コーチング

 近年、日本の企業でもコーチングが取り入れられるようになってきています。

 コーチングとは、「コーチ役(例えば上司)とコーチングの対象者(例えば部下)との間で対話を重ねることを通じて、コーチングの対象者が目標の達成のために必要なスキルや知識、考え方を身につけ、行動することを支援し、成果を出させるプロセス」と定義されます。

 コーチングとは、対象者の自主性を促し、能力や可能性を最大限に引き出しながら、目標達成に向けてモチベーションを高めるコミュニケーション手法です。人材育成の場面でも活用され、コーチング型マネジメントと呼ばれています。

コーチングの由来

 コーチングは「コーチ (Coach)」という言葉から派生したものです。「コーチ (Coach)」という言葉の語源は「馬車」です。

その時代の馬車の役割は、「大切な人を望む場所まで送り届ける」ことでした。大切な人が希望の場所にたどり着けるようにサポートする行為が自主性を重んじるコーチングの本質と重なっているのです。

参考

コーチングとティーチング

 コーチングとティーチングでは、関係性やコミュニケーション手法に違いがあります。

 ティーチングとは、指導者が知識やスキルを教えることを指します。ティーチングで教える側と教わる側には上限関係があります。そして、指導を通して答えを与えていく一方向のコミュニケーションが基本です。

 一方、コーチングでは、上下関係はなく並走する関係性という違いがあります。また、双方向の対話によって対象者から答えを引き出すというスタイルの違いがあります。

 

コーチングとカウンセリング

 コーチングとカウンセリングでは、目的やアプローチの観点に違いがあります。

 カウンセリングとは、カウンセラーが対象者の悩みや不安を解消できるように寄り添うことを指します。双方向のコミュニケーションを主体としながら、より良い方向へ導く点ではコーチングとカウンセリングは共通しています。カウンセリングでは、対象者が抱えている悩みや不安を解消することが目的で、過去と向き合うアプローチを行います。

 一方コーチングでは、目標を達成できるように自己成長を促すことが目的で、未来志向でのアプローチという違いがあります。

 

 コーチングのプロセスにおいて、重要な考え方として、「全ての答えはクライアント(コーチングの対象者)の中にあり、コーチングでクライアントとの対話を通じてその答えを引き出して、目標達成に導いていく」という点があります。

 コーチングは、あくまでもコミュニケーションのスキルであり、そのスキルは上記の考え方に集約されているということができます。

 近年の組織のリーダーには、組織の目標達成に向けて単なる管理者に徹するのではなく、コーチングを通じて、部下を自律的、主体的人材に育成していく役割も求められるようになっているのです。

 

コーチングが向いているシーン

 コーチングが向いているシーンとして、以下が一例として挙げられます。

 

必要な業務知識はあるのに業務を円滑に進められていない時

 研修やOJTを通して必要な業務知識を習得しているのにも関わらず、業務を円滑に進められていないケースがあります。

 従業員のモチベーションが下がっている可能性が高く、コーチングを通して どんな課題があるのか質問を重ね、前向きに業務に取り組めるようにフォローすることが大切です。

時間と労力を費やしているのに、従業員の行動に変化が見られない時

 多くの時間や労力を費やしているのにもかかわらず、従業員の自主性が育たず、受け身姿勢になってしまっているケースがあります。

目の前の業務をこなすことで精いっぱいになっていたり、評価が正当にされていなかったりという状況が考えられます。コーチングで従業員の状況をしっかりと傾聴することが大切なのです。

自信がもてず、次の行動にふみ出せない時

 従業員に十分な能力やスキルが備わっているのにも関わらず、自身がもてずに次の行動にふみ出せずに成長の機会を逃しているケースがあります。

 コーチングで自身が承認される経験が増えれば、対象者に自信がつき、次の行動をふみ出しやすくなることが考えられます。そして、自己成長を実感できれば、より意欲的に業務にも取り組むことができ、さらに自信をつけられる好循環が生まれます。

 

Think together(共に考える)

 誰かと話すうちに、思いもよらなかったアイディアや話題が出てきたり、想像もしていなかった結論にたどり着いたという経験はないでしょうか。

 「共に考える」コミュニケーションでは、「意味の再解釈」や「新たな意味の創出」が起こります。そのとき重要なのは、「質問する人」「質問される人」という区別なく、問いを間に置いて、双方向にやり取りをすることです。

