「孫子」に学ぶ営業

 営業活動は、企業にとって最も大切なものである。営業活動なくして企業は成り立たない。従業員全員の生活がかかり、企業の存亡に関わる 命がけの仕事なのである。

 

敵のことも知り、味方のことも知る

 顧客ニーズや競合の動きをつかみ、自社の対応状況をつかんで、日々その修正を行うことはマネジメントそのものである。

 「彼を知る」とは、顧客ニーズや競合の動きなどマーケット情報をつかむことであり、これが企業経営の出発点となります。そして、つかんだ顧客ニーズに対応し、競合の動きに対抗する自社の営業活動状況をつかんでおくことが「己を知る」ということです。さらに、そのマッチングを日々行う仕掛けを構築します。営業マネジメントの基盤を整備することで、当り前のことを当り前に行える営業組織を作ります。

『彼を知り己を知らば、百戦殆うからず。彼を知らずして己を知らば、一勝一負す。』第三章 謀攻篇

 孫子の兵法から考えると、しっかりとお客さんを知り、自分を知らなければ商品やサービスは売れませんよということです。お客さんが安いものを買いたいと思ってやってきているところに、高級ブランドを置いても売れないわけです。

 しかし、お客さんがもともと高級志向の人であれば・・・いつも高島屋などのデパートに通っているセレブな人が相手なのであれば、高級品を惜しげもなく買ってくれるわけです。あなたのお客はどの層になるのか。

 そのうえで、あなた自身がなにを提供するのか。これを知ることができれば「百戦して殆うからず」なわけです。孫子の兵法そのものは、中国の戦争をもとに作られた兵法になります。戦場では、相手の戦力と自分の戦力を知ることがなによりも大事です。

 その目測を見誤ったら、あなたの領土や国は相手に支配されてしまうわけです。そういった意味では、ライバルチェックを死に物狂いでやっていたと言っても過言ではないでしょう。ビジネスにおいても、それだけ競合調査が大事だということです。

 どこも同じものを同じようなメッセージで打ち出しているのであれば、逆の方向で打ち出せないか。打ち出せるとしたら、自分の会社の一貫性が一致しているのか。ここをしっかりと問う必要があるということです。

 孫子の兵法は、すごくシンプルですが究極のところにいくと物事はシンプルになるということなのかもしれません。あなたは、戦わずして勝てるポジショニングをとることができているでしょうか?

 自らのお客様の悩みをしっかりと把握できているでしょうか。もし、お客様の悩みを把握できていないのであれば、そこからスタートをするとよいでしょう。お客様の声をお願いすると断られることが多いのですが、アンケートなら答えてくれる。そのような人は顧客の中にたくさんいますので、しっかりとお客が悩んでいることを知りましょう。その上で あなたが価値あるものを提供すれば、物やサービスは売れるわけです。

 孫子の兵法は、戦のことを言っています。しかし、経営は競合他社との戦でもあります。相手を知って、お客を知って、自分を知ればおのずと答えがでてくるものです。経営は、難しく考える前にまずシンプルに考えてみましょう。それが一番顧客にも届くのです。

 「戦わずして勝つ」というのは、経営に直して考えるとポジショニングになるでしょう。競合がいないがら空きのところを攻めるということです。現在は これだけインターネットの時代ですから、逆に言えばアナログの方がよいことも多い。より顧客との信頼関係が築きやすいためです。ライバルがみんなメルマガやLINEを使っているのであれば、紙媒体のチラシをポスティングすることもよいかもしれません。そのように考えていくべきです。

 「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」という言葉は、顧客が本当は何を悩んでいるのかを知り、解決できていない悩みをあなたが提供できる商品やサービスで解決してあげることができると、負けないといっています。そのためには、自分に何が提供できるのか。どこに価値があるのかということを知ってなければなりません。そのようなことを孫子の兵法の名言から学ぶことができます。

 勝利を知るためには5つの方法がある。第1は戦うべき時と戦うべきでない時をわきまえていること。第2は大軍と小勢のそれぞれの用い方を知っていること。第3は上下の人々が同じ心をもっていること。第4は万全の態勢を整えて油断している敵に当たること。第5は将軍が有能でしかも主君が干渉しないこと。これら5つを守れば勝負に勝つことができる。言い換えるならば、「敵を知り己を知れば百戦危うからず。敵を知らず己のみ知っていれば勝ったり負けたりし、敵を知らず己も知らなければ戦うたびに必ず危険な目に遭う」ということを言っています。

 戦って勝つ条件として、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と挙げています。相手のことを知って、自分の力がどんなものであるかを正確に理解しておく。いわば情報戦が大切で、状況をしっかり把握していれば、どんな戦いであっても敗れることは無いということです。

 

守りを固めて確実に勝てる戦いをせよ

 「先に守りを固めて、敵の隙を狙うこと」と言っています。つまり、守りが頑丈で負けさえしなければ勝つチャンスはある。守りが肝心だということです。

『先ず勝つべかざるをなして、以って敵の勝つべきを待つ』第四章 軍形篇

 昔の戦いが上手な将軍は、まず誰もこちらに勝てないような態勢を固めてから、敵に隙ができて打ち勝てるようになるのを待った。

 「攻撃は最大の防御なり」という言葉があるが、「孫子の兵法」にそのような教えは無い。戦力互角、あるいは味方が劣っている場合、まず守りを固めよと孫子はいう。経営資源がほとんどない小さな企業でも、資源は皆無ではない。第一に事業主がいる。この事業主が中心となって不足している条件を整備し、徐々に戦える状態を作っていかねばならない。

 事業主に賛同する人が徐々に集まってきて仲間が増え、企業は規模を拡大するわけである。ただ、その後も永遠に成長し続けられるか否かは、これもまた人にかかってくる。

 多くの人に賞賛されるような勝ち方をするものを、多くの者は優れていると思っているが、そうではないと孫子は言っています。名将は勝つべくして勝つのだと。準備をし、情報を集め、勝てるとき、勝てる相手のみと戦うのが名将なのだと言っている。先に敵が攻撃しても負けない備えをしておいてから、敵がミスをしたり弱みを見せるのを待つ。

 ビジネス上でも、どんなに営業成績が良くても、ルールを守らなかったり、マナーが悪すぎるとなかなか信用されない。その為、普段から短所をなくしておくことで、好機が訪れた時、上司や同僚の信頼を勝ち取ることができます。

 孫子は、先に敵から攻められてもよいように、守りを固めた上で敵が弱みを露呈し、攻めれば勝てるような状況になるのを待てと説いた。負けないように守りを固めることは自軍次第で行えるが、勝つかどうかは敵次第の面があるという。

 企業経営で言えば、売上が上がるかどうか、儲かるかどうかという攻めの局面は、自社だけではどうにもならず、景気に左右されたり、顧客次第であったり、競合との兼ね合いで影響を受けることがあるが、潰れないようにする、赤字にならないように備えるという守りの面は、自社の努力次第で固めておくことができるのです。

 景気が悪いから倒産するという場合にも、景気が悪いからと言って、すべての企業が倒産するわけではない。景気が悪くてちょっと売上が下がったくらいで行き詰まるのは、景気が悪くなる前から借金過多であったり、利益率が低かったり、高コスト体質だったり、営業力が弱かったりしたからである。景気が悪くなったことで、そうした弱い部分を補う余力がなくなって倒産するわけである。景気が良かろうが悪かろうが、大丈夫なように、自社の経営を磐石にする努力を継続しておかなければならない。自社の企業体質、収益構造を把握しておくことが大切です。どこでどう利益が出ているのか、なぜそれが実現できているのか、もし、問題があれば、それはなぜなのか、なぜ改善できないのかを知ること。

 自社の体質を把握せず、守りも固めずにいる会社は、売上が伸びることによって傾くことすらある。

 孫子は、守りを固めて地下に潜伏して、攻めの好機が来るのを姿を消して待てと説いている。そして、ここがチャンスと見たら、一気に天高く舞い上がって攻めよと言う。 

 守りを優先する局面では、自陣、自国を固めるだけだから、兵力にも余裕が生まれやすい。しかし、攻めに転じる場合には、当然戦線が伸びて、兵器や食糧の手当ても必要となり、攻撃によって自軍にもダメージがあるから、兵力、戦力に不足が生じる恐れがある。

 新規事業や新商品、新規エリア開拓など攻めの局面では経営資源が必要となるのと同じこと。人もいるし、金もいる。だから、攻めという積極策よりも、守りを固めて、兵力を蓄えて、来るべき攻めに備えるというのが常道と言える。負ける理由は社内にある。外部要因はきっかけにはなるけれども、負け(倒産、業績悪化)の原因にはならない。自社のことは自前で手が打てるが、外部の環境や敵のことは思うように動かせない。自力でなんともできないことを問題の原因だと考えてはならない。まずは負けない準備、負けない備えを優先させることである。

 先に敵が攻撃しても負けない備えをしておいてから、敵がミスをしたり弱みを見せるのを待つ。ビジネス上でもどんなに営業成績が良くても、ルールを守らなかったりマナーが悪すぎるとなかなか信用されないでしょう。その為、普段から短所をなくしておくことで、好機が訪れた時、上司や同僚の信頼を勝ち取ることができます。

 

勝ってから戦う

 孫子は、素人にも分かるようなことをやっていてはプロとして失格であると指摘した。一流の人間にしか分からないような玄人仕事をせよと。

 孫子は、兵法家が考える優れた将軍は、勝ちやすい相手に勝つ者だという。勝てる相手に勝つことを評価すると言う。そうした有能な将軍は、世間から智将だと称えられることもなく、勇敢だと褒められることもない。

 企業経営者が心すべきは、勝てる戦しかしないということである。自信のある分野、商品に絞って、勝ち戦を重ねることである。したがって、営業に行くなら、「お役に立てる」確信の持てる顧客に絞り込んで訪問するべきである。無理に売上拡大、規模拡大を狙わず、強い商品、得意分野、勝てる仕組みにこだわって、小なりといえども、毎期確実に利益を出して、社員や株主にも還元し、しっかり納税もして、内部留保を積み増して行く堅実な経営者こそ、プロが認める優れた経営者である。

 勝つ軍は勝ってから戦う。負ける方は、戦い始めてからどうやったら勝てるかを考えている。負けない態勢を整え、勝つための仕込み、仕掛けをした上で、これなら勝てるというストーリーを描き、勝つ自信が持てれば、戦いに踏み切ることです。

 営業活動において、客先に訪問し、実際に商談に入る前に、勝てる準備、勝てる商談ストーリーを持っていることが重要である。売れる営業マンは、商談前にストーリーがイメージできている。必要な資料の準備もできるし、顧客からの反論にも冷静に対応できる。「先に勝って後で戦う」という孫子の兵法を実践している。しかし、売れない営業マンは、客先に行ってから、「今日は何かないですか?」「お困りごとはありませんか?」「御社のニーズは何ですか?」と御用聞きをやっている。

 ところで、営業の「日報」というと、営業マンの行動管理をイメージするかもしれない。また、営業担当者をサボらせないようにする行動管理ツールと捉えられることがあるが、それは戦略的ではない。計画を立て、それが日々実践に移されているか、その実践、実行の結果、計画通りに進捗しているかどうかを把握する仕組みが日報であるのだが。日報を書けと言われて いやいや書いているだけのことがある。

 孫子の兵法を活用し営業力を強化するには、日々の日報に、今日どうだったかという結果報告や行動報告を書くだけでなく、次にどうするのか、次回のアプローチはいつにするのか、次はどういう提案をするのかを書くようにする。商談が終わった時点で、常に次回の商談ストーリーを明確にしておく習慣をつける。次の戦いの前に勝つ段取りを考えておくということである。そこで、日報の中に計画欄を設けて、「次回予定」を必ず書かせるようにすると良い。通常、日報は「報告書」だと思われているから、その日の商談内容を事後報告する。戦い(商談)の後で事後報告しても、注文はもらえない。大切なことは、事前に考えることであり、それによって上司や先輩などから事前にアドバイスをもらい、商談の精度を上げていくのです。事前に予定を書くから、それに対して事前にアドバイスができる。全員の智恵や経験知を営業マン本人に注入できる。これによって経験の浅い、営業力のない営業マンでも商談のストーリーが描けるようになるし、成功をイメージできるようになる。

 顧客のニーズや競合の動き、商談のニュアンスなどを共有しながら、上司と部下が智恵を出し合う。タイミングが遅れそうになると、日報から警告が発せられたり、商談の抜け漏れもチェックしてくれる。顧客に合わせ、商談の流れに合わせて、正しいタイミングで、適切な手を打つ仕組みを営業組織に仕組むわけである。

参考

勢いと節目  

 営業活動というものは、常識どおりの正攻法で対応するのが原則です。状況の変化、相手の出方に応じた対応で「イエス」と言わせるものである。営業活動商売の上手い企業は、顧客のニーズ、市場の変化に対応して、臨機応変に常にその方法を変化させることができる。常に新しく、その変化はつきることがない。

 商売の駆け引きは、「押し」と「引き」の二通りであるが、そのタイミングは極めることができないほど難しい。

 営業活動の原則は「勢い」「節目」である。

 「勢い」には迫力、熱心さ、自信とかが含まれる。客に決断させるためには、この節目が最も大切である。その場で、決断を促し、時間をおいてはいけない。待ってはいけない。逃げ道を与えないためにも時期を区切る必要がある。

 ただ、「節目」がなければ、目標の設定、結果に対する業績の判断もできない。節目を決めて、反省と新たな決意をする事は、各々個人にとっても大切なことである。

 成功するためには、オーソドックスな方法を基本とし、状況変化に応じ臨機応変な応用的方法を用いらなければならない。

 どうしても受注したい大事な案件があり、競合他社と争っている時は、正攻法として提案内容で互角に戦って、顧客がどちらにしようか迷っている状態まで持ち込み、その後は接待をしたり、何かのお祝いの品を贈ったりして、いろんな奇策を繰り出すと効果的です。これを逆の順番で使うと失敗します。正攻法をせずに先に奇法を使ってしまうと、実力も無いのに、いきなりコネを使ったり、怪しい奴だと警戒されて逆効果になってしまいます。

