である。

 戦争に突入するかどうかの判断をするための5つの基本事項を説きます。

「道」 民と君主が生死を共にすることについて疑いのない状態のこと

 「大義名分」です。その戦争にちゃんとした大義名分があれば、国民も納得し賛成してくれるはず。そうすれば、「主君と生死をともにする」という気持ちにもなる。

「天」 気温の寒暖や四季の推移の定めのこと

 天候や季節の事も含めて、今がその(戦争する)時なのかどうなのか、という事を判断する。

「地」 距離、地形、地形の状態のこと

 まさに「地の利」。地域の広さや地形を考え、どの場所で事を起こすか、などの判断をする。

「将」 優れた将軍の能力のこと

 国の君主が立派かどうか、信頼に値する人物なのか、法令を守って賞罰などを公平に行っている人なのか。いくら色々な条件が整っていても、肝心の大将が情けなくては勝てる戦も勝てない。

 リーダーとして求められる5つの資質(要素)  智・信・仁・勇・厳

 将軍とは、知謀、信義、仁慈、勇気、威厳などの器量を備える者である。

 将軍に必要な素養は、知力、部下からの信頼、部下を思いやる心、勇気、部下から恐れられる威厳、この5つであると孫子は説いています。

「法」 各人の職権や将軍の指揮権についてのルール

 軍のよしあしの事です。軍の編成や、軍需物資の管理、適材適所への配置など、強いという事も当然ですが、いくら一人一人が強くてもチームワークがなってないと駄目です。軍のまとまりも考えなくてはなりません。

七計

 5つの要点を明確にするには、価値観、得意不得意、関心、行動パターンなどを通して自分を知り、自分のモノサシ(判断基準)を持つ必要があります。自分は何をもって勝ち負けとする人間なのか、自分にとっての幸せとは何か。それを明らかにする中で、自分がやるべき仕事、選択すべき判断基準が明確になっていきます。

 彼我の死生の地や存亡の道をはっきりさせるため、優劣を具体的に比較・計量する基準(七計)を用いて、実際に両者の実状を探究してみるのである。

 7項目とは、国王・将軍が民衆と上下一体となって国としての意識統一ができているかどうか、将軍はどちらが有能か、気象気候地理的条件はどちらの軍に有利であるか、軍規や法令はどちらが遵守されているか、兵力はどちらが強いか、兵士はどちらの軍がよく訓練されているか、どちらがより公明正大な人事・評価がなされているかである。

こうした観点による比較検討によって、どちらが勝ち、どちらが負けるかを事前に知ることができる。

 

迎合せずに主張する

 もし、(呉王が)私の兵法を聴き入れるなら、私は将軍として軍隊を率いて必ず勝利する。ゆえに、この地に留まろう。もし、(呉王が)私の兵法を理解し受け入れないのであれば、たとえ私が将軍となっても必ず敗北する。ならば、この地を去るしかない。

 孫武は、呉王に対して泰然と自分の採否の決断を迫りました。5つの要点をもとに自分のモノサシ(判断基準)を定めたら、安易に意見を曲げることなく、異論に対して自らの考えをきちんと主張しましょう。孫武のように「聞き入れないのなら辞めてやる」くらいの覚悟が時には必要です。

 孫子は国王に迎合してまで将軍になろうとはしなかった。戦争の素人である国王がプロである孫子の言うことを聞かないようでは戦争で勝てないからです。あくまでも孫子の考えを理解し、賛同してもらわなければならない。それが先決であって、もしそれができないなら、自ら去ると宣言した。

 

兵は詭道(きどう)なり

 「詭道」の「詭」は 偽る とか 騙す という意味です。「兵」というのは「兵士」という意味ではなく、「戦争」の事です。『兵は詭道なり』とは「戦争は騙す事」という意味です。

 本当は自軍にある作戦行動が可能であっても、敵に対しては、とてもそうした作戦行動は不可能であるかに見せかける。本当は自軍がある効果的な運用のできる状態にあっても、敵に対しては そうした効果的運用ができない状態にあるかのように見せかける。実際は目的地に近づいていながら、敵に対しては まだ目的地から遠く離れているかのように見せかける。実際は目的地から遠く離れているにも関わらず、敵に対しては、既に目的地に近づいたかのように見せかける。

こうした敵にいつわりの状態を示す方法によって

 敵が利益を欲しがっているときは、その利益を餌に敵軍の戦力を奪い取る  

 敵の戦力が充実しているときは、敵の攻撃に備えて防禦を固める

 敵の戦力が強大なときは、敵軍との接触を回避する  

 敵が怒り狂っているときは、わざと挑発して敵の態勢をかき乱す

 敵が謙虚なときはそれを驕りたかぶらせる

 敵が安楽であるときはそれを疲労させる

 敵が親しみあっているときはそれを分裂させる

 敵が自軍の攻撃に備えていない地点を攻撃する

 敵が自軍の進出を予想していない地域に出撃する

 これこそが兵家の勝ち方であって、そのときどきの敵情に応じて生み出す臨機応変の勝利であるから、出征する前から このようにして勝つと予告はできないのである。

 

戦う前に勝敗を知る

 会戦もしないうちから廟堂で目算して既に勝つのは、五事・七計を基準に比較・計量して得られた勝算が相手よりも多いからである。

 まだ戦端も開かぬうちから廟算して勝たないのは、勝算が相手よりも少ないからである。

 勝算が多い方は実戦でも勝利するし、勝算が少ない方は実戦でも敗北する。

 ましてや、勝算が一つもないというに至っては、何をかいわんやである。

 こうした比較・計算によってこの戦争の行方を観察するに、もはや勝敗は目に見えている。

 

 

第二章 作戦篇

戦争は莫大な浪費である

 戦争というものは、戦車千台、輸送車千台、兵を10万も動員して、千里の遠方に兵糧を送る。負ければ当然ですが、勝ったとしても、国の財政、国力の低下をともなうのが戦争なのです。

 戦争を遂行する際の一番の目的は勝つことであり、戦争を長期化させてしまうと軍を疲弊させ鋭気を挫くことになる。敵の本拠である城塞を攻めるようなことになれば、戦力を消耗させてしまうことになるし、長期間の戦争行動は国家財政の破綻を招くものとなる。もしそのような軍を疲れさせて鋭気を削ぎ、戦力を使い果たして財政も尽きることにでもなれば、周辺諸侯がその困窮に乗じて挙兵してくるような事態に陥る。事ここに及べば、もし智謀に長けた人材がいたとしても、もはや善後策を講じることはできない。

 

拙速と功遅

 戦争には、多少拙い点があったとしても速やかに事を進めたという成功事例はあるが、完璧を期して長引かせてしまったという成功事例はない。「戦争が長期化して国家に利益があったなどということは未だかつてない」と孫子は言います。したがって、軍の運用に伴って生じる様々な弊害を知り尽くしていない者には、軍の運用によって生じる利点や有効性についても知り尽くすことはできない。

 

兵站こそ生命線  

 そして、戦争の費用を抑える方法があります。戦争で最も出費が多くなるのは、軍需物資の輸送であるとしています。装備は自分の国でまかなうとしても、糧秣(兵糧とまぐさ)や武器弾薬(主に矢)といった いわゆる消耗品の調達にかなりのお金がかかるのです。巧みに軍を運用する者は、民衆に二度も軍役を課したりせず、食糧を三度も前線に補給したりはしない。戦費は国内で調達するが、食糧は敵に求める。このようにするから、兵糧も十分まかなえるのである。

 国家が戦争で窮乏するのは、遠征の戦争をして遠方の地まで糧食を輸送するからである。遠征して遠い土地まで糧食を運べば、民衆は貧しくなる。近い場所での戦争では、物価が高騰してしまう。物価が高くなれば民衆の備蓄は底を尽いてしまう。民衆の蓄えが無くなれば、村落に割り当てられている軍務・労務のための徴用も難しくなり、軍隊の勢力は中原で衰え尽きてしまい、国内では家々の財産が無くなり、民衆が賄っている経費は十のうち七までが失われてしまう(民衆が準備していた経費の70%が失われる)。公家(王侯貴族)が賄っている経費も、戦車が破壊されたり馬が疲弊したり、甲冑・弓矢を作ったり、戟・楯・矛・櫓(おおだて)を準備したり、運搬のための牛車・大車を用意したりで、十のうち六までが失われてしまう(王侯貴族が準備していた経費の60%が失われる)。

 遠征軍を率いる智将は、できるだけ適地で食糧を調達するよう努める。輸送コストを考えれば、敵の食糧50リットルを食するのは、本国から供給される千リットルにも相当し、牛馬の資料となる豆殻やわら30キログラムは、本国から供給される六百キログラムにも相当する。 敵地で調達する物資は、自分の国から運んだ場合の20倍の価値があると言います。

 敵兵を殺すのは、奮い立った気勢によるのであるが、敵の物資を奪い取るのは利益の為である。車戦で車十台以上を捕獲したときには、その最初に捕獲した者に賞として与え、敵の旗印を味方のものに取り替えた上、その車は味方のものたちに混じって乗用させ、その兵卒は優遇して養わせる。これが敵に勝って強さを増すということである。

 孫子は、怒りに任せて敵を殺してしまい、物資や兵器を焼き捨てるようなことはせず、自軍の利を冷静に考えて、敵の装備や兵隊をも取り込んで行くべきだとも説いている。  そうすることで、戦いを重ねるごとに兵力を増していくことができる。普通なら、戦うたびに戦力を失い、勝ったとしても多大な損失を残してしまうことになる。それを敵憎しで感情的になって後先を考えないようではリーダー失格である。

 奪った敵の戦車も軍旗を自分たちの物に付け替えて、味方の兵に乗り込ませ、次からの戦力とするのです。  そして、捕虜にした敵の兵士は、危害を加えたりせず、むしろ手厚くもてなし、こちらの味方に引き入れるのです。これが、「勝ってさらに強くなる」という事。より少ない軍事費で、軍はますます強大になっていくのです。  この理論をちゃんと理解している将軍であれば、その人は信頼に値する人物だという。

 

速やかに勝利を得る

 戦争では速やかに勝利を得ることを重視し、長期化することを評価しない。だからこそ、こうした戦争の利害・得失を理解している将軍が、人民の死命を制するリーダーとなり、国家の命運を司る統率者となれるのである。

 

 

第三章 謀攻篇

上策と下策

 戦争では、敵国を保全した状態で傷つけずに攻略するのが上策である。敵国を撃ち破って勝つのは次善の策である。

 敵の軍団を無傷のままで降伏させるのが上策であり、敵軍を撃破するのは次善の策である。

 敵の旅団を無傷のまま手に入れるのが上策であり、旅団を壊滅させてしまうのは次善の策である。

 敵の大隊を無傷で降伏させるのが上策であり、大隊を打ち負かすのは次善の策である。

 敵の小隊を保全して降伏させるのが上策であり、小隊を打ち負かすのは次善の策である。

 

戦わずして勝つ

 100回戦って100回勝ったとしても、それは最善の策ではない。

 戦わずに敵を屈服させることこそ最善の策である。「百戦百勝」は もちろん悪いことではありませんが、最善とも言えません。100回も戦えば、こちらも相手も疲弊してしまいます。戦いでは損害が生じ、双方とも消耗してしまうからです。100回消耗戦を繰り返すのではなく、戦いは20回に減らし、あとの80回は戦わずに勝つことができれば、双方の損害は減り、敵を味方にできる可能性は高まります。

 では、戦わずに相手を屈服させるにはどうすればよいのか? もっとも良いのは、戦う前に相手に戦意を喪失させ、「かなわない」と思わせることです。現代のビジネス社会で例えるなら、絶対に負けない唯一無二の独自領域を確立し、「この分野では叶わない」と相手に思わせることができれば、戦いを回避できます。

 この独自領域は、単なる強みではありません。誰も気づかなかった、誰も手を出さなかった、誰も追求しなかった、そのような領域を開拓し、徹底的に特化しましょう。「真似しても到底追いつかない」と相手が戦意を失うほど圧倒的な強みを確立できれば、戦う必要は無くなります。

 

自軍が不利な場面で無理をしない

 最上の戦い方は、敵の謀略や策謀を見抜いて無力化すること。そして、敵の同盟・友好関係を断ち、孤立させることです。いよいよ戦火を交える際に最悪なのは、敵の城を攻めることである。城攻めは、他に方策が見つからない場合にやむを得ず行う手段に過ぎない。

城攻めは愚の骨頂

 城攻めの原則としては、おおだてや城門へ寄せる装甲車を整備し、攻城用の機会を完備する作業は3ヵ月も要してやっと終了し、攻撃陣地を築く土木作業も同様に3ヵ月かかってようやく完了するのである。もし、将軍が怒りの感情をこらえきれず、攻撃態勢ができあがるのを待たずに、兵士絶ちにアリのように城壁をよじ登って攻撃するよう命じ、兵員の3分の1を戦死させてもさっぱり城が落ちないのは、これぞ城攻めがもたらす災厄である。

 それゆえ、用兵に巧みな者は、敵の野戦軍を屈服させても、決して戦闘によったのではなく、敵の城を陥落させても、決して攻城戦によったのではなく、敵国を撃破しても、決して長期戦によったのではない。必ず敵の国土や戦力を保全したまま勝利するやり方で天下に国益を争うのであって、そうするからこそ、軍も疲弊せずに軍事力の運用によって得られる利益を完全なものとできる。

