ドラッカー 経営管理の基本 4つの機能

ドラッカーのマネジメントの思想

 天才に頼らず、一定レベルの運動能力を持っている人たちが、上手に練習を積み重ねることによって、チーム力で勝っていけるシステムをつくること。

 オールマイティな能力のある人をつくることより、各人がそれぞれの才能のなかで一定以上の成果をあげ、トータルで実績をあげられる社会をつくること。

 企業経営においては、一定の才能があり努力を重ねた人を、百人や二百人程度の会社経営ぐらいできるレベルにしたいし、平均的な人、平均以下の人たちを使い切る企業が優れていると考えている。

 幸福の科学大川隆法総裁は、『ドラッカー霊言による「国家と経営」』で、ドラッカー自身の霊の言葉(「霊言」)を次のように伝えておられます。

「天才は、才能と個人的な努力があれば出ます。
 しかし、天才に頼るのではなく、野球で言う「全員野球」「管理野球」のように、一定レベルの運動能力を持っている人たちが、上手に練習を積み重ねることによって、チーム力で勝っていけるようなシステムをつくることが、ドラッカー流なのです。
 高校野球においては、「天才的な投手の右腕一本に頼って、甲子園で優勝する」ということもあるとは思いますが、プロ野球の世界では、やはり、そうはいかなくて、どんな天才投手であっても、毎日毎日、投げていたら、腕がおかしくなってしまいますから、いろいろな投手を組み合わせて試合をします。
 今のプロ野球では、交替用の投手を何人も持っています。オーバースロー、アンダースロー、サイドスローという、投げ方の違いもあれば、直球型、変化球型という違いもあるし、先発型、ストッパー型という違いもあって、いろいろな投手がいますよね。そのような投手を組み合わせて、成果をあげていくのが、「マネジメントの思想」なのです。
 例えば、ストッパー役で、七回か八回から、あるいは九回にだけ出てくるような投手がいます。また、九回ツーアウトのときに、最後のスリーアウト目を取るのは緊張するものなので、そのときのためだけの投手だっています。それも、プロ野球では成り立つのです。
 先発型で、七回ぐらいまで長く投げられる人のほうが、才能的には、たぶん高いのだろうとは思います。しかし、プロ野球という目で見ると、「一人の打者だけを打ち取る」「左打ちの四番バッターだけを打ち取る」などということだけであっても、十分な仕事になるわけです。
 だから、私たちは、「全面的な能力、オールマイティな能力のある人や、ある分野について、ものすごく何でもできる人を数多くつくる」ということよりは、「各人が、それぞれの才能のなかで、一定以上の成果をあげ、トータルで実績をあげられるような社会をつくりたい」と考えているのです。
 企業経営においても、決して、そう悲観することはありません。「一定の才能があり、努力を重ねた人を、できれば、百人や二百人程度の会社の経営ぐらいはできるレベルにしたい」というのが私の考えですし、「いわゆる平凡な人、あるいは平均的な人を、どう使うか」ということも、大企業にとっては非常に大事なことなのです。
 何千人、何万人もの社員がいる大会社であっても、天才がそれほど数多くいることはありえないし、その場合には、「平均的な人を、どう働かせて、その人に給料以上の成果をあげてもらうか」ということも大事な仕事なのです。
 もう一つ大切なことは、平均以下の人たちも、それぞれ何らかの役割を上手に果たせるようにすること、そういう人たちを使い切ることです。これのできる企業が優れているんですね。」
(90~96ページ)

 ドラッカーは、全体主義を防ぐシステム的な方法として、「マネジメント」という世界を開拓しました。

 企業を育て、企業に力を持たせることによって、個人と国家の間に一種の防波堤をつくることを考えた。

 企業は、利害に基づいて行動し、将来的に自分たちが経営的につまずいたり不幸になったりすることを防ごうとして公共的な動きをする。これが、全体主義が起きるのを防ぐ力になる。