 

勢いとタイミング

 企業経営においては、勢いとタイミングが求められる。積水の計で水を満々と溜めたとしても、それを一気に決壊させるタイミングがズレたら、せっかくの積水が無駄になってしまう。パワーを蓄積していても、それをダラダラと長期間に渡って放出させたのでは、効果が薄い。逆に、短期間に一気に集中して動こうとしても、蓄えられたエネルギーが少なければ大したことにはならない。

 新商品の投入や新規事業への参入は、まさに時間をかけて力を溜めた弩を一気に解き放つものだと言える。新商品、新規事業が斬新で独自性の高いものであればあるほど、タイミングが難しい。顧客の認知もなく、ニーズが潜在化している状態で、知名度の低い中小企業が新しい商材を投入すると、啓蒙や市場創造に時間がかかって息が続かないことが少なくない。かと言って、中小企業が大企業に先行されてから後追いでついて行ったのでは話にならない。二番煎じである。

 営業活動において、タイミングを逸した無駄な努力、訪問、提案は徒労に終わることが多い。

『激水の疾くして、石を漂わすに至る者は勢なり。鷙鳥の撃ちて毀折に至る者は、節なり。是の故に善く戦う者は、其の勢は険にして、其の節は短なり。勢は弩を彍るが如く、節は機を発するが如し。』第五章 兵勢篇

 激しい流れが、重い石をまるで軽石のように浮遊させて押し流すことができるのは、勢いがあるからである(水自体に岩を動かす力があるわけではない)。

 猛禽(もうきん)が急降下して、一撃で獲物の骨をうち砕くことができるのは、節目だから。であるから、戦いの巧者は、戦うタイミングまで限度いっぱいまで勢いをためておいて、その力を一気に放出して短期で決着をつける。例えば、勢いを蓄えるのは、弓(弩)の玄をいっぱいに張るようなもので、節目は瞬間に引き金をひくようなものである。

 戦いの中では、時には「勢い」が必要なことがあります。孫子は、力をためるだけ貯めておき、そしてタイミングを見計らって一気にその力を解き放つことが勝利を呼び込むコツだと言っています。

 孫子は、その言葉の中で度々「節」という言葉を用いています。これは、いわゆる「節目」のこと。孫子は静から動への転換期を意味する言葉として使っています。もしあなたが、これから新しい仕事に取りかかろうとしていたら、まずそれをできるだけの資料や情報が手元にあるかどうかを確認しましょう。そして、条件が整ったことを確認したなら、その力を一気に注ぎ込めば、大概の仕事は上手くいくはず。ただし、大切なのはタイミングです。力と時のバランスを見失わないこと。それが勝利の鍵となるという。

『乱は治に生じ、怯は勇に生じ、弱は強に生ず。治乱は数なり。勇怯は勢なり。強弱は形なり。』第五章 兵勢篇

 混乱は整然と統治された状態から生まれ、臆病さは勇気の中から生まれ、弱みは強みから生まれるものである。乱れるか治まるかは、組織編制(分数)の問題である。兵士が尻ごみするか勇敢になるかは、勢いの問題である。強みとなるか弱みとなるかは、軍の置かれた態勢や軍形による。

 

経営に勢いをつけるためには顧客のダムを作る

 孫子は、ダムを決壊させるような勢いを作れと説きました。戦いに勝利する者は、人民を戦闘させるにあたり、満々とたたえた水を深い谷底へ一気に決壊させるような勢いを作り出す。これこそが勝利に至る態勢であると。

 軍をうまく動かすためには、進むべき道筋や思想を正しく示して、軍制や評価を徹底させなければならない。そのためには、物事を正確に把握する尺度や基準、すなわち、ものさしや升目、数、比較対象などを予め明らかにしておかなければならないと孫子は説いた。

 勝つためのストーリー、すなわち、戦略が実地のデータに基づいて論理的に組み立てられており、それゆえに、組織構成員のすべてが勝利を確信しているという状態をイメージしてみる。鎰を以て銖を称るが如く、勝利は確定的である。そういう経営を目指したいものです。

 企業経営において、勢いを作り出すために必要なことは何でしょうか。売ること、売れることである。営業部門においては、隣の営業マンが売ってくれば、負けずに売ろうとするし、周囲が売っていれば、「売れるはずだ」となる。逆に、売れないとなれば、「あいつも売ってないし、こいつも目標未達だったし、俺も売れていない」・・・となって、商品が悪い、会社が悪い、景気が悪い、となる。これでは勢いなど出ない。  売るから勢いが出て、勢いがあるからまた売れる。売らないことには勢いも何もないから、売るための仕掛けを用意する必要がある。それが「積水」であり、「顧客のダムを作る」ことである。このダムを作ることで、売れるべくして売れる、勝つべくして勝つ、というストーリーを描くことができるようになる。今売れなくても、来年には売れるかもしれないし、次の入れ替えではリベンジできるかもしれない。

 勝つには理由がある。負けるのにも理由がある。業績が上がるには理由がある。業績が下がるのにも理由がある。営業がうまく行くには理由がある。失注するのにも理由がある。それらの道理、尺度、基準を踏まえ、予め準備して勝てるストーリーを持って臨めば、自ずと勝ちが確定する。やるべきこともやらずに楽して勝てる魔法はない。やるべきことをきっちり積み上げて、粛々とそれを繰り返すのみ。それが孫子の教えである。

積水を千仭の谷に

『勝者の民を戦わしむるや、積水を千仭の谷に決するが若き者は、形なり。』第四章 軍形篇

 戦いに勝利する者は、人民を戦闘させるにあたり、満々とたたえた水を深い谷底へ一気に決壊させるような勢いを作り出す。これこそが勝利に至る態勢(形)である。

 

競争・交渉をうまく進めるには

 様々な駆け引きを持って得られる『勢い』は、有利な情況を見抜いた上で臨機応変に対応することで生まれるものである。ビジネス上でも、「これだけは譲れない」という一線を決め、 そこに引き寄せるために臨機応変に対応していくことが重要です。

迎合せずに主張する

『将 吾が計を聴くときは、これを用うれば必ず勝つ、これを留めん。

 将 吾が計を聴かざるときは、これを用うれば、必ず敗る、これを去らん。

 計 利として以て聴かるれば、乃ちこれが勢を為して、以て其の外を佐(たす)く。勢とは利に因りて権を制するなり。』第一章 計篇

 孫武は、自身の言葉として、「計謀をご主君の利益だと判断されてお聞き入れになりますなら、国内で準備すべき勝利の体制はそれで整いますから、次にあなたの軍隊に勢を付与して、外征後の補助手段とします。勢とは、その時々の有利な状況に従って、一挙に勝敗を決する切り札を自己の掌中に収めることです」と言っている。

 そして、このことについて、国王は、「戦略と戦術・戦法の定義はさまざまですが、戦略は戦いの根幹をなす計画であり、よって不変のもの、戦術・戦略は戦いの実践術であり、よって状況に応じて柔軟に変えるべきものだともいえるでしょう」と言った。

 孫子は国王に迎合してまで将軍になろうとはしなかった。戦争の素人である国王がプロである孫子の言うことを聞かないようでは戦争で勝てないからです。あくまでも孫子の考えを理解し、賛同してもらわなければならない。それが先決であって、もしそれができないなら、自ら去ると宣言したのです。

 事業展開するには、ライバル企業の士気が高く勢いがある時は避けて、その士気、勢いが衰えたタイミングを見計らって事業展開することで、自社の勢いをつけることができる。

『三軍には気を奪う可く、将軍には心を奪う可し。故より朝の気は鋭、昼の気は惰、暮れの気は帰。故に善く兵を用うる者は、其の鋭気を避けて、その惰帰を撃つ。此れ気を治むる者なり。治を以て乱を待ち、静を以て譁を待つ。此れ心を治むる者なり。近きを以て遠きを待ち、佚を以て労を待ち、飽を以て飢を待つ。此れ力を治むる者なり。正々の旗を邀うること無く、堂々の陣を撃つことなし。此れ変を治むる者なり。』第七章 軍争篇

 戦上手な者は、敵の鋭い気力の時を避けて、気力が落ちて、尽きようとしている時を狙って攻撃する。これが気力によって制するやり方である。

 整然と統率された状態で、混乱して統制を失った敵を待ち受け、冷静な心境で慌てふためく敵と当たる。これが心理状態によって敵を制するやり方である。

 戦場の近くで遠くからやってくる敵を待ち受け、ゆっくり休んでおいて、疲れた敵を待ち、充分に食べて満腹になった状態で、空腹で飢えた敵と当たる。これが戦闘力によって敵を制するやり方である。

 また、一糸乱れず整然と旗や幟を立てて向かってくる敵に攻撃を仕掛けるようなことはせず、堂々とした布陣で臨んでくる敵にも攻撃をしない。

 こうした判断ができるのは、相手の変化を待って勝機を探ることのできるリーダーだからである。

 事業展開するときに、ライバルの意表を突けば、ライバルは対抗できなくなる。撤退するときに迅速にすれば、損害は少なくてすむ。 

『進みて迎う可からざる者は、其の虚を衝けばなり。退きて止む可からざる者は、速やかにして及ぶ可からざればなり。故に我れ戦わんと欲すれば、敵、塁を高くし溝を深くすると雖も、我れと戦わざるを得ざる者は、其の必ず救う所を攻むればなり。我れ戦いを欲せざれば、地を画して之を守るも、敵の我れと戦うを得ざる者は、其の之く所を膠けばなり。』第六章 虚実篇

 こちらが進撃しても、敵が迎え撃つことができないのは、こちらがその敵の隙(弱点)を衝いているからである。こちらが退却しても、敵がそれを阻止できないのは、それが素早くて追いつくことができないからである。そこで、自軍が戦いたいと思えば、敵が仮に土塁を高く積み上げ、堀を深くして籠城戦に持ち込もうとしたとしても、出撃して来ざるを得なくなる。それは、こちらが敵がどうしても救おうとする地点を攻撃するからである。自軍が戦いたくないと思えば、地面に線を引いて仕切っただけの陣地であっても、敵はこちらと戦うことができない。それは、敵の進路を欺き判断を誤らせるからである。

 困難に見える事業でも、ライバルの参入していないマーケットで展開すれば、失敗の恐れは少なくなる。ライバルの弱点を逆手にとって事業展開すれば、新規参入しても成功できる。

 相手が守っていない虚を撃てば、攻めに成功する。相手が攻めてこない虚を守れば、守りにも成功する。物理的な兵力の集中という実を避ける戦略である。そして、こうした戦略を変幻自在にとっていくうちに、相手が困惑してくる。敵は、自分たちのどこが虚でどこが実か、自身にも分からなくなってくるのである。そうすると、「敵 其の守る所を知らず。 敵 其の攻むる所を知らず」ということになる。そうして戦略の混乱した敵は、潜在的に力があったとしても、その力を現実には発揮できなくなって、敗れていく。

 

始めは処女、後は脱兎の如く

 経営者、人の上に立つ人は、敵だけでなく、人の嫉妬心を忘れてはならない。「すごいですね」「立派ですね」などと言う言葉に踊らされてはならない。相手は おべんちゃら を言っているだけかもしれない。調子に乗らせて、ベラベラ喋らせようと思っているのかもしれない。

 こちらの意図や作戦を敵に悟られないようにしつつ、相手を油断させておいて、隙が生まれてチャンスとなったら、一気に攻める。それには、軍全体への統制も効いてなければいけないでしょうし、情報の取り扱いにも細心の注意が必要である。それができてこそ、「神業」「巧事」と言える鮮やかな戦いができるというわけである。

 現代のビジネスにおいても、勝てるシナリオや体制が整わないうちは、極力敵を作らないようにして、自らの意図や戦略、計画を相手(競合や市場)に悟られないようにするべきである。いざという時に、脱兎の如くなるための力を蓄えて、好機を待つべきなのです。勝つためには我慢も必要ということなのだが、つい喋ってしまったり、つい焦って始めてしまったり、つい自慢してしまったりして、敵に気付かれ、敵を作り、敵に手を打たれてしまうことがある。乙女のようにしおらしくしておこう。だが、経営者ともなると、なかなか しおらしくしておけない人が多い。しかし、それを表に見せてはいけないと孫子は説く。

 孫子は、処女の如くあれと説いた。そして、後は 脱兎の如く逃げる。すなわち、目的を果たしたら、さっさとその場を立ち去る。それが賢い戦い方である。一定の成果を挙げれば、偉そうにしたいこともある。

『兵を為すの事は、敵の意に順詳するに在り。敵に幷せて一向し、千里にして将を厥す。此れを巧事と謂う。是の故に政挙がるの日は、関を夷ぎ符を折きて、其の使を通ずること無く、廊廟の上に厲しくして、以て其の事を誅む。敵人闠を開かば、必ず亟かに之に入り、其の愛する所を先にして微かに之と期し、剗墨して敵に随い、以て戦事を決す。

 是の故に始めは処女の如くにして、敵人 戸を開くや、後は脱兎の如くす。敵 拒ぐに及ばず。』(第十一章 九地篇

 戦争を行う上での要諦は、敵の意図を読み、それに順応させて動くところにある。敵が目指すであろう目的地にこちらも向かい、それが千里もの距離を長躯するものであっても、狙い通りに敵将を討つ。これぞ鮮やかな戦い、巧事である。こうして、いざ開戦の命が下される日には、関所を封鎖し、通行証を無効にして、敵国使節との関係を遮断し、廟堂での厳粛な審議を経て、戦争計画の実行を決断するのである。敵の防衛線に隙や緩みが生じたら、必ず迅速に侵入し、敵が重要視している地点を第一目標として先制攻撃すべく、秘密裡に作戦計画を決めて、全軍が沈黙を守って敵の動きに応じて動き、一気に勝敗を決する。このように、初めは乙女のようにおとなしく慎重にしておいて、敵が油断して隙を見せたら、脱兎のように機敏に動け。そうすれば敵は防ぎようがない。