 これこそが、策謀で敵を攻略する原則なのである。

 

謀によって敵を攻略する

 戦上手の戦い方は、敵味方すべてを保全する形で天下に覇を競うことを考える。したがって、軍の疲弊も少なく、戦利を完全なものにできる。これが謀によって敵を攻略するやり方である。

 必ず、敵味方すべてを保全する前提で、天下の覇を競うことを考えよ。さすれば、軍を疲弊させることなく、戦利を得ることができる。謀(はかりごと)によって敵を攻略する方法である。

 自分の兵力が劣っているのは明らかなのに、無理をして大きな兵力に戦いをしかけても、敵の餌食になるだけである。

 実力が劣っているのに、「負けるはずがない」「たとえ大敵でも負けてなるものか」と根拠もなく戦うのは無謀です。それは弱者の意地に過ぎず、ほぼ負けるでしょう。

 「小よく大を制す」という言葉があるように、とかく小さな力の者が大きな敵を倒すことを賛辞する考え方があります。しかし、これを鵜呑みにしてはいけません。自分の兵力を冷静に見極めなければ、負けない仕事、負けない生き方はできないのです。

 孫子は、戦って良いのは、自軍が敵軍と同等以上の兵力を持っている時だけと言っています。自軍の兵力が低ければ撤退する。まったく及ばないのなら、敵との衝突自体を回避する道を選べと言っています。

 撤退を選択して長期的に負けない方向をめざすのは決しておかしくはありません。意地を張っても負ければ終わりです。勝たなくても、負けなければ いつか必ずチャンスは巡ってきます。

 

相手と自分を知り尽くす

 相手の実情や実態を知って、自己の状況も知っていれば、危険な状態には陥らない。

 相手の実情を把握せず、自分の状況だけ知っているなら、勝負は五分五分である。

 相手のことも自分のことも知らなければ、戦うたびに必ず危機に陥る。

 注目すべきは、相手と自分のことも知っていても、「危険な状態には陥らない」と言うだけで「戦いに勝つ」「百戦百勝」とは言えない点です。敵の方が自軍より優れている場合には、戦いを回避する(逃げる)という選択があるからです。

 相手も自分も分かっているのに負けるのなら、本当にそうなのか真摯に自問自答してみましょう。単にがむしゃらだけで戦いには勝てません。

 

戦い方の原則  

 戦争の原則としては、味方が十倍であれば敵軍を包囲し、5倍であれば敵軍を攻撃し、倍であれば敵軍を分裂させ、等しければ戦い、少なければ退却し、力が及ばなければ隠れる。小勢なのに強気ばかりでいるのは、大部隊の捕虜になるだけである。

 

君主と将軍

 将軍とは国家の助け役である。助け役が主君と親密であれば国家は必ず強くなるが、助け役が主君と隙があるのでは国家は必ず弱くなる。

 君主が軍隊に患いをもたらす3つの原因があることを知るべきである。

 1つ目に、軍が進撃してはならない状況にあるのを知らずに、進撃せよと命令し、軍が退却してはならない状況にあるのを知らずに退却を命令するようなことでは、軍事行動を阻害し、拘束しているに過ぎない。

 2つ目に、軍の内情をよく知らないのに、軍内の統治を将軍と同じようにしようとすると、兵士たちはどちらの指示命令に従えば良いのか惑うことになる。

 3つ目に、軍における臨機応変の対応に通じていないのに、将軍と同じように現場で指揮を取ろうとすると、兵士たちは疑念を抱くようになる。軍全体に戸惑いや疑念が広がるような事態になれば、それに乗じて周辺諸侯が攻め込んでくるようなことにもなる。軍の指揮命令系統をかき乱して敵に勝ちを引き渡しているのである。

 軍隊が迷って疑うことになれば、外国の諸侯たちが兵を挙げて攻め込んでくる。これを「軍隊を乱して勝利を取り去る」というのである。

 「逃げる」という事は、敗北を意味するのではなく、「次に勝利するための準備で、積極的な作戦である」と認識しましょう。

 

勝利を知るための五項目

 謀攻篇では、5つの条件を出して、それに当てはまっているかどうか、それができるかどうかで、戦いに勝てるかどうかの判断をするようにと教えてくれます。

 ・敵と自分の戦力を比べ、戦うべきかどうかの判断ができる

 ・その兵力に応じた戦い方ができる

 ・君主とその配下が心を一つにしている

 ・こちらは準備万端整え、相手の不備につけ込む

 ・将軍が優秀で、君主がその指揮に干渉しない

 

敵のことも知り、味方のことも知る

 一言でまとめると、「敵を知り、自分を知っていれば百戦しても負けない」

 「敵を知らず自分を知っていれば戦いは五分五分、敵を知らず自分の事も知らなければ必ず負けるだろう」と孫子は言います。

 

 

第四章 軍形篇

負けない態勢をつくる

 昔から、戦いに巧みな者は、まず敵が自軍を攻撃しても勝てないようにしておいてから、敵が弱点を露呈し、自軍が攻撃すれば勝てるようになるのを待ち受けたものである。負けないようにすることは自分自身によってできることだが、自軍が敵に勝つかどうかは敵軍によって決まることである。したがって、どんなに戦いが巧みな者であっても、敵を勝たせない状態にすることはできても、敵を攻撃すれば勝てる状態にさせることはできない。勝利の方法を知ることと、実際に勝利を実現することとは別である。

 いかなる敵も自軍に勝てないようにするのは守備のあり方である。敵に勝てるようにするのは攻撃のあり方である。守備を優先すれば兵力に余裕が生まれる。攻撃を優先すれば、戦線が拡大することによって兵力が足りなくなる。そこで、古来守備を優先して巧みに戦う者は、地底深くに潜むようにして守りを固め、好機と見れば一気に天高く飛び上がるかのように攻めに転じた。そうした戦い方だからこそ、自軍を保全しながらも確実に勝利を収めることができるのである。

 孫子は、先に敵から攻められてもいいように、守りを固めた上で敵が弱みを露呈し、攻めれば勝てるような状況になるのを待てと説いた。負けないように守りを固めることは自軍次第で行えるが、勝つかどうかは敵次第の面があるという。

 孫子は、守りを固めて地下に潜伏して、攻めの好機が来るのを姿を消して待てと説いている。そして、ここがチャンスと見たら一気に天高く舞い上がって攻めよと言う。  守りを優先する局面では、自陣、自国を固めるだけだから、兵力にも余裕が生まれやすい。しかし、攻めに転じる場合には、当然戦線が伸びて兵器や食糧の手当ても必要となり、攻撃によって自軍にもダメージがあるから、兵力、戦力に不足が生じる恐れがある。

 孫子は、「勝利の方法を知ることと、実際に戦って勝つことは別である」とも記しています。

 

勝てる相手に勝つ

 勝利の見立てが普通の人間にも分かる程度のことであれば、最高に優れているとは言えない。戦いに勝利して、それを天下の広く一般の人から褒め称えられるようでは、素人にも分かる程度の勝利であって、それも最高に優れているとは言えない。それは、細い毛を持ち上げたからと言って 力持ちとは言えず、太陽や月が見えたからと言って 目が良いとは言えず、雷鳴が聞こえたからと言って 聴力が優れているとは言えないのと同じことである。

 古くから、兵法家が考える優れた者とは、容易に勝てる相手に勝つ者である。それ故、優れた者が戦って勝利しても、智将だとの名声もなく、勇敢であると称えられることもない。それは、その戦いの勝利が間違いのない、当たり前のものだからです。間違いなく勝つと思われるのは、その勝つための段取りが、すでに戦う前から負けが確定しているような敵に勝つように仕向けられているからである。

 勝利する軍は、まず負けない態勢をとり、敵を破る機会を逃さないものである。勝利を収める軍は、勝利を確定しておいてから、その勝利を実現しようと戦闘に入る。敗北する軍は、先に戦闘を開始してから、その後で勝利を追い求めるのである。

 

勝つイメージができてから戦う

 用兵に優れた者は、勝敗の道理、思想、考え方を踏まえて、進むべき道筋を示し、さらに軍制や評価・測定の基準を徹底させる。だからこそ、勝敗をコントロールし、勝利に導くことができる。

 勝つ人は、戦う前から勝てるか勝てないかを予想し、勝つイメージができたら戦い、勝つイメージが持てなければ戦いません。だから負けないのです。

 負ける人は、勝てるかどうかわからないのに戦い始めてしまう。戦いながら「どうしたら勝てるか」を考える。それでは、勝ち負けは五分五分でしょう。「勝つイメージができてから戦う」というのが大原則です。

 

勝ち易きに勝て  

 名将、勝ちやすい者に勝つ。名将は勝ったとしても、その名を知られる事はないし、賞賛もされない。人々に絶賛されるような勝ち方をした人をすばらしい将軍だと思いがちですが、孫子からしてみれば、そういう勝ち方は最善の勝ち方ではないと言う。

 本当の名将は、事前にしっかりと準備を整え、勝てると思える戦いに無理なく自然に勝つ。それが当然の事であって、あえて人々から賞賛される事はないのです。

(兵法で大事な五項目)

 いつ攻めるのか? この判断が勝利への鍵なのです。

 孫子の言うところの「守りを固める」の「守り」というのは、「軍の守り」だけではありません。戦争の勝敗は五つの要素で決まるという。

 兵法で大事なのは、

 1:ものさしではかること=度

 2:ますめではかること=量

 3:数えはかること=数

 4:くらべはかること=称  

 5:勝敗を考えること=勝

 戦場の土地について広さや距離を考え()、その結果について投入すべき物量を考え()、その結果について動員すべき兵数を数え()、その結果について敵味方の能力をはかり考え()、その結果について勝敗を考える()。

 そこで、勝利の軍は充分の勝算を持っているから、重い目方で軽い目方に比べるように優勢であるが、敗軍では軽い目方で重い目方に比べるように劣勢である。

 戦争の上手な人は、上下の人心を統一させるような政治を立派に行ない(=)、さらに軍隊編成などの軍政をよく守る(=)。だから勝敗を自由に決することができるのである。

 勝つ者は先に勝ってから戦い、負ける者は戦ってから勝つ方法を模索する。孫子に言わせれば、「勝敗はもう戦う前に決まっているようなものなのだ」というのです。

 

積水を千仭の谷に

 戦いに勝利する者は、人民を戦闘させるにあたり、満々とたたえた水を深い谷底へ一気に決壊させるような勢いを作り出す。これこそが勝利に至る態勢(形)である。

 エネルギーを貯め込み、ここぞというときに一気呵成に放つ。それが負けないための型です。

 軍をうまく動かすためには、進むべき道筋や思想を正しく示して、軍制や評価を徹底させなければならない。そのためには、物事を正確に把握する尺度や基準、すなわち、ものさしや升目、数、比較対象などを予め明らかにしておかなければならないと孫子は説いた。

 

 

第五章 兵勢篇

 『兵勢篇』では、形篇で作り上げた態勢を活かして、軍全体の勢いによって勝利に導くことの重要性を説いた。

情報共有と情報伝達

 大部隊を統率するのに、小部隊を統率しているかのように整然とさせることができるのは、部隊編成と組織運営がしっかりしているからである。大部隊を戦闘させるのに、小部隊を戦闘させているかのうように統制がとれるのは、旗を立てたり、鉦を鳴らしたり、太鼓を叩くなど、合図や通信、情報伝達がうまくいっているからである。

 全軍のすべての兵が、敵のどのような出方に対してもことごとく対応し、負けることのないようにできるのは、変幻自在に意表を衝く「奇法」と定石に則った「正法」の使い分けが絶妙だからである。攻撃を加えようとする時に、石を卵にぶつけたかのようにたやすく敵を撃破できるのは、敵の防除が手薄な「虚」に対して、充実し豊富な兵力である「実」をぶつけるからである。

 

分数と形名

 そして、集団で力を発揮させるために必要な4つの条件を出しました。

   1 分数 2 形名 3 奇正 4 虚実

 この4つのうち、「分数」と「形名」は軍の組織に関する事で、「奇正」と「虚実」は戦略に関する事です。

 「分数」とは軍の組織・編成の事。「形名」とは軍の指揮系統の事。 この二つは、分母と分子のように お互いが影響し合うような関係なのです。

 大部隊が集団で力を発揮するためには、軍令(指揮命令系統)が確立されている事が重要です。将軍の合図一つで、一進一退、一糸乱れぬ行動をとってもらわなければなりません。

 その軍令が確立されるためには、軍律(軍内の法律)が整っていて、手柄に対してはちゃんと賞賛し、規律を乱したら処罰するという。公正な賞罰が行われている事が必要です。軍律が整っていれば、軍の組織・編成が確立され、軍の組織・編成が確立されれば、軍令も確立されるという事です。  軍律と軍令の確立の重要性は、この章以外でも何度も登場しています。

 「奇正」とは、古代中国の軍事用語で、「正」は常識的な事を指し、「奇」はその反対、つまり、特殊な物や変った物を意味します。  2千年前の『孫臏(そんびん)兵法』という兵法書では、「形で形を制するのが正、無形で形を制するのが奇」と説明しています。

