企業家には世の人々を幸福へ導く「騎士道精神」が必要

 企業家の本当の使命は、単なるお金儲けではありません。その本質は「社会貢献」にあります。幸福の科学大川隆法総裁は、企業家の役割について以下のように述べています。

「一代で、何か事業を起こして成功させることができれば、それで大勢の人を養うこともできます。大勢の人に職場を提供し、給料を払うこともできるのです。また、新しいものを生み出していくことによって、社会に対して貢献できるようになります。」(幸福の科学布教誌「ヤング・ブッダ」2005年9月号「子どもたちの試練と自立について」)

「「できない理由」ではなく、「どうすればできるようになるか」を考える。企画する能力。あるいは「企業家精神」。「責任を取っていこう」とする姿勢。勇気。チャレンジする心。こうした心を持って、大を成していく。実際に、後進の者のために道を拓いていき、人々を幸福に導いていく。「高貴なる義務」を背負い、「騎士道精神」でもって、世の中の人々の幸福を実現していく。」(『教育の使命』)

 「人々を養う」「世の中の問題を解決する」ことこそが、企業家の役割です。その役割を担うために、企業家には、「自助努力の精神」はもちろんのこと、多くの人を幸福にしたいという「騎士道精神」が求められます。

 

二宮尊徳の「推譲」が幸福を生産する

 企業家の良いお手本とも言えるのが、江戸時代に活躍した二宮尊徳です。尊徳は貧しい環境に負けず、自ら道を切り拓いていった自助努力の人でした。

 「勉強に反対する伯父に対して、自分で菜種を植え、油を買って勉強した」という尊徳のエピソードを聞いたことがある人もいるかもしれません。尊徳は貧しい少年時代を過ごしたものの、できない理由ではなく、どうすればできるかをとことん考え続け、努力に努力を重ねました。その結果、貧しさから抜け出し、少しずつ豊かになっていきます。

 尊徳は20歳で自分の生家の再興に成功し、小田原藩の服部家をはじめ、数多くの財政再建も軌道に乗せました。自助努力で自らが豊かになるのみならず、騎士道精神をもって他の人々をも豊かにしたのです。

 この騎士道精神に当たる思想を、尊徳は著作に遺しています。自分の余力を他の人のために譲るという「推譲」の思想です。

この「推譲」は、単に「譲ることは善いことだ」という道徳ではありません。その奥には、宗教的な世界観がありました。

 まず、報徳は生活の信条である。人間は天地人(天と地と人間。この世の万物のこと。)三才の恩徳によって生かされている。人間には米一粒すら、自分の力でつくれない。みな天地人三才の恩徳によるものである。この自覚があれば、恩徳への恩返しに、働くという人生観が生まれて来る。それが報徳である。(『二宮翁夜話』)

 「推譲」の根底にあるのは、「この世の万物から受ける恩に報いること(報徳)」です。そのためには、常に誠実であり(至誠)、勤勉に働き(勤労)、その中で節約して(分度)、困っている人がいたら助けること(推譲)が必要です。

 この「至誠」「勤労」「分度」「推譲」の4つが尊徳の考え方の柱です。尊徳の精神は、現代の企業家像そのものであり、恩返しから始まるという非常に宗教的な考えが流れていることが分かります。

 

「推譲」は「富の法」でもある

 また、利他的精神である「推譲」は、富を得る法則でもあります。

 「人々に富を譲ると言う生き方は永遠に豊かでいるための道で、豊かな人が怠ってはならない道だ。だから私の道は、豊かさを永遠に維持する道だといってもさしつかえあるまい」(『二宮翁夜話』より)

 さらに、尊徳の思想は、国を豊かにする考え方でもあります。

 「倹約して金をたくわえ、田畑を買い求め、財産を殖やすところまでは同じでも、そこで天命のあることをよく知って、道に志し、譲道を行ない、土地を改良し、土地を開き、国民を助けてこそ、譲道を行うというべきだ。こうしてこそ国家の用ともなり、報徳ともなるのだ」

 尊徳の精神を実践する人が増えることで、国は豊かになるのです。経済発展の原理としては、これ一つで十分と言えるほど尊徳の精神は優れています。尊徳の精神を持った企業家を多数輩出することが経済を発展させるカギと言えます。

 これほど高度な「経済学」を説いた人は、古今東西を見ても多くありません。