 

相手の出方がわかれば強気に交渉できる

 戦争においては、敵の意図や出方を察知することが肝要です。そのため、諜報活動を行い、さまざまなデータを分析し、情報として役立てます。敵の動向がわかれば、先回りして防御を固めたり、待ち伏せして迎撃したりすることができます。

 敵の意図を探るには、敵の立場に立って物事を考えることが重要です。

 ・今、自分が相手の立場だったらどのような心境になるか

 ・どのように戦況が映るか

というふうに、視点を変えることです。

 これを徹底すれば、自分だけの視点からでは決して見えないものが見えてきます。これは、ビジネスでも人間関係でも同じことが言えます。うまく人間関係が築けない人は、自己中心にしか世の中を見ることができないところに大きな原因があります。いわゆる空気が読めないというのは、自己中心的で視野が狭いため、自分が置かれた立場がわからないのです。

 常に相手を意識し、相手の意図がわかれば、自分がどう行動すれば有利になるか読めてきます。ビジネスでも、ライバル企業がどのような商品を開発し、どのような販売戦略を立てようとしているのか、どこに支店を出そうとしているのかが把握できれば、先回りして対策を立てられます。

交渉が決裂して困るのはどちらかを見極める

 相手の意図を探る重要性が如実に現れるのが、交渉の場においてです。交渉に臨むにあたっては、自分と相手の立場をよく理解しておかなければなりません。立場が強いほうが より強気な態度で臨むことができ、立場が弱ければ下手の態度に出て、相手の立場を引き出すようにしなければなりません。これを見誤ると、有利な立場にあるにもかかわらず、不利な交渉をしてしまいかねません。

 

敵を弱体化させる戦略

20倍の敵に勝った韓信(かんしん)の戦法

「退路を断つ」

 この退路を断つという行為は、わざと逃げ道をふさいで目前の敵に集中させるという軍事作戦の一つであり、中でも「背水の陣」が有名である。古代中国の漢と趙との戦いで韓信という漢の名将が用いた戦法である。

 趙軍は有利な地形に砦を築いた。20万もの大軍である。漢軍はわずか1万。しかも寄せ集めである。わずかでも敗色濃厚という雰囲気が兵士に伝われば、皆逃げ散ってしまうに違いない。そこで、韓信は生き延びられるように逃げ道を確保しておくというセオリーの逆を行った。川の前に布陣し、後ろに下がったら死んでしまうという状況に自軍を置いた。これで寄せ集めの兵士たちも必死で戦うしか生きる道はなくなった。

 迫りくる趙軍。前線で戦っていた韓信は頃合いを見てわざと負け、退却するふりをしてみせた。趙軍はここぞとばかり砦を空にして20万の軍勢で襲い掛かる。「背水の陣」により全力で戦っているとはいえ、いくらなんでも1万人が20万人に勝てるわけがない。

 このとき、振り向いて自軍の砦を見た趙軍の兵士は驚いた。砦には漢軍の赤い旗が大量に立っているではないか。韓信は、趙軍の砦近くに2千人の兵を潜ませておき、趙軍が出撃した後にやすやすと占拠したのである。

 「漢軍の大勢力に砦を奪われ、しかも前後を挟まれた!」 そう誤認した趙の兵士たちは大慌て。漢軍は混乱する趙軍を打ち破った。

 軍争篇に、『負けたふりをして逃げる兵士を追いかけてはならない』とある。逃げる敵は追いかけたくなるもの。背後を襲えば簡単に討ち果たせるからです。しかし、そこに追いかける側の隙が生まれる。韓信が狙っていたのはこれだったのです。ただ「背水の陣」を敷いたのではない。勝利を手にするための手順を綿密に描いていたのです。

 

勝利を手にするための2つの視点

 勝つか負けるかは相対比較の世界である。味方が強くても、敵がそれより強ければ敵が勝つ。味方が弱くても、敵がそれより弱ければ味方が勝つ。よって、戦って勝つかどうかは2つの側面から見る必要がある。

 ①どうすれば味方が敵より強くなるか

 ②どうすれば敵が味方より弱くなるか

 先の韓信の戦いの場合、「背水の陣」により兵士の必死さを引き出した。1人で2~3人の敵を倒すくらいのパワーは出せたとすれば、敵が2~3万人の軍勢ならばこれだけで互角になったことになる。しかし、敵は20万人。あと17万人分の力を削がなければ勝ち目はない。そのための作戦が、2千人で砦を占拠するというものだった。楽観から一転、恐怖に支配された敵は大混乱に陥り、実質的に20万人の兵士はただの弱い人に変わってしまったのである。  凡将ほど自軍の力ばかりにとらわれる。兵隊の数、勇猛さ、武器の量や性能。確かにこれらは重要だが、総合的な兵力で勝る敵に勝つことは出来ない。

形篇

『昔の戦いが上手だといわれた将軍は、容易に勝てる機会を逃さずに捉え、そこで打ち勝った』

 名将は勝てる敵と戦うのである。本来、韓信(かんしん)率いる漢軍と敵対した趙軍にこそ、この言葉はふさわしいものだった。韓信が背水の陣を敷く前の段階で、趙軍が漢軍を攻めるチャンスはあったのである。そこで攻めていれば多勢に無勢、いかに韓信といえども逃げるしかなかったに違いない。ところが、趙軍の将は漢軍を甘く見て攻撃しなかった。勝てる要素が一つもなかった漢軍を攻撃しなかったために、20分の1の敵に敗北してしまったのである。

 

顧客の心に隙(すき)を創り出す

 モノを売る場合、「買わない」と言っている相手に売るのは困難である。例えば、相手がこちらを信用していないのに説得して売るのは相当難しい。まずは心を開いてもらう努力が必要です。

虚実篇

『守った場合に必ず堅固であるのは、難攻不落で敵が攻められないところを守るからである。』

 難攻不落な箇所をあえて攻めてくる敵は少ない。

 

経営とは相手を欺くこと

 『孫子』は、「戦わずして勝つ」ためには「敵を欺く」ことが大切だといいます。

 孫子の言う詭道とは 相手を欺くこと。ここで言う相手とは、競合先と顧客の二通りで考えることができる。

 こちらの動き、実力、考えなどを競合先に悟られないようにし、相手の裏をかかなければならない。馬鹿正直にこちらの手の内を見せるようなことをしてはならない。

 相手の手の内を読みながら、こちらはその裏を行く詭道で攻める。攻めると見せかけて退き、出来ないと思わせて、裏で虎視眈々と準備を進めるのです。それぞれ、強くとも敵には弱く見せる、遠方にあっても近くにいるように見せる、低姿勢に出て敵を驕らせる、相手の無防備を攻めたり予想していないところに出るということで、すべて相手を欺き、相手の裏をかくような行動である。

 相手を顧客とした場合、顧客満足とは顧客の期待を超えることであり、顧客の期待を良い方向に裏切る詭道である。期待に応えるとは予想通りということであって、不満足は生まないが満足度を上げることにはならない。顧客の評価は、事前の期待値と商品なりサービスなりを購入した後の実績値とのギャップの大きさによって決まる。高いものが上等だったり美味しかったりするのは当然である。  普通は商売だから、顧客の期待値を高めようとする。当然のことであって、それが悪いわけではないが、詭道ではない。敢えて期待値を下げてみることもあってよい。

 顧客が考えていないことを考えよ。顧客にニーズを聞いているようでは、ただの御用聞きである。

 顧客を良い意味で裏切り、欺くことができなければならない。そのためには、顧客をよく理解し、自社の商品力を高めておくべきなのは言うまでもない。

 戦はあくまで敵を倒すことを目的とするものである。しかし、企業の競争は競合相手を打ち負かすことが目的ではない。顧客を獲得すること、顧客の満足を競合相手よりもより多く勝ち取ることを目的としている。競合相手を負かしても、顧客にそっぽを向かれるのなら、戦略に意味はない。顧客を欺き裏をかくのは、企業戦略の基本にもとる。顧客を相手に偽りの道は長期的には成立しない。しかし、競合相手の裏をかく、競合相手の動きを巧みに利用する、という意味での詭道は戦略としてありうる。競合相手の裏をかいて、より顧客の満足を勝ち取るという意味での「詭道」である。

 あるいは、「顧客を驚かす」という意味での詭道ならば、戦略としてありうるでしょう。顧客が新しい製品を使って、「大いに驚き、感動する」ことで、市場は大きく動く。それではじめてイノベーションが実現するという。

『兵とは詭道なり。故に、能なるも之に不能を示し、用いて之に用いざるを示す。近くとも之に遠きを示し、遠くとも之に近きを示し、利して之を誘い、乱して之を取り、実にして之に備え、強にして之を避け、怒にして之を撓し、卑にして之を驕らせ、佚にしてこれを労し、親にして之を離す。其の無備を攻め、其の不意に出づ。此れ兵家の勝にして、先には伝う可からざるなり。』第一章 計篇

 戦術とは相手をあざむく方法である。本当は自軍にある作戦行動が可能であっても、敵に対しては、とてもそうした作戦行動は不可能であるかに見せかける。本当は自軍がある効果的な運用のできる状態にあっても、敵に対しては そうした効果的運用ができない状態にあるかのように見せかける。実際は目的地に近づいていながら、敵に対しては まだ目的地から遠く離れているかのように見せかける。実際は目的地から遠く離れているにも関わらず、敵に対しては、既に目的地に近づいたかのように見せかける。

 ビジネスという戦場において、自分たちを有利な状況に置くためには、例えば、諦めたフリをするなど、時には謀略も必要かもしれません。予算や企画など、真っ正面から戦って勝利を得ることが理想ですが、世の中はそれほど甘くないはず。いかに敵を欺いて油断させるか、そういう戦術を考えてみるのも悪くない。今の状況を打破する秘策として、一度トライしてみるとよい。

近づくもこれに遠ざかることを示し、遠ざかるもこれに近づくことをしめせ』

 ビジネスと恋愛には似ているところがあります。好きな女性をくどくのには、押しの一手だけでは、なかなか上手くいきません。やはり、「押しても駄目なら退いてみな」という作戦が必要です。ビジネスも同じで、相手を攻めるにしても、一本調子であれば相手はこちらの出方を予想してしまいます。そうなれば話はなかなか前に進みません。そんな時、一度退くそぶりを見せるのも場合によっては有効です。この短い言葉が持つ深い意味を噛みしめて、新たな戦略を練ってみましょう。

『能なるもこれに不能を示せ』

 ライバルにうち勝つためには、欧米などでは自分をいかに上手くアピールするかが大事だと言われています。しかし、それが過剰になりすぎた場合は、逆に嫌われる要因にもなりかねません。とは言いつつも、逆に自分ができないフリをした時に、本当に仕事ができない人間だと思われてしまう可能性もあります。要は、そのさじ加減が大切だということです。言い換えれば、自分の身の丈に合った仕事をし続けることが、最終的な勝利につながるということでもあります。ビジネスでは、押したり引いたりすることが大切です。

『故に兵は、詐を以って立ち、利を以って動き、分合を以って変をなす者なり』第七章 軍争篇

 戦いは敵をあざむく事で始まり、有利な方向へ動き、兵の分散と集中を繰り返しながら変化する。

 『兵は詐を以って立つ』というのは、『計篇』で登場した『兵は詭道(きどう)なり』と相通ずる。戦争は騙し合いだという事を もう一度ここで強調しています。もちろん、「迂直の計」もその騙し合いの一つ。迂回したかと見せて直進したり、奇襲をかけたかと思えば正攻法で攻める。陰と陽、静と動、そうやって騙しながら戦いを有利に導いていくのです。

 

強大な敵に対しても戦い方がある

 強大な競合企業に対しても、決して対応する方法がないわけではない。相手が強大であるその理由こそが、相手の動きを封じ込めるポイントであり、冷静に相手の急所を突くことが肝要である。

『敢えて問う、敵、衆にして整えて将に来たらんとす。之を待つこと若何。

 曰く、先ず其の愛する所を奪わば、則ち聴かん。兵の情は速やかなるを主とす。人の及ばざるに乗じ、虞らざるの道に由り、其の戒めざる所を攻むるなり。』第十一章 九地篇

 では、尋ねるが、敵軍が、大兵力で隊列を整え攻めて来たら、どのようにしてこれを迎え撃てば良いだろうか。  

 答えるに、まず、敵が重要視しているものを奪えば、こちらの思うように動かすことができる。戦争における要諦は、迅速に動くスピードにある。敵の不備を衝き、予測していない方法を取り、警戒していない地点を攻めるのである。

 孫子は、まずその敵が重要視しているものを奪えば、相手は混乱し、後はこちらの意のままに動かせると答えた。それに続けて、戦争の要諦はスピードであり、速攻で、敵の不備を衝き、予測していない方法をとり、警戒していない地点を攻めれば良いのだと説いた。敵がいくら強大だからと言っても、それで焦らず、冷静に敵が強大だからこそ抱えている急所を見つけ出せと説いた。現代のビジネスにおいても、仮に強大な競合企業があり、万全の組織、豊富な品揃え、圧倒的な人的パワーで自社の商圏に攻め込んで来たとしよう。何ともしようがない、手の打ちようがないと考えてしまうのも当然のようではあるが、そういう場合でも手が打てると言う。相手が強大であればあるほど生じる弱点がある。それはスピードが遅くなるということである。驕りや慢心による緩慢さかもしれないし、情報伝達の遅れや組織が分断されて壁が出来た故かもしれない。敢えて、相手の強い部分、得意分野にスピード勝負をかけてみるのもよい。スピードとは意思決定のスピードです。社員が走ったり、作業スピードを上げる努力をしても、高が知れている。強大になった相手だからこそ意思決定がどうしても遅くなる。相手が商品開発に強みを持っているなら、商品開発期間、サイクルの短縮で勝負する。仮説検証スピードを速くすればいい。相手が生産能力に自信を持っているとすると、納期短縮で勝負する。相手が何千人という営業マンを抱えて攻めてくるなら、エリア限定で絞込みながら、そこでの営業対応スピードで勝負するという具合である。

