自助努力の精神

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 現代では国におねだりしている人が多く、「他力」がないなら宗教に入信する必要がないという意見を述べる方も多い。しかし、幸福の科学大川隆法総裁は、三十数年前の新入社員時代、「努力の偉人」ばかりが登場するスマイルズの『自助論』を読み努力を続けたところ、いつか人々の人生の師へと変貌していった。

道は必ず開ける

 大川隆法総裁は、自ら自助努力していく姿勢(「セルフヘルプ」)、つまり「自力」の大切さを強く説いておられます。『現代の自助論を求めて』 サミュエル・スマイルズの霊言のまえがきで、以下のように説かれました。 

「現代では『自助論』を説いても分かってくれる人は少なくなった。むしろ「国は自分のために何をしてくれるか」とおねだりしている人が多くなっており、新聞やテレビの論調もそうした傾向が強い。また当会が、宗教として海外で伝道しても、「自助論」や「縁起の理法」的内容を説くと、「『他力』がないなら宗教に入信する必要がないんじゃないの」といった意見を述べる方が多い。国が面倒を見てくれて、個人は好き勝手に生きられたらよい、といった風潮だ。しかし私自身、今から三十数年前、在家で新入社員を始めた時、朝の五時台に起き出して、朝食前にスマイルズの『西国立志編』(『自助論』の中村正直訳)を、来る日も来る日も読み続けた。そこに次々と現れてくるのは、天才というよりは「努力の偉人」ばかりであった。スマイルズの言葉にウソはなかった。自らの平凡さに悩んでいた私も、いつかしら、人々の人生の師へと変貌していった。道は必ず開けるのだ」

 大川隆法総裁は、『青春に贈る』で以下のように説かれました。

「人生に対する態度を持っておくことが大事だと思います。深いものまではいかなくとも、一定のアティテュード(姿勢)というものを、学生時代に身につけておいたほうがよいのです。一つには、幸福の科学で何度もくり返して教えている「セルフ・ヘルプの精神」、つまり「自助努力の精神」が非常に大事です。自助努力とは、西洋的にいえばセルフ・ヘルプですが、東洋的にいえば、まさしくこれは仏教の「縁起の理法」そのものなのです。なぜならば、「どのような種を播(ま)き、どのように育てるかによって、それぞれの人が手にする結果は異なってくる」というのが縁起の理法だからです。これは、人生の成功・不成功に関して、個人の努力の余地というものを明確に肯定する思想です。単なる運命論や宿命論、環境論などに縛られることなく、みずからの自助努力によって開けていく運命を肯定する思想が、縁起の思想なのです。確かに、魂の立場からいっても、みなさんはそれぞれ、過去・現在・未来という時間を生き抜いている個人であり、過去の何回もの転生が今世にも影響していることは事実ですから、それをまったく否定することはできません。しかし、それは、生れてきた時点で終わっていることです。要は、生れてからあと、自分がどのように自己形成してきたかということが、非常に大事なことなのです。「変わる」ということを前提にして、志を持ちつづけることが、非常に大事なことなのです。「自分というものは、変えていくことができるのだ。人生というものは、切り開いていくことができるのだ」と思って、十年、二十年、三十年と、志を持ちつづけることが大事です。

 そして、総裁は、「『忍耐の法』講義」で以下のように強調されました。

 「今後考えねばならないことは、もう一度、セルフヘルプの精神、自分自身をつくり上げ成長させる精神と、経済繁栄の力を連結させて育てていくことを忘れてはならないということです」

 人はなぜこの世に生まれ、生きるのか。それは、この世とあの世を貫いて魂として成長するためである。それができるには、どんな境遇からでも、自助努力の精神で道を切り開くことが大切になる。

 「努力すれば、幸福だと言える人生に向かって、自分を変え、社会を変え、未来をも変えていける国をつくりたい」という願いがあります。

 学び、教えることを通じて、神様に近づいていく道が用意されているのが幸福の科学の教えであると言える。これも、これからのグローバル・スタンダードかもしれない。

 国家に対して自分は何ができるかを自らに問い、社会に貢献する国民が多くなれば、国家は発展繁栄していきます。

 日本の明るい未来を築いていくためには、国に生活を保障してもらう「もらう側の人間」ではなく、国の発展のために「与える側の人間」が増えていく必要があるのです。

 ところで、二宮尊徳の「勤・倹・譲」の徳目は、欧米的な文脈で言えば「セルフ・ヘルプの精神」ということになるが、それだけでは十分ではない。

 大川隆法総裁は「未来への羅針盤」で以下のように説かれてました。

 「でも本当は、セルフ・ヘルプで止まってはいけないのです。そこから、公共心を持って、他の人たちを発展させ、押し上げていく努力をするように、自己成長を目指さないといけません。『セルフ・ヘルプから、さらにもう一段偉大な自己となって、周りの人たちを助けられる自分になりましょう』というところまで押していかないといけないのです」

 もちろんキリスト教圏には、カーネギーやロックフェラーらが「稼いだお金を世の中にどう還元するか」を人生の一つの目標にしたように、富裕層に根づいた寄付文化がある。ただ、ドラッカーが強調したように、「自らを発展させる力を高める」教育の機能については、十分ではない。その意味で、人々を「勤・倹・譲」を身につけた人間に成長するよう教え導く尊徳の「心田開発」のような考え方が、これからの国家のあり方や資本主義のグローバル・スタンダードになるのかもしれない。

 大川隆法総裁は、法話「宗教のかたちについて」で、幸福の科学の教えの特徴をキリスト教的な他力信仰が強い「猫型」、仏教のように自力と他力の両方が組み合わさる「猿型」と比較しながら解説されました。

 「幸福の科学では、この世での成功の仕方、えさの獲り方も教えています。無常、苦、無我から、ただただ避難し、逃れるだけではなく、えさを獲っていく道、この世において積極的に生きていく道も教えているということです。そういう隼的な訓練もしているのです」

 「幸福の科学では、猫型、猿型だけではない、隼型の、獲物を獲りつつ生きていく道も教えています。これは、『現代において、この世での人間の使命を最大限に果たすためには、どうすればよいか。他の仲間たちを幸福にしていくために、どれだけのことができるか』という思想です。そうした繁栄の思想が入っているところに、幸福の科学の特徴の一つがあると言えます

 幸福の科学の説く教えはあの世とこの世を貫く幸福であり、霊界思想が強く出ている一方で、「この世でいかによりよく生きるか」という「発展・繁栄の法」も強いのが特徴である。「この世でどう成功するか」を教えるという意味では、尊徳の「心田開発」や、ドラッカーの「人間を変え、自らを発展させる力を高める」役割に極めて近い。幸福の科学の場合、さらにその先の高みを目指している。

 「人生の羅針盤」で、大川隆法総裁は、「一定の智慧を得たならば、あの世で神様になるのです」「智慧ある人は、いろいろな人を教えられるので、神様になるのです」と語られた。

 学び、教えることを通じて、神様に近づいていく道が用意されているのが、幸福の科学の教えであると言える。これもまた、これからのグローバル・スタンダードかもしれない。

 国家に対して自分は何ができるかを自らに問い、社会に貢献する国民が多くなれば、国家は発展繁栄していきます。

 日本の明るい未来を築いていくためには、国に生活を保障してもらう「もらう側の人間」ではなく、国の発展のために「与える側の人間」が増えていく必要があるのです。

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