アルコール依存症

 アルコールは、少量であれば社交の場で緊張をほぐして潤滑油のようになってくれたり、お祝いの席を盛り上げたり、沈んだ気持ちを楽にしてくれるなどの効用がみられます。しかし、慢性的な飲酒は精神的にも身体的にも依存を形成することが知られています。

 「毎日の飲むことは気になるけどやめられない」「仕事帰りにいつも飲んで帰る」「飲まないと寝付けない」「健康診断で注意されたけど、つい飲んでしまう」などと感じていらっしゃる方は、依存症に要注意です。国際疾病分類第10版(ICD-10)のアルコール依存症の基準に合致する人は109万人と推計されており、決して珍しい病気ではありません。

 アルコール依存症の形成には、アルコールに対して弱い・強い(アルコールに弱い体質の方は少量のアルコールで顔が赤くなります)を決めるアルコールを代謝する酵素の遺伝子型を含めた遺伝の他、養育環境、家族のアルコールへの態度などさまざまな要因が関与します。親しい人との離別、失職などの強いストレスや退職なども依存症を形成する多量飲酒のきっかけになります。また、うつ病、不安障害、不眠、摂食障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)といった病気の人はいわゆる自己治療としてアルコールを利用することがあり、依存症の形成につながることがあります。

 アルコールが引き起こす基本的な問題は以下の3種類です。
・大量に飲んだ直後の特定の時間に現れるもの(中毒、過量摂取)
・定期的に大量飲酒する人で長期間にわたり現れるもの
・長期間大量に飲酒していたものを突然やめたときに現れるもの(離脱症状)

 

即時作用

 アルコールは、体内で処理(代謝)されて体外に排出される速度よりも吸収される速度が速いため、ほぼ即時に作用が現れます。血中アルコール濃度が急激に上昇し、飲酒の影響が数分で現れます。

 影響は人により大きく異なります。たとえば、定期的に(1日2杯以上)飲む人では、普段は飲まないか付き合いでのみ飲む人に比べると、同じ量のアルコールによる影響が小さく、寛容性といわれる現象がみられます。アルコールに対して寛容性が現れた人では、バルビツール酸系薬やベンゾジアゼピン系薬など脳機能を低下させる他の薬に対しても寛容性を示すことがあります。

 作用は、血中アルコール濃度によりさまざまです(血中アルコール濃度は通常1デシリットル[10分の1リットル]あたりのミリグラム数[mg/dl]で表されます)。ある症状が発現する実際の血中濃度は寛容性により大きく異なりますが、寛容性が現れていない一般的な飲酒者では、中等度から重度の中毒では嘔吐がよくみられます。非常に眠くなるため、吐物が肺に入り(誤嚥)、肺炎を起こし死亡する場合もあります。大量の飲酒により低血圧や低血糖を引き起こす可能性もあります。

 飲酒常習者では特定の血中濃度でも作用が異なります。多くは影響がないようで、比較的高濃度(300~400 mg/dl)でも正常に機能しているようにみえます。

 

長期間作用

 長期間にわたる大量の飲酒は、体内の多くの器官、特に肝臓を損傷します(アルコール性肝疾患)。適切な食事を摂らないため、重度のビタミン欠乏症やその他の栄養不足も現れます。

 

アルコール依存症の症状

1.自分の意志で飲酒のコントロールが出来なくなる  

 アルコール依存症の人も、何とかして適量のアルコールで済ませておこう、あるいは今日は飲まずにいようかと考えていることが多い。過剰な飲酒がもたらすさまざまな有害な結果を知っているにもかかわらず、飲み始めると自分の意志では止まらなくなって酩酊するまで飲んでしまう。このような飲酒状態を「強迫的飲酒」といいます。