 営業で大切なのがスピード。速きこと風の如く何事も速くやること。顧客は忙しいし、こちらも暇な客を相手にしている暇はない。顧客が3日かかるだろうと思うところを2日でやる。

 次に顧客の話を聴く。静かに素直に聴く。喋り過ぎない。気持ちよく話してもらうために、心地よい傾聴姿勢が必要である。相手のことを理解しよう、どうやったらお役に立てるかという心情が必要です。顧客の話を聴き、相手の事情を理解したら、こちらがお役に立てることを提案する。提案する時には、「お客様のためにお役に立つ」という熱い思いで提案すること。自社の都合、自分の都合を押し付けるのではなく、「お客様にとって良いものだ」という確信がなければならない。売る気があるのか、ないのか良くわからないような、気の抜けた覇気のない事務的な提案で人が動くはずがない。理屈では人は動かない。熱い思いをぶつけよ。しかし、過度な値引きを要求されたり、過剰なサービスを強要されたりする場合には動いてはならない。

 

攻撃と防御

形篇

『昔の防御が上手な将軍は、まるで地に深く潜っているように自分の力を隠してタイミングを図り、攻撃に転じるときには空の上からすべてを見ているように動いた。だから味方を安全にして、しかも完全な勝利を遂げることができたのである』

 孫子は、攻撃と防御、両方を重視している。基本は防御にあるが、鉄壁の守備を固めながらも攻撃のチャンスを狙うのである。「なぜ攻撃が必要なのだ。守りが完璧というだけで十分ではないか」 あなたはこう思うかもしれない。残念ながら、その考えは間違っている。守るばかりで攻めないということは、自ら亡びない限り敵が永遠に存在し続け、こちらは常に敗北の危険にさらされ続けることになる。もしも、あなたの会社の業績が下降し始めているのなら、いつの間にか内向きの守り一辺倒の意識に陥っているのかもしれない。外への意識が薄れた結果、市場の変化、競合他社の変化に気づかず、守っているつもりが徐々に小さなすき間から攻め込まれている可能性が高いのです。

 

何をもって攻めるか

 防御ばかりでは主導権は握れない。敵に圧倒的な差をつけて勝っている場合でも、攻める意識を失った集団は急激に弱体化する。あれよあれよと逆転負けを喫するのがオチです。

 企業の周囲には、顧客、競争相手、取引先、株主、その他の人的環境、自然環境など多くの変動要因があり、これらが絶えず企業を揺さぶっている。企業が軌道に乗ったように見えてもそれは一瞬のことであり、じっとしていたら次の瞬間には脱線させられるのである。

 周囲が動いているならばこちらも動く、あるいは静であってもすぐ動に移れる態勢でいなければ、急な変化に対応できない。対応できないと主導権は相手に握られて、こちらはいつか滅び去ることになる。

形篇 

『「地」の形勢によって戦場までの距離を計る。「度」である。「度」によってその戦場が必要とする兵器や食料などの物量を見積もる。「量」である。「量」によって兵力を計算する。「数」である。「度」「量」「数」によって形成される敵と味方との軍事力を比べる。「称」である。「称」の結果を踏まえて勝算を検討し総合評価をする。これで「勝」を見る。』

 敵に対して主導権を握るには、このような計算を事前に行っておかなければならない。マーケティングツールという武器も、コミュニケーションのプロセスを細かく計算し、どの段階でどう活用するかを設定しておくことで効果を高められる。

 業績下降中であっても、自社の強みを武器として攻めるのが基本。

 

勝てる条件を整える

虚実篇 

『敵軍を自分からやって来るようにさせることができるのは、敵の利益になることを示して誘うのがうまいからである』

 こちらから出向くのが苦手なら、相手から来てもらうようにすればよい。

 攻撃と防御。これは一体のものである。どちらか一方を意識し過ぎると、必ず問題が発生する。守りながら攻め、攻めながら守る。両面をバランスよく行うことが長く発展し続けるためには不可欠だ。

 防御を固めつつ、常に攻撃の機会を伺えというのが孫子の教えである。

 

勝率を上げる秘策

 勝率が五分五分というのはどういう状況でしょうか。孫子は3つあげております。

1 自軍の兵士の実力を把握していても、敵軍の戦力が強大であることを認識していない場合

2 敵軍の戦力が劣っているとわかっていても、自軍の兵士の実力を把握していない場合

3 敵軍の戦力も実力も把握していながら、地形が不利であることに気づかない場合

 敵軍の戦力、自軍の実力、地形の有利・不利の3点を把握していることが、勝つ確率を高めるための必須条件なのです。これは、ライバル会社と自社、市場動向に当てはめることができます。ライバル会社と自社の実力を正しく認識していれば、ほぼ勝ちが見込めますが、それにプラスして市場動向を味方につければ なおさら勝利は固くなるということです。ライバル会社との競争に際しては、ライバル会社と自社とではどちらの実力が上なのか、市場動向から見て障害になるものはないか、ということをよく考えて、競争に打ってでるかを決断します。

『吾が卒の以て撃つ可きを知るも、而して敵の撃つ可からざるを知らざるは、勝の半ばなり。敵の撃つ可きを知るも、而して吾が卒の以て撃つ可からざるを知らざるは、勝の半ばなり。

 敵の撃つ可きを知り、吾が卒の以て撃つ可きを知るも、而して地形の以て戦う可からざるを知らざるは、勝の半ばなり。

 故に兵を知る者は、動きて迷わず、挙げて窮せず。』第十章 地形篇

 自軍の兵士に敵を撃破する力があることが分かっても、敵軍に備えがあり攻撃してはいけない状態にあるかどうかを知らなければ、勝算は五分に過ぎない。

 敵軍に撃破できる弱みを見つけたとしても、自軍の兵士に攻撃する準備が整っていないことを知らなければ、勝利は確定できない。

 敵軍に隙があり撃破できることを知り、自軍にも攻撃できる準備が整っていることが分かっても、戦場の地形が戦ってはならない状況にあることを知らなかったとしたら、勝算は五分であり、勝利を確定することはできない。

 こうした状況を見極めることで、軍事に精通する者は、軍を動かしても判断に迷いがなく、戦闘時にも窮地に陥ることがない。

 戦争のことに通じた人は、敵・味方・土地のことをわかった上で行動を起こすから、軍を動かして迷いがなく、合戦しても苦しむことがない。だから、「敵情を知って、味方の事情も知っておれば、そこで勝利に揺るぎがない。土地のことを知って、自然界のめぐりのことも知っておれば、そこでいつでも勝てる」といわれるのである。

 敵の状況や動きを知り、自軍の実態を把握していれば、勝利に揺るぎがない。その上に、地理や地形、土地の風土などの影響を知り、天界の運行や気象条件が軍事に与える影響を知っていれば、勝利を完全なものにできると言われるのである。

 

敵情を把握せよ

 孫子は、敵兵の様子から実情を判定する方法をあげています。交渉を進めるときは、ただ相手の言うことを言葉通りに受け取ることをせず、出方を見ながら真意を探っていく必要があります。

 「うちは御社の足元にもおよびません。同じ土俵で戦えません。」などと言って、妙に腰が低く、下手に出ているのは怪しい。裏で参入の準備を着々と進めている可能性がある。勝つ気満々と思って間違いない。

辞強くして進駆する者は、退くなり。第九章 行軍篇

 強気の発言を繰り返し、こちらに無理難題を押し付けてくるのは、交渉を決裂させたいからにほかならない。

軽車の先に出でて側に居る者は陳するなり。

 具体的な計数が出始めるのは、相手が真剣な議論を要求していることの証である。そういう話が出てこないようなら、交渉するのは時間の無駄である。

約なくして和を請う者は、謀るなり。

 まだ追い詰められてもいないのに妥協案が出るということは、相手に何かこちらを騙したり陥れたりしょうとする策があるからである。

『奔走して兵を陳ぬる者は、期するなり。』

 数字がかく提示され、具体案がどんどん出てくるということは、相手が解決を望んでいる証拠である。ひよっとしたら時間がないのかもしれない。

『半進する者は、誘うなり。』

 押したり引いたりを繰り返しているということは、こちらを苛立たせて妥協案を出させようという腹積もりである。

『杖つきて立つ者は、飢うるなり。』

 大事なところを確認もせずに、ひたすら交渉をまとめようとしているのは、かなり疲れているとみてよい。

 

相手の不意を突いて物事を有利に運ぶ

意外なところを誉め、相手が心を開くキッカケとする

 営業で仕事を取るときの成否のカギは、「相手の心をどこまでつかめるか」にかかっています。人は誰でも「他人に認められたい」という欲求を持っています。自分を認めてくれる人には親近感を抱くものです。誉め言葉は相手の関心を買うことになり、誉めてくれた人間に好意を抱き、心を開くキッカケともなります。お世辞もしかりです。

本人も気づいていないような点を誉める

 下心のあっての誉め言葉や、誰でも言うような当たり前の誉め言葉は効果がありません。言われて当然といった意識があり、嬉しくありません。それより、本人も気づいていないような意外な点を見つけて誉めるのです。

 孫子の言うところの「その備え無きを攻め、その不意に出ず」です。

『其の無備を攻め、其の不意に出づ。此れ兵家の勝にして、先には伝う可からざるなり。』第一章 計篇

『故に兵は、詐を以って立ち、利を以って動き、分合を以って変をなす者なり』第七章 軍争篇

 

無形への道

 ビジネス上でも、マニュアル優先での対応でうまくいくとは限りません。ある程度は柔軟さを持って取り組むことが必要です。

 もちろん、過去の成功体験やマニュアルはそれまでの蓄積なので重要ですが、それに固執してはいけません。

 望ましい軍形の極みは無形ということになる。定まった形がなく、意図が全く見えない無形であれば、深く入り込んだ間諜であっても動きを見抜くことができず、優れた智謀を持つ者であっても意図を見抜くことはできない。敵の形が読み取れれば、たとえ敵が多勢であっても勝利への道筋を示すことができるが、敵はこちらの企図を知ることはできない。一般の人は、我が軍が勝った形(陣形・態勢)を知ることはできるが、どのように勝利に至ったかという意図やプロセスを知ることはできない。だから、その戦いに勝っても同じ形を繰り返すことはなく、あくまでも相手の形に合わせて無限に変化し対応していくのです。

 敵と対峙した時には、ただ敵の動きを見張るのではなく、敵に揺さぶりをかけ、軽く攻撃してみたりして、相手の行動基準や、いつ動き、いつ動かないかの判断基準をつかめと孫子は説いた。それができれば、敵の動きを先回りして攻撃したり、敵の狙いを逆手にとって、敵をこちらの思うように動かすことができるようになる。相手の動きを見てから動き出していては後手を踏む。

 企業経営においては、顧客の判断基準、購買基準をつかむことに置き換えることができる。顧客訪問し、いちいち顧客のニーズや考えを聞いていたのでは、後手に回ることになる。言われてから動いたのでは二度手間となる。顧客が「いつ買うのか」「いくらなら買うのか」「誰が意思決定するのか」「どうなれば買うのか」が分かれば、それに合わせて先回りして先手を打つことができる。

 まず、営業マンが顧客と商談する時には、「視」で相手の言動を客観的によく見る。表情の変化や微妙な間も読み取ろう。しかし、顧客は本当のことを言ってくれなかったり、本心を隠していたりするから、その裏を読む推察をしなければならない。これが「察」。

 相手に合わせて柔軟に変えること。それが無形への道である。何があるか分からないので、決まった形だけで対応しようとしてはならない。

 企業経営において、とにかく売れればいい、顧客が買うと言うなら買ってもらえばいい、という姿勢ではまともな商売にならない。顧客が誤解していたり、買いかぶって過剰な期待をしていたりすると、あとでトラブルになり、クレームになって、余計な手間が増えるばかりである。顧客が必要としていないのに無理矢理売り込むとか、騙して売るなどは論外である。顧客には、とにかく買ってくれと売り込むのではなく、まずは自社の理念や考え方、製品のコンセプトや品質へのこだわりなどを理解してもらうべきである。そこがずれていては長い付き合いにならない。その上で、商品説明があったり、価格交渉があったりする。きちんと儲けるためには、この努力を怠ってはならない。安易に迎合し、何でもやります、何でも言うことを聞きますと言っていては、儲かるものも儲からない。便利に使われて、安く叩かれて、最後はポイ捨てとされるだけである。

 顧客に対して、自信を持って自社の理念やコンセプトを語り、もしそれが気に入らないなら付き合ってくれなくてよいと言える経営を目指せば、儲かるようになる。目指さなければいつまで経ってもそうはならない。

 一時の感情で一生の顧客を失ってしまうということもある。ついカッとなって客にキレる。そんな営業マン、顧客対応係もいる。これは問題外である。キレないまでも、不機嫌そうにしてしまう、不愉快さを相手に伝えようとしてしまう人がいる。特に若い人に多いように思う。その場の感情で戦いを始めてはならない。顧客は本来わがままなものである。金を払うのだから、何でも言うことを聞け、といったことを平気で言う人もいるし、それを当然だと思っていたりする。営業する側も、その辺りの心をくすぐり、顧客を調子づかせていたりもする。自業自得の面もある。もちろん、相手が金を払うからと言って、何でも言うことを聞くべきだとは思わない。利があれば対応し、利がなければ応じる必要はない。ビジネスであり、WIN-WINの対等な関係である。売り手と買い手の関係であっても、冷静に判断しなければならない。その顧客のためにあれこれ考え、工夫もし、努力もしたのに、失注してしまったり、業者扱いされてしまったりしたら、腹も立つし、残念な気分になる。文句の一つも言いたくなるが、グッと我慢すべき。頭に来る顧客がいれば、「いつかギャフンと言わせてやる」と心の中で叫んで、外面は笑顔を繕い、「また何かあればお願いします」とでも言って、その場を立ち去る。そしてリベンジである。まさに「臥薪嘗胆」である。相手にギャフンと言わせるというのは、「あの時、あの営業マンに頼んでおけば良かったな」と言わせることであり、「あの会社にお願いしておけば良かった」と後悔させることである。そのためには、その断った相手が気付かざるを得ないくらい自社が成長し、商品が売れ、評判を高めて行かなければならない。目立つほどの成長、発展を実現したい。

