キョーイクソフト事件 東京地裁八王子支部判決(平成14年6月17日)
(分類)
不利益変更
(概要)
教育に関する研究資料の製作及び販売等を目的とする会社Yの業務推進部業務課に勤務しているX1ら6名が、Yでは売上げが漸減し厳しい経営状況にあったところ、人件費の一層の圧縮、若い世代の従業員の労働意欲の活性化等のために年功序列型賃金制度を業績重視型賃金制度に改めることを目的として就業規則が改訂された結果、X1らの月収が15%減額されたことから、右就業規則の変更は無効であると主張して変更前の基準に従って計算された賃金と変更後に支払われた賃金の差額等の支払を請求したケースで、本件就業規則の改訂には、経営上の必要性をにわかに否定し難いものの、その目的に沿った格付けを実施するために必要な原資を専らXら高年齢層の労働者の犠牲において調達したものであり、差し迫った必要性に基づく総賃金コストの大幅な削減を図ったものとはいえず、またXらはYと長年にわたり対立関係にあり、Yに対する貢献も小さいものと評価され、Xらのなかには就業場所も他の従業員と隔離され仕事も与えられていないことなどの経緯から推してXらが努力して昇級を得ようとしてもその途は閉ざされており、新賃金規程は、Xらに対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるとはいえないとし、Xらの請求が認容された事例。
労働条件を定型的に定めた就業規則は、社会的規範としての性質を有するだけでなく、それが合理的な労働条件を定めているものであるかぎり、労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性が認められるに至っている(民法92条)。したがって、当該事業上の労働者は、就業規則の存在及び内容の知、不知にかかわらず、また、個別的に同意を与えたかどうかを問わず、当然に、その適用を受ける。既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない。
(最高裁大法廷昭和43年12月25日判決・民集22巻13号3459頁参照)
ここに、変更にかかる規則条項が合理的であるか否かは、上記の就業規則の性質に鑑みて、
〔1〕就業規則の作成・変更により労働者が被る不利益の程度
〔2〕代償措置、経過措置等関連する他の労働条件の改善状況
〔3〕使用者側の変更の必要性の内容、程度
〔4〕変更後の就業規則の内容自体の相当性
〔5〕他の労働組合又は他の従業員の対応
〔6〕同種事項に関する我が国社会における一般的状況
〔7〕労働組合等との交渉の経緯
等を考慮して決めるのが相当である。もっとも、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものでなければならない(最高裁第二小法廷平成9年2月28日判決・民集51巻2号705頁参照)。
もっとも、企業においては、社会情勢や当該企業を取り巻く経営環境等の変化に伴い、企業体質の改善や経営の一層の効率化、合理化をする必要に迫られ、その結果、賃金の低下を含む労働条件の変更をせざるを得ない事態となることがあることはいうまでもなく、そのような就業規則の変更も、やむを得ない合理的なものとしてその効力を認めるべきときもあり得るところである。特に、当該企業の存続自体が危ぶまれたり、経営危機による雇用調整が予想されるなどといった状況にあるときは、労働条件の変更による人件費抑制の必要性が極度に高い上、労働者の被る不利益という観点からみても、失職したときのことを思えばなお受忍すべきものと判断せざるを得ないことがあるので、各事情の総合考慮の結果次第では、変更の合理性があると評価することができる場合があるといわなければならない(最高裁第一小法廷平成12年9月7日判決・民集54巻7号2075頁参照)。〔中略〕
以上に検討したところからすれば、年功序列型賃金制度を業績重視型賃金制度に改めることを目的とした本件就業規則改定には、経営上の必要性をにわかに否定し難いものの、その目的に沿った格付けを実施するために必要な原資を専ら原告ら高年齢層の労働者の犠牲において調達したものであり、差し迫った必要性に基づく総賃金コストの大幅な削減を図ったものとはいえない。 しかも、考課による格付を重視する賃金体系を実施するとはいっても、高年齢層に属する者については、格付けの上昇は一般に期待し難いことであるし、原告らは被告と長年にわたり対立関係にあり、会社に対する貢献も小さいものと評価され(前記のとおり5等級とされる者のうち原告らの年代に属する者は1人を数えるのみである。)、平成5年からは就業場所も他の従業員と隔離され、仕事を与えられていない者もあり、仕事を与えられている者もその仕事の成果が被告会社の営業にどのように反映され業績となりうるのか不明な状況にある。 本件就業規則改定に際して原告らの級職の見直しがなされたわけでもない等これまでの経緯から推して、原告らが努力して昇給を得ようとしても、その途はほぼ閉ざされているといってよい。加えて上記のとおり緩和措置にも見るべきものがない。 そうであれば、新賃金規程は、原告らに対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできない。新賃金規程のうち賃金減額の効果を有する部分は、原告らにその効力を及ぼすことができず、被告は原告らに対して本件就業規則改定前に実効的であった基準に基づく賃金との差額を支払うべきである。
(関係法令)
労働基準法89条2号 93条
(判例集・解説)
労働判例831号5頁
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