信憑性が揺らぎ始めた「大陸移動」と「プレート説」

参考・引用しました

大陸移動説は現代の天動説

 「プレートテクトニクス理論」が提唱される前、1912年に「大陸移動説」という学説が登場しました。約3億年前には「パンゲア」といわれる超大陸が存在し、2億年前くらいから分裂・漂流することで、現在の大陸が形成されたという仮説です。

 イギリスの研究者が年代順に磁極の位置を追跡したところ、現在の位置からずれていくことが分かった。しかも、ヨーロッパ大陸上にある岩石から追跡する軌跡とアメリカ大陸の上にある岩石から追跡した軌跡が一致しないことが判明。アメリカから見た磁極とヨーロッパから見た磁極が違うということは、磁極が二つ存在するということになってしまいます。そこで考え付いたのが、両大陸を移動させることです。アメリカ大陸とヨーロッパ大陸とを30度ほど回転させてやると、大西洋が閉じて両大陸がくっついて、二本のラインは一致します。このことが大陸は移動したという証拠のように考えられたわけです。

 分裂した大陸のうち、インド亜大陸をのせたプレートは、1億3500万年(ジュラ紀)ほど前に独立し、北へ向かってゆっくりと移動をはじめた。そして、数千キロにもおよぶ大移動ののち、4000万年前ころにユーラシア大陸に衝突した。ユーラシア大陸の地殻を押しちぢめると同時に、インド亜大陸の地殻はその下へもぐりこんでいった。この結果、ユーラシア大陸は押し上げられ、「世界の屋根」ヒマラヤとなった。インド亜大陸の地殻のもぐりこみは、さらにチベット高地の厚い地殻をつくり、遠く天山山脈にまで影響をおよぼしたとされている。

 現在の陸地の形だけを見て、パズルのように組み合うかどうかだけで、大陸移勧説を説明しようとしていますが、「海」の要素を考えていないという問題があります。古代において陸地だった場所が現在の海になったり、海だった場所が陸地になったりしています。さらに、「なぜパンゲア大陸として、陸がただ1ヵ所に集まっていたのか」という疑問に答えることもできていません。パングア大陸のまわりはすべて海だったとされているわけですが、そこが海だったという証拠はどこにもないのです。 現在の海や陸を深く掘ってみると、5億年前や3億年前などの地層が出てきます。それにより、5億年前、3億年前の陸や海の形がわかります。大陸移動説では、現在の陸の形を合わせているのですから、当時も位置こそ違え、形は類似するところがあるはずです。ところが、現在の陸の形とまったく異なっているのです。

 グランドキャニオンの地層を見ても、2.5~5.5億年前のアメリカは海の底にあったことが明らかです。「陸と海とは交互に沈降と隆起を繰り返している」というのが真相であって、パンゲアという大陸が移動して現在の姿になった などと言うのは ナンセンス な話です。

 

島弧の形成

 定説では、列島の多くは、プレートの境界域(海溝付近)に形成されており、この種の列島は「島弧」または「弧状列島」と呼ばれる。日本列島も島弧の一つである。ほとんどの島弧は火山フロントと呼ばれる前線帯に沿って火山を伴う。また、島弧の背面(海溝とは反対側)では地殻が沈み海盆が形成される。

 島弧の形成過程はおよそ次のとおりと考えられる。プレートが海溝から沈み込んでいくと、ある一定の深度において含水鉱物(雲母や角閃石)が圧力のために分解する。その際放出された水が上部のウェッジマントルに付加することにより、マントルの融点が下がり、マグマが生ずる。マグマは周囲のマントルに比べ軽いので、マントルダイアピルとして上昇し、地殻-マントル境界付近で停止する。

 このように、次々と下部からマグマが近くの下部に底付けされるため、地殻は厚くなり、アイソスタシーの原理により海溝に平行した線状の高まりが形成される。この高まり上の所々では、マグマが地表に噴出して火山となるという。

 

「プレートテクトニクス理論」は誤り?

 地球表面は、十数枚の「プレート」と呼ばれる厚さ100㎞程度の岩石の板で被われている。プレートは年間1~10㎝という速度で相対的に運動しています。プレート同土の相対運動の結果、プレートとプレートの境界やその近傍で地震が発生します。

 東北地方の太平洋下は、このプレート境界にあたっていて、それが活発な地震活動の原因となっています。日本海溝のところから、冷たくて重い「太平洋プレート」が、東北地方が乗っている「陸のプレート」の下に向かって年間8~9㎝の速度で沈み込んでいます。