 「臥薪嘗胆」とは、まさに呉越の戦いから生まれた故事成語である。孫武が仕えた呉王の闔廬は、越に侵攻したが敗れ、負傷したことがもとになって死んでしまった。闔廬の子、夫差は、父の仇を取ることを誓い、薪の上で寝ることの痛みでその屈辱を忘れないようにした(臥薪)。そして、ついに夫差は越に攻め込み、越王勾践の軍を破った。敗れた勾践は、苦い胆を嘗めることで屈辱を忘れないようにして、後に呉王夫差を滅ぼした(嘗胆)。呉越の戦いは、こんなところでも教えを残してくれる。

 ビジネスの場でも、儲かる話・得する話には人が寄ってきます。「こうすればあなたは得しますよ」というメッセージを伝えたり、「こうするとあなたは損をしますよ」とメッセージを伝えることで、その人の行動を操ることもできます。

 決裁者や交渉相手や、お客さんや動かしたい人が何を重視しているのかよく考えて、その人が一番欲するものを与えてあげたり、その人が一番嫌がることを遠ざけてあげたりすることで、人を動かすことができます。

マーケティングは、市場内のポジション、自社の強み・弱みなどを見極めること

「敵を知り、己を知る情報力」にあたる

参入の戦略

 リーダーとしては「マーケティング戦略」として読むと、非常に示唆に富んだ教えになります。

 リーダーは、自社がいま勝負しているマーケットの状況を見極め、参入の戦略を立てるとよいでしょう。

 孫子では、大きく別けて6種類の地形があるとしています。

『地形には通ずる者有り、挂かる者有り、支るる者有り、隘き者有り、険しき者有り、遠き者有り。』(第十章 地形篇

 戦場の地形には、四方に通じ開けたものがあり、途中に障害があるものがあり、途中で枝道が分岐しているものがあり、狭隘なものがあり、起伏のある険しいものがあり、両軍の遠く離れているものがある。

・通形(つう)・・・体力勝負

 敵軍も自軍も往来がたやすい地形が「通」。

 マーケットで言えば、どの会社にとっても侵入しやすい環境に相当します。したがって、有利・不利に差はなく、みんなが同じ条件で競争することになります。となれば、自社の疲労を極力軽減することが大事になってきます。例えば、ネット販売や通信販売など、初期投資とランニング・コストを軽減させる無店舗販売を利用するのも一つの方法でしょう。また、優秀なアドバイザーを持ち、少しでも効率の良いビジネスを考案してもらうのもよい。いたずらに ヒト・モノ・カネ を大量投入するのは避けたいところです。

・挂形(かいけい)・・・独自性で勝負

 いったん進んだら引き返せないのが「挂」という地形。

 マーケット戦略においては、「参入してみたら思わぬ強敵が控えていた。でも、既に事業は動き出していて撤退するわけにはいかない」という状況です。

 本来ならば、参入する前によく調べておくべきですが、調査が行き届かずに参入してしまった以上は仕方ない。独自の価値をアピールして、果敢に戦うしかありません。オンリーワンの商品やサービスを提供するように努めましょう

・支形・・・不戦勝  

 「支」は、脇道が枝別かれしていて、自軍・敵軍どちらが先に進出しても不利になるような地形。

 マーケットで言えば、「どう考えても その市場に利はない」状況です。そのような市場にわざわざ出ていく必要はありません。

 ライバル会社が進出して利のある市場のように見せかける、そういう誘いに乗らないように注意すべきです。

・縊形(あいけい)・・・先手必勝

 「縊」は、両側から岩盤が張り出していて、道端が非常に狭くなっている場所のこと。

 マーケット的には、先行者利益が見込める分野に相当します。ベストなのは、その市場に一番乗りして迅速に顧客獲得に全力を投入することです。そうすれば、他社の新規参入が難しくなります。ただし、ライバル会社に先を越されても、簡単に諦めることはありません。その会社に市場をたちまち席巻するほどの強みや戦略がないようなら、その脇の甘さに付け込めます。ライバル会社をしのぐ技術・ノウハウを駆使して逆転を計りましょう。

・険形・・・逃げるが勝ち  

 文字どおり、高く険しい地形が「険」。

 マーケットで言うなら、規模があまり大きくなく、これまで何社も参入に失敗しているような状況を指します。こういう市場は一番乗り出来ない限り参入を見送るべきです。一番乗り出来た場合は、他社が参入を諦めるように、顧客の支持を獲得することに専念しましょう。

・遠形・・・相討ち覚悟  

 「遠」は、敵軍・自軍の陣地が遠く隔たっている地形。

 マーケット戦略上は、どの会社が参入してきても規模・能力から見て互角の勝負が予想される状況です。このマーケットでどうしても戦うなら、相討ち覚悟でいくしかありません。共倒れにならないよう注意が必要です。

『遠き形には、勢い均しければ以て戦いを挑み難く、戦わば而ち不利なり。』第十章 地形篇

 敵と味方の陣地が遠く離れている地形で、双方の戦力が互角な場合、戦いを仕掛けるのは困難であり、無理した戦いを仕掛けると不利になる。

 ビジネス上でも、新しい仕事をやりたいと思っているメンバーがいても、今までと全く異なる業務をするのは不利でしょう。これまでの経験を活かしてその延長線上にある分野から進めるべきです。

『我以て往く可く、彼も以て来たる可きは、通と曰う。通ずる形には、先に高陽に居り、糧道を利して以て戦えば、則ち利あり。以て往く可きも、以て返り難きは、挂と曰う。挂かる形には、敵に備え無ければ、出でて之に勝ち、敵に若し備え有れば、出づるも勝たず、以て返り難くして不利なり。我出づるも不利、彼の出づるも不利なるは、支と曰う。支るる形には、敵、我を利すると雖も、我は出づること無くして、引きて之を去り、敵をして半ば出で令めて之を撃つは利なり。

 隘き形には、我先に之に居らば、必ず之を盈たして以て敵を待て。若し敵先に之に居り、盈つれば而ち従うこと勿れ。盈たざれば而ち之に従え。険しき形には、我先に之に居らば、必ず高陽に居りて、以て敵を待て。若し敵先に之に居らば、引きて之を去り、従うこと勿れ。遠き形には、勢い均しければ以て戦いを挑み難く、戦えば而ち不利なり。

 凡そ此の六者は、地の道なり。将の至任にして、察せざる可からざるなり。』(第十章 地形篇

 

地形

 地形(自国と敵国との位置関係)は用兵判断において参考とすべきものである。散地、軽地、争地、交地、衢地、重地、泛地、囲地、死地の9つがある。地形を「心の状態」と解釈し、リーダーがざわつく心をいかに落ち着けて事にあたるかということを学べます。ここでいう9つは、いずれも気持ちが乱れる状態です。

1:散地(軍の逃げ去る土地

 自国の領内で戦う状況ですから、兵士たちは家にいる家族のことが心配でなりません。戦うどころではなくなる。それが「散地」です。

 役職にかかわらず、誰しも家族やプライベートのことで何か心配があると仕事に身が入らないものです。特にリーダーがこんな風だと、下の者にまで その 気もそぞろ感 が伝染し、組織のまとまりがなくなってしまいます。そういうときには、「戦いを中断して仕切りなおせ」と孫子は言っております。志が一つになるよう態勢を立て直すということです。心配事を引きずったまま仕事を続けても生産性は上がらない。心配事を解決して、すっきりした気持ちになってから仕切り直しにかかるとよいでしょう。

2:軽地(軍の浮き立つ土地)

 「軽地」は敵国内に足を踏み入れた状態。まだ深く入りこんでいないので、兵士たちは今ならまだ逃げ帰れるという思いもあって、軽々しい行動に出るおそれがあります。

 会社の場合、人事異動が頻繁に行われるようだと、社員は「またすぐに異動になる」と思うので、所属意識が薄れます。会議などでも口先で適当なことを言うだけで、目標への追及力が弱まってしまうのです。社員の新しい能力を開発するために異動も必要ですが、あまり頻繁だと一つの仕事に熱が入りません。人事を預かる立場にある者としては、その点に注意が必要です。

 孫子は、「信頼できる協力者を集めて、落ち着いて事に当たれ」と言っております。

3:争地(敵と奪い合う土地)

 戦略的要地となるのが「争地」。どの軍も「ここを押さえたら有利になる」と激しい争奪戦を繰り広げ、兵士たちも躍起になって戦います。これはシェア争いの熾烈な市場と相通じるものがあります。前者一丸となり、シェア獲得に向けて一生懸命になるのはよいのですが、元気はそうそう長続きしません。会社でも、新規に事業を立ち上げたり新しい市場に参入したりするときは、最初のうちは「よし、行くぞ」と威勢がよいのですが、段々に失速してしまうのです。

 そうならないために、孫子は、「勇み足にならぬよう、落ち着いて事態を静観し、競争が一段落してから攻めるのも一つの戦略だ」としています。

 リーダーとしては、社員みんなと一緒になって初速を上げようとするよりも、「出るのは今でなくてもよいのではないか」という目で市場動向を睨み、その上で頑張りどころをしっかり示すことが大切です。

4:交地(往来の便利な土地)

 「交地」は自軍も入りやすい障害のないところです。それだけに、兵士たちは気の休まる暇がありません。

 市場に置き換えれば、次から次へとライバルが現れてくるような状態ですから、常に緊張が強いられます。攻めに注力して、いかに新規顧客を開拓しても、わずかの隙にライバルに奪われてしまいかねないからです。

5:衢(く)地(四通八達の中心地)

 「衢地」は交通の要衝。敵国自体は小さくとも、いつでも周りの大国に助力を求めることができます。そこを攻めるとき、自軍は終始大国の影に怯えることになります。

 独立系の企業にとって、目の前のライバル会社の頭越しに大企業と親しくなればよい。たとえば、下請けの下請けのような地位に甘んじることなく、大企業からの直受けを目指すことを考える。そりが孫子の言う「交を合わせる」こと。よりスケールの大きな仕事ができようになるでしょう。

6:重地(重要な土地)

 敵の領地に深入りし、後方に敵城が控えている状態が「重地」。兵士たちは、動きが取りにくくなり、生きて帰れないのではないかと うろたえます。

 これは、自社の得意でない領域に首を突っ込み、競争に巻き込まれてしまったような状態に似ています。社員は実力不足でアップアップになり、いつ強豪に呑み込まれるかわからないという不安に駆られるでしょう。そのようなときは、「持久戦を覚悟して食料や物資を現地調達しろ」と、孫子は言っております。会社に置き換えると、とにかく目の前のできることをやって、細々とでも事業を続けながら、現状を打開する機会を持つということです。どんな事業領域も、やがて衰退していきます。そうして先細りになっていくなかで、ねばっていれば、ライバルたちのほうが撤退してくれるかもしれません。「粘って粘って一人勝ち」を狙うのも一つの方法です。

7:泛(はん)地(軍を進めにくい土地)

 難所続きで行軍がままならないのが「泛地」。兵士たちは疲弊し、苛立ちを募らせます。

 会社の経営でも、難題に続く難題という状況だと、「こんな状況がいつまで続くのか。永遠に終わらないのではないか」と、気持ちが暗澹としてきます。難題の向こうに広がる夢を思い描けなくなってしまうのです。そんな状況からは早く脱け出さなくてはいけません。孫子が、「速やかに通過しろ」と言っているように、少しでも体力のあるうちに全力疾走で乗り越えるのみです。その際のポイントは、諸問題の根本をえぐり取るつもりで、大胆な策を講じることです。リーダーは、同時に、「ここを抜ければ素晴らしい世界が開ける」と、困難の先に広がる夢のある風景を描いてみせるとよい。困難を前に逡巡している暇も、「一つずつ解決していこう」とのんびり構えている暇もないと腹をくくりましょう。

8:囲地(囲まれた土地)

 「囲地」は文字通り周囲は敵だらけの状態です。こんなところに追い詰められたら、兵士の心は無力感に襲われます。

 例えば、中途採用で優秀な社員をどんどん増やし、これまで中心となってきた古参社員を孤立させてしまうといったことが それに当たります。場合によっては、トップ自身が似たような目に遭うこともあります。また、市場にあっては、長い時間をかけて自社の独壇場としたところへ、うまみを嗅ぎ取った他社がどんどん参入してきて、じりじりとシェアを食われていくような場合です。

 やる気を失ってうずくまっているだけでは何も解決しません。孫子は、「退路を断って一点突破をはかれ」と言っています。

9:死地(死すべき土地)

 「死地」は死と隣り合わせの絶体絶命のピンチを意味します。兵士は身がすくみ、金縛りに遭ったようになってしまいます。

 会社が倒産の危機に立たされると、白旗を振りたい気持ちに駆られるでしょう。しかし、会社は存続させることに意味がある。安易に諦めずに、決死の覚悟でなんとしてでも生き残る道を算段しなければなりません。「どうしてこんなことになったのだろう」などと悠長なことを考えず、ひたすら前を向いて、死に物狂いで迅速に攻めていくしかないのです。

『地形とは兵の助けなり。故に用兵の法には、散地有り、軽地有り、争地有り、交地有り、衢地有り、重地有り、泛地有り、囲地有り、死地有り。  諸侯自ら其の地に戦う者を散地と為す。