 他者と共に考えるプロセスを通して、自分にない視点や考え方に触れることで、自分の視点・考え方を相対化し、よく見ることができるようになります。そして、そこから再解釈された視点や意味の変化は、新しい行動や関わりを引き起こします。

 

コーチングの目的

 ・自分でものを考える自立型の人材を育成のため

 ・上司が自分の知識や体験を効果的に部下に伝えるため

 ・上司がそれぞれの部下に合った指導方法をみつけるため

 ・部下から仕事の手順などについて積極的な提案ができるようにするため

 ・さまざまなアイデアや意見を多く集めるため

 ・社内での会話量(コミュニケーション)が増え、その結果、問題発生を未然に防ぐため

 ・質問力の強化による営業力強化のため

 コーチングは、決して難しく、高度なテクニックを要するものではないと理解することです。

 正しい「聴く」「質問する」「認める」を習得することで、部下、お客様とのコミュニケーションアップに欠かせないスキルとなります。

 

コーチングの導入

 コーチングが求められるようになった背景として、企業はどのような目的でコーチングを導入しているのでしょうか。次の2点に集約することができます。

行動の変容を促す

 コーチングは、単に目標の達成に向けてメンバーを叱咤激励したり、議論したりするためだけのものではありません。

 その目的の1つとして、環境等の変化に対応するためにコーチング対象者自身の「行動の変容」を促すことにあります。

 企業組織の多くは、グローバル規模での競争激化や技術革新等、予測の難しい急激な変化に直面しています。

 その中で、リーダーや管理者は、常に組織を前進させて成長させていくというミッションを持っています。

 「現状のやり方を維持していけばよい」と思っているようでは、周囲の急激な変化に取り残されてしまい、現状を維持したつもりであっても、自分たち以外の企業組織が変化に対応していれば、結果的には大きく後退してしまっているのと同じことになってしまうのです。

 そのためにも、コーチングを通じて、メンバー一人ひとりの行動に変化を促し、ひいては組織全体の変化(進化)を起こしていくことが求められるのです。

 メンバー個人が成長していく上では、周囲の変化に対応すると同時に自ら変化を起こしていく姿勢が求められます。

 このような状況において、コーチングは、理想や目標とする状況と現実との溝を埋めるために、単なる口約束では終わらせずに、様々なツールや手法を活用して現状や変化の過程を見える化し、個人の行動の部分までフォローするのに役立ちます。

 コーチングは、コミュニケーションを通じて、メンバーに新たな「気づき」を与えてくれます。

 この新しい気づきをベースとして、目標の達成に向け、メンバーにとって必要なスキルや知識、ツールを見つけ出していきます。

 そして、実際にメンバーが行動を起こすところへと導き、さらに継続的なコミュニケーションを通じて目標達成へと前進させていくのです。

 そういう意味では、コーチングは現場から組織の変革を動かしていくボトムアップ型の変革を進めるにあたって有効なツールであると言えます。 

「違い」を活かす

 組織、チームの中には、いろいろな種類のコミュニケーションが存在しています。どちらが正しいのか間違っているのかを明らかにしようとするディベートのようなコミュニケーション。おたがいの違いの共通項を見つけ、安心感を醸成することを主目的とする会話的コミュニケーション。そして情報共有。

 対話とは、ディベートでも会話でもありません。そのなかで情報共有はされるのでしょうが、主目的ではありません。対話は、お互いの違いを顕在化させていきながら物事に対する新たな洞察を手にすることを目指します。そして、目の前の人と話すことによって、世界が新しく見えるという、なんともいえない喜び、驚き、醍醐味を味わうことができます。

 コーチは、相手に問いかけ、共に探索し、相手さえもクリアに言語化していなかった見方を顕在化させる存在です。違いを恐れず、違いを愛し、違いの中に入っていきます。だから、コーチは対話の誘発者であり、対話のエージェントであるといえます。

