宗教的真理なしに教育は成り立たない

 『繁栄の法』「信仰革命」第3節では、「宗教的真理なしに教育は成り立たない」と指摘されています。

「教育とは、真理獲得を目指すための方法です。学校で教育を行なうのは、子供たちに真理を教えるためなのです。そして、真理の核の部分に『宗教的真理』があります。真理から核の部分である宗教的真理を排除したならば、唯物論的なもの、要するに抜け殻、外側の部分だけしか残りません。そもそも、宗教がなければ、哲学や思想は根なし草になってしまいます」

 『奇跡の法』第4章「未来への創造」には、次のようにあります。

「ここで、どうしても言っておかなければならないことは、『教育というものの本質は真理の探究である』ということです。真理とは『ほんとうに正しいこと』であり、ほんとうの正しさとは何であるかを探究することが教育なのです。その正しさのなかには、世界の仕組みや法則もあり、また、人間の生きる道での正しさもあります。そして、自然界の法則の奥にあるものも、人間界の法則の奥にあるものも、実は仏の心であり、神の心であるのです。したがって、真理の核の部分には、ほんとうは宗教的思想や哲学があるのですが、いまの日本の教育は、その核の部分にまで到達していません」

 宗教を日陰者扱いにして、ほんとうの教育はできないのです。東日本大震災を境にして、世間では宗教心が取り戻されているようにも感じます。むしろ積極的に宗教や信仰や死後の世界について新しい学問のフロンティアと定めて、勇気をもって探究をしていくべきと思います。

 現代の社会問題となっているものの多くは、一昔前であれば、「神様がそう決めたから」と大人が子供を諭していたようなことも多いですが、それに答えを出せずに問題になっているように思えます。