 人の地に入るも深からざる者を軽地と為す。

 我得るも則ち利、彼れ得るも亦た利なる者を、争地と為す。

 我以て往く可く、彼れ以て来たる可き者を、交地と為す。

 諸侯の地三属し、先に至らば而ち天下の衆を得る者を、衢地と為す。

 人の地に入ること深く、城邑に背くこと多き者を、重地と為す。

 山林沮沢を行き、凡そ行き難きの道なる者を、泛地と為す。

 由りて入る所の者は隘く、従りて帰る所の者は迂にして、彼れ寡にして以て吾が衆を撃つ可き者を、囲地と為す。

 疾く戦えば則ち存し、疾く戦わざれば則ち亡ぶ者を、死地と為す。 是の故に、散地には則ち戦うこと無く、軽地には則ち止まること無く、争地には則ち攻むること無く、交地には則ち絶つこと無く、衢地には則ち交を合わせ、重地には則ち掠め、泛地には則ち行き、囲地には則ち謀り、死地には則ち戦う。』(第十一章 九地篇

 

四種の地勢

『軍を処くには敵を相る。

 山を絶つには谷に依り、生を視て高きに処り、戦うには降りて登ること毋れ。此れ山に処るの軍なり。

 水を絶てば必ず水に遠ざかり、客、水を絶ちて来たらば、之を水の内に迎うること勿く、半ば済らしめて之を撃つは利なり。戦わんと欲する者は、水に附きて客を迎うること無かれ。生を視て高きに処り、水流を迎うること無かれ。此れ水上に処るの軍なり。

 斥沢を絶つには、惟だ亟に去りて留まること無かれ。若し軍を斥沢の中に交うれば、水草に依りて衆樹を背にせよ。此れ斥沢に処るの軍なり。平陸には易に処りて、高きを右背にし、死を前にして生を後にせよ。此れ平陸に処るの軍なり。

 凡そ四軍の利は、黄帝の四帝に勝ちし所以なり。』第九章 行軍篇

 行軍に際しては必ず敵情を探索し把握しておくこと。

 山越えにおいては谷に沿って進み、高みを見つけて視界良好な場所を占拠し、戦う時には高地から攻め降るようにし、決して自軍より高い位置にいる敵に向かって攻め上がったりしてはならない。これが山間地における行軍の要点である。

 川を渡り終えたら必ずその川から遠ざかり、敵が川を渡って攻めて来たならば、敵がまだ川の中にいる間に迎え撃ったりせず、敵の半数ほどを渡らせておいてから攻めるのが有利である。渡河してくる敵と戦おうとする場合には、川岸まで行って敵を迎え撃ってはならない。高みを見つけて高地に布陣し、下流に位置する場合は、上流から攻め下ってくる敵を迎え撃ってはならない。これが河川のほとりにいる際の注意である。

 沼沢地を進む時には、可及的速やかに通過するようにして、そこでぐずぐずしていてはならない。もしも、沼沢地において敵と遭遇し戦わざるを得ない事態になれば、飲料水と飼料の草がある辺りを占拠し、森林を背にして布陣すること。これが沼沢地でのポイントである。

 平地では足場の良い平坦な場所を占拠し、丘陵地を右後方に置き、低地を前にして高地を後ろにするように布陣すること。これが平地における注意である。

 こうした、山地、河川、沼沢、平地の4つの地形における行軍のポイントが、かの黄帝が4人の帝王に勝利した原因となったのである。

 

『上に雨水ありて、水流至らば、渉るを止めて其の定まるを待て。』第九章 行軍篇

 上流で雨が降って、増水した水が迫っていれば、渡河するのを止めて、水量が減るのを待つこと。

『地に絶澗に天井・天牢・天羅・天陥・天隙あらば、必ず亟に之を去りて、近づくこと勿かれ。吾は之に遠ざかり、敵には之に近づかしめよ。吾は之を迎え、敵には之を背せしめよ。』第九章 行軍篇

 断崖絶壁の谷間で、井戸のような窪地や穴倉や草木が繁茂して通りにくくなっているところや天然の落とし穴や亀裂などがあったら、必ず素早く立ち去って近づいてはならない。自軍はそこから遠ざかり、敵軍がそこに近づくように仕向ける。自軍はそれに向かって布陣し、敵軍がそれを背にするように仕向けるのである。

 原理原則を知っているからこそ、その場、その時に合わせて応用が利くのであり、その意思決定のスピードが速くなる

 孫子は、行軍する際には、兵を低い所ではなく高い所に置き、日陰ではなく陽の当たる場所を選び、衛生面や健康面を考慮して疾病を防ぐことが重要であり、こうした兵への配慮が必勝体制を築くのだと説いた。

 兵の士気が上がり、気力、体力が充実していなければ、勝てるものも勝てない。そのために必要な配慮が「兵の利」なのである。

 一つ一つの具体的な戦法は現代の世の中では役に立たないかも知れませんが、常に敵の行動が見えやすい優位な位置にいなければならない、不利な条件では戦わない、兵士の健康面にも注意を払うことである。それらを注意していれば、兵士一人一人の安心感にもつながるのです。

 

敵の観察

 多くは「見るだけ」で「観察」しようとしません。何事も理由があってそうなっているのです。常に優位でいるためには、よく観察し、情報を集めることが大事なのです。

六種の危険地帯

 行軍する進路に、険しい場所やため池や葦原、山林、草木の密生したところなど、身を潜めることができる地形があれば、慎重に繰り返し捜索すること。敵の伏兵や間者がいる可能性がある。

『敵近くして静かなる者は、其の険を恃むなり。敵遠くして戦いを挑み、人の進むを欲する者は、其の居る所の者易利なればなり。衆樹の動く者は、来るなり。衆草の障多き者は、疑なり。鳥の起つ者は、伏なり。獣の駭く者は覆なり。塵高くして鋭き者は、車の来るなり。卑くして広き者は、徒の来るなり。散じて条達する者は、樵採なり。少なくして往来する者は、軍を営む者なり。』第九章 行軍篇

・軍隊の近くに、険しい地形・池・窪地・芦の原・山林・草木の繁茂したところがあるときには、必ず慎重に繰り返して捜索せよ。これらは伏兵や偵察隊のいる場所である。

・敵が自軍の近くにいながら平然と静まり返っているのは、彼らが占める地形の険しさを頼りにしているのである。

・敵が自軍から遠く離れているにもかかわらず、戦いを仕掛けて、自軍の進撃を願うのは、彼らの戦列を敷いている場所が平坦で有利だからである。

・多数の木立がざわめき揺らぐのは、敵軍が森林の中を移動して進軍してくる。 ・あちこちに草を結んで覆い被せてあるのは、伏兵の存在を疑わせようとしている。

・草むらから鳥が飛び立つのは、伏兵が散開している。

・獣が驚いて走り出てくるのは、森林に潜む敵軍の奇襲攻撃である。

・砂塵が高く舞い上がって、筋の先端がとがっているのは、戦車部隊が進撃してくる。

・砂塵が低く垂れ込めて、一面に広がっているのは、歩兵部隊が進撃してくる。

・砂塵があちらこちらに分散して、細長く筋を引くのは、薪を集めている。

・砂塵の量が少なくて行ったり来たりするのは、設営隊が軍営を張る作業をしている。

 孫子は、近づいてはいけない場所を6つ挙げています。

・絶澗(ぜっかん):絶壁に囲まれた場所

・天井(てんせい):深い窪地

・天牢(てんろう):三方が険しい場所に囲まれた所

・天羅(てんら):草木が密集した場所

・天陥(てんかん):湿地帯

・天隙(てんげき):でこぼこした場所

『軍の傍に、険阻・潢井・葭葦・山林・翳薈の伏匿す可き者あらば、謹みて之を覆索せよ。此れ、伏姦の処る所なり。』第九章 行軍篇

 行軍する進路に、険しい場所やため池や葦原、山林、草木の密生したところなど、身を潜めることができる地形があれば、慎重に繰り返し捜索すること。敵の伏兵や間者がいる可能性がある。

 このような場所には絶対に近づかず、逆に敵をこのような場所に誘い込むようにしなさいと言っています。ここでも危険を避けて優位に立てという事です。

 そこから遠ざかって、敵にはそこに近づくように仕向ける。こちらではその方に向かい、敵はそこが背後になるように仕向けるのです。

 ビジネスの場合、どうしたら利益をあげることができるかをよく観察します。状況は様々に変化します。その変化に対し、利益に転換する術を探らなければなりません。現代の場合、顧客ターゲットを絞り、その顧客がどうすれば購買を決定してくれるか、その条件や状況を観察することです。

具体的な敵情把握法

『辞卑くして備えを益す者は、進むなり。辞強くして進駆する者は、退くなり。軽車の先に出でて側に居る者は陳するなり。約なくして和を請う者は、謀るなり。奔走して兵を陳ぬる者は、期するなり。半進する者は、誘うなり。』第九章 行軍篇

・敵の軍使の口上がへりくだっていて、防備が増強されているのは、進撃の下工作。

・敵の軍使の口上が強硬で、先頭部隊が侵攻してくるのは、退却の下工作。

・隊列から軽戦車が真っ先に抜け出して、敵軍の両側を警戒しているのは、行軍隊形を解いて陣立てをしている。

・敵の急使が窮迫した事情もないのに和睦を懇願してくるのは、油断させようとする陰謀である。

・伝令があわただしく走り回って、各部隊を整列させているのは、会戦を決意している。

・敵の部隊が中途半端に進撃してくるのは、自軍を誘い出そうとしている。

『杖つきて立つ者は、飢うるなり。汲みて先ず飲む者は、渇するなり。利を見て進まざる者は、労るるなり。鳥の集まる者は、虚なるなり。夜に呼ぶ者は、恐るるなり。軍の擾るる者は、将の重からざるなり。旌旗の動く者は、乱るるなり。吏の怒る者は、倦みたるなり。馬に粟して肉食し、軍に懸缻無くして、其の舎に返らざる者は、窮寇なり。』第九章 行軍篇

・兵士が杖をついて立っているのは、その軍が飢えて弱っている。

・水くみが水をくんで真っ先に飲むのは、その軍が飲料に困っている。

・利益を認めながら進撃してこないのは、疲労している。

・鳥がたくさん止まっているのは、その陣所に人がいない。

・夜に呼び叫ぶ声のするのは、その軍が臆病で怖がっている。

・軍営の騒がしいのは、将軍に威厳がない。

・旗が動揺しているのは、その備えが乱れている。

・役人が腹を立てているのは、その軍がくたびれている。

・馬に兵糧米を食べさせ、兵士に肉食させ、軍の鍋釜の類はみな打ち壊して、その幕舎に帰ろうともしないのは、行きづまって死にものぐるいになった敵である。

・ねんごろにおずおずと物静かに兵士たちと話をしているのは、みんなの心が離れている。

・しきりに賞を与えているのは、その軍の士気がふるわなくて困っている。 ・しきりに罰しているのは、その軍が疲れている。

・はじめは乱暴に扱っておきながら、あとにはその兵士たちの離反を恐れるのは、考えの行き届かない極みである。

・わざわざやってきて贈り物を捧げて謝るというのは、しばらく軍を休めたい。

・敵軍がいきり立って向かってきながら、しばらくしても合戦せず、また撤退もしないのは、必ず慎重に観察せよ。

先に暴にして後に其の衆を畏るる者は、不精の至りなり。来たりて委謝する者は、休息を欲するなり。兵怒りて相い迎え、久しくして合わず、又た相い去らざるは、必ず謹みて之を察せよ。』第九章 行軍篇

・はじめは粗暴に扱っておきながら、後になって兵士たちの離反や反抗を恐れているようでは、部下を使う配慮がないことこの上ない。

・使節がやって来て贈り物を差し出し謝るのは、しばらく軍を休ませたいのである。

・敵軍がいきり立って向かって来ながら、なかなか合戦しようとせず、また、撤退もしようとしない場合は、必ず慎重に敵の様子を観察せよ。

 敵軍の細かな動きを観察して、その裏にある意図や真実をつかめという教えである。孫子は、多くの樹木がざわめき動くのは、敵が進撃してきているのであり、多くの草を覆いかぶせて置いてあるのは伏兵を疑わせるためであり、鳥が飛び立つのは伏兵がいるのを示していて、さらには、砂埃の立ち昇り方で敵の動きをつかみ、敵の使者の口上の違いによって敵の出方を探るなど、戦場での細かな注意事項、敵の動きを読むポイントを伝授している。

 敵の行動も自然の出来事も なぜそうするのか? なぜそうなったのか? という事に常にアンテナを張り巡らせておかなければならないのです。

 戦争は兵員が多いほどよいというものではない。ただ、猛進しないようにして、わが戦力を集中して敵情を考えはかっていくなら、十分に勝利を収めることができよう。

 そもそも、よく考えることもしないで敵を侮っている者は、きっと敵の捕虜にされるであろう。

 

ブームを起こすタイミングの読み方

 ブームのプランを決めたら、次はタイミングを見て実行に移します。孫子では、その対応について、5つの方法が説かれております。

1 拡散する

 ブームを仕掛けた直後は、すぐに口コミなどで拡散を始めるとよい。

・敵陣に火の手があがった時・・・外側から素早く攻撃して追い討ちをかける

2 観察する

 しばらく経っても話題になりそうもなければ、いったん様子をうかがうとよい。

・火の手があがっても敵陣が静まりかえっている時・・・そのまま待機して様子を観察し、攻め時を見極め、チャンスが無ければ攻め込まない

3 便乗する

 似たようなブームが既に起こり始めていたら、すぐに便乗するとよい。

・敵陣の外側から火を放つ事が可能な時・・・内応者(敵に潜入している味方)の放つ火の手を待つ事なく、チャンスがあるのなら、外側から火を放つ

4 逆行しない

 他のブームが起きていたら、逆行せずに追い風に乗ったほうがよい。

・風上に火の手があがった時・・・風下から攻撃してはならない

5 長期的に見る

 既にブームが長く続いていたら、下火になる可能性を考えたほうがよい。

・昼間の風は長く続くが、夜の風はすぐにやむので、その点に注意しなければならない

火攻めは狙いをハッキリさせて行う

 孫子のいう 火攻 とは、敵が戦いに使うものに日を付けて、使い物にならなくなくさせる戦法です。現代で言えば、新しいビジネスを生み出して、爆発的な影響を与えてしまうことをいう。

