「国家か、それとも市場か」  ハイエクとケインズの論争

このたびの新型コロナによる不況は、1929年の世界大恐慌と比較して論じられることが多い。そのためか、大恐慌時に講じられた「ニューディール政策」に注目が集まっている。この政策は世界で初めて「ケインズ経済学」が政策として実施されたものと言われる。政府が国の経済に介入し、公共事業を展開することで景気回復を狙うものです。

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 「ニューディール政策」はケインズの提言で実現したものではないが、政府の介入を促し、公共事業を展開することによって、雇用を増やし景気を良くしていくというケインズ経済学の基本的な考えを実施した。

 政府の介入を奨励する背景には「ハーヴェイロードの前提」がある。これは、「庶民よりも最適な判断は、専門家やエリートと呼ばれる人たちの方ができる」という前提。ケインズの出身地であり、高級住宅街であるイギリスのハーヴェイロードにちなんで付けられたものです。

 ケインズの主張は、政府が積極的に介入して、民間の経済活動を促進していくことで経済は回復していき、無秩序な経済には、政府による善導が必要というものである。

 ハイエクは、ケインズの考えと真っ向から対立する。経済は単純ではなく、『風が吹けば桶屋が儲かる』ということわざの通りに、直接関係ないように思われるものがまわりまわって影響しているため、政府が市場で起きることのすべてを一元的に管理することはできないとしている。

 むしろ、市場に備わる解決能力に任せた方が適正な結果が生まれる。市場に介入しコントロールしようとすること自体が、政府の「思い上がり」としたのがハイエクの主張である。

 加えて、ハイエクは、政府が市場に介入する「大きな政府」は、個人の経済活動を抑制し、ともすれば選択の自由さえも制限してしまうと危惧し、自由の根源には「経済的な自由」がなければならないと説いた。

 ハイエクが支持する「小さな政府」とは、国防、警察、消防などの公共性の高いものだけを請け負い、民間が経済活動しやすいように規制を取り払い、自由を確立するものであると。

 ハイエクは、このように語る。

 「(『大きな政府』への志向は)人間のコントロールを超えた『客観的事実』によってもたらされた結果では決してなく、この半世紀にわたり、各国の政策のすべてを支配するようになるまで、人々に吹き込まれ宣伝されてきた見解こそが生み出した結果なのである」(ハイエク著『隷属への道』)

 あくまでも、経済は、一人ひとりの経済活動で成り立っている。人々の声を一番知っているのは、ニーズに応え、努力を重ねている民間企業です。こうした経済の主体者の行動を制限したら、いつまでも経済は回復しない。

 コロナ不況にある現在の日本でも、「ケインズ政策」を実行すべきだという考えが、空気のように当たり前になっている。理由は、1930年代の大恐慌下のアメリカでは、大規模公共事業「ニューディール政策」が取り入れられ、ケインズ政策という外科手術が行われたからこそ経済は復活できたという、もっともらしい幻想が流布しているからである。

 だが、このケインズ政策に不況を撃退する魔法のような力などなかったのが真実です。ニューディールが行われていたにもかかわらず、37年から38年にかけての失業率は20%以上を記録した。

 そもそも、ニューディールは、一般に思われているような理想的なものではなかったのです。例えば、ニューディーラーらがネブラスカ州に建てたドリームシティは、誰も住みたがらない「夢の町」。要するにゴーストタウンとなった。再選を目指す政治家にとって、税金をばら撒く意味があっただけである。

 コロナ不況下にある日本では、今後も政府支出による「景気刺激策」が行われるかもしれないが、それは実際には景気を”刺激”しないでしょう。アメリカの経済学者でトランプ大統領の経済顧問でもあるラッファー博士が説明しているように、政府から所得を奪われた人たちのことを考慮できていないため、経済的な効果はゼロで、GDP(国内総生産)の総量が増えないためである。それは、ラッファー博士が博士号を取得していた時の発見にまで遡る。博士は、政府支出を10ドル増やすと、1期目は10ドル分のGDPが増えるが、続く3期でGDPは支出を増やす前の数値に戻ってしまうという反ケインズ的な統計結果を発見した。

 さらに、失業手当や社会保障のために支出すると GDPは下がるという統計結果も発見。政府支出は経済成長を阻害してしまう。働いている人から税金を奪って働いていない人にばら撒けば、働く人のやる気を失わせ、福祉に依存する人を増やしてしまう。

 ラッファー博士は、日本の政府支出の増大とGDP成長率の低下に相関関係があったと指摘している。しかも、民間より政府がお金を使う方が 1.35倍効率が悪いという。政府がばら撒くと、特定の事業者との癒着や、政治家による政府資金の獲得競争など、結局は期待通りの結果を必ずしも生まないのは確かである。

