労働条件の不利益変更

 労働契約で定められていた給与等の労働条件を、使用者が労働者にとって不利益な方向に変更することを「労働条件の不利益変更」といいます。

 労働条件は契約当事者の合意、すなわち当該労働契約の内容により決定され、その変更も当事者の合意によることが原則です。

 労働者に不利益な変更をしようとする場合には、変更の内容、理由、必要性につき十分に労働者に対して説明し、納得、同意を得た上で実施することが必要です。

 会社が一方的に労働条件を不利益に変更することはできません。同意を得ないで行った労働条件の変更は無効となりえます。

 秋北バス事件(最高裁判決 昭43.12.25)では、「新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは、原則として許されない」とされました。

・みちのく銀行事件(最高裁平成12年9月7日第一小法廷判決)
 一部の労働者のみに大きな不利益が生じる就業規則の変更による労働条件の変更事案について、就業規則の変更の合理性を否定したもの。労働契約法の、就業規則の変更の効力に関して基本となる判例です。秋北バス事件を踏襲しています。

 従業員の73%が加入している労働組合の同意を得て行われた賃金制度が見直され、特定の労働者が管理職の肩書きを失い、賃金を減額された事件で、第四銀行事件までの最高裁判例を踏襲し、就業規則の変更は合理的なものということはできず、就業規則等変更のうち、賃金減額の効果を有する部分は不利益を受ける労働者らにその効果を及ぼすことはできないとしました。

 労働条件の変更が労働者にとって不利益になる場合は、使用者が労働者と合意することなく、労働条件の不利益変更になる就業規則の変更をしてはならないというのが原則となります。それ以降は、この処理基準をより精緻なものにする方向で判例法理が発展してきました。この判例法理を体系的な立法規定に結実させた規定が労働契約法9条です。Fotolia_66318669_XS

 ならば、労働者との間で合意に達しない場合に、就業規則の変更によって労働者の不利益に労働条件を変更することができないのでしょうか。

 就業規則の変更の必要性、内容の相当性、労働組合との交渉など、合理的なものであるときは、使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、不利益変更も可能になるとしています。労働契約法10条では、9条で定められている合意原則の例外を認めました。

 その合理性とは、就業規則の改正の「必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性」とされています。特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、その定めが、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるとしました(大曲市農業協同組合事件 最高裁 昭63.2.16)。

 さらに、その合理性の有無の判断は、これまでに集積された判例から、「使用者側の変更の必要性」「労働者の受ける不利益性」との総合判断であるとされ、その要素としては、次の7つの要素を総合考慮して判断すべきとしました(第四銀行事件 最高裁 平9.2.28)。

  ① 就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度
 ② 使用者側の変更の必要性の内容・程度
 ③ 変更後の就業規則の内容自体の相当性
 ④ 代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況
 ⑤ 労働組合等との交渉の経緯
 ⑥ 他の労働組合又は他の従業員の対応
 ⑦ 同種事項に関する我が国社会における一般的状況
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労働契約法
第9条(就業規則による労働契約の内容の変更)
 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。 

第10条(就業規則による労働契約の不利益変更ができる要件)
 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。

 就業規則の不利益変更の場合、それが従業員を拘束するか否かのポイントは「合理性」の判断にあるということになります。

 就業規則の不利益変更の合理性の判断について、他の最高裁の判断の代表的なものを載せます。

(1) 就業規則変更の「合理性」を肯定した裁判例

第一小型ハイヤー事件(最高裁 平4.7.13)
 
就業規則による賃金の計算方法の変更につき、新計算方法に基づき支給された賃金が全体として従前より減少しているならば、合理性は容易に認めがたいが、減少していないならば、従業員の利益をも適正に反映しているものである限り、その合理性を肯認することができるとした。

大曲市農協事件 最高裁第3小(昭和63・2・16)
 大曲市農業協同組合事件(昭和63年 最高裁第三小法廷判決)  就業規則の変更により、退職金の支給倍率の低減が行われたが、給与調整により、ほぼ同額の給与の増額が行われており、さらに休日・休暇、諸手当、旅費等で有利な取扱いがなされ、定年も延長されていた。

函館信用金庫事件(最高裁 平12.2.28) 
 
