免疫不全疾患

 免疫システムが正常に働かないと、通常に比べて感染症が頻繁に発症したり、再燃したり、重症化したり、遷延したりします。

 免疫不全疾患は、通常、薬剤の使用や、癌などの長期間に及ぶ重篤な病気が原因で発症します。遺伝性の場合もあります。

 この病気になると感染症を繰り返すだけでなく、普通の人がかからないような感染症が起きたり、普通では考えられないほど症状が重くなったりします。

 免疫不全疾患には以下の2種類があります。

先天性(原発性)免疫不全疾患:

 生まれた時から免疫機能が損なわれています。通常は遺伝性で、幼児期または小児期に明らかになります。200種類を超える病気がありますが、いずれも比較的まれです。

後天性(二次性)免疫不全疾患:

 生まれた後に発症する免疫不全で、たいていは薬剤を使用したり、糖尿病、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症などの病気にかかったりしたことが原因となります。こちらの方が、先天性免疫不全疾患より多くみられます。

 免疫不全疾患には寿命を短くするものもありますが、一生完治はしないものの、寿命には影響しないものもあります。また、治療により、または治療しなくても治ることもあります。

 

原因

先天性免疫不全疾患:

 遺伝的な異常によって起こり、この異常はたいていX染色体と連鎖しています。この場合、男児だけが発症することになります。その結果、先天性免疫不全疾患患者全体の約60%を男性が占めています。

 先天性免疫不全疾患は、免疫システムのどの部分が損なわれるかによって分類できます。

・B細胞(Bリンパ球)、抗体(免疫グロブリン)を産生する白血球の一種
・T細胞(Tリンパ球)、異物や異常な細胞を特定し、破壊する作用がある白血球の一種
・B細胞とT細胞
・食細胞(微生物を取り込んで殺す細胞)
・補体タンパク質(細菌や外来細胞を殺したり、外来細胞を他の免疫細胞が特定したり取り込んだりしやすくするなど、さまざまな免疫機能を持つタンパク質)

 免疫不全疾患では、免疫システムの構成要素が、欠落したり、数が減ったり、異常になったり、機能しなくなったりします。先天性免疫不全疾患の中で一番多いのはB細胞に問題が起きるもので、全体の半数を超える病気がこのタイプです。

後天性免疫不全疾患:

 後天性免疫不全疾患の原因として一番多いのは、重い病気を治療するために使った免疫抑制薬などの薬剤です。免疫抑制薬は、移植した臓器や組織に対する拒絶反応を抑えるなど、免疫システムの働きを意図的に抑えるために使います。免疫抑制薬の一種であるコルチコステロイド薬は、関節リウマチなどの、さまざまな病気による炎症を鎮めるために使います。しかし、免疫抑制薬は、体が感染症と闘う力や、おそらくは癌細胞を破壊する力も抑制してしまいます。このほかに、化学療法や放射線療法も免疫システムを抑制し、免疫不全疾患を引き起こすことがあります。

免疫不全症が起きる病気

種類

血液疾患

再生不良性貧血

白血病

骨髄線維症

鎌状赤血球症

脳腫瘍

腸の癌

肺癌

染色体異常

ダウン症候群

感染症

サイトメガロウイルス感染症

エプスタイン‐バーウイルス感染症

ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症

はしか(麻疹)

水ぼうそう(水痘)

ホルモンの異常

糖尿病

腎臓病

血液中に毒物が蓄積(尿毒症)

ネフローゼ症候群

肝臓病

肝炎

筋骨格系の病気

関節リウマチ

全身性エリテマトーデス(ループス)

脾臓の問題

脾臓摘出

その他の異常

アルコール依存症

やけど

低栄養

免疫不全症を起こす薬剤

種類

抗けいれん薬

カルバマゼピン

フェニトイン

バルプロ酸

免疫抑制薬

アザチオプリン

シクロスポリン

ミコフェノール酸モフェチル

シロリムス

タクロリムス

コルチコステロイド薬

メチルプレドニゾロン

プレドニゾロン

化学療法薬

アレムツズマブ

ブスルファン

シクロホスファミド

メルファラン

モノクローナル抗体(免疫システムの特定の部分を標的にして抑制する物質)

ムロモナブ(OKT3)

 長期間にわたる重い病気は、ほとんどのものが免疫不全疾患の原因になります。たとえば、糖尿病で血糖値が高くなると白血球が正しく機能しないので、免疫不全疾患が起こります。また、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染によって起こる後天性免疫不全症候群(エイズ)は、最も一般的な重度の後天性免疫不全疾患です。

 免疫システムは、栄養素がどれか1つでも不足すると十分には機能しなくなります。また、低栄養により、体重が理想体重の80%を下回ると、通常、免疫システムが正常に働かなくなり、70%未満になると深刻な機能不全が起こります。

 

症状

 免疫不全疾患の患者は、次々と感染症にかかる傾向があります。通常は、まず呼吸器系の感染症が起こり、何度も再発します。ほとんどの患者は、最終的に治りにくく、もしくは再発を繰り返す、合併症を伴うような重い細菌感染症にかかります。たとえば、のどの痛みや鼻かぜが進行して肺炎が起きることがあります。しかし、逆に、かぜをひきやすいからといって免疫不全疾患の疑いがあるというわけではありません。

