躁うつ病(双極性障害)

 「双極性障害」「躁うつ病」と呼ばれていた病気のことです。用語を世界的に統一しようという流れのなかで名称が変更され、「双極性障害」となりました。この双極性障害は、統合失調症と並んで二大精神疾患の一つで、気分障害のひとつでもあります。

 双極性障害の「双極」とは、気分が両極端の状態に交互にぶれることを意味します。一方の極は躁状態といって、気分が爽快で、元気いっぱいで、意欲満々の最高の状態であるのに対し、もう一方の極は うつ状態といって、憂うつで気分が落ち込み、意欲がない最低の状態をいいます。双極性障害では、この躁状態と うつ状態が交互に繰り返して現れます。どちらの症状が先に現れるかは人によって違い、また、生涯の発症回数も人によって異なります。ただし、双極性障害の場合、躁やうつがこのようにはっきり現れていれば、双極性障害と診断がつきやすいのですが、躁が軽いタイプの場合、単極性のうつ病と誤診されるケースが非常に多く認められます。その場合、うつ病の治療を続けますので、結果的に病気はなかなか治らないことがあります。  

 このように診断が難しいのが双極性障害の特徴です。初診で、単極性のうつ病なのか、それとも双極性なのか、最近注目されている非定型うつ病なのか、それともまったく別の病気なのか、専門医でも診断に悩むところです。これまで日本の精神医学は、長い間、臨床や研究においては統合失調症が中心であったため、双極性障害についてはあまり焦点が当てられなかったという側面があります。統合失調症に比べると、双極性障害の躁状態やうつ状態は軽い病気としか受け止められていなかった。また、躁うつ病という病名が使われていた時代には、医療現場では少なからず診断や治療において混乱が生じていたのです。そのひとつは、躁うつ病のうつ状態と、うつ病のうつ状態の違いでした。これは一見うつ状態ではよく似ていますが、治療においては全く異なってきます。にもかかわらず、同じような治療がなされていたり、また、躁 と うつ の状態を繰り返して発症する躁うつ病であるにもかかわらず、躁状態の時だけをとらえて躁病として診断したり、同様にうつ状態の時だけを診断してうつ病と診断しまうこともあります。したがって、正しい診断や治療がされなかったために、躁うつ病が悪化してしまうことになったのです。日本での双極性障害は研究途上にある疾患のため、その位置づけは今もって曖昧です。事実、双極性障害をうつ病に含める傾向もある一方で、うつ病は双極性障害のひとつではないかという考え方もあります。少しずつではあるが、その後の研究によって双極性障害の病態が徐々に明らかになってきている面もあります。そうした中で、双極性障害かもしれないとわかったら、早く手をうつことが大切です。この病気で失うものは決して小さくありません。時によっては、仕事や家族、社会的な信用や財産を失うばかりか、最悪の場合は命まで失うケースもあります。  

 他の病気もそうですが、特に双極性障害は うつ病と比べるとやっかいな病気だけに、早期発見と早期治療が重要となってきます。それは次の2つの意味で重要です。1つは「社会生活上の損失を少しでもくい止めるため」です。特に躁状態では、人間関係を悪化させて職場をクビになったり、金遣いが荒くなって破産したり、離婚したりするケースが多いからです。2つ目は「治らなかったうつ状態が改善する可能性がある」ということです。うつ病の治療薬である抗うつ薬は、双極性のうつ状態にはあまり効かないこともあり、早期発見で治療法を見直して、うつ状態を改善することは可能となります。  

 双極性障害が招く深刻な事態が分かってきたため、近年、双極性障害は重大な疾患であるという認識が医師の間で高まってきており、精神医学会でも注目されている疾患です。たしかに、双極性障害は うつ病に比べたら一般的には知られていない病気ですが、双極性障害自体はけっして稀な病気ではなく、身内や友人、また職場や地域において見聞きする機会が最近多くなってきています。

 

疫学的統計頻度

 双極性障害をタイプ別でみてみると、双極Ⅰ型障害の罹患率は、成人の約0.8%を占め、男女差はありません。双極Ⅱ型障害の方は成人の0.5%を占めていて、男性よりも女性の方が罹患率は高くなっています。このⅠ型、Ⅱ型障害を合わせると、0.7%くらいと言われています。

 うつ病の疾患頻度はどうかというと、海外では15%、日本では7%と言われ、双極性障害よりかなり多くなっていますが、ある統計では、うつ病で通院している30~40%の人が双極性障害という数字が出ています。この数字をみるかぎり随分と多い数字ですが、実はうつ病の再発率は比較的低い病気であるのに対し、双極性障害はⅠ型、Ⅱ型ともうつ状態の再発のリスクが非常に高く(再発率は約90%)、非常に長い期間を経て双極性障害と判断されることが多いからです。つまり、病院に通院しているうつ状態の人の中で、双極性障害の占める割合が非常に多いということになります。  