2.目が覚めている間、常にアルコールに対する強い渇望感が生じる  

 強迫的飲酒が進んでくると常にアルコールに酔った状態・体内にアルコールがある状態にならないと気がすまなくなったり、勤務中や医者から止められている時などであろうとずっと飲酒を続けるという「連続飲酒発作」がしばしば起こることがあります。さらに症状が進むと身体的限界が来るまで常に連続飲酒を続けるようになり、体がアルコールを受け付けなくなるとしばらく断酒し、回復するとまた連続飲酒を続けるというパターンを繰り返す「山型飲酒サイクル」に移行することもあります。ここまで症状が進むとかなりの重度なアルコール依存症として疑われます。

3.飲酒で様々なトラブルを起こし後で激しく後悔するも、それを忘れようとまた飲酒を続ける  

 アルコール依存症は飲酒量が極端に増えると、やがて自分の体を壊したり(内臓疾患など)、社会的・経済的問題を引き起こしたり、家族とのトラブルを起こすようになったりします。これでさらにストレスを感じたり、激しく後悔したりするものの、その精神的苦痛を和らげようとさらに飲酒を繰り返す。このように自分にとってマイナス(負)な面が強くなっているにもかかわらず、アルコールを摂取し続ける飲酒行動を「負の強化への抵抗」と呼びます。

4.退薬・禁断症状が出る  

 アルコール摂取を中断した際、様々なアルコール依存症独特の症状が生じてきます。軽いものであれば、頭痛、不眠、イライラ感、発汗、手指や全身のふるえ(振戦)、 めまい、吐き気などがありますが、重度になってくると「誰かに狙われている」といった妄想や幻覚・幻聴を伴った振戦せん妄、けいれん発作なども起こるようになります。本人にとってこれらは苦痛である為、それから逃れる為にますます飲酒をすることになってきます。

5.耐性の増大  

 同じ酩酊感を感じるのに要する飲酒量が増大します。または、同じ飲酒量での酩酊感が減弱します。

 

症状

 以下が典型的な症状です。
 20~50 mg/dl: 鎮静、軽度の眠気、協調運動能力の低下、運転能力の低下
 50~100 mg/dl:   判断力低下、協調運動能力のさらなる低下
 100~150 mg/dl: 不安定歩行、ろれつが回らない、行動の抑制がきかない、記憶障害
 150~300 mg/dl: せん妄、嗜眠(起こりやすい)
 300~400 mg/dl: しばしば意識消失
 ≥400 mg/dl:    場合により致死的

 アルコール依存症の症状は心身に現れてきます。

 身体症状は以下のものがあります。  
1.胃腸障害・・・慢性胃炎、慢性腸炎、胃・十二指腸潰瘍、便秘、下痢
2.心臓障害・・・心臓肥大、心筋障害
3.皮膚血管の麻痺・・・鼻・頬・前胸部における皮膚血管の拡張  
4.粘膜血管の麻痺・・・結膜混濁、軟口蓋や咽頭粘膜の充血拡張 
5.肝肥大、肝硬変、腎障害(蛋白尿)
6.神経炎・・・神経麻痔、腱反射の減弱ないし消失、しびれ、筋肉痛、筋萎縮、手指振戦、神経の圧痛、運動失調
7.瞳孔障害・・・軽度の不正円、左右不同
8.急性膵炎  
9.そのほか、アルコール性による脳委縮、認知機能の低下。このため、物忘れやトイレが間に合わない等、日常生活上の障害が生じ、家族の介護が必要になることも少なくない。    

 精神症状では個人差が著しいが、軽症であっても知能は全般的に障害され、記銘力・判断力・注意力が鈍り疲労しやすくなる。飲酒しないと不眠が生じ、朝から飲酒をしたくなる。感情面では、好機嫌・楽天的・気分の変調が激しい・高等感情の鈍麻が生じ意志薄弱で、持久力・忍耐力・自制心に乏しく、道徳感情や羞恥心も鈍麻し、家庭的にも社会的にも批判を受けやすい行動が多くなります。

 