定石通りに立ち会い、奇策で状況に対応する

 戦闘においては、「正法」によって相手と対峙し、「奇法」を用いて勝利を収めるものである。だから、奇法に通じた者の打つ手は天地のように無限であり、揚子江や黄河のように(大河や海のように)尽きることがない。

対峙する時は正攻法で、勝つ時は奇襲で

 終わってはまた始まる。尽きることがないのは、太陽が昇っては沈み、月が満ちては欠けるようなものである。死んではまた生き返り、果てることがないのは、四季の移り変わりのようなものである。

 音(音階)は、宮・商・角・徴・羽の5つに過ぎないが、それらを組み合わせた調べは無限であり、すべての音楽を聴き尽くすことはできない。色は、白・黒・青・赤・黄の5つに過ぎないが、それが混じり合って生まれる色の変化は無限であり、すべての色を見尽くすことはできない。

 味覚は、酸:すっぱさ・辛:からさ・醎:しおからさ・甘:あまさ・苦:にがみ の5つしかないが、その組み合わせによる変化は無限であり、すべてを味わい尽くすことはできない。これらと同様に、戦い方には「奇法」と「正法」があるに過ぎないが、その奇と正の組み合わせは無限であって窮め尽くせるものではない。正から奇が生まれ、奇から正が循環しながら生まれる様は、まるで丸い輪に端(終点)がないようなものである。誰がそのすべてを窮めることができるでしょうか。

 

勢いに乗る

 『兵勢篇』では、「奇・正」の使い分けとともに、勢いに乗ることの重要性も説いています。

 水の流れが激しくて岩石をも漂わせるのは、その水に勢いがあるからである。猛禽が急降下して一撃で獲物を打ち砕くのは、絶妙のタイミングだからである。したがって、戦上手は、その戦闘に投入する勢いを大きく険しくし、その勢いを放出するが、一瞬の間に集中させる。勢いを蓄えるのは、弩(弓)の弦を一杯に引くようなものであり、節(タイミング)とは、その引き金を引く時のようなものである。

 普段はビクともしない岩が激流によって流されるのは、水に勢いがあるからである。水自体に岩を動かす力があるわけではない。猛禽が一撃で獲物を打ち砕くのは、絶妙なタイミングで急降下するからである。鳥の足自体に力があるわけではない。孫子は、戦いにおいて持っている以上の力を発揮するためには、勢いとタイミングが必要だと説いた。ここでは、弩すなわち石弓の弦を引く、勢いの蓄積と一気に溜めた勢いを解き放つ、引き金を引く瞬間に喩えて教えいる。より多く、より大きな勢いを蓄積し、最適なタイミングで短時間に集中して放出する。その組み合わせが重要なのだと。

 

「数」「勢」「形」

 混乱は整然と統治された状態から生まれ、臆病さは勇気の中から生まれ、弱みは強みから生まれるものである。乱れるか治まるかは、組織編制(分数)の問題である。兵士が尻ごみするか勇敢になるかは、勢いの問題である。強みとなるか弱みとなるかは、軍の置かれた態勢や軍形による。

 巧妙に敵軍を動かす指揮官は、敵が動かざるを得ないような態勢を作って、思うように敵を動かし、敵の利益になるようなエサをちらつかせて、これを得ようとする敵をまた意のままに動かす。すなわち、相手の利によって相手を動かし、知らずに動く敵を準備して待ち受けるのである。

 孫子は、治乱、勇怯、強弱は、固定的なものではなく、常に入れ替わり、そして、あくまでも相対的なものであって、絶対的なものではないと指摘した。安心したり、慢心したり、油断していてはいけない。「陽極陰転」、「陰極陽転」。その時のポイントが「数」「勢」「形」である。「数」は、分数のことで、組織編制や組織運営ノウハウを言う。そして、それを動かす時の勢いが「勢」。同じ人、同じ組織でも、勢いがある時とない時ではパフォーマンスが全然違う。そして、それがプラスに働くかマイナスに働くか、強みとして生かされるか、弱みになってしまうかは、その軍形、態勢、敵味方の配置による。これが「形」である。

 そして、敵味方の駆け引きにおいて、孫子は、敵が動かざるを得ないような態勢に追い込めばそのように動くし、敵の利益になるようなエサを撒けばそれを得ようとする敵は思うように動くものだと説いた。相手の利は何かをつかむことで先回りして待てば良いのです。

 

勢いを作る

 戦いに巧みな指導者は、戦闘における勢いによって勝利を得ようとし、兵士の個人的な力に頼ろうとはしない。適切な人を選び出し、勢いを生むように人員配置ができるのである。戦場での勢いを巧みに利用する指導者が、兵士たちを戦わせる様は、まるで木や石を坂道に転落させるようなものである。木や石は平らな場所に安定していれば静止しているが、傾いた場所では動きやすい。方形であれば止まっているが、円形であれば動き出す。したがって、兵士たちを巧みに戦わせる勢いとは、丸い石を千仭の(高い)山から転げ落としたように仕向けることであり、これが戦いの勢いというものである。

 良い戦い方とは、兵士一人一人の行動に期待するのではなく、勢いに乗じて一瞬で力を発揮するものである。兵の人数が多くなれば、それだけ戦力が増すわけですが、たとえ大軍団になっても、それが小部隊のように統制がとれていなければ力は発揮できないと孫子は言います。

 

 

第六章 虚実篇

 敵の誘導法を知れ 虚々実々のやり方を紹介する

 『虚実篇』は、『兵勢篇』で重要だとされた集団で力を発揮するために必要な4つの条件の中の一つ、「虚実」について説明しています。

主導権を握る

 敵より先に戦場に行き、敵を迎え撃てば余裕を持って戦える。逆に遅れて行けば、戦いは苦しくなる。であるから、名将は人を致して人に致されず。「人を致して人に致されず」とは、「相手に左右されず自分が相手を左右する立場に立つ」ということ。つまり、主導権を握るという事です。

 敵軍をこちらの思うように動かすことができるのは、敵の利になることを見せて誘うからである。敵軍が思うように動けなくなってしまうのは、動けば敵の害となるように仕向けて動けなくさせているのである。だから、敵が優位な状況にいれば、それを切り崩してその兵力を減殺することもできるし、敵が充分な食糧補給ができていれば、その補給を断って飢えさせることもでき、休息している敵には、動かざるを得ないようにさせることができる。敵が必ずやってくるであろう地点に先回りして出撃し、敵が予期していない地点に急襲をかけるのである。

 

無形無声の戦い

 千里もの長距離を遠征しても危険な目に遭わないのは、敵のいないところを進むからである。攻撃すれば必ず奪取できるのは、敵が防御していない所を攻めるからである。守る際に堅固であるのは、相手が攻めてこない所を守っているからである。だから、攻撃が巧みな者に対すると、敵はどこを守ってよいかが分からないし、防御が巧みな者に対すると、敵はどこを攻めてよいのかが分からないのである。微妙な戦いの妙は、無形であり、神業のような戦いは音もない。それによって、敵の生死を自在に操ることができるのである。

 この戦法を巧みに操れば、相手はどこを守ってよいかわからなくなり、どこを攻撃してよいか混乱します。そうなると、相手から見てこちらの軍の姿は見えず、音は聞こえないという事になり、こちらの思惑通りになるというわけです。

 こちらから見れば、相手の動きが手に取るようにわかり、相手から見ればこちらがどう動くかわからないように仕向けておけば、こちらは戦力を集中する事ができ、相手は戦力を分散するしかない状況になり、ますます主導権を握れるのです。

 こちらが進撃しても、敵が迎え撃つことができないのは、こちらがその敵の隙(弱点)を衝いているからである。こちらが退却しても、敵がそれを阻止できないのは、それが素早くて追いつくことができないからである。そこで、自軍が戦いたいと思えば、敵が仮に土塁を高く積み上げ、堀を深くして籠城戦に持ち込もうとしたとしても、出撃して来ざるを得なくなる。それは、こちらが敵がどうしても救おうとする地点を攻撃するからである。自軍が戦いたくないと思えば、地面に線を引いて仕切っただけの陣地であっても、敵はこちらと戦うことができない。それは、敵の進路を欺き判断を誤らせるからである。

 敵にある行動を起こさせるためには、「そうすれば有利だ」と思わせなければならず、行動を起こさせたくなければ「そうすれば不利になる」と思わせれば良いわけです。

 敵の準備が万全で余裕がありそうなら、策略を張りめぐらせてかき乱し、食糧が充分なら道を断って飢えさせる。

具体的には

 1 敵の望む利益を見せびらかせて、こちらの思い通りに動かす

 2 敵の戦力を削ったり妨害して、望むように動けなくする

 3 敵の状況が有利なら、その原因を切り崩す

 4 敵が十分な補給を持っているなら、その補給線を断つ

 5 敵が休息を取っているなら、動かざるを得ない状況を作る

 6 敵がいかなくてはいけない場所に先回りする

 7 敵が予測もしていないようなところを襲う

 

戦力の集中と分散

 戦上手な将軍は、敵には陣形を露わにさせ、我が軍は秘匿して無形を維持する。我が軍は(敵の動きが分かっているので)兵力を集中させることができ、敵軍は(こちらの動きが分からないので)兵力を分散させることになる。我が軍が一点に兵力を集中させ、敵軍が分散して10隊に分かれたとすると、敵の10倍の兵力(敵が自軍の10分の1の兵力)をもって攻めることができる。我が軍の兵力が全体としては少なく、敵軍の方が多かったとしても、その小兵力で大兵力を打ち破ることができるのは、個々の戦闘において兵力を集約させ、集中して敵に当たるからである。

 相手はどこから攻撃されるかわからないわけですから、当然あぶない所を全部守備しなければなりません。たとえば、その守らなければならない場所が10ヵ所あったとしたら、兵を10に分けて守る事になります。  こちらと相手のもともとの戦力がほぼ同じ場合、その10ヵ所のうちの1ヵ所に、こちらの戦力をまるまる使うとすれば、10の戦力で1を攻撃するという事になる。その場所に関しては、相手の10倍の戦力で攻撃できる事になります。

 我が軍が兵力を集結させて戦おうとする地点を敵は知ることができない。したがって、敵が多くの地点に兵力を配備しなければならなくなる。敵が備える地点が増えるほど、それぞれの地点で我が軍と戦う兵力は小さくなる。すなわち、前方に備えようとすると後方が手薄になり、後方に備えようとすると前方が手薄になる。左翼に備えようとすると右翼が手薄になり、右翼に備えれば左翼が手薄になるのであり、すべての方面に備えようとすると、すべてが手薄になってしまう。

 敵が大軍であっても、兵力を分散させてしまえば、恐れるには足らないと孫子は説いた。こちらは逆に一点集中、一点突破である。

 兵力が分散して薄くなってしまうのは、相手からの攻撃に備える受身に回っているからである。兵力を集中させて優勢にできるのは、相手がこちらの出方に備えるように仕向けた主体的な立場だからである。そうしたことから、もし戦闘地点も分かっており、戦闘開始の時期(日時)も分かっていれば、仮に千里も離れた遠方であっても、主導権を持って戦うことができる。逆に、戦闘地点も戦闘時期も予測できず、受動的に戦わざるを得ないような場合には、左翼が右翼を救援できず、右翼も左翼を救援できない。また、前衛が後衛を救援することもできず、後衛が前衛を救援することもできない。一つの軍であっても、このような状態であるから、遠く数十里、近くても数里離れた別働の友軍支援などできるはずがない。

 孫子は、戦いの場所と戦う日が予め分かっている場合には、仮に千里も離れた遠い戦場であったとしても、充分な備えが可能だから戦っても良いと教えている。

どんなに強大な相手でも、必ず守りが薄い場所があり、つけ込む隙があるものなのです。

「ここが狙い目」という「時と場所」を定める事ができたなら、たとえどんなに遠くまで遠征しても勝てるし、それを見抜けなかったら戦力が分散され、お互いに協力し合う事もできないようになるのです。兵の数がいかに多かろうと、勝敗を決定する要因にはならない。勝利は人が造る物である。敵の数がいかに多くても、(こちらの作戦によって)それを戦えないようにする事ができるからである。

 人は、勝利を収めた時のやり方がベストだと思いがちです。ですから、次に戦う時もまた同じ態勢で挑んでしまいがちですが、「それはまちがいだ」と孫子は断言します。

 敵の意図を見抜いて敵の利害、損得を知り、敵軍に揺さぶりをかけて、その行動基準をつかみ、敵軍の態勢を把握して、その強み弱み(生死を分ける土地)を明らかにして、敵軍と接触(小競り合い)してみて、優勢な部分とそうではない部分をつかむこと。

 すなわち、敵と対峙した時には、ただ敵の動きを見張るのではなく、敵に揺さぶりをかけ、軽く攻撃してみたりして、相手の行動基準や、いつ動き、いつ動かないかの判断基準をつかめと孫子は説いた。それができれば、敵の動きを先回りして攻撃したり、敵の狙いを逆手にとって、敵をこちらの思うように動かすことができるようになる。相手の動きを見てから動き出していては後手を踏むのである。

 望ましい軍形の極みは無形ということになる。定まった形がなく、意図が全く見えない無形であれば、深く入り込んだ間諜であっても動きを見抜くことができず、優れた智謀を持つ者であっても意図を見抜くことはできない。敵の形が読み取れれば、たとえ敵が多勢であっても勝利への道筋を示すことができるが、敵はこちらの企図を知ることはできない。一般の人は、皆我が軍が勝った形(陣形・態勢)を知ることはできるが、どのように勝利に至ったかという意図やプロセスを知ることはできない。だから、その戦いに勝っても同じ形を繰り返すことはなく、あくまでも相手の形に合わせて無限に変化し対応していくのです。