変化への適応力向上

 もうひとつの目的は、クライアントが「コーチングを通じて、自律性や思考力、関係構築能力を向上させ、変化への適応力を高めること」にあります。

 例えば、企業組織内では、「人事異動によって部下や上司が変わる」「新しい業務を担当することになった」「転勤する」など、さまざまな変化が起こりえます。

 これらの新しい変化が発生するたびに、研修を実施して解決策を提示したり考えてもらうのでは、コストパフォーマンス的に効率的ではありません。

 そこで、コーチングでは、コーチがそばにいない状態でも、直面している変化に対して何をすべきかを自ら考えて、行動を起こせる状態をつくりだすことを目指します。

 部下の育成にあたっては、直面している変化への解決策を直接的に与えるやり方もあれば、その解決策を自ら導き出すための問いを与える方法もあります。

 コーチングは、後者のアプローチに該当し、コーチング対象者自身が自ら考え、解決策を導き出す力を身につけていくことを目指しています。

 この「変化への適応力」は、その時々に自分の行動を変化させることだけではなく、変化のプロセスそのものを学習することによって、後日新しい状況に直面した時に応用が効くようにすることが含まれているのです。

 

コーチングの3原則

1 インタラクティブ(双方向)

 組織の中におけるコミュニケーションは、上司から部下への指示・ 命令・伝達など、一方通行であることが少なくありません。

 一方、コーチングは、「インタラクティブ(双方向)」なコミュニケーションによって進行していきます。

 とはいえ、ただ一方的にコーチが質問し、相手が答えるという単純な問答形式をとることが「双方向」というわけではありません。

 コーチングにおいて大切なのは、コーチからの問いかけに対して、自由に発想できることです。相手が自分の考えや思いを十分に話せていない状態では、新たな気づきも生まれにくくなってしまいます。また、コーチは、相手の話をただ黙って聞いているのではなく、話を聞いて驚いたこと、興味を持ったこと、違いを感じたことなどを率直に相手に伝えます。

 そのように、「問い」を間に置いて、共に自分の考えや思いを率直に話すことができる状態こそが「インタラクティブ(双方向)」な状態です。

 

2 テーラーメイド(個別対応)

 テーラーメイドとは、一人ひとりの体型に合わせて服を作るように、コミュニケーショ ンを個別にデザインすることをいいます。

 価値観、考え方、行動パターン、もののとらえ方は一人ひとり異なります。そのため、ある人とのコミュニケーションでうまくいったやり方が他の人にも同じように機能するとは限りません。コーチングをするときにも、どの相手にも同じような関わり方をするのではなく、一人ひとりをよく観察し、その人に最も適した方法を模索します。

 また、人は、物事の取り組み方や学習の仕方、思考の癖なども一人ひとり異なります。たとえば、上司が自分のうまくいくやり方を部下に押しつけてもうまくいかないのはそのためです。その人らしさを尊重し、その人の強みに目を向けることが、テーラーメイドの関わりではとても重要です。

 

3 オンゴーイング(現在進行形)

 オンゴーイングには「進行中である」という意味があり、コーチングでは、定期的に目標達成に向けて対話する時間を持ち、継続的に相手と関わり続けることをいいます。

 コーチングは、実現したい目標に向けて、相手が自ら行動を起こす中で、必要な能力やスキルを開発していく学習のプロセスです。そのプロセスにおいては、目標達成に向けて行動してみての気づき、小さな成功への祝福、現在地や次にどこに向かうかの確認、新しいアプローチの検討など、さまざまな角度で、相手が潜在能力を最大限に発揮するための関わりがきわめて重要です。

 また、コーチング・セッションの中でどんなに戦略を練ったとしても、実際に行動を起こしてみると、現実との間に必ず誤差(ギャップ)が生じます。いち早く目標達成に向かうには、そのギャップをリアルタイムで認識し、修正していく必要があります。

 ですから、コーチは、定期的に対話をして進捗を確認することはもちろん、相手が実践を通して得た気づきを言語化する機会を提供したり、成果や成長を共に祝福したりすることで、相手が潜在能力を発揮しながら前進し続けられるように関わります。

 

コーチングに必要なスキル

 コーチングでは、相手のことをよく知り上手にコミュニケーションを図る必要があります。

 事前に、性格・考え方・長所と短所・得意分野などを把握しておくと、スムーズです。

コーチングに必要なスキルのなかで基本となるのは「傾聴」、「質問」、「評価(認める)」です。

 話を丁寧に聞いて適切な質問をし、相手をきちんと認めることがコーチングの原則です。

 コーチングは複数のスキルで構成されています。

1 傾聴スキル

 傾聴とは、「相手の話を深部まで聴くこと」と、「相手の話し方、表情、姿勢などに注意を払うこと」の両方を同時に行い相手を深く理解するコミュニケーション技法のことです。