アルコール依存症による合併症  

 アルコール依存症による合併症・身体的疾患はアルコールの連続飲酒により引き起こされてくるものとされています。

1.高血圧・糖尿病

2.悪性腫瘍
 口腔がん、肝臓がん、腸がん、乳がん

3.アルコール性による認知症
 MRIなどで脳委縮があるケースが多い。

4.アルコール性脂肪肝
 肝臓に脂肪が蓄積され、放置すると肝硬変や肝臓癌へと移行する危険がある。自覚症状はない場合が多い。

5.アルコール性肝炎
 肝臓が炎症を起こして肝細胞が破壊される疾患である。全身の倦怠感や上腹部の痛みを訴えるケースが多く、黄疸や腹水等の症状が出現する。

6.アルコール性肝硬変
 肝細胞の破壊が広範に起こり細胞が繊維化される病気。肝炎と類似の症状がでる。肝臓の場合、症状があまりないため、サイレントキラーとも呼ばれる。

7.アルコール性胃炎
 胃粘膜の炎症として胃痛や胸やけ、吐血症状がある。また、慢性化して胃潰瘍に移行するケースもある。

8.アルコール性膵炎
 膵臓の炎症であり、慢性膵炎の約半数がアルコール性が原因といわれている。腹部や背中の強い痛みを訴え、発熱症状を認めることもある。急性膵炎や慢性膵炎の急性症状増悪では死亡することもある。

9.食道静脈瘤
 肝硬変の副次的な症状として出現することが多い。通常肝臓に流れるはずの血流が、食道の静脈へ流れることによって、瘤状の膨らみができる。これが破裂することで大量出血になり落命することがある。

10. アルコール性心筋症
 アルコール飲酒が原因で心筋がびまん性に萎縮して線維化が進行、心収縮力が弱まり血液を送り出す機能が低下する。

11. マロリー・ワイス症候群
 アルコール飲酒後に何度も嘔吐するため出血を起こす。    

 アルコール性の精神症状は個人差が著しいが、軽症であっても知能は全般的に障害され、記銘力・判断力・注意力が鈍り疲労しやすくなる。飲酒しないと不眠が生じ、朝から飲酒をしたくなる。感情面では、好機嫌・楽天的・気分の変調が激しい・高等感情の鈍麻が生じ意志薄弱で、持久力・忍耐力・自制心に乏しく、道徳感情や羞恥心も鈍麻し、家庭的にも社会的にも批判を受けやすい行動が多くなるため、入院加療が必要になるケースが多い。  

 なお、原則はアルコール依存症の本人が同意しての入院が望ましいが、治療が必要にも関わらず同意入院がとれない場合は、家族と担当医の権限をもって強制入院へ移行することもある。ただし、これは主治医や病院の治療方針が強く影響するため、強制入院(医療保護入院)ができないことが多い。また、アルコール依存症の末期には、脳の器質的障害が強くなり知能の減弱、高等感情の鈍麻、人格崩壊、いわゆる認知機能も低下が顕著になってきます。アルコール依存症を基盤にして、精神障害を生ずることがあります。

 

原因

 アルコール依存障害には遺伝がある程度関係しています。血縁にアルコール中毒者がいる人は、一般の人よりアルコール依存障害になりやすく、またアルコール中毒者の実子は養子と比べてアルコール使用障害を発症しやすい傾向があります。一部の研究によると、アルコール中毒になるリスクが高い人は、アルコール中毒ではない人と比べてなかなか酔わないとされています。アルコール中毒者の脳はアルコールの作用に鈍感になっているといえます。アルコール中毒者の血縁はこの性質を受け継いでいる可能性があります。

 ある種の背景や人格特性がアルコール依存障害の要因となることがあります。アルコール中毒者は、子どもの頃に家庭が崩壊していたり、親との関係に問題があったケースが多くみられます。アルコール中毒者には、孤立感、孤独感、内気、抑うつ、周囲に対する敵意などがみられます。自己破壊的に行動し、性的に未熟なこともあります。このような特性がアルコール中毒の原因なのか、結果なのかは不明です。

 