 大川隆法総裁は、『危機に立つ日本』で以下のように説かれました。

「ピーター・ドラッカーは、処女作を発表したころからヒトラー政権の先行きを見抜いていました。彼は、ドイツでナチスが第五党派ぐらいだったころから、「ヒトラーが天下を取ると危ない」ということをすでに見抜いていて、その後、論文で警鐘を鳴らし、いち早くロンドンに逃げています。賢いといえば、非常に賢い人でしょう。
 ドラッカーは、そういう全体主義の姿を見て、第二次大戦が終わったあと、「全体主義の台頭による世界戦争を再び起こさないためには、どうすればよいのか」ということを考えました。「やはり、個人の力だけでは、いかんともしがたい」ということで、全体主義を防ぐ、システム的な方法として、「マネジメント」という世界を開いたのです。
 つまり、「個人」と「国家」との間に、「企業」というものを介在させることを考えたわけです。大きな企業になると、一定の政治力や経済力を持ちますし、国家に代わって、失業対策もできれば、いろいろな工事もできます。また、圧力団体として政治的に力を持つこともできます。
 そのように、企業を育て、企業に力を持たせることによって、個人と国家の間に一種の防波堤をつくることを考えたのです。企業自体は民主的経営が可能なので、それによって、全体主義が二度と起きないような社会をつくろうとしたわけです。
 さらに、その企業についても、ドラッカーは、「一個人であるカリスマ経営者が大きな企業をつくることもあるが、そういうカリスマに頼ってはいけない」と言っています。「天賦の才能、カリスマ的な才能だけで、一代で大財閥をつくるような企業家もいるが、当たり外れがあるし、そうした人はまれにしか出てこないので、そういうものに頼ってはいけない」ということです。
 そして、ドラッカーは、知識や情報のレベル、あるいは技術のレベルで、マネジメントというものを体系的に学び、企業家が次々と会社を起こしていけるようにしようと努力したのです。
 その方向に則ってやれば、一定の規模の企業をつくることができます。企業家は、決してカリスマである必要はないわけです。さすがに凡人とは言えないかもしれませんが、努力する優秀な人がいれば、経営者を次々と輩出していき、大きな企業をつくっていけるのです。そして、経営者を交代させることもできます。
 それが、全体主義が起きるのを防ぐ力になるのです。企業は、自分たちの利害に基づいて行動し、将来的に、自分たちが経営的につまずいたり不幸になったりすることを防ごうとして公共的な動きをします。
 したがって、ドラッカーは、「企業こそが個人と国家との間の“緩衝材”として十分に成り立つだろう」と考え、第二次大戦のようなものを二度と起こさないための方法の一つとして、マネジメントの世界を開拓したのです。」
(75~79ページ)

 

 ドラッカーのマネジメント思想の根底にあるものは人間の幸せです。
組織の中で、人が活かされ、幸せになれるかということがあります。

 マネジメントとは人のことである。マネジメントとは、人にかかわるものである。その機能は、人が共同して成果をあげることを可能とし、強みを発揮させ、弱みを無意味なものにすることである。(『マネジメント』)

 ドラッカーの経営の本質にあるものは、人間の尊厳です。人がいかに幸せになれるか、自らの強みを用いて世の中に貢献する創造的な存在に成長できるかを説く人間学的な要素もあります。
 強みだけが結び付き、弱みが無きものとされる組織を作り上げる事は経営者にとっての重要課題です。

 人が成果を上げるのは、強みによってのみである。人が何かを成し遂げるのは、強みによってのみである。弱みはいくら強化しても平凡になることさえ疑わしい。強みに集中し、卓越した成果をあげよ。(『マネジメント』)

 ドラッカーの経営では、人の強み、組織の強みにフォーカスします。マネジメントを実践し高い成果を上げる企業が多いのは、メンバー自社の強みに集中するからです。強みに集中するからこそ、組織も個人も高い成果を上げるのです。

 強みは当然とできるもので気づかない。知っている仕事はやさしい。そのため、自らの知識や能力には特別の意味はなく、誰もがもっているに違いないと錯覚する。逆に、自らに難しいもの、不得手なものが大きく見える。(『創造する経営者』)

 ほとんどの人が自分の強みを知らない、弱みさえ知らないとドラッカーは言います。個人の強みは当然としてできるが故に、自分では気づきにくいものなのです。メンバーの強みは、組織が意識して発見する必要があります。お互いの強みを理解し、相互に利用し合える関係を創ることが成果を上げるコツです。

 他社との比較で自社の強みを見つけ出す。他社はうまくできなかったが、わが社はさしたる苦労なしにできたものは何かを問わなければならない。同時に、他社はさしたるくろうなしにできたが、わが社はうまくできなかったものは何かを問わなければならない。(『創造する経営者』)

 競争環境の中でライバルに勝つためには、自社の強み・弱みを厳しく見つめなおす必要があります。強みに集中し高い成果を上げることがドラッカー経営の本質です。
 競合他社数社と比較して、顧客に対して提供する価値の観点から、自社の強み弱みを分析する必要があります。