・相手をありのまま受け入れる「受容」
・相手の話を聴いて、その通りだなと思う「共感」

という2つの特徴があり、上記が適切に行われると相手は、

・自分自身で、自分の考えや自分への理解をより深めることができる
・自主的、積極的、建設的な言動を採用することができる

 一般的なカウンセリングなどのように、ただ、人の話を聞いたり、答えに直結するような質問をするのではなく、相手のそのままを理解することがポイントとなります。

 そのため、コーチとして必要なことは、

・相手の話に耳を傾け
・相手の表情やしぐさを目でしっかりと観察し
・相手の感情に心を配る

というスキルが必要となります。そうすることで、

・相手も心を開くことができる
・コーチとの信頼関係の中で、自分の道を、自ら切り開けるようになる

 これらが傾聴の最大の目的です。

 傾聴とは、聞くではなく、徹底的に相手の話を「聴く」ことです。

 コーチングの目的は、上司ではなく、部下自身に解決策を考えさせることにあります。

 部下には問題の事実関係だけではなく、それに対して部下自身がどのように感じているかについても話してもらわなければなりません。

 部下は、自分のなかにある情報をいったん外に出すことで、情報のもつ意味を認識できるようになります。

 部下が当初話そうとしていた以上の話をするように仕向けることも必要です。

 タイミングよくうなずいたり、相づちを打つなどして、自分が相手の話をきちんと聞いていることをわかってもらわなければなりません。

 日頃から「部下が話しかけやすい雰囲気」をつくっておくことも大切です。

 部下は、威圧的・拒絶的な印象が強い上司にはそもそも相談しようという気になりません。

 常に笑顔で接し、上司の側からあいさつするなどを心掛けることです。

 

2 質問スキル

 質問スキルとは、対象者の考える力を促す質問型のコミュニケーションを指します。

 対象者の考えを引き出す質問や思考を広げる質問など、幅広い質問を通して対象者と対話をすることがポイントとなります。

 たとえば、「仕事は楽しいですか?」という質問よりも、「仕事はどんな様子ですか?」と回答の幅が広がる質問をすることで、対象者の気付きを促しながら、理解を深めることができます。

 対象者が回答につまってしまう場面では、質問返しを重ねすぎてしまうとさらに回答がしづらくなり、コーチングが止まってしまう懸念があります。リードではなく、フォローを意識した質問スキルが重要となっています。

詰問ではなく質問

 コーチングにおける質問は、「相手が気付いていないことをわかってもらう」目的で、「相手のために」行うものです。

 したがって、途中で自分がわかったとしても、相手がわかっていなければ質問を続けなければなりません。

 そして、質問に対する答えにはきちんと傾聴します。

 質問は「なぜ(why)?」ではなく「何(what)?」を使う。

 「なぜ(why)」で始まる疑問文を、「何(what)」を使った疑問文に替えることを試してみましょう。

 日々の部下との業務に関する会話においても、今までの質問の冒頭に「なぜ?」、「もっと」「どうして」といった詰問をしないことです。

 例えば、

 ・何が君にそうさせたのかを教えてほしい。

 ・やらなかった理由には何があるの?

といった質問の投げかけ方をしたほうが、やわらかい感じがするため、部下は精神的に安定するのです。

 ・なぜ、受注に失敗した? ⇒ 失敗した理由はなんだと思う?

 ・できない理由は何だ? ⇒ おもな障害はなんだと思う?

 ・どうしてもっと早く報告しないんだ ⇒ どうすればすぐに報告できると思う?