 人手もお金もかからない火攻めは魅力的だが、火をつければよいというものではない。失敗すればこちらまで燃えてしまうリスクもある。だから、うまくいく方法を十分に検討することが必要だし、少ない人数でミスなく手際よく進めるための訓練も欠かせない。火攻めは雑な仕事しか出来ない人間には無理である。

 火攻めの時の攻撃法に関して、5種類の場面があるとしています。

・敵陣に火の手があがった時・・・

 外側から素早く攻撃して追い討ちをかける

・火の手があがっても敵陣が静まりかえっている時・・・

 そのまま待機して様子を観察し、攻め時を見極め、チャンスが無ければ攻め込まない

・敵陣の外側から火を放つ事が可能な時・・・

 内応者(敵に潜入している味方)の放つ火の手を待つ事なく、チャンスがあるのなら、外側から火を放つ

・風上に火の手があがった時・・・

風下から攻撃してはならない

・昼間の風は長く続くが、夜の風はすぐにやむので、その点に注意しなければならない

『凡そ火攻に五有り。一に曰く火人、二に曰く火積、三に曰く火輜、四に曰く火庫、五に曰く火隧。』(第十二章 火攻篇

 第一は敵国の人民・住宅地を焼くもの。第二は敵後方の軍需品集積所を焼くもの。第三は輸送中の輜重隊を焼くもの。第四は前線の軍需品収容庫を焼くもの。第五は敵の部隊を焼くものである。

 火攻めを五つに分類している。例えば、一番目に挙げてある住宅地を狙うというのは、敵国の奥深く攻め入り、まさに敵を滅ぼさんとする戦略的な攻撃であり、第五の敵の部隊を焼くというのは、前哨戦で敵を慌てさせるというほどの戦術的な意味合いの攻撃である。

『火を行うには因有り。因は必ず素より具う。火を発するに時有り、火を起こすに日有り。時とは天の燥けるなり。日とは宿の箕・壁・翼・軫に在るなり。凡そ此の四宿は、風の起こるの日なり。』(第十二章 火攻篇

 火攻めの実行には、自軍に内応したり、敵軍内に紛れ込んで放火する破壊工作員が当たる。内応者や破壊工作員を必ず前もって用意しておくこと。

 火を放つには適当な時節がある。放火後 火勢を盛んにするには適切な日がある。火をつけるのに都合のよい時節とは、天気が乾燥している時候のことである。火災を大きくするのに都合のよい日というのは、月の宿る場所が 箕・壁・翼・軫の星座と重なる日のことである。これらの星座が月にかかる時は、必ず風が吹き荒れるそうです。「箕」「壁」「翼」「軫」というのは、古代中国で天体の位置や動きを知るために考え出された、『二十八宿』という天体観測方法に用いられる星座の中の4宿です。まず、天を東西南北の4つの方向の分け、東は蒼龍、西は白虎、南は朱雀、北は玄武の四神(四つの聖獣がそれぞれの方角を守っている)をあてはめ、それぞれの方角をさらに七分割で 全部合わせて二十八宿。それぞれの方角にある星座を使って方向を見るわけです。

 ところで、企業が火攻めを行う対象は、通常ライバル企業ではなく見込客である。もちろん、見込客を痛めつけるのではない。喜ばせるのである。「火攻め」という言葉をビジネスに合うように解釈すれば、限られた期間、知恵で顧客を喜ばせる奇策といった意味合いになる。

 孫子の「火攻め」と同様に、ビジネスでもまず狙いを明確化しなければならない。狙うのは新規客か既存客か、既存客ならどのランクまでか、エリアは絞るのかなど、狙いによって具体的なやり方が変わってくる。

『火の内に発すれば、則ち早く之に外より応ず。火、発するも其の兵静かなれば、待ちて攻むること勿く、其の火央を極めて、従う可くんば而ち之に従い、従う可からざれば而ち之を止む。火の外より発す可くんば、内に待つことなく、時を以て之を発す。火、上風に発すれば、下風に攻むることなかれ。昼風の久しければ夜風には止む。凡そ軍に必ず五火の変有るを知り、数を以て之を守る。』(第十二章 火攻篇

 工作員や内応者によって敵の陣営内で火の手が上がれば、素早くそれに呼応して外部から攻める。出火したのに敵の兵が平静であれば、しばらく待ってすぐに攻めたりせず、火の拡がり具合を見極めて、その火勢に乗じて攻撃できそうなら攻撃し、火勢に乗ずることができなければ攻撃は中止する。外から放火することが可能であれば、内部での放火を待たずに、機を見て火を放て。火が風上から燃え出した場合には、風下から攻撃を仕掛けてはならない。昼間に風が吹き続けた場合には、夜には風が止むことがあるから火攻めは中止する。軍事においては、これら五つの火攻めの変則パターンがあることをわきまえて、対処法、対処技術を駆使して火攻めをやり遂げるのである。

 

水攻めと火攻め

 孫子は、火攻めと対照させるように水攻めについても書いています。

 火攻めと水攻めを現代のビジネスに応用し活用するには、火攻めを新規開拓、水攻めを既存客のダム作りと捉えてみるとよい。新規開拓のための戦略を定め、ターゲットを絞り込んで確実に攻めていく火攻めを実行します。火攻めがすべてうまく行くとは限りません。水攻めである「積水の計」も同時に進め、火攻めと水攻めの良いところを合わせていきます。これによって強い営業組織を構築することが可能になるのです。

 既存顧客を大切に守ることが水攻めに相当する。堰を作り、水路を掘り、ダムを作る。常に顧客を蓄積し、貯めていく「積水の計」。そして、既存顧客から追加受注、リピートオーダー、サプライ品購入、メンテナンス依頼、紹介客をいただく。この際には規模がモノを言う。ダムの水量が多ければ多いほど、すなわち、顧客数が多ければ多いほど経営は安定するし、まとまった施策が打てる。ダムは大きければ大きいほど良い。そのためには兵力がいる。既存顧客をダムにして守るだけではジリ貧になる。それが人口減少、マーケット縮小の怖いところでもある。

 ところで、守るだけではジリ貧になる。ダムに水を注ぎこまなければ、そのうち水は減り、渇水となる。常に新規開拓を行って、新たな客をダムに注ぎ込まなければならない。これが火攻めに相当するのです。競合企業から自社へのスイッチを狙わなければならない。新ルート、新チャネルを開拓し、新商品、新サービス、新企画を投入し、新業態、新ビジネスモデルを開発していかなければならないのです。

『火を以て攻を佐くる者は明なり。水を以て攻を佐くる者は強なり。水は以て絶つ可きも、以て奪う可からず。』第十二章 火攻篇

 水攻めは火攻めと同じくらい有効である。ただし、水攻めの場合は、あくまで敵の補給路を断つ事に専念すべきで、決して既に蓄えてある物資を奪おうとしてはならない。

 弱者は精鋭部隊でないと勝てない。精鋭部隊作りで最も重要なのが、幹部の育成である。幹部が精鋭なら、その部下もおのずと精鋭になる。精鋭か否かを分けるポイントは、ただひとつ。自分の頭で考えるということである。通常、仕事を始めたばかりの者は上からの指示通りに動くだけになる。一方、社長は全部を自分で考える。精鋭たちは社長に近い。当然ながら、社長は指示を出す。精鋭といえどもその指示には従わなければならない。しかし、問題があれば相手が社長であっても指摘するし、想定外の事態に直面した場合は会社の基本方針に沿いながらも事態収拾に最適と思える解決策を自分で考え出すことが可能。彼らは社長の分身と言える。いちいち言葉で伝えなくても会社が発展するように動く。  火の働きの助けを借りて攻撃する者は知恵によるのであり、水の働きの助けを借りて攻撃する者は強い軍事力による。

 「孫子の兵法」では火攻めと水攻めに触れている。特殊作戦である。

 水攻めは、通常、何万人という大人数の力が必要。川を堰き止め、水流を変えて敵城を水浸しにしたり、行軍中の敵兵に濁流を浴びせたりする。水攻めというのは大規模な土木工事が必要なので、普通は巨大な軍容を誇る強者にしか出来ない作戦である。

 火攻めはどうか。現代でもマッチ一本で大火事を起こせる。つまり、火攻めは小さな力で大きな成果が期待できる、弱者向けの戦法である。少数で多数を倒せる可能性も大きい。

 中小零細企業には水攻めよりも火攻めが合う。

 

人により敵の情報をつかむ

 優れたリーダーが人並み以上の成果を収めるのは、能力や知力ではなく、事前に敵情を知る「先知」なのである。そのための間諜であり、企業で言えば営業マンである。

 孫子は、2500年も前に、決して神仏に頼ったり祈祷や占いで知るのではなく、人間が直接動いて情報をつかむことによって、先に知るべきだと説いた。我々が運勢や神頼み、仏頼みになったり、気合と根性と誠心誠意で乗り切ろうとするのではまずい。

 情報もないのに、ただ訪問件数を増やせ、電話本数を増やせと尻を叩くのも、無駄なコストばかりかかって大した成果にはならない。  

 勝つためには情報収集しなければならない。顧客の情報、競合の情報、世の中のトレンド、自社の活動状況などの情報を地道に集め、それらを分析して、どう動くべきかを考える。その情報も鮮度の高い情報が求められるし、その情報によって先手を打つことができるようになる。営業活動、売上創出活動においては、「先知先行管理」が必須である。先々の売上や受注を見通しながら、先手を打っていく。先に情報をつかみ、先手を打って行く。自社の商談期間や納品リードタイムなどを見て、先々への仕込みをする。そうすると、取れるべくして取れる受注もあるし、棚ボタでもらえる受注もあることが分かる。もちろん、取れると思っていたのに失注してしまうものもある。それをつかむのがリーダーである。

 大きな事業投資をすれば、稼働・維持するために膨大な人件費や管理費等が必要になる。投資資金を回収するのに何年もかかったあげくに、わずかな事でライバル企業との競争に敗れてしまうこともある。にもかかわらず、事前に入念なマーケティングやライバル企業の情報収集を怠るのは、経営者として失格である。

 優れた経営者が事業展開して成功できるのは、事前に入念なマーケティングやライバル企業の情報収集を行うからである。しかも、それらの情報は、机上の空論でなく、人が足で稼ぐ現場の生の情報でなければならない。

 何年にも渡って敵国とにらみ合うようなことになれば、戦費も莫大である。だが、その勝敗を分ける決戦は一日で終わる。川中島の決戦も、天下分け目の関ヶ原も、せいぜい半日程度。そこで負ければ、すべての努力はその時点で水泡に帰す。そこで、重要になるのが、敵国の情報をスパイ(間諜)を使って収集すること。敵方への調略、情報流布活動(プロパガンダ)なども必要である。決戦時に失敗が許されないからである。そのスパイに払う褒賞をケチって敵の情報を収集しない将軍がいたとしたら、指揮官失格であると孫子は断じる。節約した金は、莫大な戦費の中ではほんのわずかな金に過ぎないからです。

『凡そ師を興すこと十万、師を出だすこと千里なれば、百姓の費、公家の奉、日に千金を費やし、内外騒動して、道路に怠れ、事を操るを得ざる者、七十万家。相守ること数年、以て一日の勝を争う。而るに爵禄百金を愛みて、敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり。民の将に非ざるなり。主の佐に非ざるなり。勝の主に非ざるなり。  故に明主・賢将の動きて人に勝ち、成功の衆に出づる所以の者は先知なり。先知なる者は、鬼神に取る可からず。事に象る可からず。度に験す可からず。必ず人に取りて敵の情を知る者なり。』第十三章 用間篇

 およそ10万の兵を集め、千里もの距離を遠征させるとなれば、民衆の出費や国による戦費は、一日にして千金をも費やすほどになり、官民挙げての騒ぎとなって、補給路の確保と使役に消耗し、農事に専念できない家が七十万戸にも達する。こうした中で、数年にも及ぶ持久戦によって戦費を浪費しながら、勝敗を決する最後の一日に備えることがある。(数年にも及ぶ戦争準備が、たった一日の決戦によって成否を分ける)にもかかわらず、間諜に褒賞や地位を与えることを惜しんで、敵の動きをつかもうとしない者は、兵士や人民に対する思いやりに欠けており、指揮官失格である。そんなことではとても人民を率いる将軍とは言えず、君主の補佐役とも言えず、勝利の主体者ともなり得ない。聡明な君主や優れた将軍が、軍事行動を起こして敵に勝ち、人並み以上の成功を収めることができるのは、事前に敵情を察知するところにこそある。先んじて敵情を知ることは、鬼神に頼ったりして実現できるものではなく、祈祷や過去の経験で知ることができるものでもなく、天体の動きや自然の法則によってつかむわけでもない。人間が直接動いて、情報をつかむことによってのみ獲得できるものである。

 インターネットが発達し、色々な人が情報発信源になっている。ググれば大抵のことを知ることができる。既に知識の宝庫と言ってよい。そのため、情報がタダだと勘違いしているようにも思える。決まりきったことであれば、その通りだ。手順を追ってやっていけば済むことであれば、専門家のアドバイスなんていらない。

 情報がタダとは思わない方がいい。どうでもいい情報はタダでもよいが、どうでもよくない情報はお金を出して買った方がいい。リスクを負いたくない情報、時間を無駄にしたくない情報、そして自分が真剣に取り組みたい情報は、専門家からお金を出して入手すべきです。情報の対価をケチる者は、良い経営者にはなれはしない。