アルコール離脱症候群の診断基準(DSM-5)

① 大量※かつ長期間にわたっていたアルコール使用の中止(または減量)

② 以下のうち2つ以上が①の数時間~数日以内に発現する
 ・自律神経系過活動(例:発汗、脈拍>100回/分)
 ・手指振戦の増加
 ・不眠
 ・嘔気または嘔吐
 ・一過性の視覚性、触覚性、聴覚性の幻覚または錯覚
 ・精神運動興奮
 ・不安
 ・全般性強直間代発作

③ ②の徴候・症状が苦痛または社会的機能の障害を引き起こしている

④ 他の医学的疾患や中毒・精神疾患によるものでない

※ 大量(多量)飲酒の定義:
  純アルコール量で1日平均60gを超える飲酒
  純アルコール量60g = ビール中瓶3本 日本酒3合弱 25度焼酎300ml
 

アルコール依存症の治療  

 アルコール依存症の治療に対して十分な知識、経験を持つ医師のもとで治療が行われます。アルコール依存症の本人は、お酒を飲みたいという欲求がとても強く、自分自身では抑えられない状態になっています。そして、お酒を飲むことをやめるとイライラする、不安になる、手が震える、夜眠れない、汗をかく、食べた物を嘔吐するなどの症状(離脱症状)が現れる状態になるのです。このようなアルコール依存症から回復し、身体の健康を取り戻すためには断酒することが必要です。  

 治療の方法としては、多くの場合、入院治療が選択されます。心身の状態が比較的安定していて、ご本人やご家族が医師の指示に従って自分たちの力で生活改善をしていくことができる場合には、入院せずに外来通院で治療が行われることもあります。アルコール依存症の入院治療は、一般的にいくつかの治療段階(導入期、解毒期、リハビリテーション前期・後期)に分けられます。

アルコール依存症 入院治療 第1段階 導入期: 初回面談~断酒開始前  

 アルコール依存症が病気であることを患者に認識してもらうここと、医師、ご家族や周囲の方などからの働きかけにより、患者が治療に意欲を持って取り組んでいくための動機づけが行われます。

アルコール依存症 入院治療 第2段階 解毒期: 約3週間  

 断酒を開始し、治療への動機づけをさらに強化するとともに、離脱症状やその他の臓器障害、合併精神疾患の診断、治療を行います。およそ3週間ほどで症状が治まり、体調が落ち着いてくると、断酒していくための精神療法が始まります。

アルコール依存症 入院治療 第3段階 リハビリテーション前期: 約7週間  

 心身の健康がある程度回復したところで、リハビリテーションが開始されます。飲酒に対する考え方や行動を見直すための精神療法を受けたり、創作活動やレクリエーション活動を主体とした集団活動プログラムに参加したりして、退院後の日常生活を送るための訓練を積みます。

アルコール依存症 治療 第4段階 リハビリテーション後期: 退院後~一生  

 リハビリテーションを終えて退院した後も、専門施設への定期通院や自助グループへの参加を継続し、さまざまな支えを受けながら断酒を長期的に継続します。また、再発防止のために、6ヵ月~1年ほど抗酒薬を服用する場合もあります。

 以下の状況で治療を実施します。
 ・飲酒を続けたくないために受診した場合
 ・高い血中アルコール濃度に関連する症状で連れてこられた場合
 ・耐えがたい離脱症状で受診した場合。

 ただし、アルコール中毒者は通常、離脱症状が現れた場合に飲酒により対処します。

 

緊急治療
 きわめて大量の飲酒またはアルコールの離脱による重度の症状が現れた場合、緊急治療が必要です。

 急性中毒に対する特別の解毒剤はありません。コーヒーやその他の民間療法はアルコールの作用を軽減しません。しかし、昏睡状態に陥っている場合は、気管内挿管して吐物や分泌物による窒息を防ぐ必要があります。呼吸が抑制されている場合は、人工呼吸器を装着しなければなりません。