 成功するためには、一点の強みに集中して卓越する必要がある。多くの領域において卓越することはできない。しかし、成功するには、多くの領域において並み以上でなければならない。いくつかの領域において有能でなければならない。一つの領域において卓越しなければならない。(『創造する経営者』)

 ドラッカー経営では、集中するので高い成果が生まれます。集中するためには何にでも取り組むのではなく、一つの領域に焦点を絞る必要があります。
 自社の強みがあり、卓越した成果を埋める領域を定め、その強みをライバルが到達できない卓越したレベルにまで強化する必要があるのです。

 組織の目的は、人の強みを爆発させ、弱みを無くすこと。人のマネジメントとは、人の強みを発揮させることである。人は弱い。悲しいほどに弱い。問題を起こす。人とは費用であり、脅威である。しかし、人はこれらのことゆえに雇われるのではない。人が雇われるのは、強みのゆえであり能力のゆえである。組織の目的は人の強みを生産に結びつけ、人の弱みを中和することにある。(『創造する経営者』)

 人を最大の資源として扱い、その強みを爆発させ、チームで弱みは中和することがマネジメントの本質です。
 メンバーの美点(強み)のみを見て、悪い点を昇華させていくことが、ドラッカーの人間中心の経営の最大のコンセプトであるといっても過言ではありません。
 あなたの組織では、人の強みが活かされているでしょうか? 人を活かすとは、人の強みを活かすということなのです。

 凡人が非凡な働きをできる組織が目指すべき組織である。組織の優秀さとは、凡人をして非凡な働きをなさしめることにある。(『マネジメント』)

 この世の中に、キラリと光る天才のような人はまれで、組織のほとんどの人は凡人です。
この普通の人をいかに生かし、組織の中で非凡な(卓越した)仕事をしてもらえるかが重要です。
凡人に卓越した仕事をしてもらうためには、その強みのみに集中でき、弱みは補いあって無きものとする組織を実現することが大切になります。

 人こそが最大の資源である。マネジメントのほとんどがあらゆる資源のうち、人が最も活用されず能力も開発されていないことを知っている。だが、現実には、人のマネジメントに関するアプローチのほとんどが、人を資源としてではなく、問題、雑事、費用として扱っている。(『マネジメント』)

 組織でもっとも大切な資源は、働いている「人」です。
人の成長は無限で、人は最大の 伸びしろ を持っています。人の成長こそ、組織の成長です。

 組織の目的は人のエネルギーを爆発させ、卓越した成果を上げてもらうことにあります。
 人の能力を高め、マネジメント能力を開発する取り組みこそ、組織の成長に結びつくものです。

 メンバーが相互に人間として尊敬される組織風土を築く。仕事の上の人間関係は、尊敬に基礎をおかなければならない。これに対し、心理的支配は根本において人をばかにしている。マネジメント(管理職)のみが健康で、他のものは全て弱いとする。(『マネジメント』)

 心理的支配とは、アメとムチで人の心がコントロールできるとする理論です。ドラッカーは、人はもともと、創造的で成長を望む存在であると考えます。
 人の心はアメとムチのようなまやかしの仕組みでコントロールするものではなく、相互に敬意を持って成長を期待する関係こそ、健全な組織といえるのです。

 部分を合わせたものよりも、全体の総和で大きな成果を生む。マネージャーの役割は、部分の和よりも大きな全体、すなわち投入した資源の総和よりも大きなものを生み出す生産体を創造することである。オーケストラの指揮者のように、リーダーの行動、ビジョン、指導力を通じて各メンバーを統合し、創造的なものとして活かすことである。(『マネジメント』)

 組織の成果に責任を持つものがマネージャーです。1+1=2 ではなく、メンバーが強みを活かしあい、弱みをカバーしあうことで、相乗効果を発揮してさらなる高い成果を発揮できるようにすることがマネージャーの役割です。そのためには、どこに進むかというリーダーのビジョンが不可欠になります。

 マネジメントとは権力ではない、人を活かす責任である。マネジメントは、もともと権力をもたない。責任を持つだけである。その責任を果たすために権限を必要とし、現実に権限を持つ。それ以上のなにものももたない。(『マネジメント』)

 人をマネジメントするということは、人を統制、管理する権力を持つことではありません。
 人の持つ強み・創造性を発揮させ、社会の利益につなげる責任を持つということです。
 マネジメントは、人を活かす責任、そして組織に高い成果を上げる責任を持つものなのです。