 

敵をあやつる

 常に状況を完全に把握し、場合に応じて最もふさわしい行動をとる。敵はその行動の先を読むことができない。

 ・遠くまで遠征しても軍団が披露することがないのは、敵のいない道を進むから

 ・攻撃したもの必ず奪えるのは、敵の防御していないところを攻撃するから

 ・守ったものを必ず持ち続けられるのは、敵の攻撃していないところを守るから

 ・進撃するとき、相手の防御を突破できるのは、虚(弱点)を突くから

 ・退却するとき、追撃されることがないのは、移動速度が速いので相手が追いつけないから

 

指揮官のやるべき4つのこと

勝利に至る態勢を見つけ出すには、  

 ・現時点での状況を分析し、こちらと相手のどちらが有利かを見極める  

 ・探りを入れて相手の出方を見る  

 ・相手の動きを見て地形のポイントを見極める  

 ・相手の動きを見て敵の強味と弱味を探る

 この結果によって、こちらはどのような態勢をとるのかを判断するわけで、その態勢は常に変化するわけです。

 いったん組織ができあがってしまうと、それを崩すのは勇気のいる事です。まして、その態勢で一度成功しているならなおの事。しかし、孫子は、相手によって いつでも再構築できる柔軟な態勢こそが理想であるとしています。

 戦いの前に敵の虚実を知るためには、敵情を目算してみて、利害損得の見積もりを知り、敵軍を刺激して動かしてみて、その行動の基準を知り、敵軍のはっきりした態勢を把握して、その敗死すべき地勢と破れない地勢とを知り、敵軍と小ぜりあいしてみて、優秀なところと手薄な所を知る。

 軍の態勢の極致は、態勢を隠したままにすることである。態勢が隠れていれば、深く入り込んだスパイでもかぎつけることができず、知謀すぐれた者でも考え慮ることができない。相手の態勢が読みとれれば、その態勢に乗じて勝利が得られるのであるが、一般の人にはそれを知ることができない。人々はみな、味方の勝利のありさまを知っているが、味方がどのようにして勝利を決定したかというありさまは知らないのである。であるかから、その戦って打ち勝つありさまには、二度と繰り返しがなく、相手の形のままに対応して窮まりがないのである。

 

軍は水のように動かすべし

 軍の形は水に喩えることができる。水は高いところを避けて、低いところへと流れる。軍も敵の兵力が充実した「実」の地を避けて、手薄になっている「虚」の地を攻めることで勝利を得る。水が地形に応じて流れを決めるように、軍も敵の動きや態勢に応じて動いて勝利する。したがって、軍には一定の勢いというものもないし、常に固定の形というものもない。敵の動きに応じて柔軟に変化して勝利をもたらすことを神業(神妙)と言うのである。これは、五行(木火土金水)にも常に勝つものはなく、四季(春夏秋冬)にも常に一定のものはなく、日の長さにも長短の変化があり、月にも満ち欠けがあるようなものである。

 態勢は水の流れように変化させなければならない。水が高い所を避け低い方へ低い方へ流れていくように。充実した部分を避けて守りの薄い所を攻撃する。水に一定の形がないように、戦い方にも決まった形はないのである。

 うまく敵情のままに従って、変化して勝利を勝ち取ることのできるのが計り知れない神業というものである。

 

 

第七章 軍争篇

迂直の計

 ここで、「迂直(うちょく)の計」が登場します。戦いの中で最も難しいであろう勝利への道を作り出す方法です。

 軍の運用方法として、将軍が君主から命令を受けて、軍隊を編成し兵隊を集めて、敵軍と対峙して戦闘準備を終えるまでの間で、戦場への先着を争い、機先を制する駆け引きほど難しいものはない。その難しさは、遠回りの道を近道として、憂いごとを有利なものに変えていくことにある。だから、わざわざ迂回して遠回りしておいて、敵を利益で誘い出して動きを止め、後から出発したのに、敵より先に戦場に到着できるようにする。これができる人間は、遠回りを近道に変える『迂直の計』を知っている者である。

 回り道をしながら直進し、損をしながら得をする。たとえば、競争などの場合、回り道を迂回しておいて敵を油断させ足止めを食らわせておいて、こちらが速やかに行動すれば、結果的に相手より先に到着するといった具合です。

 軍争はうまくやれば利となるが、下手をすると危険をもたらす。もし、全軍を挙げて利を得ようと動けば、組織が大きくなって動きが鈍くなり敵に遅れをとることになる。だからと言って、全軍にかまわず利を得ようとすれば、動きの鈍い輜重部隊が捨て置かれることになって、兵站の確保ができない。軍争においては、鎧を外して身体に巻き、身軽になって利を得ようと走り、昼夜を分かたずに行軍距離を倍にして強行軍を続け、百里も離れた場所で利を得ようとしても、上軍・中軍・下軍の三将軍とも捕虜にされてしまうようなことになる。強健な兵士は先に進むが、疲労した兵士は落伍して行き、結果として十分の一ほどしか辿り着かないようなことになるからです。これが五十里先の利を争うものであっても、先鋒の上将軍が討ち死にし、兵も半分程度しか到着しないようなことになる。三十里先の利を争うものでも、三分の二程度しか辿り着かない。このように、軍争を有利に進めようと思っても、後方支援部隊を失えば行き詰まるし、兵糧が続かなければ敗亡することになり、財貨がなければこれも結局は負けてしまうことになる。

 

兵の士気は変化する

 ただし、いくら『疾きこと 風の如く』でも、ただ単に急いではいけません。

 百里の遠征をして勝ちを急げば、全員が捕虜になってしまう。

 軍の中には、強い兵士も弱い兵士もいます。勝ちを急ぐばかりに、昼夜を問わず行軍したりすれば、当然集団はバラけてしまいます。重装備のまま全軍で進めば遅くなります。かと言って、軽装備で行けば装備を運ぶ輸送集団が遅れます。軍隊が分散されるという事は、それだけ少ない兵で戦わなければならないということ。遠征をする時は、その危険を充分考慮して移動しなければなりません。

 ここでは、有能な指揮官として掌握しておかなければならない4つのポイントを挙げています。

1 気(士気)

 誰でも調子良い時、悪い時があります。戦いの場合は敵のそのリズムを読み取って、「敵の元気のある時を避け、士気が下がった所を見計らって撃って出る」のです。

2 心(心理)

 「態勢を整えて、じーと静に敵の乱れを待つ」のです。

3 力(戦力)

 有利な場所に陣取って敵を待ち、こちらは休息をとって敵の疲れを待ち、お腹いっぱい食べながら相手が飢えるのを待つ。

4 変(変化)

 四文字熟語『正々堂々』の語源です。

 上の3つ「気・心・力」はいずれも敵の乱れや弱点を突くという事ですが、弱点を見せない敵、つまり、正々堂々とした敵とは戦わないという事です。 これは、今まで孫子の中で何度も言われている勝算がなければ戦わない事、それは逃げる事ではなく「変化」するという事です。

 そして、戦闘に際しての8つの「べからず」を教えます。

『高陵には向かうことなかれ』  

  高い場所の敵を攻撃してはダメ

『丘を背にするは逆(むか)うことなかれ』  

  丘を背にした敵を攻撃してはダメ ・

『佯(いつわ)り北(に)ぐるには従うことなかれ』  

  わざと逃げる敵を追ってはダメ

『鋭卒には攻むることなかれ』  

  ヤル気満々のヤツを攻撃してはダメ

『餌兵には喰らうことなかれ』  

  餌に飛びついてはダメ

『帰師(きし)には遏(とど)むることなかれ』  

  帰ろうとする敵を止めてはダメ

『囲師(いし)には必ず闕(か)き』  

  囲む時は逃げ道を作っておく

『窮寇(きゅうこう)には迫ることなかれ』  

  窮地に追い込んだ敵になお迫ってはいけない

 

変幻自在の進撃

 軍争とはこのようなものだから、諸侯の思惑をつかんでいないようでは、事前に手を結び同盟するようなこともできず、山林や険しい要害や沼沢地などの地形を把握していなければ、軍隊を動かすことができず、その土地に詳しい道案内を使わないようでは、地の利を活かすことはできない。

 戦いは敵をあざむく事で始まり、有利な方向へ動き、兵の分散と集中を繰り返しながら変化する。『計篇』で登場した『兵は詭道(きどう)なり』と相通ずる。戦争は騙し合いだという事を もう一度ここで強調しています。もちろん、「迂直の計」もその騙し合いの一つ。迂回したかと見せて直進したり、奇襲をかけたかと思えば正攻法で攻める。陰と陽、静と動、そうやって騙しながら戦いを有利に導いていくのです。

 一見こちらが損に思える事というのは、敵にとっては有利に思える事なので、当然それに食いついてきます。そこを、速やかに裏を返し逆転する。もちろん、これには相手の事を充分調べておかなければなりません。敵の思考や動向を知らなければ駆け引きはできません。敵の国の地理を知らなければ、そこへ自軍を向かわせる事はできません。

 

「風林火山」の如し

 「迂直の計」の具体例として登場するのが「風林火山」の一説です。

 疾風のように早いかと思えば、林のように静まりかえる。燃える炎のように攻撃するかと思えば、山のように動かない。暗闇にかくれたかと思えば、雷のように現れる。兵士を分散して村を襲い、守りを固めて領地を増やし、的確な状況判断のもとに行動する。敵より先に「迂直の計」を使えば勝つ。これが勝利への道である。

 

意思統一

 古い兵法書には、『口で言ったのでは聞こえないので、鉦や太鼓を用いる。手で指し示しても見えないので、旗や幟を用意する』とある。だから、昼間の戦闘では旗や幟が多く使われ、夜戦では鉦や太鼓をよく使うのである。そもそも、鉦や太鼓、旗や幟などは、兵士たちの耳目を統一し集中させるために用いるものなのである。既に兵士たちの意識が統一されていれば、勇敢な兵士も勝手に進むことはできず、臆病な兵士も勝手に退散することはできない。これが大軍を動かす時の秘訣である。

 軍全体においては、兵士の気力を奪い取ることができ、将軍についてはその心を奪い取ることができる。朝方の気力は鋭く、昼には気力が落ちて、暮れ時には気力が尽きてしまうものである。

 戦上手な者は、敵の鋭い気力の時を避けて、気力が落ちて、尽きようとしている時を狙って攻撃する。これが気力によって制するやり方である。

 整然と統率された状態で、混乱して統制を失った敵を待ち受け、冷静な心境で慌てふためく敵と当たる。これが心理状態によって敵を制するやり方である。

 戦場の近くで遠くからやってくる敵を待ち受け、ゆっくり休んでおいて、疲れた敵を待ち、充分に食べて満腹になった状態で、空腹で飢えた敵と当たる。これが戦闘力によって敵を制するやり方である。

 また、一糸乱れず整然と旗や幟を立てて向かってくる敵に攻撃を仕掛けるようなことはせず、堂々とした布陣で臨んでくる敵にも攻撃をしない。

 こうした判断ができるのは、相手の変化を待って勝機を探ることのできるリーダーだからである。

 大軍を動かす時には、高い丘に陣取っている敵に立ち向かってはならないし、丘を背にして攻めてくる敵を迎撃してはならない。敗走しているように見せかけている敵を追撃してはならないし、敵を包囲した場合には逃げ道を残しておいてやり、自国に引き上げようとしている敵を遮って留めようとしてはならない。これが大軍を運用する時の原理原則である。

 

 

第八章 九変篇

臨機応変

 軍の運用方法として、将軍が君主から命令を受けて、軍隊を編成し兵隊を集めて進軍するにあたり、圮地(低地で足場の悪い不安定な場所)には布陣、宿営してはならず、衢地(交通の要衝)では諸国・諸侯との通信・親交を図り、絶地(敵国に入り込んで進退が難しい地)には長く留まらず、囲地(三方を囲まれて動きにくい地)では包囲されないように計謀をめぐらし、死地(四方を塞がれて逃げ場のない土地)では必死に戦うしかない。

 戦争において、通ってはいけない道がある。攻撃してはいけない敵もある。また、攻めてはいけない城もあり、奪ってはならない土地もある。これらに反するようなら、たとえ君命であったとしても受けてはならない命令もあると孫子は説いた。

 それらは、過去からの積み重ねによる智恵である。それを知っている者は、知らない者よりも優位に立てるのは自明のことである。  積み重ねられた過去の智恵を軽視してはならない。時間の経過、時代の変遷を経てもなお、有効なやり方やノウハウというものがある。過去の蓄積を活かしてこそ、現在の自分がそれを土台として更に積み上げていくことができる。

 この九変(九つの対処法)の効用をよく知っている将軍こそが、兵の運用法を弁えていると言える。将軍とはいえ、この九変をよく理解していなければ、戦場の地形を知ることができても、その地の利を活かすことはできない。軍を統率しながら、九変の術策を知らないようでは、五つの地の利を理解していたとしても、兵を充分に働かせることができないのである。