 脱水や低血圧の予防または治療が必要な場合は、静脈から水分を補給し、ウェルニッケ脳症を防ぐためにチアミンを投与します。医師は多くの場合、マグネシウム(チアミンの代謝を助ける)と総合ビタミン(ビタミン欠乏症の可能性に対して)も輸液に添加します。

 医師は離脱症状に対して、しばしばベンゾジアゼピン系薬(軽い鎮静薬)を数日間処方します。興奮を抑え、離脱症状、けいれん発作、振戦せん妄の予防に役立ちます。ベンゾジアゼピン系薬に依存するようになる可能性があるため、これらの薬は短期間のみ使用します。アルコール幻覚症がある場合には、抗精神病薬を投与します。

 振戦せん妄は生命にかかわるおそれがあるため、発熱や激しい興奮を抑える治療を積極的に行います。可能であれば集中治療室で治療します。

 通常、以下のような治療を行います。
 ・高用量のベンゾジアゼピン系薬(静脈内投与)
 ・高用量のビタミン(特にチアミン)
 ・点滴による補液
 ・解熱薬(アセトアミノフェンなど)
 ・心拍数と血圧をコントロールする薬
 ・合併症(膵炎、肺炎、けいれん発作など)の治療

 このような治療で振戦せん妄は通常発症から12~24時間以内に消失し始めますが、重症の場合は5~7日間続くこともあります。回復後、大半の人は重度の離脱症状が現れていた期間の出来事を覚えていません。

 急を要する医学的問題が解消した後のさらなる治療は、アルコール使用障害の重さによります。アルコール依存にまで至っていない場合、医師はアルコール中毒の深刻な結果について本人と話し合い、飲酒を減らすまたはやめる方法を勧め、それがうまく進んでいるか確認するための診察の予定を立てます。

 より重いアルコール使用障害の人は、解毒とリハビリテーションプログラムを開始すべきです。

 

解毒とリハビリテーション

 第1段階では、アルコールを完全に断ち、離脱症状の治療をします。次に、アルコール中毒者は行動を改める方法を学ばなければなりません。手助けがなければ、ほとんどの人は数日から数週間のうちに再び飲酒を始めてしまいます。リハビリテーションプログラムでは、心理療法と医学的管理を組み合わせて支援を行います。アルコール中毒者は、飲酒をやめるのがどんなに大変か警告を受けます。飲酒をやめるモチベーションを高め、飲酒のきっかけになる状況を避ける方法についても教わります。治療内容は各人の状況に合わせて決めます。プログラムでは家族や友人の支援も求めます。アルコホーリクス・アノニマス(AA:匿名断酒会などとも呼ばれ、アルコール依存症の人のための自助グループ)などの自助グループも有用でしょう。

 アルコール中毒者が飲酒を避けるために、特定の薬(ジスルフィラム、ナルトレキソン、アカンプロセート)が役立つことがあります。

 ジスルフィラムは、アルコールの代謝を阻害してアセトアルデヒド(アルコールの分解で生成される物質)を血液中に蓄積させることで飲酒を抑止します。体内にアセトアルデヒドがあると気分が悪くなります。飲酒後5~15分以内にアセトアルデヒドの作用により顔が赤くなり、激しい頭痛、心拍数の増加、速い呼吸、発汗などの症状が現れます。30分から1時間後には、吐き気や嘔吐の症状が出ることもあります。このような不快で危険を伴う反応が1~3時間続きます。ジスルフィラム服用後の飲酒による不快感は非常に強いので、大半の人があえて飲もうとはしなくなり、市販のせき止め、かぜ薬、食品などに含まれる少量のアルコールさえ口にしようとしなくなります。ジスルフィラムは毎日服用しなければなりません。ジスルフィラムの服用をやめると、アルコール依存症の治療効果は限定的になります。妊婦、重篤な疾患がある人、高齢者はジスルフィラムを使用すべきではありません。