 このようなスタンスで質問を続けることは、まどろっこしく、面倒に感じます。

 しかし、考える主体はあくまで部下であり、上司は答えをもっていたとしても先回りしてそれを示してはなりません。

 部下が正しい答えにたどり着くようにサポート役に徹する必要があるのです。

 質問した後には、相手が十分に考えられるよう、時間をおくことが大切です。

 その時間を惜しんで立て続けに問いかけると、質問ではなく「詰問」になってしまいます。

質問の留意点

・意見を論理的に聞く

 一般的に、人間は頭の中で思考を組み立て、その筋道に沿って相手に分かりやすいように意見を伝えようとします。

 しかし、会話を通じて相手の意見や態度に即応して自身の意見が変化していき、その結果、意見の整合性が崩れてしまう場合も多々あります。

 このような場合、意見を聞く側も相手につられて自分の意見を流されてしまいがちです。
 互いがそのような状況に陥ると論理的な質問はできなくなってしまいます。

 このため、論理的な質問をするためには、相手の意見を論理的に聞き、自分の意見と対比させながら「何を質問するのか」を常に明確にしておくことが必要となります。

 また、相手が発言をしている途中で質問を差しはさむと、その質問に答えるために相手の思考がいったん中断することとなります。
 このようなことが度々重なると、相手の思考がこま切れとなり、意見のポイントとなる部分にズレが生じてしまう可能性があります。

 従って、即時に確認をしなくてはならない問題などを除いては、相手が意見を発言している最中に質問することは基本的には避けたほうがよいでしょう。 

・マナーを守る

 質問の条件として、「論理的かつ具体的でなくてはならない」ということを説明してきましたが、それに加えて質問をする際には守るべきマナーがあります。

 例えば、「なぜそのように考えるのですか?」「何が原因ですか?」「ほかにはどのような要因が挙げられますか?」などと矢継ぎ早に質問を繰り返すと、その質問が論理的であればあるほど相手は問い詰められているような気持ちになり、心のガードが堅くなってしまいます。
 そうすると、それ以上相手から情報を引き出すことが困難になり、正確なコミュニケーションがとれなくなってしまいます。

 このため、質問をする際には、相手の答えを論理的かつ真摯に受け止めて、相手に自分の論理を押し付けることのないよう配慮しなくてはなりません。
 また、いくら論理的かつ具体的であっても、顧客に対して、「~という考え方は改めるべきではありませんか?」といった質問をすると、顧客との間に感情的な対立を起こしてしまうことになります。

 このような場合は、「~というような考え方もできるのではないでしょうか?」といった肯定的な提案の形式をとった質問が有効です。

 質問とは、相手の意見を正確に理解し、正確なコミュニケーションをとるための基本的な手段です。従って、質問は論理的かつ感情を排して行われなくてはなりません。

 しかし、コミュニケーションの基本は、人間と人間との「相互対話」です。

 これは、会話のうえでは言葉のキャッチボールであり、このキャッチボールをうまく行うためには、自分が相手のボールを正確に受け止めると同時に、相手が受け取りやすいボールを投げてあげなくてはなりません。

 質問は相手の意見の本質に迫るものであるため、時として相手にとってはデッドボールとなる危険性を持ち合わせています。

 このため、質問をする際には、正確であることに加えて、「相手に自分の論理を押し付ける」といったことのないよう、マナーを守って円滑なコミュニケーションをとることが重要であることを常に念頭に置く必要があります。

 

3 承認スキル

 承認とは、成果だけでなく、相手の変化や成長に気付き、言葉で伝えることを指します。

 コーチングでは、成果だけで判断せず、プロセスにも目を向けることが重要です。

相手が持っていないものを褒めるのは「お世辞」になるので、必ず相手の良いところを見つけて褒めることが大事です。また、言葉や態度に出さなければ相手には伝わらないので、できるだけ言動で表します。

また、人は褒められると人は褒められた行為をまた繰り返したくなるものです。

その心理を活用し、下記も意識すると良いでしょう。

・すぐに:印象を強く残すため
・具体的に:何を期待されているのかを具体的に理解させるため
・一貫性を持って:褒めるに値する基準を理解してもらうため

 業務を任せた後は、評価する段階です。
 この段階では、相手自身にとって次(今後、あるいは、ほかの業務)につながるように評価することがポイントとなります。

 そのため、評価する際には、

(1)相手が納得できるよう客観的な事実を挙げて評価する

(2)課題を挙げて評価する

ことを心がけます。

 (1)は、相手が業務を遂行したときには、まず「よくやった」とほめ、認めることが大切です。

 それによって相手のモチベーションは高まるでしょう。

 ただし、ほめる場合でも、「何がよかったのか」が分かるような客観的な事実を挙げて評価するようにします。

 例えば、「今日行ったプレゼンテーションの中で、○○について述べたとき、お客様は大きくうなずいて△△について質問をしてきたね。君の案がお客様のニーズに即していたんだと思うよ」というような言い方で、ビジネスコーチ自身が思ったことだけではなく、ほかの人からの評価を伝えるようにすると相手は納得することができます。

