パワー・ハラスメント
パワー・ハラスメントは、『職場において業務命令権限を背景に、労働者の人格権を侵害する上司の部下に対する不合理な精神的苦痛を与える言動』と定義されています。
セクハラ(セクシャル・ハラスメント)が、性的な言動による一般的に女性労働者に対する職場での人格権の侵害による苦痛を意味するのに対して、パワハラ(パワー・ハラスメント)は、上司が職務上の権限を背景に、言葉や態度による暴力を振るったり、不当な命令を行うことで労働者の人格権の侵害となる心身の苦痛等のため、職場での円満な就労が阻害されることです。
厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ」は平成24年1月30日の第6回円卓会議において、職場のパワー・ハラスメントの行為類型を以下のとおり挙げました。
類 型 |
具体的行為 |
身体的な攻撃 |
暴行・傷害 |
精神的な攻撃 |
脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言 |
人間関係からの切り離し |
隔離・仲間外し・無視 |
過大な要求 |
業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強要、仕事の妨害 |
過小な要求 |
業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと |
個の侵害 |
私的なことに過度に立ち入ること |
苦痛を与える事を主目的としている事が認められたり、人格を否定するような発言をする行為は、パワハラと考えられている。
これらを区別する基準として、次のようなことが考えられる。
1.一定の社会環境内における権力関係がある。(上司と部下、教師と学生など)
2.その権限を利用して、下位のもの(立場上の弱者)に対して継続的に行われる。
3.権限の範囲を超える言動による人権侵害により、不法に精神的・肉体的損害を与える。
4.その結果、心身の衰弱や雇用(職場)環境の悪化や不安が生じる。
パワハラが発生した場合の対応
パワハラに応用した対応について、厚生労働省発表のセクハラ防止指針が参考となります。
1 事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること
・相談窓口の担当者などが相談者、行為者双方からの事実確認を行う。
・各主張に不一致があれば、状況に応じて第三者からの事実関係も聴取する。
2 パワハラが確認された場合、行為者に対する措置及び被害を受けた労働者に対する措置を適切に行うこと
・行為者に対して就業規則に基づく懲戒処分を行う。
・被害者と行為者と引き離すための配置転換を行う。
・状況により行為者の謝罪を行う。
3 パワハラの再発防止に向けた措置を講ずること
・パワハラを行った者について厳正に対処する旨の方針をパンフレットや社内HPなどにより掲載、配布する。
・パワハラ啓発のための研修などを行う。
4 その他
・プライバシー保護のため、相談窓口のマニュアルを作成する。
・相談者や事実関係の確認に協力した者に対し、そのことを理由に不利益な取り扱いをしないことを規定し、労働者に周知・啓発をする。
パワハラの相談方法
社内の相談窓口
パワハラ被害にあったら、必ず会社に報告・相談をするようにしてください。パワハラの解決には周囲の人を巻き込むことが必要です。当事者間で交渉を行うと、かえって問題が悪化する可能性があります。パワハラ解決にあたっては、必ず第三者を間に入れて解決方法を考えていきましょう。
会社側はパワハラの防止措置をする義務があります。近年、会社ではコンプライアンスやハラスメントの相談窓口が設置されつつあります。もしも相談窓口を設けていない場合であっても、総務や人事などでパワハラの相談を受け付けていると思います。パワハラにあったら、まず社内の人にパワハラ被害があったことを報告・相談するようにしましょう。
パワハラをやめさせるには、まず証拠を集める
パワハラ被害を相談・報告する際やパワハラ解決にあたっては、証拠が重要になっていきます。
パワハラの証拠には以下の3つが挙げられます。
・パワハラの音声データ
・パワハラメールなどの画像
・パワハラの被害記録
証拠を残すこと
証拠の集め方には、例えば次のようなものがあります。
・ビデオカメラによる録画
いじめの現場を録画するというのはなかなか難しいと思いますが、例えば朝礼や会議などで上司が部下に日常的にパワーハラスメントを行っている場合などは、職場仲間で協力してビデオ録画を行う事が出来るかもしれません。 映像として残した証拠は、極めて強力な武器になることでしょう。
・ボイスレコーダーによる録音
最近は録音の感度もよく、サイズもコンパクトなボイスレコーダーが沢山発売されています。内ポケットなどに小型のボイスレコーダーを忍ばせておいて、いじめ・嫌がらせの現場を録音して証拠に残しておきましょう。出来るだけ長時間録音できるタイプを選び、操作にも慣れておくことが重要です。ボイスレコーダーは会議などにも活用できますし、音楽プレーヤーと共用できるタイプもあるので、1つは持っておくと便利です。