 そして、極めつけは「支出は増税になって跳ね返ってくる」ということである。

 幸福の科学大川隆法総裁の霊査により、ケインズの過去世は、秦の始皇帝であることが徐々に明らかになってきている。以下は、大川総裁が2010年4月に収録したハイエクの霊言の抜粋である。

「ケインズの過去世は秦の始皇帝なんです。それから、その前の過去世は、エジプトのピラミッド造りとかかわっています。そして、ひどい重労働を課したんですね。

 ケインズ経済学の本質は、ここにあるんです。結局、その背景にあるのは、巨大な国家と奴隷化する国民の姿です。これが、ケインズ経済学の背景にあるものです。

 そうしたものの建設は、王様の立場から見れば、偉大な王様、歴史に遺る王様になれることであるし、文明として見れば、偉大な文明として記憶されることにはなるけれども、人民の立場から見れば、そうとうの圧政を生むことも多い。

 こういうことが彼の発想の裏にはあるわけです。だから、彼をジャーナリストなどと甘く見てはいけないんです。帝王です。彼は、もともと、帝王になる素質を持っている人なんです。

 ただ、彼の考え方でいくと、結局、『大きな政府』が必ず出来上がって、人々が圧政から逃れるための努力をしなくてはならず、気をつけないと、政府の言うことをきかない者は、粛清されたり、国外脱出をしたりするようなことが起きるわけですね。

 あなたがたは、今、そういう労役をしてはいないかもしれないけれども、その代わり、重税を背負わなくてはいけないわけです。『重税を背負って、サラリーマン業を延々とやらされることになる』ということですね。

 考え方を改めず、”ケインズの亡霊”に支配された、七十前後の政治家たちに政治をやらせると、これから先の未来においては、そういうことになるわけですね」(『未来創造の経済学』)

 政府はケインズ理論に依拠し、不況対策のために、国民にばら撒きますが、それで経済は浮上しません。

 確かにケインズの言う通り、政府がお金を使うと、そのお金をもらった人が今度はお金を使い、それが雇用を生みます。所得が増えることで、人々はもっとお金を使うようになるので、表面上はお金を受け取った人が、雪だるま式に雇用と生産を増やしたように見えます。

 しかし、それは物事の一面しか見ていません。一方で、政府から税金を取られた人たちがいます。彼らの所得は減り、支出、生産、雇用が減ります。所得を移転させられた人にとって、バラマキの効果は全く逆になるのです。

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 ラッファー博士は言う。

 「福祉やバラマキはダメです。仕事で報酬を得て初めて自尊心を高め、自分の人生の責任をとれる。だから減税や規制緩和に訴えることが重要なのです」

 減税すれば、手元に残る所得が増える。依存して生きるより、はるかに自尊心を高められる。

 この「自尊心」について、大川隆法総裁の霊言で、サミュエル・スマイルズの霊はこう語っている。

「自分が神仏に近づいていくということの尊さを感じることです」「私は、『人に見られず、ほめられないところで、人知れず努力を積み重ねるところに喜びを感じる心が、真なる自尊心だ』と思います」(『現代の自助論を求めて』)

 現代のほとんどの経済学は、給付金でお金をもらうことと、減税で手元に残るお金との「質」を区別できない。そのため、政府支出を増やして給付金を配り需要を喚起するという論理は、もっともらしく聞こえてしまう。

 しかし、政府支出は、赤字国債の増大となり将来の国の借金となる。将来的には増税で国民から所得を奪うことになるので、経済的にも効果は相殺される。それだけではない。給付金は国民から神に近づく喜びを奪い、徳ある人になる機会を奪ってしまう。お金をもらっても、1ミリも神に近づく美徳を培うことはできない。

 人間は本来、給付金を「もらう」ことより、「与える」ことに喜びを見出すように創られている。大川隆法総裁が著書『永遠の法』で、魂は本来創造的だとしてこう説いている。

「魂というものは本質的に勤勉にできているのであり、怠けるようにはできていないのです。だからこそ、ときどき、休みたくなり、さぼりたい気持ちにもなるのですが、そうした怠惰な気持ちでは長い年月を耐えられないようになっています。人間は、仕事をするように、働くようにできているのです。すなわち、魂は本質において生産的であり創造的なのです」

 サプライサイド経済学は、個々人の創造性を発揮し、生産的に生きることを促すという意味で、魂の創造的な側面に着目した経済学だと言える。

 与える側の人生を生きる人々が増えてこそ、付加価値は増えていく。付加価値の多い社会が豊かで幸福な社会だと考えるなら、政府支出を増やして数字上のGDPの総量が増えると考えるケインズ経済学は、「人間にとって幸福な社会とは何か」についての霊的な考察が完全に欠落していると言わざるを得ない。

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 今やるべきは、新型コロナ対策に留意はしつつも、過剰な介入を避け、経済的自由を守る気概と、いち早く経済活動を再開する勇気ではないだろうか。ケインズ経済学の呪縛にいつまでもとらわれてはいけない。