 「九変」とは、「その時々に応じて形を変える」という意味です。言い換えれば「臨機応変」という事である。

 孫子の中では色々な原則が語られます。その原則を充分に心得ておいて、臨機応変に応用する事が重要なのです。

 

智者は利と害の両面で考える

 智将が物事を考え、判断する時は、必ず利と害の両面を合わせて熟考するものである。有利なことにも その不利な面を合わせて考えるから、成し遂げようとしたことがその通りに運ぶ。不利なことに対しても、その利点を考えるから憂いを除き、困難を乗り越えることができる。

 諸侯を屈服させるのは、受ける害悪を強調して意識させるからであり、諸侯を使役して疲弊させるのは、事業の魅力や利点を意識させ、マイナス面から目を背けさせるからであり、諸侯が奔走し右往左往するように仕向けるのは、目先の利だけを見せて害を意識させないからである。

 用兵の原則としては、敵がやって来ないだろうという憶測をあてにするのではなく、自軍に敵がいつやって来てもよいだけの備えがあることを頼みとする。また、敵が攻撃して来ないことをあてにするのではなく、自軍に敵が攻撃できないだけの態勢があることを頼みとするのである。

 敵が攻撃してこない事を願うのではなく、敵がしてこないように、こちら側が仕向けるという事ができるのです。たとえば、敵が「これは無理だ」と思うような強固な守りを固めたりしておけば、決して攻撃される事はないのです。

 

将に五つの危険あり

 『九変篇』の最後に、将軍が過ちを犯す危険=間違い例として、『五危(ごき)』という5つを示しています。将軍には五つの危険がつきまとう。

1 必死(保守的)

  決死の勇気だけで思慮に欠ける者は殺される

2 必生(怒りっぽい)

  生き延びることしか頭になく勇気に欠ける者は捕虜にされる

3 忿速(まじめ)

  短気で怒りっぽい者は侮辱されて計略に引っかかる

4 廉潔(やさしい)

  清廉潔白で名誉を重んじる者は侮辱されて罠に陥る

5 愛民(情熱的)

  兵士をいたわる人情の深い者は兵士の世話に苦労が絶えない

 これら5つは、将軍としての過失であり、軍隊を運営する上で災害をもたらす事柄である。軍隊を滅亡させ、将軍を敗死させる原因は、これら5つの危険のどれかにある。充分に明察しなければならない。

 

 

第九章 行軍篇

 行軍篇では具体的な戦法が書かれています。軍の進止や敵情偵察など、行軍に必要な注意事項を述べる。より主に危険回避の考え方や人材育成など具体的な戦い方の話になる。

四種の地勢

 行軍に際しては必ず敵情を探索し把握しておくこと。

 山越えにおいては谷に沿って進み、高みを見つけて視界良好な場所を占拠し、戦う時には高地から攻め降るようにし、決して自軍より高い位置にいる敵に向かって攻め上がったりしてはならない。これが山間地における行軍の要点である。

 川を渡り終えたら必ずその川から遠ざかり、敵が川を渡って攻めて来たならば、敵がまだ川の中にいる間に迎え撃ったりせず、敵の半数ほどを渡らせておいてから攻めるのが有利である。渡河してくる敵と戦おうとする場合には、川岸まで行って敵を迎え撃ってはならない。高みを見つけて高地に布陣し、下流に位置する場合は、上流から攻め下ってくる敵を迎え撃ってはならない。これが河川のほとりにいる際の注意である。

 沼沢地を進む時には、可及的速やかに通過するようにして、そこでぐずぐずしていてはならない。もしも、沼沢地において敵と遭遇し戦わざるを得ない事態になれば、飲料水と飼料の草がある辺りを占拠し、森林を背にして布陣すること。これが沼沢地でのポイントである。

 平地では足場の良い平坦な場所を占拠し、丘陵地を右後方に置き、低地を前にして高地を後ろにするように布陣すること。これが平地における注意である。

 こうした、山地、河川、沼沢、平地の4つの地形における行軍のポイントが、かの黄帝が4人の帝王に勝利した原因となったのである。

 軍隊というものは高地を好み、低地を嫌うものであり、日の当たる場所を良しとして、日陰になる場所を避けようとし、兵士の健康に気を配って水や草の豊かな場所に陣取る。これを必勝の駐屯法と呼び、様々な疾病も生じない。

 丘陵や堤防では、日向の側に陣取り、その丘陵や堤防が右後方になるようにする。これは戦争における利益であって、地形による助けとなるものである。

 上流で雨が降って、増水した水が迫っていれば、渡河するのを止めて、水量が減るのを待つこと。

 断崖絶壁の谷間で、井戸のような窪地や穴倉や草木が繁茂して通りにくくなっているところや天然の落とし穴や亀裂などがあったら、必ず素早く立ち去って近づいてはならない。自軍はそこから遠ざかり、敵軍がそこに近づくように仕向ける。自軍はそれに向かって布陣し、敵軍がそれを背にするように仕向けるのである。

 原理原則を知っているからこそ、その場、その時に合わせて応用が利くのであり、その意思決定のスピードが速くなる

 孫子は、行軍する際には、兵を低い所ではなく高い所に置き、日陰ではなく陽の当たる場所を選び、衛生面や健康面を考慮して疾病を防ぐことが重要であり、こうした兵への配慮が必勝体制を築くのだと説いた。

 兵の士気が上がり、気力、体力が充実していなければ、勝てるものも勝てない。そのために必要な配慮が「兵の利」なのである。

 一つ一つの具体的な戦法は現代の世の中では役に立たないかも知れませんが、常に敵の行動が見えやすい優位な位置にいなければならない、不利な条件では戦わない、兵士の健康面にも注意を払うことである。それらを注意していれば、兵士一人一人の安心感にもつながるのです。

 

六種の危険地帯

 行軍する進路に、険しい場所やため池や葦原、山林、草木の密生したところなど、身を潜めることができる地形があれば、慎重に繰り返し捜索すること。敵の伏兵や間者がいる可能性がある。

 孫子では、近づいてはいけない場所を6つ挙げています。

・絶澗(ぜっかん):絶壁に囲まれた場所

・天井(てんせい):深い窪地

・天牢(てんろう):三方が険しい場所に囲まれた所

・天羅(てんら):草木が密集した場所

・天陥(てんかん):湿地帯

・天隙(てんげき):でこぼこした場所

 このような場所には絶対に近づかず、逆に敵をこのような場所に誘い込むようにしなさいと言っています。ここでも危険を避けて優位に立てという事です。

 そこから遠ざかって、敵にはそこに近づくように仕向ける。こちらではその方に向かい、敵はそこが背後になるように仕向けるのです。

 

敵情を把握せよ

 孫子は、敵兵の様子から実情を判定する方法をあげています。

 軍隊の近くに、険しい地形・池・窪地・芦の原・山林・草木の繁茂したところがあるときには、必ず慎重に繰り返して捜索せよ。これらは伏兵や偵察隊のいる場所である。

・敵が自軍の近くにいながら平然と静まり返っているのは、彼らが占める地形の険しさを頼りにしているのである。

・敵が自軍から遠く離れているにもかかわらず、戦いを仕掛けて、自軍の進撃を願うのは、彼らの戦列を敷いている場所が平坦で有利だからである。

・多数の木立がざわめき揺らぐのは、敵軍が森林の中を移動して進軍してくる。

・あちこちに草を結んで覆い被せてあるのは、伏兵の存在を疑わせようとしている。

・草むらから鳥が飛び立つのは、伏兵が散開している。 ・

獣が驚いて走り出てくるのは、森林に潜む敵軍の奇襲攻撃である。

・砂塵が高く舞い上がって、筋の先端がとがっているのは、戦車部隊が進撃してくる。

・砂塵が低く垂れ込めて、一面に広がっているのは、歩兵部隊が進撃してくる。

・砂塵があちらこちらに分散して、細長く筋を引くのは、薪を集めている。

・砂塵の量が少なくて行ったり来たりするのは、設営隊が軍営を張る作業をしている。

・敵の軍使の口上がへりくだっていて、防備が増強されているのは、進撃の下工作。

・敵の軍使の口上が強硬で、先頭部隊が侵攻してくるのは、退却の下工作。

・隊列から軽戦車が真っ先に抜け出して、敵軍の両側を警戒しているのは、行軍隊形を解いて陣立てをしている。

・敵の急使が窮迫した事情もないのに和睦を懇願してくるのは、油断させようとする陰謀である。

・伝令があわただしく走り回って、各部隊を整列させているのは、会戦を決意している。

・敵の部隊が中途半端に進撃してくるのは、自軍を誘い出そうとしている。

・兵士が杖をついて立っているのは、その軍が飢えて弱っている。

・水くみが水をくんで真っ先に飲むのは、その軍が飲料に困っている。

・利益を認めながら進撃してこないのは、疲労している。

・鳥がたくさん止まっているのは、その陣所に人がいない。

・夜に呼び叫ぶ声のするのは、その軍が臆病で怖がっている。

・軍営の騒がしいのは、将軍に威厳がない。 ・旗が動揺しているのは、その備えが乱れている。 ・役人が腹を立てているのは、その軍がくたびれている。

・馬に兵糧米を食べさせ、兵士に肉食させ、軍の鍋釜の類はみな打ち壊して、その幕舎に帰ろうともしないのは、行きづまって死にものぐるいになった敵である。

・ねんごろにおずおずと物静かに兵士たちと話をしているのは、みんなの心が離れている。

・しきりに賞を与えているのは、その軍の士気がふるわなくて困っている。

・しきりに罰しているのは、その軍が疲れている。

・はじめは乱暴に扱っておきながら、あとにはその兵士たちの離反を恐れるのは、考えの行き届かない極みである。

・わざわざやってきて贈り物を捧げて謝るというのは、しばらく軍を休めたい。

・敵軍がいきり立って向かってきながら、しばらくしても合戦せず、また撤退もしないのは、必ず慎重に観察せよ。

・上官が優しく丁寧な口調で兵士に話しかけているのは、上官への信頼を失い、兵士たちの心が離れてしまっているからである。

・頻繁に褒賞を与えるのは、士気の低下に苦しんで行き詰っているのである。

・やたらに懲罰を与えるのは、兵士が疲れて命令に従わなくなっているのである。

・はじめは粗暴に扱っておきながら、後になって兵士たちの離反や反抗を恐れているようでは、部下を使う配慮がないことこの上ない。

・使節がやって来て贈り物を差し出し謝るのは、しばらく軍を休ませたいのである。

・敵軍がいきり立って向かって来ながら、なかなか合戦しようとせず、また、撤退もしようとしない場合は、必ず慎重に敵の様子を観察せよ。

 敵軍の細かな動きを観察して、その裏にある意図や真実をつかめという教えである。孫子は、多くの樹木がざわめき動くのは、敵が進撃してきているのであり、多くの草を覆いかぶせて置いてあるのは伏兵を疑わせるためであり、鳥が飛び立つのは伏兵がいるのを示していて、さらには、砂埃の立ち昇り方で敵の動きをつかみ、敵の使者の口上の違いによって敵の出方を探るなど、戦場での細かな注意事項、敵の動きを読むポイントを伝授している。

 敵の行動も自然の出来事も なぜそうするのか? なぜそうなったのか? という事に常にアンテナを張り巡らせておかなければならないのです。

 戦争は兵員が多いほどよいというものではない。ただ、猛進しないようにして、わが戦力を集中して敵情を考えはかっていくなら、十分に勝利を収めることができよう。

 そもそも、よく考えることもしないで敵を侮っている者は、きっと敵の捕虜にされるであろう。

 敵を包囲したら逃げ道を断たないことが重要であるとしています。あえて、敵に対して逃げ道を作り、逃げやすくすることで、戦わずして勝つことが可能になるわけです。

 

リーダーに求められる4つの資質

1 熟慮・・・よく考えて動く

 「Aをしたいとき、Bをすればうまくいくから、Bをしょう」といった具合に、まず考えてから動く。

2 協調 チームワークを保つ

 「ひとり は みんな のために。みんな は ひとり のために」を心がけ、自分のペースで動かない。

3 調査 敵のことを調べる

 「敵はどういう相手で、どこが強くて、どこが弱いか」など、事前の調査を欠かさない。

4 統率 みんなを従わせる

 自分が「○○するぞ」と言ったことにたいし、みんなも「○○しよう」と言うように従わせる。

 戦争においては、兵員が多ければ良いというものではない。兵力を過信して猛進するようなことをせず、戦力を集中させ、敵情を読んで戦えば、敵を屈服させるに充分である。彼我の戦力分析もせずよく考えもしないで敵を侮り軽はずみに動くようでは、敵の捕虜にされるのが落ちである。

 部下と親密になっていないのに、罰則ばかり厳しくすれば、部下は心を開かない。 心を開かなければ扱い難い。親密になったからと言って、違反しても罰しないでいると、これまたよろしくない。

 

兵士の心を得る

 行軍篇の最後に登場するのは、自軍の兵士に対する心理作戦です。

 兵士たちがまだ将軍に対して親しみや忠誠心を持ってもいないのに、彼らを罰したりすれば、将軍の命令に従わなくなる。心服して命令に従ってくれなければ軍隊を統率することはできない。反対に、兵士たちが既に将軍に対して心服しているのに、厳正な処罰が行われないようであれば、軍隊としての用をなさない。だから、兵士たちの心をまとめるのに、思いやりをもって交わり、厳正な規律をもって接していくことが必要である。これを目標必達の方法と言う。

