自分の能力には限界があることを知る

 企業を発展させていくためには、経営者が自分の体験から学ぶだけではなく、知識的な面で勉強しつづけ、視野を広げて情報量を増やすことや、過去の成功体験を捨てて脱皮することが大切である。

 自分の能力には限界があることを知る」ということも智慧の始まりです。ソクラテス的に言えば、これは哲学の始まりなのです。いわゆる「無知の知」です。

 ギリシャ一の知者はソクラテスである。ソクラテスがいちばん賢い」という神託があったことを聞いたソクラテスは、その言葉の意味を考えました。

 そして、彼が出した答えは、「私は、『自分は何も知らない』ということを知っている。しかし、ほかの言論人たちは、何も知らないくせに知っているつもりでいる。私は自分が無知であることを知っているので、神は私を『ギリシャ一の知者』と言ったのだ」というものでした。これが哲学の始まりです。

 自分が知らないこと、自分にできないことを知る人は智慧者なのです。

 

自分の能力を超えた場合は潔く出処進退を考える

 個人だけではなく、企業にも限界はあります。どんな大きな会社にも限界はあるのです。

 創業者であっても、会社が発展して、製品の種類が増えてきたら、細かい技術にまで口を出すことは無理でしょうし、会社が国際レベルになってきたら、分からないことが たくさん増えてきます。

 経営者は、そうなってからも「会社全体がうまくいくように指揮がとれる」というところまで、自分がイノベーションできるかどうかが問われるのです。

 自分自身がイノベーションをして、大きくなっていく組織をまとめ上げる力を持たなければ、あとは潔く出処進退を考えるしかありません。それが人間としての徳です。これをやらないと組織を維持できなくなるのです。

 たとえば、ダイエーという会社は大きくなりすぎたため、戦後の荒廃期に会社ができたときの遺伝子のままでは生き延びることができませんでした。

 器用な人は一人で何回もイノベーションをしていきますが、やはり限界はあります。50年も60年もイノベーションをしつづけることは無理であり、ほかの人に任せなければいけなくなるときが来ます。

 補うべきところは補わなくてはなりませんが、自分の能力を超えてしまう場合もあるので、そのときには出処進退を考えることが必要になるのです。

 そして、その会社が成功しているのであれば、これまで頑張ってきたことの見返りに、大きな額の退職金でももらって退職し、自分の能力に合った別のところで何かをするということでもよいでしょう。また、会社が大きくなりすぎているのであれば、本体とは別の小さい会社を経営するのもよいでしょう。

 たとえば、松下幸之助は、戦後PHPという思想運動に身を投じました。それは、会社の本体とはあまり関係がないのです。彼は、本業から引退後「これは私の道楽だ」と言っていました。

 年を取ってもまだ能力はあるので、「会社全体がつぶれない範囲内で別の仕事を続ける」というやり方もあるのです。

 組織が一定以上の大きさになると、他の人への譲り方や自分の身の引き方、出処進退はどうしても出てくる問題なのです。

 

同じ人がいくつものテーマを追いつづけることは難しい

 これまでの日本の政治を見ていると、総理大臣も一つのテーマしか追求できなくて、その一つをやり遂げると だいたい交代していました。同じ人で いくつものテーマを追いつづけることができず、たいてい1年や2年で交代してしまうのです。

 いまの日本はそれほど難しい社会になっていると言えます。

 これは、政治だけではなく、企業経営などにおいても同様でしょう。

 組織として使命があって大きくなる場合には、新しい人を入れたり、新しい知識を導入したり、新しい仕組みをつくったりして、イノベーションをしていかなくてはなりません。それに対応できなくなったら、人材の入れ替えが必要になります。その際、ある時点で役に立った人たちが第一線を退かなくてはいけなくなることもあります。そういうことはあるのです。

 最初から「自分には大して能力がない」と思うのであれば、限界をあらかじめ知り、「老舗を守る」というようなかたちで ある程度規模を確定することが大切でしょう。