  ・無料の情報を鵜呑みにするのはやめておこう。

  ・情報の対価をケチる者は、良い経営者にはなれない。

『ほんの少しの費用を惜しんで、間者を重視して用いることをせず、敵の実情を探知しない将軍は、民を愛する心が全く無いといえ、民衆を率いる将軍の資格、君主を補佐する資格は無く、戦いの主導権を握ることもできない。』第十三章 用間篇

 戦争は国家経済に深刻な打撃を与える。それゆえ戦争をするとかしないということについても、慎重を期すべきだ。そのときに相手の国情を把握することで、戦争を有利に進められるかどうかが決まる。国情把握こそが全ての基本で、その情報をもたらしてくれるスパイに対しては、報償を与えなければならない。

 聡明な君主や優秀な将軍は、敵に勝ち抜群の成功を収めるが、その秘訣は、事前に敵情を得ているからである。それは、神様のお告げのようなものでなく、人から得られる情報だとしている。占いを完全に否定するつもりはないが、それ以上に、人から得られる情報ほど、貴重なものはないと考えたい。

 神様、仏様に頼ったり、気合と根性で乗り切ろうとするだけでは、安定した成果を生むことはできません。孫子は優れたリーダーの特徴は先知であると説きました。先に知って、先に手を打ち、先々を見通しているからこそ優れた成果をあげることができるのだと。

『明主・賢将の動きて人に勝ち、成功の衆に出づる所以の者は先知なり。』第十三章 用間篇

 先に知って、先に手を打ち、先々を見通しているからこそ優れた成果をあげることができる。

 現代社会では、ネットの情報が拡散し、有象無象の情報がある。どの情報が価値があるか、価値がないかということは正直よくわからない。信頼できない人からのネタは仕事にならないネタしかないから、そのルートを切断しよう。時間の無駄でしかない。信頼できる人通しのネットワークの中で確実に仕事をしていこう。まさに情報は金(宝)なのである。

 やってみなければ分からないという経営ではなく、先を読んで手を打ち、決して結果オーライに甘んじないようにしていきます。

 「明君とか賢将とか言われる者が相手に勝ち、目覚しい成功を遂げるのは、人より先に敵情を知り、事態を予知しているからである。」とのことです。

 敵国の情勢は占いではわからない。しかし、敵国にいた人物からの情報であれば、その人物が敵国のスパイでない限りは事実と言える。そこで、敵国の中でクーデターの気配でもあろうものならば、国が一枚岩ではない証拠である。その時に一気に攻め込めば、勝利の可能性は高まる。

 疫病が発生していたとしたら、その直後に攻め込むのは厳しい。兵隊がその国に入って伝染病にかかる可能性がある。疫病は多くの国民を死に追いやるであろうから、国力が減退する。時を見て攻め込めば、敵の兵隊の数がそろわないうちに、圧勝することができる。

 戦争の前に敵や味方、天の時、地の利などをつかんでおけば、自国の兵士を危険から遠ざけられる。民衆を率い、君主を助けるのが将軍である。実情を知るのに少しのお金を惜しんではならないのである。

 

スパイを利用せよ

 孫子は、間諜に5種類あることを示した。

 現代企業における間諜である営業マンに置き換えてみる。

・因間(郷間) 顧客の身近、周辺にいる人間を利用する諜報活動    

  近所の人、親族、出入りしている人、取引業者、口コミの評判

・内間 顧客の内部にいる人間をスパイにする    

  客先で内部情報を聞き出す、秘書・受付と仲良くなる

・反間 敵のスパイを利用する こちらのスパイにしてしまう    

  競合の営業マンと親しくなり情報を聞き出す、自社に転職の誘いをしてみる    

  軽くニセ情報を流してみる

・死間 死ぬ(失注)からこそ聞ける情報をとってくる    

  失注した時にこそ聞ける本音情報をとる    

  失注してもそこで終わらずに伝えるべき情報を伝えてリベンジに備える

・生間 一度で終わらず二度三度と諜報活動を繰り返す    

  受注したら更に突っ込んで色々と裏情報、内部情報を聞き出す    

  その情報は蓄積し、今後の取引に備える

『間を用うるに五有り。因間有り。郷間有り。反間有り。死間有り。生間有り。

五間倶に起こりて、其の道を知ること莫し、是を神紀と謂う。人君の宝なり。  郷間なる者は、反り報ずる者なり。因間なる者は、其の郷人に因りて用うる者なり。内間なる者は、其の官人に因りて用うるなり。反間なる者は、其の敵間に因りて用うる者なり。死間なる者は、誑事を外に為し、吾が間をして之を知ら令め、而して敵を待つ者なり。』第十三章 用間篇

 今のビジネスに置き換えた場合、色々な人を情報源にすると言えるのではないでしょうか。人との接点というのは多い。身近な例で言えば、ビジネスパートナー、従業員、取引先、同業他社の飲み仲間、銀行、顧客。数上げればきりがない。従業員にしても、以前勤めていた会社では、どんなやり方をしていたの、という聞き方ぐらいはよくしている。それが競合他社のトレードシークレットと呼べるものでない限りは、マナー違反でもない。

 従業員が顧客として同業他社に出入りしている場合だってある。外から見た感想ではあるが、競合他社の内情を知るためのきっかけにはなる。人の数だけ情報の接点がある。色々な人との付き合いは大切にしたいものです。

  ・出会う人全てをスパイにせよ。

  ・信用関係を築き、聞き方次第では、競合他社の内情に近い情報が得られることもある。

 スパイが命懸けで情報を仕入れてくるのだから、命懸けに近い誠意が君主や将軍には求められる。そして真剣さや真摯さが、部下に対する質問にも求められる。信頼関係が正しい情報を聞き出すのに必要ということである。

 ・情報収集には的確な指示が必要

 ・情報収集にも信頼関係の熟成が必要

 

情報戦略こそ兵法の要

 孫子は情報をどのように収集したであろうか。もちろん、テレビも電話も無い時代である。使えるのは「人」しかない。スパイを多用したのです。テレビ、新聞、インターネットから情報を得ている程度のことで情報に敏感な気分になっているとすれば、ビジネスマンとしては問題である。

 営業活動が諜報活動に相当すると思えば、いろいろと工夫する余地がある。営業マンはモノ売りではなく、情報の力で人を動かす人でなければならない。情報と言っても、インフォメーションではなく、インテリジェンス。まさに諜報であり、それが孫子の兵法を現代の営業活動に応用する時の重要ポイントである。したがって、営業活動は、顧客へのプロパガンダとも言えるし、情報リークとも捉えることができる。顧客に適時適切な情報を流すことによって、顧客の判断軸を作り、またそれを変えて行く。人は見ようと思ったものを見、聞こうとしたものを聞く。いきなり商品の説明や売り込みを行うのではなく、予めその商品を正しく判断できるようにするための情報を流してあげて、判断軸や評価尺度を作ってあげることが必要なのです。

 孫子は「お金を惜しんで敵情視察をしないものはバカである」と言っています。

 ビジネスでも、情報収集をせずに新規事業を立ち上げる人が大勢います。市場調査、競合調査、ノウハウの獲得、経営情報の獲得など、それらの情報がなければ成功しないでしょう。

 間諜からもたらされた多くの情報を分析し、その中から真に価値ある情報を見極め、決断を下すためには、突出した高度な知性が必要であり、凡庸な君主や将軍では、せっかくもたらされた情報を活かすことができない。また、死線をくぐって情報を入手してくる間諜に対し、深い思いやりの心を持つ必要がある。彼らを単なる使いゴマと軽視し、彼らの苦労に思いをいたすことができなければ、間諜を使う資格はない。彼らはやがてそうした君主や将軍を見限ることであろう。さらに、間諜がもたらす情報の、微妙なニュアンスを察知できなければ、情報の裏に潜む真実を理解することはできない。情報は一つの現れであり、その背後に何があるのかを深く洞察しなければならないのである。何と微妙なことか。間諜はあらゆる局面に活用できるのである。

 スパイを上手く使いこなせない将軍の条件が3つある。

 深い洞察力と思慮のない者は、スパイを上手く使えない。

 思いやりや正義感のない者は、スパイに上手く行動させられない。

 鋭敏で緻密なメンタルを持たない者は、スパイから真実を聞き出すことはできない。

 スパイは命がけで情報を収集してくるわけだから、スパイから情報を聞き出す方も、それなりの能力を持たなければならないし、この人になら話をしたいと思わせる魅力も必要である。

 諜報工作は微妙な(捉えがたい)問題であるが、この本質を理解すれば、これ以上に優れたスキルはない、と言っている。スパイから情報を聞き出す能力を持っていれば、他にいくらでも多くの場面で応用が可能ということである。

 

攻める前に周到に諜報すべし

 何としても成功させたい商談や事業企画があり、攻略したい顧客やキーマンがいるなら、その情報を徹底して収集し、それに通ずる人脈をたどり、相手の取り巻きや過去からの経歴、経緯などを調査した上で慎重に事を進めなければならない。

 法を犯して産業スパイをせよというのではない。日頃の業務、活動の中でいろいろな情報が取れるはずである。それらを捨ててしまわずに蓄積しておけば良い。そうして、相手からの信頼を得、信用を勝ち取り、友情とも言えるような感情や関係性を築けたならば、その相手を反間として、また、内間、郷間として利用することもできるようになる。競合企業の営業マンは、まさに反間である。同業者の集まりや、同業者が一堂に会するイベント、展示会などで隣り合わせになったりする。そこであれこれ世間話などもしていれば、自ずと競合企業の内部事情などが聞けたり、読み取れたりする。

『軍の撃たんと欲する所、城の攻めんと欲する所、人の殺さんと欲する所は、必ず先ず、其の守将・左右・謁者・門者・舎人の姓名を知り、吾が間をして必ず索めて之を知らしむ。』第十三章 用間篇

 攻撃したい敵や、攻めようとする城塞、殺害しようとする人間がいれば、事前に その護衛をしている指揮官や護衛官、側近の者、取次ぎ役、門番、雑役係などの姓名を調べ、間諜に命じて更に詳細な情報を得るようにしなければならない。

 

上智を間者とし大功を成せ

 営業(諜報活動)の重要性を認識した優秀な経営者のみが、優れた営業担当者を使いこなすことができる。その担当者が集めてくる情報の価値を活かすことができるのである。営業力強化のポイントは、営業マンの売り込む力、押し込む力にあるのではなく、マーケット、すなわち、顧客や競合の動きを把握する情報力、諜報力にある。どんなに営業力、戦闘力、兵力があろうとも、顧客の情報、競合の情報、マーケット情報、敵の情報、戦場の情報がなければ、戦いに勝利することはできない。商品力や開発力は小さくても、相手の動きを把握していれば、マーケットニーズを探り、ニッチな分野に絞り込むなど戦いようがある。その判断、戦略立案の元になるのが、営業マンが諜報してくる情報である。殷や周が、最優秀の人間を敵国に送り込み諜報させたように、21世紀の今も、戦う時には情報が必要であり、その情報をとってくる人間は、上智でなければならない。営業マンを諜報マンとして捉え直し、優秀な人材を充てて育成していくことは、企業経営にとって大切である。作れば売れ、売れれば儲かるという時代ではなくなった。売れるものを作らなければならないし、儲かるように売らなければならない。そのためには、顧客のニーズを汲み取り、斟酌して、先回りする諜報力が必要です。競合の動きを察知し、その意図を読み、有利にビジネスを進める智恵が求められる。

 だが、この営業部門を軽視している会社がある。技術系、開発系の下請け体質の会社に多い。また、経営者が技術者、開発者だとそういう傾向が強い。「安くて良いものを作れば売れる」という発想の会社である。技術力があり、商品力があるのは大いに結構なことだが、それでは営業機能を親会社に依存した下請け構造に甘んじるか、たまたま当たれば売れるが、継続して売れるものを出し続けられないという。

 営業活動を諜報活動と考えるというのは、営業活動を仮説検証活動だと捉え直すことに等しい。こちらの持つ情報をマーケットにぶつけてみて、その反応をつぶさにつかんでフィードバックし、それに基づいて次の手を打つ。間諜を送り込んで、敵国に情報を流しつつ、敵国の動きを探り、それを自国に持ち帰り、戦い方を考えるのと同じ。諜報(営業)活動によって、先知し、攻めたい先の周辺情報までしっかりと探る。その情報に基づいてターゲッティング(絞り込み)し、全軍を動かす。製造も開発も仕入も施工も物流も、すべてはマーケット情報、顧客起点の情報によって動き、それに合わせていかなければならない。

『昔、殷の興るや、伊摯は夏に在り。周の興るや、呂牙は殷に在り。惟だ明主・賢将のみ、能く上智を以て間者と為して、必ず大功を成す。此れ兵の要にして、三軍の恃みて動く所なり。』第十三章 用間篇

 昔、殷王朝が天下を取った時、(のちに宰相となった有名な功臣である)伊摯は、(間諜として敵国である)夏の国に潜入していた。周王朝が天下を取った時、(建国の功臣である)呂牙は、(間諜として打倒すべき)殷の国に潜入していた。ただ、聡明な君主や優れた将軍だけが、智恵のある優秀な人物を間諜として用い、必ず偉大な功績を挙げることができる。この間諜の活用こそが戦争の要であり、全軍がそれを頼りに動く拠り所となるものである。

『惟(ただ)明主・賢将のみ能(よ)く上智(じょうち)を以(もっ)て間(かん)と為す者にして、必ず大功を成す』  

 経営者は企業の存在目的を忘れてはならない。このことを常に念頭に置いていれば、常識外の新発想、新機軸を生み出すことも可能となる。先例にとらわれず、現在から未来を見据えるようになるからです。

 そういう経営者は自然と、世の中の新しい動きに関心が向くようになる。そして、「これはわが社の役に立つのではないか」と感じる新情報に接するとワクワクし、「試してみたい」「他の人にも教えてあげたい」と思うものです。

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