 この二つのプレートの境界での相対運動、すなわち「プレート間のすべり」が、何の障害もなく進行すれば地震とはなりません。しかし、実際には、プレート境界面で摩擦力が働き、そのため太平洋プレートはスムーズに沈み込めず、その上の陸のプレートと「固着した」状態となっています。太平洋プレートは沈み込みを阻止され、応力が蓄積されます。そして、強度の限界に達すると、固着していた境界面に沿って急激に「すべり」が発生し、蓄積していた応力を一気に解放します。これが「プレート境界地震」です。太平洋下で活発に発生する地震の殆どは このタイプの地震とされている。

 「プレート論」について、定説では、

「この板状の固い岩石の層をプレートと呼ぶ。プレートの境界ではプレート同士の押し合う力が地震を発生させる。プレート同士の押し合いの結果、プレートの内部にもひずみがたまり、地震を発生させる。陸と海のプレートの境界では、海のプレートが陸のプレートの下に沈み込んでいくことが多く、この沈み込んだ海のプレートの内部にも地震が発生する(深発地震)。また、プレートの沈み込みは、火山の原因となるマグマを発生させる。プレートの運動は、世界の地震・火山活動の源なのである。」

と説明している。

 プレート論では、少なくとも海洋プレートには誕生する場所と消滅する場所があるとしています。そして、消滅するのは海溝で潜り込むからだと説明されています。海溝で潜り込み、深発地震を発生させているのは圧倒的に太平洋海域です。深発地震は環太平洋火山帯に多く発生し、それ以外の大西洋などではほとんど発生しない。

 アフリカプレートや南極プレートなどは誕生する場所しかなく、永遠にプレートが拡大するという矛盾を含んでいるという。

 海溝ではプレートが潜り込むのではない。熔融マントルが下降しているのです。池に張った厚い氷が潜り込みなど起さないのと同じで、『固い地殻が固い地殻の中に潜る』というのはナンセンスです。

 また、定説では、マントルは固体であると考えられている。S波(せん断波)がマントルを通過しているからとされている。

 固体論が導入された経緯は、地震波の伝播問題を計算によって処理しようとした最初の研究者(グーテンベルグとジェフリース)が、そう仮定しないと計算が出来ないから、計算の便宜上大前提として地球内部(2900kmまで)を固体であると仮定したに過ぎないという。

 固体であるとすれば、一方の地殻が他方の地殻の下に潜り込むというプレート論の重要な論旨に矛盾が生じます。

 マグマは、岩石物質(ケイ酸塩)の高温溶融体である。つまり、高温でドロドロの状態にある。噴火によってマグマが地表に出たものが 溶岩 である。

 マントルは粘性と弾性を併せ持った粘弾性体なのです。

 地震のような衝撃的な外力にはある範囲で弾性体のように挙動しますが、長期的に作用する外力には粘性体として挙動します。

 地球物理学では、マントルが「地震波の縦波・横波の両方を伝搬させる」ことを重視して、「マントルは弾性体で固体」と強調しています。

 粘弾性体は爆発的な短周期波に対して弾性体と同じく伝播可能であるから、マントルが固体である必然性はないと考えます。深発地震の波形を見ると、マントルは熔融していることが分かる。走時曲線は短周期波に関してのみ成立し、主要な地震波は固体の地殻内部を通過している。

 元名古屋工業大学教授・石田昭先生は、現代の地球物理学は「現代の天動説」であると言う。

 もちろん、マントルは地震波の縦波・横波の両方を伝搬させるから、純粋な粘性流体とは考えられない。地球は、半ば弾性的で半ば粘性流体的な物質である。

 陸側プレートの地殻が薄い場合は、マントルダイアピルが浅い場所でマグマを分離することができるため、安山岩質(初生)マグマが直接生成される。一方、陸側プレートの地殻が厚くなると、マントルダイアピルが低圧でマグマを分離できるような部分が無くなるので、玄武岩質(初生)マグマしか生成できない。

 この地域に既に中部地殻(大陸地殻)が存在するのは、かつて「南方古陸」があった証拠です。古陸が無かった場所からは玄武岩熔岩が噴出し、古陸があった場所からはかつての大陸性地殻が熔融した大陸性マグマが噴出するのは当然のことです。

 部分融解したマグマが地殻内部を上昇するメカニズムは存在しません。

 地球誕生の歴史から考えても、マグマオーシャン状態の地球が、冷却され表面に薄皮のような地殻ができ、さらに海洋が誕生して人類が生息できるようになったのは明らかです。冷却の進行と共に、地殻は厚さを増しているでしょうが、その下部には溶融したマグマオーシャンが今も広がっている。

 地球は地殻という岩石におおわれており、その地殻の下にはマントルというカンラン石を主体とする岩石がある。地球の半径は6,370kmであるが、地殻の厚さは海洋地域では20km前後に過ぎない。これは、地球を半径1mのボールに例えると、地殻は厚さ3mmに過ぎないことになる。

 地球表面の大地はもっと激しく、隆起と沈降を繰り返しています。その原動力は、マグマの熱と水が織り成す化学爆発の歴史なのです。