 皮膚や口、目、消化管の粘膜に感染症が起きることがよくあります。このうち、口の真菌感染症である鵞口瘡(がこうそう)が、免疫不全疾患の最初の徴候である場合があります。口の中には口内炎ができます。細菌やウイルスによる耳と皮膚の感染症もよくみられ、ブドウ球菌などの細菌感染により、皮膚表面が膿んでただれる膿皮症が起きることもあります。ウイルスにより、いぼができることもあります。

 多くの患者は体重が減ります。

 乳幼児では慢性の下痢が起き、健康な小児と比べて成長と発達が不十分なことがあります(成長障害と呼ばれる)。症状が現れるのが幼少期の早い時期であればあるほど、免疫不全症も重症となります。

 その他の症状は、感染症の程度と感染期間の長さによりまちまちです。

 

診断

 まず、免疫不全症であることを疑い、次いで実際に検査をして免疫システムのどこに異常があるのか特定します。

 重症の感染症や、通常は起きないような感染症がたびたび発症するとき、または、本来なら重い感染症を起こさないような微生物(ニューモシスチス、サイトメガロウイルスなど)が重い感染症が起こしているとき、医師は免疫不全症を疑います。身体診察の結果から免疫不全症を疑うこともあります。発疹、脱毛、慢性のせき、体重減少、肝臓や脾臓の腫大がみられることがあります。免疫不全症の中には、リンパ節と扁桃が極端に小さくなったり、逆に、リンパ節が腫れたりするものがあります。このような特定の症状から、具体的な病名が推測できる場合があります。

 医師は、免疫不全疾患の種類を見分けるために、何歳ごろから感染症を繰り返すようになったか、あるいは、普段かからないような感染症にかかりはじめたかを尋ねます。生後6ヵ月未満の乳児に感染症がみられる場合はT細胞の異常が、年長児に感染症がみられる場合はB細胞と抗体産生の異常が疑われます。感染症のタイプがわかれば、どのタイプの免疫不全疾患かを診断する手がかりになることがあります。

 医師は糖尿病、特定の薬剤の使用、有毒物質との接触の有無などの危険因子の有無、そして、肉親に免疫不全疾患にかかっている人がいないかなど、家族歴を尋ねます。また、現在および過去の性行為や静注薬物の使用について尋ね、HIV感染症が原因になっている可能性はないかを判断します。

 

予防と治療

 免疫不全疾患を起こす病気でも、予防したり治療したりできるものがあります。

HIV感染症:

 安全な性行為のための指針に従うこと、および薬物を注射する際に針の使い回しをしないことで、HIV感染症の拡大を抑えられる。

癌:

 治療が成功すれば、免疫抑制薬を引き続き使わなければならない場合を除き、通常は免疫システムの機能も回復する。 

糖尿病:

 血糖値を上手くコントロールできれば、白血球の働きがよくなり、その結果、感染症を予防できる。

 

 感染症を予防し、治療するための戦略は、免疫不全疾患の種類ごとに異なります。たとえば、抗体の欠乏によって免疫不全疾患を発症している人は、細菌に感染しやすくなります。

 以下の方法が細菌感染症のリスク低下に役立ちます。
 ・定期的に免疫グロブリン(正常な免疫システムを持つ人の血液から得た抗体)の静脈内投与を受ける
 ・患者本人が衛生管理を十分に行う(歯の手入れにも注意を払う)
 ・十分に加熱したものだけを食べる
 ・ボトルに入った市販の水だけを飲む
 ・感染症のある人との接触を避ける

 発熱などの感染症を疑わせる徴候が出たら、できるだけ早く抗生物質を使用します。手術や歯の治療は細菌が血液中に入りやすいので、この場合も事前に抗生物質を使います。

 T細胞の異常による免疫不全症など、ウイルス感染のリスクを高める免疫不全疾患にかかっている場合は、感染の徴候がみられたらすぐに抗ウイルス薬を投与します。たとえば、インフルエンザに対してはアマンタジン、ヘルペスや水ぼうそうに対してはアシクロビルを使います。適切な治療ができるかどうかが生死を分けることもあります。

 重症複合型免疫不全症など、重い感染症や特定の感染症の発症リスクが高い疾患にかかっている場合は、感染症にかかるのを予防する目的で、感染する前から抗生物質が投与される場合があります。

 抗体産生に異常のない免疫不全疾患患者にはワクチン接種をします。ただし、B細胞やT細胞に異常のある人に生ワクチンを接種すると感染が起きるおそれがあるので、死んだウイルスか細菌でつくった不活化ワクチンを使います。生ワクチンにはロタウイルスワクチン、経口ポリオワクチン、麻疹・ムンプス・風疹3種混合(MMR)ワクチン、水痘ワクチン、BCGワクチンなどがあります。抗体を産生できる人とその近親者では、インフルエンザワクチンの接種を年に1回受けることが推奨されます。

 重症複合型免疫不全症などの一部の免疫不全疾患は、幹細胞移植により治すことができます。幹細胞は、通常、骨髄から採取しますが、へその緒の血液(臍帯[さいたい]血)などの、血液から採取することもあります。幹細胞移植手術は大病院で受けることができますが、通常は重症の免疫不全疾患に対してのみ行われます。

 胸腺組織の移植が有効な場合もあります。一部の先天性免疫不全疾患に対しては遺伝子治療が有効です。しかし、この治療によって白血病のリスクがあるため、あまり広くは実施されていません。