 一般に、双極性障害は、遺伝的な要因が大きいと言われていますが、最近の報告では、一卵性双生児の場合、一方が双極性障害を発病していると、もう一方の双極性障害の発病率は85~89%と高い数値になっています。ただ、確かに遺伝的な要因は考えられるものの、残りの15%においては発病していないので、遺伝子だけが発症の原因とは言えないようです。なお、一卵性双生児と二卵性双生児で比較すると、一卵性双生児では2人とも50~80%と高いのに対し、二卵性双生児では5~30%と低くなっています。このことから、確かに遺伝的素因があることは確かなようです。ただし、親が双極性障害の場合、子どもに遺伝する確率はもっと低くなるので、親が双極性障害だからといって、必ずしも子どももそうなるとは限りません。  

 一般に、双極性障害は再発を繰り返すことが多く、その経過も多様です。無治療の場合でみると、生涯にわたって10回以上のうつ状態、または躁状態を繰り返すことがしばしばです。また、最初のうつ状態、または躁状態と次の再発状態との間隔は、4年以上あくことも珍しくありません。ただ、それ以降は、病相の間隔が短くなる傾向にあります。しかし、多彩な経過をたどる双極性障害は、例外も多くあります。

 最初に現れる病相も人によってさまざまで、躁であったり軽躁であったり、混合状態であったりうつ状態であったりします。男性の場合、躁状態から始まることが多いと言われています。全体的には、うつ状態から始まるのが割合としては高くなります。  

 双極性障害の発症年齢をみてみますと、15~19歳が最も多く、20~24歳がそれについで多く、それ以上では50歳以上も稀にあると言われます。平均が30歳という報告もあります。子どもについては、ADHD(注意欠陥・多動性障害)との識別が困難であることが研究を難しくしている要因です。また、60歳以上の発症の場合、家族歴はまれで、脳や身体疾患との関連性がある場合が多い。  

 自殺企図率ですが、双極性障害は再発率が高いと同時に、自殺企図率が精神障害の中で最も高い疾患といわれます。うつ病よりも高いという報告が多数あります。

 

国際的診断基準としてのDSM

 医療現場における混乱は、躁うつ病とうつ病の関係にかぎらず、他の精神疾患においてもありました。医師によって診断と治療法が異なるという状況が、日本に限らず他の国においても生じました。これは患者にとって不利益になるばかりか、精神疾患の研究に取り組む医師においても不都合となるため、この状況を打開しようということで、アメリカ精神医学会がひとつひとつの病気に対して、操作的診断基準とよばれるものを作ったのです。それが、DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)とよばれるものです。欧米諸国やアジア諸国、日本など世界中の医師が、この診断基準に基づいて診断や治療を行っています。

 これとは別に、WHO(世界保健機関)が作ったICD-10という分類リストがあります。これは精神疾患の分類や統計の目的でつくられたもので、DSMのように統一された診断基準を目的にして作られたものではないために、臨床診断には向いていません。  

 双極性障害は「躁」と「うつ」が入れ替わり現れる状態をいいますが、その場合の躁とうつは、DSM-Ⅳ-TRにおいては、一般に一つの病気として扱う躁病やうつ病とは明確に区別されています。DSMでは、双極性障害における躁の状態を「躁病エピソード」といい、同じくうつの状態を「大うつ病エピソード」と呼んでいます。ここでいうエピソードとは、ある一定の期間のことですので、双極性障害の症状のようにある一定期間に現れる特徴的な躁の状態やうつの状態を意味しているのです。従って、これらのエピソードはそれ自身では診断コードはありません。独立した疾患単位として診断することはできないが、疾患の診断の構成部分として用いられるのです。以上のことから、DSMでは躁病エピソードと大うつ病エピソードを伴う一つの病気(これまで躁うつ病と呼ばれていた病気)を「双極性障害」と定義しているのです。DSM-Ⅳ-TRにおける双極性障害の診断基準は、「病状の組み合わせとしてのエピソード」と「エピソードの組み合わせで定義される疾患」という二段階で診断されることになりました。

 現実に日本における精神医療の現状について、すべてDSM-Ⅳ-TRの診断基準に基づいてきちんと行われているかとなると、必ずしもそうではありません。確かに双極性障害という診断名が、ある程度浸透してはきましたが、躁病エピソードや大うつ病エピソード、大うつ病といった言葉にはまだまだ馴染めないのが現状です。ただ、双極性障害という病名が少しずつ受け入れられるようになったことで、躁状態やうつ状態が単に躁病やうつ病といった単一の病気とは違い、あくまでも躁状態とうつ状態を繰り返す一連の病相のひとつとしての認識が得られるようになりました。  

 しかし、「うつ状態」という言葉の概念は依然として曖昧のままです。うつ状態が、大うつ病エピソードのことをいうのか、あるいはその基準を満たさない軽いうつ状態までを含めていうのか漠然としています。一方、大うつ病エピソードのことを「双極性うつ病」と呼んでみたり、また、うつ病の中に双極性障害を含めてみたりする動きもあって、精神医療に関わる人たちの間でも混乱を招いているのが現状です。

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