 軍令が、普段から徹底されており、軍律が確立されていれば、兵士は命令に従う。軍令が、普段から不徹底で、軍律が乱れていれば、命令に従うことはない。平生から軍令が徹底され、誠実にそれを守っている将軍であればこそ、兵士たちと上下の信頼関係を築くことができるのである。
 

 

第十章 地形篇

 地形の特性に応じた戦術の運用法と、軍隊の統率法を述べる。

 事業環境に沿って戦略を練ったり、上司のタイプによってコミュニケーションのスタイルを変えたりすること。

六つの地形と六つの敗北

 戦場の地形には、四方に通じ開けたものがあり、途中に障害があるものがあり、途中で枝道が分岐しているものがあり、狭隘なものがあり、起伏のある険しいものがあり、両軍の遠く離れているものがある。

 孫子では、大きく別けて6種類の地形があるとしています。

・通形(つう)・・・

 我が軍からも行き易く、敵軍からも来易い土地は、通じ開けたという意味で「通」と言う。

 敵よりも先に高地の日当りの良い場所を占拠し、兵糧補給の道を確保しておいてから戦えば、有利になる。

  正面対決なら、英気を養っておくこと

・挂形(かいけい)・・・

 進むのは容易であっても引き返すのが難しいような土地は、途中に引っ掛かりがある「挂」」と言う。

 敵に備えがなければ進撃して勝つこともできるが、敵が防御の備えをしていれば進撃しても勝つことが難しく、退却も難しいので不利となる。

  攻めやすいけど退きにくいところにいたら、動かないほうがよい

・支形・・・  

 我が軍が進撃しても不利となり、敵軍が進撃してきても不利となる場所を枝道に分かれて分岐している「支」と言う。

 道が枝分かれしているような土地では、敵が誘いをかけて こちらを誘い出そうとしても、それに乗って進撃せず、一旦退いて分岐を避け、敵をその分岐に半数でも進んで来させてから攻撃するなら有利に戦うことができる。

  お互いに有利な場所にいたら、自分から攻め込まないほうがよい

・縊形(あいけい)・・・

 谷間の道幅が狭まったような土地。

 こちらが先にそこを占拠していれば、自軍でその場を満たして敵軍が来るのを待ち受けるようにする。もし、敵軍が先にその場を占拠し、兵員で埋め尽くしているようであれば、そこに進んではならない。敵が先にいてもまだ兵力を密集させていなければ攻めても良い。

  狭き門を争う戦いなら、力をつけて その座を奪うこと

・険形・・・  

 起伏の激しい土地。

 先に自軍が布陣しているなら、高地の日当りの良い場所を押さえて、敵を待ち受けよ。もし、敵軍が先にその場所を占拠していた場合には、軍を退いて立ち去り、敵軍に攻めかかってはならない。

  複数と競い合う戦いなら、先に突破して優位に立つこと

・遠形・・・  

  双方の軍が遠く離れている場合。

 軍勢、兵力が互角であれば、自軍から戦いを仕掛けるのは難しく、無理に戦いを仕掛けようとすると不利となる。

  敵と遠くにいたら、むやみに戦いをしないこと

 そして、負け戦になる6つの状況というのもあるとしています。

・逃走・・・

 軍の勢いや兵の置かれた状況が同じである時に、10倍の兵力の敵を攻撃しようとすれば、敵前逃亡させるようなものである。

  恐れて逃げてしまうかもしれないので、強すぎる敵と無理に争わせないこと

・弛緩・・

兵士の鼻息が荒く猛々しいのに、それを管理する軍吏が弱々しくては タガが弛む。

メンバーを放任し過ぎないこと  緊張感が失われてしまう。

・陥没・・・

 軍吏が強気で優秀であっても、兵士が弱くて無能であれば士気が上がらず落ち込んだ空気となる。

  メンバーを管理し過ぎないこと  自分らしさを発揮することができなくなってしまう。

・崩壊・・・

 高級将校が将軍に対して憤って服従せず、敵に遭遇した際にも将軍への怨みの感情から独断で戦うような状況となり、将軍もまたその事態をどう収拾すれば良いか分からないようなことでは、軍は崩壊する。

  仲違いを起こしてしまうかもしれないので、決まった個人を ひいき しないこと

・混乱・・・

 将軍が弱腰で威厳がなく、兵に対する指示命令が不明確であり、将兵に対する指導方針に一貫性を欠き、布陣に秩序がなく雑然としているのを、乱れた軍と言う。

  軸がぶれない強さをもつこと  優柔不断ではメンバーも不安になってしまう。

・敗北・・・

 将軍が敵情判断を誤り、少人数で多数の敵に当たらせたり、自軍の弱い部隊を敵の強い部隊と戦わせるようなことをして、兵士の中にも先鋒として適任の精鋭がいないのでは、負けて退散するのみである。  

  計画を練って指導すること  思い付きの指導ではうまくいかない。

 軍には、兵士たちが散り散りに敗走する軍がある。規律が緩んで統制のとれない軍がある。兵士たちの士気が落ち込む弱気な軍がある。規律が崩壊してしまう軍がある。命令系統が機能せず、意思統一ができない軍がある。精鋭の兵がおらず、戦えば必ず敗れる軍がある。

 これらは たまたまの偶然ではなく、君主や将軍が自ら引き起こしている状況だと言うのです。これら6つの敗因は、天災や災厄ではなく、将軍の過失であり人災である。これら6つのポイントは、敗北に至る道理である。こうした道理を知ることは、将軍の最も重要な責務であり、充分に研究し心得ておかなければならない。

 

指揮官のあるべき姿

 6つの地形、6つの状況は、勝利への助けとなるものです。

 土地の形状は、軍事行動の補助要因である。敵情をはかり考えては勝利の形を策定しつつ、地形が険しいか平坦か、遠いか近いかを検討して、勝利実現の補助手段に利用していくのが、全軍を指揮する上将軍の踏むべき行動基準である。こうしたやり方を熟知して戦闘形式を用いる者は必ず勝つが、こうしたやり方を自覚せずに戦闘形式を用いる者は必ず敗れる。

 そこで、戦闘の道理として、自軍に絶対の勝算があるときには、たとえ主君が戦闘してはならないと命じても、ためらわず戦闘してかまわない。

 戦闘の道理として勝算がないときには、たとえ主君が絶対に戦闘せよと命じても、戦闘しなくてかまわない。

 君命を振り切って戦闘に突き進むときでも、決して功名心からそうするのではない。

君命に背いて戦闘を避けて退却するときでも、決して誅罰をまぬがれようとせずに、ひたすら民衆の生命を保全しながら、しかも結果的にそうした行動が君主の利益にもかなう。

 このような将軍こそは国家の財宝である。

 この地形篇の後半には、このつながりで、将軍から部下の扱い方が書かれています。  将軍が兵士を治めていくのに、兵士たちを赤ん坊のように見て、万事に気をつけていたわっていくと、それによって兵士たちと一緒に深い谷底のような危険な土地にも行けるようになる。

 兵士たちをかわいいわが子のように見て、深い愛情で接していくと、それによって兵士たちと生死をともにできるようになる。

 しかし、もし手厚くするだけで仕事をさせることができず、かわいがるばかりで命令することもできず、デタラメをしていてもそれを止めることができないのでは、たとえてみればおごりたかぶった子供のようで、ものの用にたたない。

 赤ちゃんのように、わが子のように愛さなければ、兵士は将と生死をともにしようとは思わないと言っておきながら、ここでは、「わざと退路を断てば、誰もが死ぬ気で戦う」などと書かれているのです。

 自軍の兵士に敵を撃破する力があることが分かっても、敵軍に備えがあり攻撃してはいけない状態にあるかどうかを知らなければ、勝算は五分に過ぎない。

 敵軍に撃破できる弱みを見つけたとしても、自軍の兵士に攻撃する準備が整っていないことを知らなければ、勝利は確定できない。

 敵軍に隙があり撃破できることを知り、自軍にも攻撃できる準備が整っていることが分かっても、戦場の地形が戦ってはならない状況にあることを知らなかったとしたら、勝算は五分であり、勝利を確定することはできない。

 こうした状況を見極めることで、軍事に精通する者は、軍を動かしても判断に迷いがなく、戦闘時にも窮地に陥ることがない。

 戦争のことに通じた人は、敵・味方・土地のことをわかった上で行動を起こすから、軍を動かして迷いがなく、合戦しても苦しむことがない。だから、「敵情を知って、味方の事情も知っておれば、そこで勝利に揺るぎがない。土地のことを知って、自然界のめぐりのことも知っておれば、そこでいつでも勝てる」といわれるのである

 最後に、敵地での作戦の集大成のような名言で、この章は締めくくられます。

 敵地で戦う時は、まず関所を封鎖し、敵の連絡網を断ち、すみやかに軍儀して、敵が最も重視している部分を見極め、決定したら行動を開始します。

 最初は、わざと敵の思うツボにはまったように見せかけて、隠密裏に静に、そして、チャンスと見てとれば、見極めた敵の一点に兵力を集中して先制攻撃をかけるのです。地理や地形、土地の風土などの影響を知り、天界の運行や気象条件が軍事に与える影響を知っていれば、勝利を完全なものにできると言われるのである。

 

 

第十一章 九地篇

 九種の地勢の特色と それぞれに応じた戦術を述べる

九地の地勢と対処法

 『九地篇』では、戦場となる9種類の地域とそれに応じた戦い方が書かれています。

 9通りの土地の形勢に応じた変化、状況によって軍を屈伸させることの利害、そして、人情の自然な道理については充分に考えなければならない。

 地形(自国と敵国との位置関係)は用兵判断において参考とすべきものである。散地、軽地、争地、交地、衢地、重地、泛地、囲地、死地の九つがある。

1:散地(軍の逃げ去る土地)・・・

  諸侯が自国の領内で戦うのが散地

  兵士たちが離散しやすいから、自分は兵士たちの心を統一しようとする。

  散地では戦闘してはならない。

2:軽地(軍の浮き立つ土地)・・・

  敵国内に侵入しても、まだ深入りしていないのが軽地

  軍がうわついているから、自分は軍隊を離れないように連続させようとする。   軽地ではぐずぐずしてはならない。

3:争地(敵と奪い合う土地)・・・

  自軍が奪い取れば味方に有利となり、敵軍が奪い取れば敵に有利になるのが争地

  先に得た者が有利であるから、自分は遅れている部隊を急がせようとする。

  争地では敵に先にそこを占拠された場合には攻めかかってはならない。

4:交地(往来の便利な土地)・・・

  自軍も自由に行くことができ、敵軍も自在に来ることができるのが交地

  通じ開けているから、自分は守備を厳重にしようとする。 

  交地では全軍の隊列を切り離してはならない。

5:衢(く)地(四通八達の中心地)・・・

  諸侯の領地が三方に接続していて、そこに先着すれば、諸国とよしみを通じて天下の人々の支援が得られるのが衢地

  諸侯たちの中心地であるから、自分は同盟を固めようとする。

  衢地では諸侯たちと親交を結ぶ。

:重地(重要な土地)・・・

  敵国奥深く侵入し、多数の敵城を後方に背負っているのが重地

  敵地の奥深くであるから、自分は軍の食料を絶やさないようにする。

  重地では敵情を巻いたりせずにすばやく通り過ぎる。

7:泛(はん)地(軍を進めにくい土地)・・・

  山林や沼沢地を踏み越えるなど、およそ進軍が難渋する経路であるのが泛地

  行動が困難であるから、早く行き過ぎようとする。

  泛地では軍を宿営させずに先へ進める。

8:囲地(囲まれた土地)・・・

  それを経由して中へ入り込む通路は狭く、それを伝ってそこから引き返す通路は曲がりくねって遠く、敵が寡兵で味方の大部隊を攻撃できるのが囲地

  逃げ道が開けられているものであるから、戦意を強固にするために、自分はその逃げ道をふさごうとする。

  囲地では潰走の危険を防ぐ策謀をめぐらせる。

9:死地(死すべき土地)・・・

  突撃が迅速であれば生き延びるが、突撃が遅れればたちまち全滅するのが死地

  力いっぱい戦わなければ滅亡するのだから、自分は軍隊にとても生き延びられないことを認識させようとする。

  死地では間髪をいれずに死闘する。

 地形篇に続いて地形が出てくるが、ここでは本当の地形よりも自国と敵国との位置関係などを考慮し、兵の士気や戦意などを考慮している。孫子の時代には、身分制の戦士だけでなく、徴兵した農民兵などが用いられるようになったために、兵隊の戦意を高めることが重要となった。やる気のない人間を如何にやる気にさせるかということが重要となった。

 昔から、戦上手は、敵の前衛と後衛の連携を断ち、大部隊と小部隊が協力し合わないようにし、身分の高い者と低い者が支援し合わないようにし、上官と部下が助け合わないように仕向けて、敵兵が分散していれば集結しないようにし、集合したとしても戦列が整わないように仕向け、戦闘が有利に進められるようにした。こうして、自軍が有利になれば戦い、有利にならなければ戦闘に入らず、またの機会を待ったのである。