・メモ・日記による記録
「恨み事を記録するなんて何だか暗いイメージがあるな・・・」という気持ちも解りますが、人間の記憶というのは意外なほど不確かなものです。人に被害を訴える時にも日時・場所や目撃者がはっきりしていれば信憑性が違ってくるでしょう。 メモや日記が裁判の証拠として用いられることもあるのです。
パワハラの中止を会社と直接交渉する
パワハラ被害を相談してもパワハラ問題が解決されなかった場合は、パワハラ行為をやめてもらうように書面で交渉するという方法があります。パワハラの中止を会社と直接交渉するには、ハラスメント差止要求書を会社に送付し書面での交渉を行います。ハラスメント差止要求書は、パワハラ被害の内容をなるべく時系列で詳細に書きましょう。
また、パワハラによって自分が今どんな状態になっているのかも書くようにしてください。パワハラ差止要求書は、内容証明郵便で送ります。内容証明郵便とは、送った文書の内容を郵便局が証明するサービスです。会社とのやりとりの中で「言った・言わない」などのトラブルを防ぐ効果があります。
社外の相談窓口
社内でパワハラを解決することが難しい場合は、社外の相談窓口を利用します。
総合労働相談コーナー(各都道府県労働局)
解雇、雇止め、配置転換、賃金の引下げなどの労働条件のほか、募集・採用、パワーハラスメントなど、労働問題に関するあらゆる分野について、労働者、事業主どちらからの相談でも専門の相談員が面談あるいは電話で受け付けています。また、都道府県労働局では、個別労働紛争について、都道府県労働局長による助言・指導や紛争調整委員会によるあっせんも行っています。
個別労働紛争の斡旋を行っている都道府県労働委員会
職場で労働者と使用者の間で労働条件に関係してトラブルが発生し、当事者間で解決を図ることが困難な場合、労働委員会で解決の手伝いをしています。
法テラス(日本司法支援センター)
お問い合わせの内容に合わせて、解決に役立つ法制度や地方公共団体、弁護士会、司法書士会、消費者団体などの関係機関の相談窓口を、法テラス・コールセンターや全国の法テラス地方事務所にて無料で案内しています。
みんなの人権110番(人権相談ダイヤル)
差別や虐待、パワーハラスメントなど、様々な人権問題についての相談を受け付ける相談電話です。電話は最寄りの法務局・地方法務局につながります。
かいけつサポート
法務大臣の認証を受けて、労働関係紛争について「かいけつサポート」(当事者と利害関係のない公正中立な第三者が当事者の間に入り、話し合いによって柔軟な解決を図るサービス)を行っている民間事業者を紹介しています。
労働基準監督署に相談
パワハラの被害があった場合に労働基準監督署に相談をされる方もいらっしゃるようです。これは個々の事案で異なるので軽々しく効果がある効果が無いと言えませんが、相談件数は膨大ですから、労働基準監督署が動いて是正勧告や指導を行ったり視察に来るのは、よほどの悪質性や被害規模が大きい場合だとお考えになられた方がよいでしょう。
警察に相談
パワハラ被害を受けた場合、警察に相談をしたり被害届を出しても良いのでしょうか? パワハラ被害は刑事告訴することはできますが、よほどの被害やパワハラを超えて脅迫のような場合でないと警察への相談は良い選択とは言えません。警察は基本的には民事不介入で、刑事事件に該当するほどの事案と判断した場合は動いてくれるかと思います。
弁護士に相談
「パワハラ上司を懲らしめてやりたい」「パワハラ上司を野放しにしていた会社に責任を問いたい」「精神的・身体的の慰謝料を請求したい」とお考えの場合は、弁護士に相談しましょう。パワハラで退職に追い込まれたり、精神疾患になったりした場合はパワハラ訴訟によって慰謝料を請求できる可能性があります。ただし、実際に慰謝料を勝ち取ろうと思うと、ある程度の期間その事について時間を取られ、辛い経験を思い出しながら進めていかなければいけません。また、弁護士費用も必要となります。勝ち取った慰謝料と弁護士費用とでよくお考えになってどうすべきかの判断も必要です。ただ金銭の問題ではなく人権、尊厳に関わることだというお気持ちがおありでしたら、徹底的に戦うことも選択肢の一つと思います。
職場のパワーハラスメントの防止
職場のパワーハラスメントの防止については、部下の管理を現場に任せきりにしないことが重要です。
企業としてのガイドラインの作成や、実態調査の実施、相談窓口の開設、啓もう活動や教育研修の実施等の具体的な取組みが求められます。
また、問題が発覚した場合、問題の隠ぺいは最悪の対応となることを肝に銘じて、事態を過小評価せず、調査を公平に行い、解決策を検討、実施していくことが問題の拡大を防ぎ収束につながるものと思われます。
このようなパワハラに関する対策としては、まず相談窓口を作ることが必要です。もちろんこの相談窓口はその適正がある人材を任命しなければ意味がありません。
また、パワハラが起こってしまえば、職場の士気が低下し、労働効率が悪くなります。裁判沙汰にでもなれば、会社の信用問題にも発展してしまいます。もちろんパワハラを受けた従業員は退職していくことでしょう。
このようなことにならないために、まず早めにパワハラを発見し、その原因を経営者が人事の問題も含めて解決していくことが早道と考えます。