 部下の弱みを見るものは、マネージャー失格である。部下の弱みに目をむけることは、間違っているばかりか無責任である。上司たるものは、組織に対して、部下一人ひとりの強みを可能なかぎり活かす責任がある。そしてそれ以上に、部下に対して、彼らの強みを最大限に生かす責任がある。(『経営者の条件』)

 マネージャーとは組織の高い成果に責任を持つものです。組織に成果を生むためには、メンバーの強みを活かし、強み同士が結び付く組織を創る必要があります。
部下の弱みばかりに注目し、弱みをいくら克服しても、平均・平凡な成果しか上げることはできません。卓越した成果を上げるためには、メンバーの強みを見る必要があるのです。

 ドラッカーのマネジメントの根底にあるものは、人間への熱い想い、人間性の経営における実践、人間の成長への期待、人が活かされる幸せな社会なのです。

参考

 ドラッカーは、企業には4つの機能が必要だと言います。

 第1は「マーケティング」

 現在、われわれが事業で成功しようと思えば、まずマーケティング抜きでは考えられない。「販売」ではなく「マーケティング」である。マーケティングとは、「自社が売りたいもの」ではなく、「顧客の求めるもの」から事業をスタートすることである。「マーケティングは顧客からスタートしなければならない」と ドラッカーは述べています。

 まずは、顧客の「現実・欲求・価値」を考えることが先決です。マーケティングは、「私たちが何を売りたいか?」ではなく、「顧客が何を買いたいか?」を常に問い続けなくてはなりません。

 第2は「イノベーション」

 将来にわたって成長し続けようと思うならば、今のやり方を変えていかなければならない。ならば、意識的に変革を起こさなければならない。そこでイノベーションの目標が大切になってくる。

 イノベーションとは「新しい満足を生み出す」ことです。イノベーションと聞くと、多くの人は「新しい発明・技術」のことだと考えます。しかし、それは誤解があります。すでに存在する製品を組み合わせることで新しい価値を生み出すことも立派なイノベーションだからです。企業は絶えず成長し続けなければなりません。そのために、イノベーションは不可欠です。

 企業の目的ある「顧客創造」をしようと思えば、顧客のことを知り尽くすというマーケティング機能がまず必要です。

 しかし、マーケティング機能だけでは不十分です。イノベーション機能が必要です。

 例えば、あなたの部下に仕事を依頼し、部下はあなたの依頼通りに仕事をしたとします。その部下は良い部下ではありますが、優秀な部下とは言えません。現場のことは上司より部下の方がよく知っています。部下は上司の意を汲んで、上司が依頼している以上のアウトプットを出さなければ、どこの組織でも優秀だとは言われません。  

 これを企業に当てはめて考えてみてください。顧客の要求を満たすことは、部下が上司の言う通りに仕事をすることと同じです。企業は自社の専門分野においては、顧客以上の情報や知識や経験を持っています。顧客が望む以上のイノベーションを起こしてこそ、本来の企業の仕事をしたということになるのです。

事業の両輪はマーケティングとイノベーション

 3つ目の機能は「経営管理的機能」

 企業は人が集まって仕事をします。生産性をあげるには経営管理的機能が不可欠です。この経営管理的機能の経済的側面を生産性と言います。

 4つ目の機能は「成果測定のための利益の機能」

 顧客は自分が欲しくないものは買わない。売上をコントロールするのは顧客です。売上がコントロールできないのですから、その結果である利益もコントロールできません。

 企業がコントロールできるのは、企業内部の「マーケティング機能」「イノベーション機能」「経営管理的機能」の3つの機能だけです。利益が出てない企業というのは、これら3つの機能のどれかがうまく機能してないのです。そして、利益という成果測定のための機能があるから、どこが悪いかのフィードバック分析が可能になるのです。  

 

利益は企業存続のための条件である

 企業は利益をコントロールすることはできないが、天使のような利益にまったく興味のない人が経営者になっても、利益には重大な関心を示さなればならないと言います。なぜなら、利益は企業存続のための条件だからです。  

 企業にとっての利益は、人間にとっての水のようなものです。水を飲むために生きている人はいないでしょうが、水がなければ人間は生きていけません。企業の目的は決して利益をあげることではありませんが、利益がなければ企業は存続できないのです。  

 そして、ドラッカーは、私たちに厳しい現実を突き付けます。利益は企業の目的ではなく条件だが、条件の方が目的よりきついとドラッカーは言います。私たちは目的を見失っても生きていけます。しかし、条件が整わなければ生きていけません。企業も同じです。

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