 敵が秩序だった大軍でこちらを攻めようとしているときには、相手に先んじて敵の大切にしているものを奪取すれば、敵はこちらの思いどおりになる。戦争の実状は迅速が第一である。敵の準備中を利用して、思いがけない方法を使い、敵の備えのない所を攻撃することである。

 敵国に進撃した場合のやり方としては、深く入り込めば団結するが、浅ければ逃げ去るものである。

兵士たちの心としては

 ・囲まれたなら、命ぜられなくとも抵抗する。  

 ・戦わないでおれなくなれば、激闘する。  

 ・あまりにも危険であれば、従順になる。

1 諸侯たちの腹のうちがわからないのでは、前もって同盟することはできない。

2 山林・険しい地形・沼沢地などの地形がわからないのでは、軍隊を進めることはできない。

3 その土地の案内役を使えないのでは、地形の利益を収めることはできない。

 これら3つのことは、その一つでも知らないのでは、覇王の軍ではない。

 そもそも、覇王の軍は、もし大国を討伐すれば、その大国の大部隊も集合することができない。もし、威勢が敵国をおおえば、その敵国は孤立して、他国と同盟することができない。そういうわけで、天下の国々との同盟を務めることをせず、また、天下の権力を自分の身に積み上げることをしないでも、自分の思いどおり勝手にふるまっていて、威勢は敵国をおおっていく。だから、敵の城も落とせるし、敵の国も破れるのである。

 普通のきまりを越えた重賞を施し、ふつうの定めにこだわらない禁令を掲げるなら、全軍の大部隊を働かせるのも、ただの一人を使うようなものである。

 軍隊を働かせるのは、任務を与えるだけにして、その理由を説明してはならない。  軍隊を働かせるのは、有利なことだけを知らせて、その害になることを告げてはならない。

 誰にも知られずに軍隊を滅亡すべき状況に投げ入れてこそ、はじめて滅亡を逃れる。死すべき状況に陥れてこそ、はじめて生き延びる。兵士たちは、そうした危難に陥ってこそ はじめて勝敗を自由にすることができるものである。

 「では、尋ねるが、敵軍が、大兵力で隊列を整え攻めて来たら、どのようにしてこれを迎え撃てば良いだろうか。 」 

 「答えるに、まず、敵が重要視しているものを奪えば、こちらの思うように動かすことができる。戦争における要諦は、迅速に動くスピードにある。敵の不備を衝き、予測していない方法を取り、警戒していない地点を攻めるのである。」

 敵国に侵攻する場合、敵地に深く入り込むほど自軍は結束して強化され、防衛する側は対抗できなくなる。肥沃な土地を掠奪すれば、全軍の食糧確保も充分となる。そこで、兵士たちに配慮して、休養を与え無駄な労力を使わせないようにし、士気を高めて戦力を蓄え、軍を移動させながら策謀を巡らせ、敵にも味方にもこちらの意図をつかめないようにしておいて、どこにも行き場のない状況に兵を投入すれば、死んでも敗走することはない。これでどうして死にもの狂いの覚悟が得られないことがあるだろうか。士卒はともに決死の覚悟で力を尽くすことになる。

 兵士たちは、あまりにも危険な状況に陥ると、もはや恐れなくなり、行き場がなくなれば覚悟も固まり、深く入り込めば手を取り合い、一致団結し、戦うしかないとなれば、奮戦するものなのである。

 「背水の陣」のような状況に置かれ、一致団結して決死の覚悟ができた軍は、特に教えなくても行動を自戒し、指示を出さなくても思うように動き、いさかいを起こさないように約束事を作らなくてもお互いに親しみ、法令を作らなくても信頼できる。怪しげな占いなどを禁じ、疑念を生じさせないようにすれば、死ぬまで逃げ出したりすることはない。兵士たちが余分な財貨を持とうとしないのは、財貨を嫌ってそうするのではない。生き長らえたいと言わなくなるのは、長生きしたくないからではない。

 死を覚悟しているものの、出陣の命令が下った日には、彼らの中で座っている者は、涙がこぼれて襟を濡らし、横になっている者は、涙が頬から顎へと流れるほどであったのです。こうした決死の兵士たちを逃げ場のない窮地に投入すれば、皆が勇者として有名な専諸や曹劌のように勇敢に戦うのである。

 リーダーたる者、時と場合によってはそうした状況に部下を追い込む必要がある。

 なお、「背水の陣」は、孫子ではなく、史記の淮陰侯列伝に出てくる。漢の韓信が趙と戦った際に、川を背にして退却できないように布陣し、兵たちが決死の覚悟で奮戦したことで不利な状況を活かして勝利したという故事に基づくが、韓信は孫子の兵法を用いたと言われている。  孫子の時代もそうだが、兵の大部分は、渋々駆り出された農民兵であって、戦意がとても低かった。戦意もなく、いつ逃げ出そうかと考えているような兵を本気にさせるには、逃げ場をなくして背水の陣を敷き、覚悟を決めさせることが必要だったのでしょう。

 

呉越同舟

 巧みに兵を動かす戦上手は、たとえて言うなら卒然のようなものである。卒然とは恒山に棲む蛇のことである。その頭を撃つと尾で反撃してくるし、尾を撃つと頭で反撃してくるし、その真ん中を撃つと頭と尾の両方で反撃してくる。

 軍隊をこの卒然のようにすることはできるのか。それは可能である。それは、たとえば敵対する呉の人と越の人は互いに憎み合う間柄だが、同じ舟に乗って河を渡ろうとして、嵐に遭遇したとすると、まるで左右の手のように連携して助け合うようなものなのである。そういうことだから、馬を杭に繋ぎ止め戦車の車輪を土に埋めて防御を固めようとしても、それだけでは、安心するに足りない。兵士たち全員に等しく勇気を奮い起こさせ、一つにまとめるのは、軍を司り統制するやり方による。剛強な者も柔弱な者もそろって役割を果たすのは、その地勢の道理による。兵を動かすのが上手な者が、軍全体を 手をつなぐかのように連動させ、まるで一人の人間を使っているかのようにできるのは、そうせざるを得ないように仕向けていくからなのである。

 優れた将軍、兵の運用に長けた人間の戦う様は、まるで蛇のようだと言う。頭を撃てば尾で反撃してくるし、尾を撃てば頭で攻めかかって来る。その真ん中を攻めれば今度は頭と尾の両方で反撃してくる。そのような蛇のような戦い方が本当に可能なのかと問われた孫子は、「呉越同舟」で有名な例を挙げて、もちろん可能だと答えた。長年敵対している呉国と越国の人が同じ舟で河を渡ろうとしている時に、嵐や台風に遭って遭難しそうになれば、普段は敵対し、憎しみ合っていたとしても、まるで左右の手の如く協力して難を逃れようとするものだと説いた。いざとなれば、敵同士でも協力する。だから、人は、やるしかない状況に置かれれば、必ず動く。そうするべきなのだと。「背水の陣」を敷き、同じ舟に乗せて、運命共同体とする。逃げることもできず、共に戦うしかない。

 将軍たる者は、表には常に平静を保ちつつ、内面の思考は周囲から窺い知れないほど奥深いもので、何事につけ公正で的確な判断をするから、組織を統治することができる。士卒の注意や意識をくらまして逃亡しないようにさせる。作戦をしきりに変更し、策謀を更新することで、兵たちに将軍の真の意図を理解させないようにする。駐屯地を転々と変え、進路も敢えて迂回させることで、兵たちが目的地を推し測ることができないようにする。軍隊を率いて遂行すべき任務を指示する時は、高い所に登らせておいてから、その梯子を取り外すかのように、降りたくても降りられないようにし、軍隊を率いて敵国に深く侵入していざ決戦という時には、従順な羊の群れを駆り立てるかのように動かす。兵たちは駆り立てられて行ったり来たりするが、誰もどこへ向かうのかを知ることもない。全軍の兵力を結集させ、必死に戦うしかない危険な状況に投入することこそ、将軍たる者の仕事である。九種の土地の状況による変化や、状況により軍を屈伸させることの利害、置かれた境遇、状況により変化する人情の道理については、充分に考慮し洞察しなければならない。

 敵国に侵攻する場合には、深く入り込めば兵士たちは団結するが、浅ければ兵士たちは逃げ散ってしまう。本国を離れ国境を越えて軍を率いる地域は絶地(散地以外の八地を指す)である。四方に通じる十字路は衢地である。奥深く侵入した地域は重地である。浅く侵入しただけであれば軽地である。背後が険しくて前方が狭まっているのは囲地である。背後が三方とも険しくて前方に敵がいるのが死地である。どこにも行き場がないのは窮地である。  こうしたことから、散地では(兵が逃げる恐れがあるので)、自分は兵士たちの心を一つにまとめようとする。

 軽地では(まだこの段階で敵に見つからないように)背をかがめて低い姿勢で見つからないようにさせる。

 争地では自分は(先に占拠した敵が)そこに居座れないようにさせる。

 交地では(急に現れた敵に分断される恐れがあるから)自分は各部隊の連結を強固にさせる。

 衢地では(交通の便を活かして諸国に使いを出して)入念に親交を確かめる。

 重地では(敵城で足止めを食わないように)自分は後続部隊を急がせようとする。

 泛地では(機敏に動けないから)自分は軍を速く進めようとする。

 囲地では(戦意を強固にするために)自分は逃げ道を塞ごうとする。

 死地では(決死の覚悟で戦うしかないのだから)すでに生還の望みは失われたことを思い知らせようとする。

 そこで、諸侯たちの心情としては、侵攻軍がまだ遠い地点にいるならば、防禦体制を整えようとするし、すでに自国深くまで侵攻されて戦うしかないとなれば決戦に臨むし、自国を通り過ぎて行こうとしていると追撃したくなるものである。

 諸侯たちの腹の内が読めないようでは、前もって同盟を結ぶようなことはできず、山林や険しい要害、沼沢地の地形などを把握していないようでは、軍隊を進めることはできず、その土地の地理に精通した案内役を使わないようでは、地形による利を活かすことはできない。これら3つのうち、ひとつでも知らないようでは、王者や覇者の軍ではない。

 かの王者や覇者の軍が、大国を討伐すれば、たとえ大国であってもその兵たちは集結することができず、実際に武威を行使すれば、その国は孤立して他国と同盟を結ぶことができない。

 こうしたわけで、外交交渉を敵と争うこともなく、天下の覇権を積み上げることをしないでも、自分の思い通りに振る舞うことができ、武威を敵に与えられる。だから、その国を陥落させることができるし、城郭も破壊することができる。通例、慣例に基づかない、法外な褒賞を与えたり、非常事態において厳命を下し人事の刷新を図る。これによって、全軍の大勢の部下を使いながら、あたかも一人の部下を使っているかのようにできる。軍を動かす時には任務を与えるだけにして、その理由を説明してはならない。軍を動かす時には、不利な状況だけを知らしめて、有利な点を伝えてはならない。軍を滅亡必至の状況に投入してこそ、はじめて生き残るのであり、軍を死ぬしかない状況に陥れてこそ はじめて生き延びるのである。兵士たちは、危機に陥り絶体絶命となってから後に死にもの狂い、破れかぶれの奮闘をするものなのである。

 そして、ここで九地篇の冒頭と同じような敵国への侵入度に応じた兵の動かし方が出てくる。兵士、軍を本気で戦わせるためには、窮地に追い込んで、決死の覚悟を決めさせることが大切だと説く。当時の兵士たちが寄せ集めで戦意に乏しかった事情を考慮して読み解く必要がある。 

 孫子は、人を動かすためには、通例、慣例に囚われない法外な褒賞を与えたり、人事を行うことがあっても良いと説く。そうすることで、大勢の部下をまるでたった一人の部下を使っているかのように動かすことができるのだと。

 孫子は、この『九地篇』では、「兵士に全力を出させるためには死地に追い込んで戦わせる」という事を何度も強調します。

 「末端の兵に任務の説明をする時は、有利な事だけ教えて不利な事は内緒にしておく」とか、「命を賭けさせるためには、法外な恩賞も必要だし、無謀な命令を下す事も必要だ」と言われる。

 

はじめは処女のごとく 後には脱兎のごとく

 戦争を行う上での要諦は、敵の意図を読み、それに順応させて動くところにある。敵が目指すであろう目的地にこちらも向かい、それが千里もの距離を長躯するものであっても、狙い通りに敵将を討つ。これぞ鮮やかな戦い、巧事である。こうして、いざ開戦の命が下される日には、関所を封鎖し、通行証を無効にして、敵国使節との関係を遮断し、廟堂での厳粛な審議を経て、戦争計画の実行を決断するのである。敵の防衛線に隙や緩みが生じたら、必ず迅速に侵入し、敵が重要視している地点を第一目標として先制攻撃すべく、秘密裡に作戦計画を決めて、全軍が沈黙を守って敵の動きに応じて動き、一気に勝敗を決する。このように、初めは乙女のようにおとなしく慎重にしておいて、敵が油断して隙を見せたら、脱兎のように機敏に動け。そうすれば敵は防ぎようがない。

 

 

第十二章 火攻篇

 火攻めの戦術を述べるとともに、戦争に対する慎重な態度の重要性を説いた

五種類の火攻め

 孫子は、火攻めの種類は5種類あると言います。

1:火人(兵士を焼きうちする)  

2:火積(野外の集積所に貯蔵されている物資を焼き払う)  

3:火輜(物資輸送中の輜重部隊を焼きうちする)  