 ナルトレキソンは、アルコールへの渇望感と飲酒に関連するとされる脳内化学物質(エンドルフィン)に対するアルコールの作用を変化させます。この薬はきちんと服薬すれば、ほとんどの人で効果があります。長時間作用型の薬を1ヵ月に1回注射することも可能です。ジスルフィラムと異なり、ナルトレキソンで体の具合が悪くなることはありません。そのため、ナルトレキソンを摂取しながら飲酒を続けることができます。肝炎やその他の肝障害がある人は、ナルトレキソンを服用すべきではありません。

 

アルコール依存症 薬物治療

 アルコール依存症の治療によく使われる薬に、シアナマイド(一般名シアナミド)やノックビン(一般名ジスルフィラム)などの抗酒剤がある。

 この薬は酒が嫌いになる薬のように勘違いされたり、ひどい副作用があると毛嫌いされることがある。

抗酒剤の作用

 現在2種類の抗酒剤がある。 無色透明の液体のシアナマイドと、黄白色の粉末のノックビン。「シアナマイド」は、肥料として用いられる石灰窒素に含まれているカルシウムーシアナミドから導き出された物質である。シアナマイドは、肝臓でのアルコール代謝過程でアセトアルデヒドから酢酸に至る反応を触媒するアセトアルデヒド脱水素酵素の働きをブロックする。そのため、少量の飲酒でも、直後に顔面紅潮、血圧低下、心悸亢進、呼吸困難、頭痛、悪心、嘔吐、めまいなどを起こし、ひどいときには立つこともできなくなる。これをシアナミドーアルコール反応という。シアナマイドと同じように、アルコールの代謝過程でアセトアルデヒド脱水素酵素の働きを抑える。そのため、、少量の飲酒でも大量のアセトアルデヒドが血中を回ることになる。そして、呼吸困難、心悸亢進、顔面紅潮、悪心、嘔吐、血圧低下、めまい、脱力、視力障害などを起こす。 このような反応はシアナマイドよりやや遅く、飲酒後5分から15分後に起こる。

服用のしかた

 抗酒剤がその効果を発揮するためには、服用時に体内にアルコールが入っていないことが大切である。 アルコール分が残っているときには、いくら抗酒剤を飲んでも苦しい反応は起こらない。ノックビンが、十分な反応を起こすためには、服薬後21時間ぐらいは必要である。飲酒していない状態で少なくとも1週間服薬を続けた場合には、その効果は約一週間持続する。シアナマイドは速効性があり服薬後すぐに効果を現わす。しかし、効果の持続期間は短くおよそ1日である。

副作用

 どちらもきわめて副作用の少ない薬である。ノックビンではまれに肝障害、精神病様の症状が出ることがある。 その他、胃腸障害、発疹、多発神経炎などの報告もある。シアナマイドはさらに副作用は少なく、じんましん様の発疹がたまにみられる程度である。シアナマイドで発疹がひどく出る場合には、ノックビンを服用すればよい。

抗酒剤の心理作用

 断酒生活に入った後も、再飲酒の危機は至る所にある。 しばしば激しい飲酒欲求に襲われるし、気がついたら飲んでいたというように、抵抗もなく飲酒してしまうことも多い。抗酒剤を服用していれば、これでアルコールを飲んだら苦しくなるということがわかっているので、強い飲酒欲求に見舞われることは少なくなる。たとえ飲みたいと思っても、反応の苦しさを考えると酒に手を出す気にはならない。そのため、飲酒欲求に耐えて、いらいらすることもなく、比較的気楽に断酒生活を送ることができる。また、たとえ飲むことがあってもごく少量でおさまってしまう。

抗酒剤の限界

 抗酒剤の服用は、アルコール依存症の治療のごく一部であることはよく理解しておくべきである。アルコール依存症の治療には、治療を受ける気持に至るまでの動機づけ、離脱症状の治療、身体合併症の治療、断酒にふみ出すのを助けるための教育や精神療法、心理的問題や人間関係の問題の整理、家族療法、断酒継続のための援助、自助集団への出席などしなければならないことが多くある。その中で抗酒剤は断酒継続のために補助的に使う薬である。