就業規則の変更により、完全週休2日制導入と1日25分の労働時間増を行ったことにつき、平日の労働時間を延長する必要性、変更後の労働時間も必ずしも長時間でないことから合理性が認められた。

羽後銀行(北都銀行)事件(最高裁 平12.9.12)
 就業規則の変更により、完全週休2日制の導入と1日の労働時間増(年95日の特定日は1時間、その他は10分)を行ったことにつき、平日の労働時間延長の必要性、変更後の労働時間も必ずしも長時間でないことから合理性が認められた。

・県南交通事件 (東京高裁 平15.2.6)
 
就業規則の変更により、年功給の廃止とそれに代わる奨励給の創設、月例給への一本化及び賞与の廃止を行ったことにつき、経営上の必要性、不利益を補う代償措置、労働生産に比例した公平で合理的な賃金の実現、組合との交渉から合理性が認められた

第四銀行事件 最高裁第2小(平成9・2・28)
 賃金の減額を伴う55歳から60歳への定年延長を定めた就業規則の変更につき、定年延長の必要性、延長による労働条件の改善、福利厚生制度等の適用延長等の不利益緩和の措置、労働組合の労働協約締結の結果行われたことから合理性が認められた。就業規則の変更の合理性の有無は、具体的には、労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきであるとした。
 

(2) 就業規則変更の「合理性」を否定した裁判例

御國ハイヤー事件(最高裁 昭58.7.15)
 
就業規則である退職金規定の不利益変更につき、代償となる労働条件を何ら提供せず、不利益を是認させるような特別の事情も認められないので、合理性が認められなかった。

朝日海上火災保険事件(最高裁 平8.3.26)
 
就業規則による63歳から57歳までの定年年齢の引き下げと同時に行われた退職金の基準支給率の引き下げにつき、退職金支給率の引き下げには必要性が認められたが、定年年齢の引き下げによって退職することとなった労働者の退職金を引き下げるほどの合理性を有するとは認められなかった。

アーク証券事件(東京地裁 平8.12.11)
 
就業規則の変更により、変動賃金制(能力評価制)を導入したことにつき、一般的な制度として見る限り、不合理な制度であるとはいえないが、代償措置等が採られておらず、変動賃金制(能力評価制)を導入しなければ企業存亡の危機にある等の高度の必要性がなかったので、合理性が否定された。

みちのく銀行事件(最高裁 平12.9.7)
 
就業規則の変更により、55歳以上の行員の賃金削減を行ったことについて、多数労働組合の同意を得ていたが、高年層の行員に対しては、専ら大きな不利益のみを与えるものであり、救済ないし緩和措置の効果が不十分であったため、合理性が認められなかった。
就業規則の変更により一方的に不利益を受ける労働者については、不利益性を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な救済を併せ図るべきであり、それがないままに労働者に大きな不利益のみを受忍させることには、相当性がないとした。

 

 個別労働契約においては、使用者による賃金の一方的引下げや不利益な配置転換命令、職位や役職を引き下げる降職、職能資格等級の引下げ(降格)にともなう賃金引下げ、変更解約告知による賃金引下げなどが問題とされます。

 ここでは、労働条件の不利益変更についてケースごとにみていきます。

 

○給与の見直し

 給与の改定は、就業規則に基づいて行うもので、就業規則の定めが、例えば「会社は、毎年1回4月に社員の給与の見直しを行うことがある」のように、昇給、据え置き、降給、いずれのパターンも想定した定め方とされている場合には、特別な問題はありません。この場合には、業績不振のため、今年は、全員の日給額を据え置く旨を従業員に通知するだけでもよいでしょう。しかし、「昇給は、毎年1回、4月に行う」などと、昇給することを前提とした定め方をしている場合は、就業規則違反となる可能性があります。

就業規則規定例
第○条 (賃 金)
  ・・・ 
 会社は、社会・経済情勢の変化、または第○条に定める業務内容の変更等による賃金の見直しを行う必要があると認めた場合は、従業員の賃金の昇給または降給等の改定を行うことがある。

(裁判例)

みちのく銀行事件(最高裁 平成12.9.7)