 (2)は、ほめるだけではなく、課題を挙げて評価することも大切です。

 例えば、「今回は綿密な計画を立案し、それに沿ってよくがんばったと思う。ただし、この部分については、もう少し工夫が必要ではないかと感じけど、君はどう思う?」というような言い方であえて課題を挙げることで、相手は次につなげることができます。

 評価(承認)とは相手の存在そのものを認める「存在承認」、さらに、相手の変化や結果に気付いてそれを言葉としてきちんと伝える「変化承認」、「成果承認」の3つの要素で考えることができます。

(1)存在評価(承認)

 相手の存在を認めるとは当たり前のことのようですが、できていない場合も多いのです。

 たとえば、あいさつ や ちょっとした声がけは相手を承認するための大切な行為です。

 「あいさつしても上司が返してくれない」、「業務指示以外は-切声をかけてくれない」という状況では、部下は自分の存在を認めてもらっているとは感じません。

 そんな上司には相談事をしたくない、むしろ相談したら怒られるとさえ思うかもしれません。

 日頃からあらゆる機会を捉えて、相手のことを大切に思っていることを伝えておかなければなりません。

(2)変化への評価(承認)

 いつもとは違う変化を認めることです。

 変化には、「遅刻がなくなった」「ミスが減った」などのプラスの変化もあれば、「最近元気がない」「言葉遣いが乱れてきた」などのマイナスの変化もあります。

 いずれの変化も日頃から相手に関心をもっていなければ、気付くことができません。

 また、気付いたとしても言葉に出さなければ相手にはわかりません。

 プラスでもマイナスでもそれをきちんと伝えることで、相手は「つねに自分のことを気にかけてくれている」という安心感を得ることができます。

(3)成果の評価(承認)

 「成果の評価(承認」)とは相手が成果を上げたときに、それをしっかりと認めることです。

 これは単純に成果を賞賛することとは少しニュアンスが違います。

 このように、成果承認で大切なのは、「成果そのものだけではなく、成果を上げるために努力した点も十分に理解していること」を言葉で伝えることです。

 そのためには「○○の能力がアップした結果だね」「業務設計が優れていたね」といったプロセスも含めて成果承認することが必要です。

 また、相手によっては、「あなたは頑張ったね」という、あなたを主語にした言い方(あなたメッセージ)だけではなく、その結果「私はこう思った」という「私メッセージ」による評価(承認)も効果的です。

 たとえば、「君の頑張りは私も心強いよ」という承認の仕方です。あなたメッセージだけでは、それを相手が素直に受け取らない可能性があっても、私メッセージでは「私自身」の気持ちを素直に表現しているため、相手に伝わりやすいのです。

 コーチングによって好ましい行動が定着してきたら、褒める頻度を減らし、ここぞというときに再び褒めると効果的です。承認によって、良かった点を褒め、相手に好ましい行動を繰り返し行わせ、定着させると、コーチングの効果が生まれます。

 承認スキルを通して、対象者が成長を実感できることで、モチベーションアップや自主性を育むきっかけになります。

 

 コーチングは「コミュニケーション・スキル」ということができます。そのため、コーチングでのコミュニケーションを通して相手の価値観や考え方を理解するために、「聴く」スキルや「質問」のスキル、「承認」のスキルが求められています。

 これらの「聴く」スキルや「質問」のスキル、「承認」のスキルを身につければ、それでコーチングができるようになるかというと、それほど簡単なものではありません。

 コーチングを実施するにあたっては、クライアントとの間に信頼関係を構築しなければなりません。

 コーチングの対象者との間に信頼関係が構築されない限りは、どれほどコーチングのスキルを駆使しても、クライアントは正直な気持ちや本当の状況を語ってはくれないでしょう。

 クライアントとの信頼関係を築くためには、自分以外のメンバーの目標達成について関心を持ち、彼らが目標を達成するためにどのように支援し、どのように力を貸していくのかを真摯に考えるという姿勢、「マインド」を持つことが大切なのです。

 

コーチングの基本ステップ

 以下のステップで、「傾聴」「質問」「評価(承認)」のスキルを活用します。   

1 目標の明確化

 目標の明確化において大切なのは、達成したときの自分の姿をイメージさせることです。

 たとえば、営業マンの受注目標額を設定する際には、たんに「受注目標300万円」で終わらせずに、それを達成したら「営業マン自身がどのような能力を獲得しているか」、「その先にどんな道が開けるか」なども意識させます。