抗酒剤を飲まない人へ

 この薬を飲もうとしない人には2つのタイプがある。一つは酒をやめる気のない人である。入院中のように強制的に服用させられるような場合には、いろいろの方法で服用したふりをすることが多い。こういう人は、教育や集団療法、個人精神療法などを受けて、自分がなぜ酒をやめなければならないかを理解することが先決である。もう一つは、断酒するために抗酒剤はいらないと考えている人たちである。AAや断酒会によく出席することによって、気楽に断酒ができており、なにも抗酒剤に頼らなくてもと思うのである。 このような場合にはあえて抗酒剤を飲む必要はないかもしれない。しかし、再飲酒の危険はどこにあるかわからず、抗酒剤を飲んでいたら、防げたと思われるような失敗のために再入院する場介もあることは頭に入れておくべきである。 抗酒剤は酒が嫌いになる薬ではない。肝臓でのアルコールの代謝過程をブロックして、飲酒時に苦しい反応を起こさせるものである。 断酒を決意した者が、その継続のために補助的に使うときに効果を発揮する。

 

アルコホーリクス・アノニマス:回復への道筋

 アルコホーリクス・アノニマス(AA)が、多くのアルコール中毒者で効果を上げています。AAは飲酒をやめたい人のための国際的な自助グループです。会費は一切かかりません。

 プログラムは、アルコール抜きの新しい生活を提案する「12のステップ」に基づいて行われます。AAの会員になると、後援者(同じように断酒に取り組んでいる別の会員)から説明やサポートを受けながら、一緒に断酒に取り組みます。この活動の背景にはスピリチュアル(霊的)な思想がありますが、AA自体は特定のイデオロギーや宗教の教義に則したものではありません。

 AAはさまざまな方法で会員を支援しています。たとえば、アルコール中毒から抜け出しつつある人のために、居酒屋以外で、飲酒しない人たちと交流できる場を提供しています。また酒を飲みたいという衝動が強くなったときには、こうした人たちといつでも会って話をし、サポートを受けることができます。AAの会合では、毎日いかにがんばって飲まないようにしているか、各メンバーがグループ全員の前で話すのに耳を傾けます。ほかの人を助ける側の役割を担うことで、かつては酒を飲むことでしか得られなかった自尊心と自信を築いていきます。
 

予防法

 当然のことですが、飲酒しなければアルコール依存症になることはありません。従って、アルコール依存症は予防がとても大切です。

 まず、どの程度の飲酒量が適当かということですが、厚労省が定める第1次健康日本21では、1日の飲酒量がアルコール換算で60g(ビール1500ml、日本酒3合、焼酎1.5合に相当する飲酒量)を超える飲酒を多量飲酒としました。また、第2次健康日本21では、男性では1日の飲酒量が40g(ビール1000ml、日本酒2合、焼酎1合に相当する飲酒量)、女性では20gを超える飲酒を生活習慣病のリスクを高める飲酒と定義しています。

 アルコールに関連した問題がないかセルフチェックすることもできます。何種類かのテストがありますが、AUDIT(オーディット)と呼ばれるテストがよく使われます。10問のテストですが、自分で答えることができます。厚労省が提供するe-ヘルスネットなどに紹介されていますので、ネットで検索してみてください。このテストで8点以上の場合には何らかのアルコール関連問題がある可能性があります。さらに15点以上では、依存症の可能性もあるとされていますので、早期発見に役立てることができます。毎日飲酒すると耐性といって、同じアルコール量では酔わなくなってくる現象が起こります。耐性は依存症になる最初の一歩ですから、耐性ができないように、飲まない日を作ることが安全な予防法です。週に2~3日は休肝日を作ることが理想的ですが、できるところから始めましょう。自分の飲酒に問題がないか意識することから予防が始まります。

アルコール依存症 スピリチュアルな視点