 「企業経営上、賃金水準切下げの差し迫った必要性があるのであれば、各層の行員に応分の負担を負わせるのが通常である」とされ、全従業員について賃金原資を一定割合での一律減額する場合の方が合理性は認められ易いと言えます。Fotolia_87820311_XS

 

配置転換命令

 労働契約は、労働者がその労働力の使用を包括的に使用者に委ねることを内容とするものであり、個々の具体的労働を直接約定するものではないから、使用者は労働者が給付すべき労働の種類、態様、場所等について、これを決定する権限を有するものであり、従って、使用者が業務上の必要から労働者に配置転換なり、転勤を命ずることは原則として許されるとしています

三楽オーシャン事件(熊本地裁八代支部判決 昭42.7.12) ほか)

 配転命令が有効とされるには、当該配転命令が権利濫用にあたらないことす。

 当該配転命令の有効性は、次の基準に従って判断されることになります(東亜ペイント事件 最高裁 昭61.7.14)。

・当該人員配置の変更を行う業務上の必要性の有無
・人員選択の合理性
・配転命令が他の不当な動機・目的(嫌がらせによる退職強要など)をもってなされているか否か
・当該配転命令が、従業員に通常に甘受すべき程度を著しく超えるような不利益を与えるものか否か
・その他上記要素に準じるような特段の事情の有無(配転をめぐる経緯、配転の手続など)

 配置転換命令に労働契約上の根拠があったとしても、労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合は、権利の濫用として無効であるとされています。

 労働者の不利益を図る基準としては、次のようなものが考えられます(名古屋港水族館事件 名古屋地裁 平15.6.20)。
・賃金の減少や労働時間の延長、勤務場所の変更など、労働条件それ自体の不利益性
・通勤時間の増加や、配転後の職場で未習熟の業務分野への適応を要求されることなど、労働条件に密接に関連する事項についての不利益性
・労働者・労働者自身や同居の家族の健康の保持、未成熟の子弟の養育など社会生活上の不利益

 ビジネス・複数

(配置転換命令に関する裁判例)

・国鉄仙台鉄道管理局事件 仙台地裁 昭和44.2.24
・女子学院事件 東京地裁 昭和54.3.30
・セーラー万年筆事件 東京地裁 昭和54.12.11
・キノ・メレスグリオ事件 東京高裁 平成12.11.29 東京地裁 平成9.1.27
・新日本製鐵(総合技術センター)控訴事件 福岡高裁 平成13.8.21
・西日本電信電話事件 大阪地裁 平成15.4.7
・名古屋港水族館事件 名古屋地裁 平成15.6.20
・富士霊園事件 東京地裁 平成15.7.14
・太平洋セメントほか事件 東京地裁 平成17.2.25
・マニュライフ生命保険事件 東京地裁 平成17.6.24
・菅原学園事件 さいたま地裁川越支部 平成17.6.30

 

○配転による業務の変更を理由とする減給

 業務・職種等に伴う賃金・処遇の差異が明確に規定されていることが前提です。配転命令自体が無効とされる場合には、この方法による減額は困難となります。

 (裁判例)

ドナルドソン青梅工場事件東京地裁八王子支部判決 平15.10.30)

 就業規則に異動に伴う賃金の減額措置が定められていても、配転に伴う給与の減額が有効となるためには、配転による仕事の内容の変化と給与の減額の程度とが、合理的な関連性を有していなければならないとされています

 デイエフアイ西友(ウェルセーブ)事件(東京地裁 平9.1.24)

 配転にともなって賃金が引き下げられることがあるが、配転と賃金とは別個の問題であって、法的には相互に関連していないとして、より低額な賃金が相当であるような職種への配転を命じた場合でも、使用者は特段の事情のないかぎり、賃金については従前のままとすべき契約上の義務を負うとしました。

 

○配転としての降格

 裁判例は、その具体的判断において降格が労働条件の改悪となることが多いことから、慎重な判断を示すものが多いようです。

 人事権の行使は、基本的に使用者の経営上の裁量判断に属し、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用に当たると認められない限り違法とは言えないとしています。

 その裁量判断を逸脱しているか否かを判断するに当たっては、使用者側における業務上の必要性の有無、及びその程度、能力・適性の欠如等の労働者側における帰責性の有無、及びその程度、労働者の受ける不利益の性質及びその程度、当該企業における昇進・降格の運用状況等の諸事情を総合考慮するとしています。