・川崎市水道局事件(東京高裁 平15.3.25)
上司ら3名からのいじめ・嫌がらせなどにより、精神的に追い詰められて自殺した職員の事件について、「職員の安全の確保のためには、職務行為それ自体についてのみならず、これと関連して、ほかの職員からもたらされる生命、身体等に対する危険についても、市は具体的状況下で、加害行為を防止するとともに、生命身体等への危険から被害職員の安全を確保して被害発生を防止し、職場における事故を防止すべき注意義務(「安全配慮義務」)がある」と認定されました。
安全配慮義務違反
安全配慮義務とは、「使用者は労働契約に伴い労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」ことです。
危険な作業を安全にできるようにするという対策はもちろんですが、心の部分、つまり、メンタルヘルス対策も使用者の安全配慮義務に含まれると解釈されており、パワハラ対策を行わないことは安全配慮義務違反に該当するということです。
安全配慮義務を怠った場合は債務不履行となり、民法第709条(不法行為責任)、民法第715条(使用者責任)、民法第415条(債務不履行)等を根拠に、使用者に多額の損害賠償を命じる判例が出ています。
事後処理として、会社から被害者に賠償した分の損害賠償を求められる可能性について、故意に会社に損害を与えたケースでない限り、会社に多額の支払をしなければならないケースは少ないでしょうが、ゼロではありません。
不法行為責任の消滅時効は3年ですが、債務不履行責任の消滅時効は10年です。パワハラの事件が発生して10年以内なら、会社に責任を追及することが可能です。
暴力行為によるパワハラは、勿論刑法上の暴行罪や怪我をした場合、傷害罪に該当します。罵詈雑言を不必要に継続して受け続けることによって、心身に支障をきたした場合にも、刑法上の傷害罪に該当する可能性があります。
また、パワーハラスメントを行っている加害者自身が、他の権力者(更に上の役職にある人物など)によって過剰なストレスを与えられていて、その焦りや恐怖心からパワーハラスメントに走る場合もあります。
使用者責任
使用者責任とは、事業をする使用者は、雇っている者が他人に加えた損害を賠償しなければならないとされています。
会社も幹部も法律を知っておくことが大切です。これを知らないと、いつまで経っても加害者意識が持てず、部下を無能扱いしても叱咤激励などと正当化してしまうのです。
職場の中には、教育を逸脱したケース、最近無視されるという事例もあるようですが、それが叱咤激励か教育かは受ける側が決めるものであり、言う側が決めるものではありません。
また、部下が上手に機能していない、組織力がないということを部下の能力の責任にする上司は、「私はマネジメント能力の低い上司です」と言ってるようなものであり、現実から目を背けて責任転嫁しているだけのことです。
業務命令上のものや教育の延長線上の行為との区別が難しいところが問題となります。労働者は、会社が持っている業務命令権に従って合理的な命令である限り、この命令に従う義務が生じます。しかし、その命令が社会通念上相当な範囲を超えて合理的な理由のない過酷な肉体的・精神的な苦痛を伴うものであったり、懲罰や報復など不当な目的で行われたり、いわゆる職場のいじめである場合には違法となります。
違法なパワハラを認識しながら放置した場合や、パワハラを容易に探知できるのに認識しなかった場合、企業の責任を問われる可能性があります。しかし、適切な指導であれば、パワハラとなるものではないと考えます。
パワハラはセクシャルハラスメント(セクハラ)と同じように、人格を不当に侵害したことに対して、精神的苦痛に対する損害に対する賠償、慰謝料を請求することができます。
また、心身に障害を受け病院での治療を余儀なくされた場合には治療に要した費用や通院費、休業した場合や退職を余儀なくされた場合には逸失利益としての賃金相当額を、損害賠償として請求することも可能です。パワハラを受けた労働者が職場環境の改善を求めたにも拘らず、会社が何等の対策を講じなかった結果、労働者が うつ病 などの精神的障害を生じたような場合には、会社に対して安全保障義務を果たさなかったことによる損害賠償請求も可能ではないかと考えられます。
損害賠償請求は、当事者に対しては勿論、使用者責任ということで会社に対しても請求することが可能です。
三田労基署長(R社)事件では、労災が否定されました(東京地判平15.2.12労判848-27)。
本件では、上司が部下の仕事上のミスを叱責したものですが、この行為は日常社会において通常みられることであり、強い負荷があるとまでいえないとされました。本件の概要は、長期に亘って必要以上に部下を非難し続けるような行為はなく、あるミスを叱責しこれには合理性があり、しかも、その後フォローを行うなど、指導と言える範囲のものだと思料します。
パワハラによって、心身に障害を受け病院等にかかった場合、労災認定されることもあります。
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