4:火庫(屋内に物資を保管する倉庫を焼き払う)  

5:火隧(敵の補給路、行軍路、橋梁などを炎上させる)

 火攻めの実行には、自軍に内応したり、敵軍内に紛れ込んで放火する破壊工作員が当たる。内応者や破壊工作員を必ず前もって用意しておくこと。

 火を放つには適当な時節がある。放火後 火勢を盛んにするには適切な日がある。火をつけるのに都合のよい時節とは、天気が乾燥している時候のことである。火災を大きくするのに都合のよい日というのは、月の宿る場所が 箕・壁・翼・軫の星座と重なる日のことである。これらの星座が月にかかる時は、必ず風が吹き荒れるそうです。「箕」「壁」「翼」「軫」というのは、古代中国で天体の位置や動きを知るために考え出された、『二十八宿』という天体観測方法に用いられる星座の中の4宿です。まず、天を東西南北の4つの方向の分け、東は蒼龍、西は白虎、南は朱雀、北は玄武の四神(四つの聖獣がそれぞれの方角を守っている)をあてはめ、それぞれの方角をさらに七分割で 全部合わせて二十八宿。それぞれの方角にある星座を使って方向を見るわけです。

 火攻篇は、それぞれの場面に対する臨機応変な攻撃の仕方へと移ります。 火攻めの時の攻撃法に関して、5種類の場面があるとしています。

・敵陣に火の手があがった時・・・

  外側から素早く攻撃して追い討ちをかける

・火の手があがっても敵陣が静まりかえっている時・・・

  そのまま待機して様子を観察し、攻め時を見極め、チャンスが無ければ攻め込まない

・敵陣の外側から火を放つ事が可能な時・・・

  内応者(敵に潜入している味方)の放つ火の手を待つ事なく、チャンスがあるのなら、外側から火を放つ

・風上に火の手があがった時・・・

  風下から攻撃してはならない

・昼間の風は長く続くが、夜の風はすぐにやむので、その点に注意しなければならない

 工作員や内応者によって敵の陣営内で火の手が上がれば、素早くそれに呼応して外部から攻める。出火したのに敵の兵が平静であれば、しばらく待ってすぐに攻めたりせず、火の拡がり具合を見極めて、その火勢に乗じて攻撃できそうなら攻撃し、火勢に乗ずることができなければ攻撃は中止する。外から放火することが可能であれば、内部での放火を待たずに、機を見て火を放て。火が風上から燃え出した場合には、風下から攻撃を仕掛けてはならない。昼間に風が吹き続けた場合には、夜には風が止むことがあるから火攻めは中止する。軍事においては、これら五つの火攻めの変則パターンがあることをわきまえて、対処法、対処技術を駆使して火攻めをやり遂げるのである。

 

火攻めは水攻めにまさる

 孫子は、火攻めと対照させるように水攻めについても書いています。  水攻めは火攻めと同じくらい有効である。ただし、水攻めの場合は、あくまで敵の補給路を断つ事に専念すべきで、決して既に蓄えてある物資を奪おうとしてはならないとしています。

 火を攻撃の補助手段にするのは、将軍の頭脳の明敏さによる。

 水を攻撃の補助手段にするのは、軍の総合戦力の強大さによる。水攻めは敵軍を分断することはできても、敵軍の戦力を奪い去ることはできない。

 

軽々しく戦ってはならない

 現在でも応用可能な重要な語句が登場します。

たとえ戦争に勝っても、その目的を達成できなければ負けたのと同じである

 戦争は戦うために戦っているわけではありません。何らかの目的があって戦いに挑んでいるわけですから、その目的が達成できなければ意味がありません。  有能な大将は、有利な状況でなければ動かず、必勝の作戦しか用いず、よほどの事が無い限り戦わないのです。

 

怒りに身を任せるな

 「戦わずして勝つ」「勝つべくして勝つ」 この冷静な判断が孫子兵法の真骨頂と言える。それを感情的になり激昂して、開戦を決めるようでは話にならない。

 君主、将軍は、一時の怒りにまかせて戦争を始めてはいけない。国益に合えば軍を動かし、国益に合わなければ軍を動かしてはならない。怒りが喜びに変わることがあっても、滅んだ国は元には戻らず、死んだ者が生き返ることもない。だから、聡明な君主、優れた将軍は、軽率に戦争を始めない。これが国家を安泰にし、軍隊を保全する方法である。

 

 

第十三章 用間篇

 孫子の兵法の中で最も重要とされるのが『用間篇』です。

 用間の「間」は間者の「間」、つまり、スパイの事です。

 孫子がこの兵法書を通して強調している事は、戦争には莫大な費用と膨大な人数の兵士が必要であるという事。戦いが長引けば、その費用も人の数も山のように積み重なって、たとえ戦争に勝ったとしても、その損失は国家を傾ける事になるかも知れないのです。

 

敵情を察知せよ

 およそ10万の兵を集め、千里もの距離を遠征させるとなれば、民衆の出費や国による戦費は、一日にして千金をも費やすほどになり、官民挙げての騒ぎとなって、補給路の確保と使役に消耗し、農事に専念できない家が七十万戸にも達する。こうした中で、数年にも及ぶ持久戦によって戦費を浪費しながら、勝敗を決する最後の一日に備えることがある。(数年にも及ぶ戦争準備が、たった一日の決戦によって成否を分ける)にもかかわらず、間諜に褒賞や地位を与えることを惜しんで、敵の動きをつかもうとしない者は、兵士や人民に対する思いやりに欠けており、指揮官失格である。そんなことではとても人民を率いる将軍とは言えず、君主の補佐役とも言えず、勝利の主体者ともなり得ない。  こうしたことで、聡明な君主や優れた将軍が、軍事行動を起こして敵に勝ち、人並み以上の成功を収めることができるのは、事前に敵情を察知するところにこそある。先んじて敵情を知ることは、鬼神に頼ったりして実現できるものではなく、祈祷や過去の経験で知ることができるものでもなく、天体の動きや自然の法則によってつかむわけでもない。人間が直接動いて情報をつかむことによってのみ獲得できるものである。

 

間諜に五種類あり

 孫子では、その間者の種類は5種類あるとしています。間諜には5つの用い方がある。

(その5種類とは)

因間(郷間)・・・

  敵国の村里にいる一般人を使って諜報をする者

・内間・・・

  敵国の官吏などを利用し内通させる者

・反間・・・

  敵国の間諜を逆利用する者

・死間・・・

  偽情報や誤情報を流すことで敵を欺き、味方の間諜にそのことを自国に報告させ、敵がその偽情報に乗せられて動くのを待ち受ける者

・生間・・・

  敵国に侵入して諜報活動を行ってから生還して報告を行う者

 これら五種の間諜が平行して諜報活動を行ないながら、互いにそれぞれが位置する情報の伝達経路を知らずにいるのが、神妙な統括法(神紀)と称し、人民を治める君主の貴ぶべき至宝なのである。

 それらの間者を敵に知られないように使いこなすのは難しい事ですが、もし使いこなせたら、それは「宝」にも等しいのだそうです。

 

スパイを使いこなす

 スパイ活動を行うときに心得ておくべきポイントは次の3つです。

1 情報セキュリティを強化する

 有益な情報ほど他者に知られてはなりません。得るだけでなく、それを隠しておくことも重要です。

2 敵の周りから調べる

 敵に直接接触するのではなく、まず関わりのある人などから情報を集めること。

3 敵のスパイを利用する

 敵のスパイを逆に利用して、探りをいれます。わざと情報を漏らして、情報を操作するのも策です。

 君主や将軍が俊敏な思考力の持ち主でなければ、軍事に間諜を役立てることはできない。  

 部下への思いやりが深くなければ、間諜を期待どおり忠実に働かせることができない。

 微妙なことまで察知する洞察力を備えていなければ、間諜のもたらす情報の中の真実を選び出すことができない。

 何と測りがたく、奥深いことか。およそ軍事の裏側で間諜を利用していない分野など存在しないのである。

 君主や将軍が間諜と進めていた諜報・謀略活動が、まだ外部に発覚するはずの段階で他の経路から耳に入った場合には、その任務を担当していて秘密を漏らした間諜と、その極秘情報を入手して通報してきた者とは、機密保持のため ともに死罪とする。

 撃ちたいと思う軍隊・攻めたいと思う城・殺したいと思う人物については、必ずその官職を守る将軍、左右の近臣、奏聞者、門を守る者、宮中を守る役人 の姓名をまず知って、味方の間諜に必ずさらに追求して、それらの人物のことを調べさせる。

 敵の間諜でこちらにやってきてスパイをしている者は、つけこんでそれに利益を与え、うまく誘ってこちらにつかせる。そこで反間として用いることができる。  反間によって敵情がわかるから、因間や内間も使うことができる。  反間によって敵情がわかるから、死間を使って偽りごとをした上で、敵方に告げさせることができる。  反間によって敵情がわかるから、生間を計画どおりに働かせることができる。

 五通りの間諜の情報は、君主が必ずそれをわきまえるが、それが知れるもとは、必ず反間によってである。そこで、反間はぜひとも厚遇すべきである。

 全軍の中でも親密度において、間諜よりも親密な者はなく、褒賞も間諜より厚遇される者はなく、軍務において間諜よりも秘密裏に進められるものはない。聡明で思慮深くなければ、間諜を諜報活動に当らせることはできないし、思いやりや慈悲の心がなければ、間諜をうまく使うことはできない。また、微細なところまで配慮のできる洞察力がなければ、間諜から集めた情報の中にある真実を見極め実地に用いることができない。なんと奥深く、見えづらく、微細・微妙なものであるか。軍事において間諜を使わないことも、諜報した情報を活用しないこともない。

 間諜の情報が公表される前に他から耳に入り、間諜が情報を漏らしていたとなると、その間諜本人だけでなく、その情報を知った者はすべて殺してしまわなければならない。

 もし、その間者が情報を外に漏らしたならば、たとえ味方にであっても、主君と間者の間で交わされた極秘情報を漏らした者は即刻死あるのみ。その情報を聞いた者も殺さなければならないのです。

 そして、間者を使った具体的な方法です。いざ戦いが始まろうとする時、まずは敵の指揮官や側近・門番・従者などの名前を入手し、間者を送り込んで彼らの動静を探らせなくてはなりません。もし、敵の患者が潜入している事がわかったら、これを手厚くもてなして買収し味方にとり込んで、今度は「反間」として敵に送り込むのです。この「反間」には、敵国の者をとり込む役目を荷ってもらいます。敵の領民をとり込んで「郷間」とし、敵の役人をとり込んで「内間」とするのです。そうする事によって、敵の動静を知る事ができます。

 そして、そのような時に「死間」を送り込んで、偽の情報を流し、もちろん動静も探らせます。

 ここまで来たら、「生間」を送り込んで更なる情報を入手する。 この頃には、敵国には、こちらが放った「反間」「郷間」「内間」「死間」が動いていてくれますから、「生間」はすんなりと任務を遂行する事ができ、更なる重要な情報得る事ができ、より密な敵情視察が可能になるのです。

 主君たる者、この五間の使い方を充分と心得ていなければなりません。

 これら五間の中で最も重要なのは「反間」です。「反間」には最も良い待遇を与えなければなりません。

 聡明な君主やすぐれた将軍であってこそ、はじめてすぐれた知恵者を間諜として、必ず偉大な功業を成し遂げることができるのである。この間諜こそ戦争のかなめであり、全軍がそれに頼って行動するものである。

 攻撃したい敵や、攻めようとする城塞、殺害しようとする人間がいれば、事前に その護衛をしている指揮官や護衛官、側近の者、取次ぎ役、門番、雑役係などの姓名を調べ、間諜に命じて更に詳細な情報を得るようにしなければならない。

 必ず敵方の間諜がいないかを探し、潜入して来て我が方を探っている者がいれば、それを逆用して利益を与え、うまく誘導して寝返らせ自国側につかせる。こうして反間を得て用いることができるのである。この反間によって敵情をつかむことができる。だから、郷間や内間となる人物を見つけ出して使うことができるのである。死間が攪乱行動をとり、虚偽の情報を敵方に伝えさせることができる。生間を計画した通りに活動させることができるのである。五種類の間諜による諜報活動により、必ず敵の情報をつかむことができる。その敵情をつかむ大元は、反間の働きにある。反間は厚遇しないわけにはいかない。

 昔、殷王朝が天下を取った時、(のちに宰相となった有名な功臣である)伊摯は、(間諜として敵国である)夏の国に潜入していた。周王朝が天下を取った時、(建国の功臣である)呂牙は、(間諜として打倒すべき)殷の国に潜入していた。ただ、聡明な君主や優れた将軍だけが、智恵のある優秀な人物を間諜として用い、必ず偉大な功績を挙げることができる。この間諜の活用こそが戦争の要であり、全軍がそれを頼りに動く拠り所となるものである。

 孫子は故事を引用します。昔、夏の伊尹(いいん)をとり込んで、夏を倒して殷は起こった。そして、今度は殷の呂尚(りょしょう)ととり込んで、殷を倒して周は起こった。このように、優れた君主は優れた間者を用いて成功を収めている。

 そして、最後、孫子はこの言葉でこのすばらしき兵法書を締めくくります。 「情報戦線こそ戦のかなめであり、全軍はこれによって動くのだ」と。