 (降格が有効とされた裁判例)

・エクイタブル生命保険事件(東京地裁 平2.4.27)
 
営業所長を営業所の成績不振を理由に営業社員への降格と懲戒解雇が有効とされた。

星電社事件(神戸地裁 平3.3.14)
 
降格処分は、使用者の人事権の裁量的行為であり、就業規則等に根拠を有する懲戒処分には当らないとした上で、勤務成績不良(飲酒運転による免許停止、商品事故の報告怠慢、酒気を帯びて就労したこと等)を理由として部長の一般職への降格が有効とされました。

・全日本スパー本部事件(東京地裁 平成14.11.26)

・日本プラントメンテナンス協会事件(東京地裁 平成15.6.30)
 

(降格が無効とされた裁判例)

 ・バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件(東京地裁 平7.12.4)
 
課長職から降格した事例で、課長職から課長補佐職相当職への降格は、使用者の人事権の濫用とは言えないが、この降格後の総務課(受付業務担当)への配転は違法とされました。この降格は、勤続33年に及び課長まで経験した者に相応しい職務であるとは到底いえず、元管理職をこのような職務に就かせ、働きがいを失わせるとともに、行内外の人々の衆目にさらし、違和感を抱かせ、職場で孤立させ、勤労意欲を失わせ、やがて退職に追いやる意図をもってなされたもので、不法行為に当たるとして、慰謝料100万円が認められました。

・デイエフアイ西友事件 東京地判平9.1.24 
 バイヤーからアシスタントバイヤーへの降格に関する事例で、職種が一定のレベルのものに限定された労働者を不適格性を理由により低いレベルのものに引き下げる降格はできないとされた。

医療法人財団東京厚生会事件 東京地判平9.11.18 
 
婦長から平看護婦への二段階の降格につき、業務上の必要性があるとは言えず、降格がその裁量の範囲を逸脱した違法・無効なものとされた。(この判決は、使用者が違法な降格をしたことによって労務の受領を拒絶した場合でも、労働者は少なくとも労務の提供の準備をすることを要するとしています。)

・北海道厚生農協連合会事件(釧路地裁 平9.3.24)

・シャチ殖産事件(大阪地裁 平11.12.17)

・ハネウェルジャパン事件(東京高裁 平成17.1.19)

 

○懲戒処分としての配転命令・降格

 人員の適正配置という観点からの配転命令とは別に、懲戒処分の業務停止に絡めて、停止期間中の一時的な配転命令がなされることがあります。懲戒処分の一環としての配転命令の有効性を検討する際には、人事権の行使としての配転命令の有効性とは異なる観点から検討する必要があります。

一般に懲戒権の行使については、
 ・懲戒権について就業規則に規定されていること
 ・就業規則上の懲戒事由に該当すること
 ・懲戒処分が実質的にも手続き的にも社会通念上相当であること
が必要とされていますので、懲戒処分の一環としての配転命令の有効性を確認する際にも、これらの要件が充足されているか否かを確認することになります。

 懲戒処分としての降格については、相当性の原則等の一般的な懲戒処分の有効要件が問われることになります。

(裁判例)

ダイハツ工業事件 最二小判昭58.9.16 
 使用者の懲戒権の行使が客観的に合理的な理由を欠き、又は社会通念上相当として是認し得ない場合には懲戒権の濫用として無効とされる、としています。。  

倉田学園事件(高松地裁 平成1.5.25)
 
懲戒処分としての降職につき、労働契約の枠内での処分の可否という限界を示す事例となっています。ここでは、満60歳に達するまでの終身雇用が予定されている私立高等学校・中学校の教諭らに対して、懲戒権の行使として、雇用期間を1年の常勤又は非常勤講師への降格処分が、その処分前後の雇用形態の差異に照らし、労働契約内容の変更に留まるものとみることは困難として、許されないとされました。判旨は、就業規則に定められた事項のうち労働契約を規律する事項は、労働契約によって定めうる事項、すなわち労働契約の内容となりうる事項に限られるというべきところ、使用者は、懲戒権を行使する等一定の場合に、雇用の同一性を失わない範囲内で労働者の職務内容を一方的に変更しうることを就業規則に規定することは可能であるが、それをこえて当該労働契約を社会通念上全く別個のものに変更しうるということを就業規則に定めたとしても、そのような事項は、新たな契約の締結とみるほかなく、当該労働契約の内容となりえないものであるから労働契約を規律するものとはなりえないというべきであるとしています。