 また、目標を部下に考えさせることで、与えられたノルマではなく、自分自身で決めた目標と認識することができます。

2 現状と問題の把握

 現状把握は「客観的事実そのもの」と「客観的事実をどのように認識しているのか」の2つの視点から行います。

 たとえば、営業マンの受注額が過去3ヵ月間連続して200万円だった場合、その受注額は客観的な事実です。  

 問題はこの金額を営業マンがどのように認識しているかです。

 「十分実力を発揮した結果」と満足している人もいるでしょう。不満だと思っている人のなかには「まだまだ努力不足」と自責と捉えている人もいれば、「顧客に恵まれていない」と言い訳している人もいるはずです。

 これらについて十分に話を聞いて、質問を重ねるなかで事実誤認やたんなる思い込みを修正していきます。

 そして、目標達成のためにどのような能力アップや業務姿勢改善が必要かを気付かせます。

3 行動計画 

 「目標の明確化」と「現状と問題の把握」を踏まえて、目標達成のために実際に何をやるのかを明確にしていくステップです。

 ここでも何をやるのかについて相手自身に気付かせます。

 まずは、相手にできるだけ多くの選択肢を考えさせます。

 過去の自分の成功体験・失敗体験、周囲の優秀な営業マンの事例、営業関連の書籍から仕入れた知識など考える材料はたくさんあります。

 また、それらを組み合わせて、オリジナルの方法を考えることもできます。

ある程度明確になってきたら、それを実際の行動レベルに落とし込んでいきます。

 たとえば、「見込み客数を倍にする」ということになったら、「そのために明日からどのような行動が必要だと思う?」といった質問で、より具体的にしていきます。

 その際には、「アポを何件取る」といった成果ではなく、「アポ取りの電話を何件する」といった、やる意思があれば必ず達成可能な行動を重視します。

4 フォローと振り返り

 実際に行動を起こしているかどうかを確認します。

 もし、まだであれば、その障害となっている要因を再度考えさせます。

 また、行動している場合には、その結果としてどのようなことが起こったか、どのように感じたかについて話を聞きます。

 行動がうまく成果につながっていない場合の失敗要因だけではなく、成果につながった場合の成功要因についても考えさせます。場合によっては、行動計画の一部見直しも必要になるかもしれません。

 フォローと振り返りは、相手の行動そのものを確認・修正するだけではなく、相手に対して「変化承認」、「成果承認」を与えるためにも重要なステップです。

 必ず実施しましょう。

 

 代表的なコーチングの流れは「GROWモデル」と呼ばれています。

 「GROW」はGoal(目標の設定)、Reality(現状の明確化)、Option(行動計画の作成)、Will(意欲の喚起)の頭文字をとったもので、基本的に「G→R→O→Wの順でコーチングのステップを進めていきます。

 まず、最初に目標を設定します。

 業務上の目標であれ、問題解決であれ、メンバーが望む状態を目標として設定することによって、主体的に取り組む姿勢を引き出します。

 次のステップとして、現状を明確にしていきます。

 

 現在の状況が理想とする状況と比べてどのくらい隔たっているのか、または、どのくらい近いのかを明らかにすることによって、目標の達成や問題解決において何が重要なのか、どのような行動計画が必要なのかを把握することができます。

 次に、実際の状況と理想の状況とのギャップから導き出された、問題解決のために必要な行動計画を設定し、実際の行動に移していくための意欲を引き出すようにしていきます。

 これが基本的なGROWモデルのコーチングの流れです。しかし、必ずしもこの流れでコーチングが進むとは限りません。コミュニケーションを取る中で、話の脱線や混同が起きたとしても、会話の自然の流れで出てきたものであれば、その自然の流れを妨げてはいけません。

 自然の流れに任せて会話を進めながら、GROWモデルの各ステップで明確にすべきポイントに注意して、相手の話に耳を傾けることが大切です。

 コーチングとは、目標達成のために、相手の話に耳を傾けながら自主性や主体性を引き出し、相手や自らの変化を促していくコミュニケーション・スキルです。

 単に、部下とのコミュニケーションのスタイルを、指示・命令中心から質問中心のものに変えていくというだけではなく、組織や個人の目標を達成するためのものであることをよく理解しておくべきでしょう。