・バンダイ事件(東京地裁 平成15.9.16)

星電社事件 神戸地判 平3.3.14 
 
降格処分は、使用者の人事権の裁量的行為であり、就業規則等に根拠を有する懲戒処分には当らないとした上で、勤務成績不良(飲酒運転による免許停止、商品事故の報告怠慢、酒気を帯びて就労したこと等)を理由として部長の一般職への降格が有効とされました。

 なお、懲戒処分としての減給については、趣を異にしているものです。

 就業規則上の懲戒規定にそれをなしうる旨を定めておく必要があります。規定がある場合でも、労働基準法第91条により、「1回の減給額が平均賃金の1日分の半額を超えてはならず、かつ、一賃金支払期における総額がその期における賃金総額の10分の1を超えてはならない」という制限があります。

 

○職能資格等級を引き下げる降格

 職能資格等級を引き下げる降格によって、賃金が引き下げられる場合があります。

 職能資格制度のもとでは、職能資格等級は職務遂行能力の到達レベルをあらわしており、いったん到達した職務遂行能力の認定を引き下げる降格は本来予定されていないものです。このことから、降格は労働者との合意または就業規則などによる明確な根拠と相当の理由のないかぎり、行うことができないとされています。

 一般論としては、人事権の行使は、基本的に使用者の経営上の裁量判断に属し、社会通念上著しく妥当性を欠き、権利の濫用に当たると認められない限り、違法とは言えないとし(医療法人財団東京厚生会事件 東京地判 平9.11.18)そ裁量判断を逸脱しているか否かを判断するに当たっては、使用者側における業務上の必要性の有無及びその程度、能力・適性の欠如等の労働者側における帰責性の有無及びその程度、労働者の受ける不利益の性質及びその程度、当該企業における昇進・降格の運用状況等の事情を総合考慮するとしています。

裁判例)

アーク証券事件(東京地裁 平成8.12.11)
 職務内容につき変更がないにもかかわらず実施された職能資格・等級の見直しに伴う給与の号俸等の格下げ措置につき、右措置の実施のためには就業規則等に基づく明確な根拠を必要とされるところ、会社にはそれらがなく、また、減給を定めた新就業規則上の規定の拘束力については不利益変更の高度の必要性が要求されるが、被告会社によるその点に関する主張・疎明がないとして、降格・減給措置は効力がないとされています。

・ノイズ研究所事件 東京高判平成18.6.22 
 
従業員の賃金制度が、 いわゆる職能資格制度に基づき職能給を支給する年功序列型の従前の賃金制度から、職務の等級の格付けを行ってこれに基づき職務給を支給することとし、人事評価次第で昇格も降格もあり得ることとする成果主義に立つ新たな賃金制度に変更した就業規則の効力につき、合理性があると判断し、会社が従業員らに対して行った人事評価について裁量権の逸脱や濫用したことを認めることはできないとしました。成果主義型の賃金制度への変更も、十分な合理性を備え、従業員に対しても入念な配慮を行っているような場合には就業規則による年功型から成果主義的賃金制度の変更も全く認められないわけではないということです。

 

○能力・成果主義的賃金制度の導入により賃金の減額の可能性がある場合

 能力・成果主義的賃金制度は、賃金の変動可能性を定めるもので、ただちに賃金を引き下げるものではありませんが、当該賃金制度変更は不利益変更にあたるのか、そして、判例法理の合理性判断枠組みをそのままあてはめるべきかという問題が提起されます。

 不利益変更該当性についてみると、第一小型ハイヤー事件(最高裁 平4.7.13)では、変更によって現実に不利益が生じるかどうかを問わず、不利益が生じる可能性がある変更は不利益変更であるとされて判例法理が適用されました。

 賃金の減額可能性のある能力・成果主義的賃金制度の導入は、不利益変更に該当し、合理性判断が行われることになります。

 (裁判例)

県南交通事件 東京高裁 平15.2.6

 年功給を廃止し、歩合給として新たに奨励給制度を定める就業規則の変更の有効性が争われた裁判例。

 年功給の賃金総額に占める割合が増加し、他の賃金が十分に支払えなくなっていたことに加え、歩合給制度は労働者の意欲を高め、新規採用が円滑化したことなどにより、歩合給の導入は経営体制の強化に資するものであるとされ、変更に高度の必要性が認められるとされています。

 新設された成果給が従来の年功給の代替措置にあたり、これが合理的な制度であると判断されたことは、公正な制度設計がなされたということになること、また、労働組合との交渉経緯や他の従業員が変更に賛成・同意するなどの適正な手続が行われたことは、説明責任が果たされたとして、就業規則の変更による合理性が認められました。

 

○役職定年制による高年齢層の賃金の引き下げ

  役職定年制は、能力の低下を理由とする役職離脱ではなく、役職ポストの世代交代を円滑に行うのが主たる目的です。

 賃金減額は、役職を離脱したという点についてのみ行うべきであり、能力を基準とした職能給を減額するのは不合理と言えます。  基本給に職務給を採用している場合は、役職離脱に伴い配置される職務の等級が下がるのですから、その減額には合理性があります。

 ただし、ライン職制から外れても、従前の役職と同等の職務に移行するのであれば、職務給の減額は不合理です。

(参考判例)
 ・みちのく銀行事件高裁判決 仙台高判平8.4.24
 ・函館信用金庫事件 最判 平成12.9.12 
 ・羽後銀行事件 最判 平成12.9.22

 

○変更解約告知によるもの

 変更解約告知とは、従来の労働契約の解消と新たな労働契約の締結の申し込みを同時に行うことで、労働条件変更のための手段として用いられる解約告知のことをいいます。

 変更解約告知の方法としては、以下の2つがあります。
(1) 労働契約内容の変更の申し入れとともに、労働者の承諾を解除条件または労働者の拒否を停止条件として解約告知を行うもの)
(2) 解約告知と同時に、あわせてその告知期間経過後に変更された条件で労働契約を継続する申し込みをするもの

 スカンジナビア航空事件(東京地裁 平7.4.13)において、使用者による一方的な労働条件の切り下げについて、「変更解約告知」という考え方が示されました。

 この事件では会社の申出を承諾しなかった労働者が解雇されましたが、裁判所は、
 (1) 労働条件の変更が会社業務の運営にとって必要不可欠であり、
 (2) その必要性が労働者の受ける不利益を上回っていて、
 (3) 新契約に応じない場合労働者の解雇がやむを得ないと認められ、かつ、
 (4) 解雇を回避するための努力が十分に尽くされているとき
は、新契約の締結申し入れに応じない労働者を解雇することができる旨判示し、労働条件の変更提案に合理性があれば、解雇も有効となるという判断を示しました。

 しかし、その実質は整理解雇にほかならないとして、整理解雇の4要件により判断され、これによらずになされた解雇は有効性を疑わせますので要注意です。

・日本ヒルトン事件 東京高裁 平成14年
 
労働条件の変更に合理的理由の認められる限り、変更後の条件による会社の雇用契約更新の申込みは有効であり、労働者らの異議留保付承諾の回答は、申込みを拒絶したものといわざるを得ず、雇止めには社会通念上相当と認められる合理的な理由が認められるとした。

変更解約告知を認めなかった判例

・日本オリーブ(解雇仮処分)事件 名古屋地裁 平成15.2.5
 
コース選択制導入により賃金が半額近くになるとして新賃金制度に同意しなかった従業員が解雇通告された。この従業員は就業規則の変更に不同意であるとして本訴請求を行ったが、新たな就業規則に異議をとどめて通常業務に従事しておい、具体的問題が発生しているわけではないから、就業規則の「やむをえない業務上の都合」に相当する解雇事由があるとはいえないとされ、解雇無効の仮処分が出された。