 コミュニケーションを円滑にしていくためには、相手との信頼関係を構築することが大切です。

 コーチングの対象となるメンバーとの信頼関係を築き、何でも話を聞き出せる環境を作ることが、コーチングが機能するための前提となるのです。

 

コーチングのメリット

行動変容を促す

 コーチングは、対象者の行動変容を促すメリットがあります。行動変容とは、対象者の行動が変わることを意味します。

 コーチィングでは、対象者の主体性を軸に、目標達成に向けて行動し、過程や結果を振り返りながら改善を繰り返します。この一連のサイクルを通して、自己成長が促され、行動変容につながるのです。

 たとえば、目標を達成できなかった時には落ち込むだけではなく、不足していたスキルや知識を見直し、改めて習得して再チャレンジすることが習慣づけば目標が達成でき、対象者の自信にもつながります。そして、自主性も養われていく好循環が生まれます。

上司と部下の信頼関係の構築

 上司と部下の信頼関係を築きやすくなることもコーチングのメリットです。

 仕事において、基本的に部下は上司の指示に従って業務を遂行します。一方、コーチングでは、対等な立場として上司と部下が向き合うことで、業務では見えづらかった部下の考え方や成長に気付くことができます。そして、対話する機会が増えることで、部下も上司が考えを受け止めてくれることで思っていることを素直に話せるようになり、信頼関係が築きやすくなるのです。

 信頼関係が構築されることで、部下はモチベーションを高め、目標達成に向けてより意欲的に取り組むことができます。

社内コミュニケーションの活性化

 組織にとってのコーチングのメリットとして、社内コミュニケーションの活性化が挙げられます。

 コーチングが一方通行ではなく、双方向のコミュニケーションによって成り立つものであり、定期的に実施することで、コーチングの時間以外のコミュニケーションにも好影響が現れます。

 たとえば、自身の考えを積極的に伝えたり、相手の考えに耳を傾けたりする習慣がコーチングを通して根付き、社内のコミュニケーションが活発化することがあります。そして、コミュニケーションが活発になったことで、組織全体の生産性が向上することも期待できるのです。

 

コーチングのデメリット

コーチのスキルで効果が変わる

 コーチングには、専門的なスキルが必要となるため、コーチのスキルによってコーチングの効果が変わるデメリットがあります。

 スキルが不十分な状態で実践しても、想定していた効果が得られないケースがあります。

 たとえば、対象者が話している時にコーチが無表情で聞いていることで、対象者は話を積極的にする意欲が低くなってしまうことがあります。また、コーチがフォローしたいという想いが強すぎるために、対象者の考えを先走って口にしてしまうというケースもあります。

 対象者の自主性は数値として可視化することが難しく、コーチと対象者の相性もあるため、コーチングの効果は一律ではない面があります。そのため、コーチは必要なスキルを習得した上で、コーチングに臨むことが重要となるのです。

一度に多くの対象者にアプローチできない

 コーチングは、コーチと対象者のマンツーマンでの個別アプローチとなり、集合研修では実施できないデメリットがあります。

 コーチングでは、集合研修で一度に多くの対象者へアプローチするという手法が採用できません。対象者一人ひとりの置かれている状況に合わせたアプローチが必要となるのです。

短期間では効果が見えづらい

 コーチングは、短期間では効果が見えづらいデメリットもあります。

 コーチングは、対象者が自主性を養うことが重要なポイントとなっているため、短期間では行動変容が限定的になる傾向があります。継続的に取り組むことで、目標達成への道しるべができ、長期的な視点で対象者が成長することが期待されています。短期間での人材育成には向いていない手法だといえます。

 

 コーチングとは、目標達成のために、相手の話に耳を傾けながら自主性や主体性を引き出し、相手や自らの変化を促していくコミュニケーション・スキルです。

 単に、部下とのコミュニケーションのスタイルを、指示・命令中心から質問中心のものに変えていくというだけではなく、組織や個人の目標を達成するためのものであることをよく理解しておくべきでしょう。

 コミュニケーションを円滑にしていくためには、相手との信頼関係を構築することが大切です。

 コーチングの対象となるメンバーとの信頼関係を築き、何でも話を聞き出せる環境を作ることが、コーチングが機能するための前提となるのです。

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