・鴻池運送事件 大阪地裁 平成6.4.19
 
労働者が賃金制度の改定に応じなかったことを主たる理由として解雇されたが、このことは直ちに解雇理由とはなりえない。

・大阪労働衛生センター第一病院(心療内科)事件 大阪高裁 平成11. 大阪地裁 平成10.8.31
一審判決 週3日勤務の病院職員に対して、常勤となるか、他のパート職員並の労働条件引き下げ(ベア・定昇ストップ・一時金半額)を提案し、これに応じないことを理由として解雇したこと は、解雇権濫用にあたる。

二審判決 我が国においては、労働条件の変更ないし解雇に変更解約告知という独自の類型を設けることは相当でなく、解雇の意思表示が使用者の経済的必要性を主とするものである以上、その実質は整理解雇にほかならないのであるから、整理解雇と同様の厳格な要件が必要であるとしました。

 

○退職金の不利益変更

 退職金の法的性格を賃金と解する限り、労働基準法上の保護を受けるため、使用者が退職金に関する就業規則を変更し、従来の基準より低い基準を定めることを認め、その効力が全労働者に及ぶとすれば、既往の労働の対償である賃金について使用者の一方的な減額を肯定することになるため、このような変更はたとえ使用者側の経営不振等の事情がある場合でも、労働基準法の趣旨に反し合理的なものであるとみることはできません。
 このような退職金規定の変更は、少なくとも変更前より雇用されていた労働者に対しては、その同意がない以上、その効力が及ばないものと解したほうがよいでしょう。よって、変更の必要性とこれにより生じる不利益の程度等を慎重に判断の上、必要な代償措置や不利益緩和措置、経過措置等も併せて検討し、労働者の多数が納得できるような方策を講ずるのがよいでしょう。

 退職金規定を守るためのあらゆる努力を既に行い、これ以上は解雇以外に考えられないという状況においては、従業員の同意を条件に退職金規定の変更もやむを得ないと解されます。

 さらに、退職金制度を廃止するという段階になった場合、労働者の理解を得ることが重要になります。そのためには、社会通念上妥当とされる理由と何らかの代替措置と、労働者全員と粘り強く協議することが必要になります。

 退職金制度の廃止に社会通念上妥当とされるほどの、やむを得ない相当の理由があれば、労使間で十分な時間を掛けて話し合いの場を持ち、労働者の個別の同意を得て廃止することは可能です。

(裁判例)
 
御国ハイヤー事件 最高裁 昭58.7.15
 ・大曲市農協事件 最高裁 昭60.2.16

 

○解雇権の濫用

 解雇は経営者の都合で自由に行うことが出来るのでしょうか?

 民法627条によると、期間の定めのない雇用契約は、使用者労働者双方とも自由に雇用契約の解約の申し入れをすることができることになります。民法の契約自由の原則からは、自由に出来そうですが、判例上は、「客観的で合理的な理由がない」解雇権の濫用として、解雇が無効になります。これを『解雇権濫用の法理』と呼んでいます。

 平成16年1月1日に労働基準法が改正され「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする」(労働基準法第18条の2)と規定されました。のちに労働契約法第16条に定められるようになりました。

 この規定は、これまでに多数の裁判例で確立されていた解雇権濫用法理を、法律上明定したものです(高知放送事件(従業員地位確認請求 最高裁 昭52.1.31) ほか)。

 解雇には幾重にも制限が加えられ、簡単に使用者が労働者を解雇する事はできないということになります。

(裁判例)
 ・富士霊園事件(東京地裁 平15.7.14)

 担当業務を交代する人事異動を拒否した総務部長及び業務部長に対する解雇は、原告らの地位、行為の態様、被告の業務運営への影響、事後の対応などに照らすと、就業規則所定の解雇事由があり、解雇権の濫用にはあたらない。

 

(判例)

キョーイクソフト事件 東京地裁八王子支部判決(平成14年6月17日)
三陽物産事件 東京地方裁判所(平成6年6月16日)
全国信用不動産事件 東京地裁判決(平成14年3月29日)
タケダシステム事件 最高裁第2小(昭和58・11・25)
津軽三年味噌事件 東京地裁判決(昭和61年1月27日)
帝全交通事件 東京地裁判決(昭和43年2月28日)
ハクスイテック事件 大阪地裁判決(平成12年2月28日)
八王子信用金庫事件 東京地裁八王子支部判決(平成12年6月28日)
都タクシー事件 京都地裁判決(昭和49年6月20日)

 

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