「時間」の有効活用術

 「Time is money.「時は金なり」という諺は、アメリカ合衆国の建国の父の一人として讃えられた ベンジャミン・フランクリンの言葉です。同時に、彼は「時間を空費せず、つねに益のあることに従い、無用の行いを断つ」という意味の言葉を述べています。

 一日、二十四時間、神は人間に時間を与えられました。誰もがどう足掻いても、「あなたは、二十四時間をどう使いきるのか」という問いに対して、その都度判断して選択していくことが充実した人生を過ごせるかどうかの分岐路になってくるのです。

 幸福の科学大川隆法総裁は、以下のように説かれました。

「まず、ごく当たり前の常識ですが、一日は二十四時間から出来上がっています。この事実は何人もねじ曲げることができません。それほど、貴重かつ厳正な決まりなのです。いかなる政治家も、いかなる国王も、いかなる哲学者も、この二十四時間を、一分たりとも伸ばすこともできなければ縮めることもできませんでした。
 私は、今、訴えかけておきたいのです。「みなさんは、もう一度、この時間の認識から始めていただきたい」と——。時間は貴重なものです。そして、誰もあなたから奪うことができないものなのです。
 これが、仏があなたに与えている最大の慈悲でもあると言えましょう。
 みなさんは、「自分に与えられた時間を、どれだけ密度の濃いものとし、どれだけ中身のあるものとするか」ということに心を砕かなければならないのです。」
(『仕事と愛』)

「それにしても、一日二十四時間はけっこうあります。それを、「いかに使っていくか。何に使っていくか」ということが大事です。簡単な反省で結構ですので、「自分は、今日の時間を十分に生かしたかどうか」と振り返ることが、非常に重要なのではないでしょうか。
 毎日毎日、「今日は、どの部分に改善があったか」ということを考えることです。こういう習慣を持っているだけで、何かが変わっていきますし、その積み重ねは、けっこう大きなものになります。」
(『「経営成功学」とは何か』)

「ベンジャミン・フランクリンは、「時は金なり」と言いましたが、「時間の使い方が、お金になって表れてくる」ということは事実です。時間は、すべての人にとって、同じようにあります。一日は二十四時間、人生は百年足らずです。ただ、「時間をどう使うかによって、豊かになる人も、そうならない人も出てくる」ということは歴然たる事実です。簡単に言えば、一日二十四時間の使い方で人生は変わってくるわけです。
 「金は時なり」という言葉もありえます。
 「お金があれば時間が買える」というのは、お金があることによって、仕事がはかどったり、仕事を広げるのが楽になったりすることを意味します。
 例えば、「本を読む」ということ一つを取っても、大きな本屋へ本を買い出しに行くことは、楽しみとしてはあってもよいのですが、ほぼ半日仕事になります。しかし、秘書がいれば、本屋へ行って本を買ってきてもらうことができるので、秘書を雇うお金があると、半日分の時間を節約できます。その分の時間で、私はさらに多くの本を読むことができるわけです。
 したがって、やろうとしている仕事において、志や動機が善であり、社会のためになる方向での努力であるならば、「タイム・イズ・マネー」と「マネー・イズ・タイム」の両方がありうるわけです。」
(『繁栄思考』)

「私たちは、「一日の時間が、いったい何に使われているか」ということを見直す必要があるのです。すると、インターネットや携帯電話を使っている時間が、かなりあるのではないでしょうか。これらの時間が増えた分、逆に、減った時間、消えた時間があるはずです。それは、実は「考える時間」です。「思索し、考え、思想をつくる時間」が消えています。それから、「判断を下すための時間」も消えています。さらに、もう一つ、消えているものがあります。それは「本を読む時間」です。
 要するに、「一日の質が落ちていないか」ということの点検が要ると、私は述べているのです。」
(『日本の繁栄は、絶対に揺るがない』)

 人々に公平に与えられた時間の使い方は人生の勝敗を決めるほど重要です。また、スマホやパソコンが、現代人から「考える」時間を奪っている。
 オーギュスト・ロダン作の彫刻「考える人」は有名ですが、同じポーズの像がロダンの別の作品「地獄の門」の上に設えられています。地獄の底へと沈みながら、助けを求める苦悶の表情の人、人・・・。「考える人」は、地獄の惨い光景を下に見ながら、いったい何を想うのでしょうか。

「一日を振り返ったとき、いちばん無駄に使われているのは何の時間だと思いますか。
 私が、あえて、みなさんに申し上げるならば、食事や睡眠などの生活必要時間は、無駄なように見えて、意外にそうではないものなのです。それは生理的な欲求であり、それを無視しては必ず手厳しい報復が待ち構えているからです。みなさんが無駄に使っているのは、むしろ、みなさんの仕事の時間、あるいは勉強の時間だと思います。
 人が時間をいちばん無駄に使うのは、無益なことにおいてではなく、自分が「有益だ」と信じていることにおいてです。「価値あること、値打ちあることをしている」と自分では思っていることのなかに、いちばんの無駄があると思います。
「仕事のなかに、あるいは勉強のなかに、実りが少なかった」ということ、そこに、いちばん多くの後悔があるのではないでしょうか。」
(『仕事と愛』)

「発展性の高いものは、どれもみな、常に、「どのようにして時間を縮めるか」というところに視点があります。時間を縮めることによって、発展するのです。
 例えば、新幹線ができたことによって、日本のGDP(国内総生産)がそうとう膨大なものになったのは事実です。それは、一日にできる仕事の範囲が非常に広がったことを意味しています。
 究極の「タイムベース・マネジメント」は、「一日の苦労は一日にて足れり」ということです。「一日一生」という言葉がありますが、「その日のうちにできることは、その日のうちに全部やってしまう」ということです。
 「時期が来なければ働かない」「ほかの事情があってできないので、今日はしない」などということは、「タイムベース・マネジメント」から外れていることなのです。
 時間を縮めることは、同時に、時間を生み出すことになります。例えば、ある場所へ行くのに、新幹線なら三時間かかるけれども、飛行機なら一時間で着くとすれば、二時間分を余分に働けるようになるわけであり、その分の時間が生み出されたことになるのです。」
(『社長学入門』)

「大事な点は、「時間自体は増えない」ということです。
 したがって、「いかに工夫をしていくか。いかにして、一日に使える十数時間の中身を変えていくか」ということが大事です。
 常に心掛けなくてはいけないことは、「集中しなければ、威力を発揮できない。持っている時間は少ないので、最も効果的なものに時間を使わないと、結局、何一つ、ものにはならない」ということです。」
(『青春の原点』)

「現代社会に生きている人は、仕事から離れて瞑想をしたとしても、やはり、仕事のことが気にかかったり、人間関係その他、いろいろなものが気にかかり、そればかり考えていて、時間が無駄になってしまうようなことが多いのです。ですから、現代的な方法として、大事な価値ある本と格闘し、じっくりと読んでいる間に、その著者が素晴らしい人であれば、その人の心境と同通することがあります。すでに亡くなっている著者の場合、天上界のよいところに還っている人であるならば、その“波動”と同通する時間が持てるわけです。
 やはり、「静寂な時間」を持たないと、霊的にはなれないし、天上界との交流も始まらないのです。したがって、現代的には、一人になって本を読むような時間を多少なりとも取ることは大事であり、その内容・対象も非常に大事であるといえます。」
(『凡事徹底と静寂の時間』)

 「時間」に対する認識を改めて考え直すこと、仕事や勉強という、自分では「価値ある」ものだと思っていることのなかに無駄な時間がある。

 大川隆法総裁は、人は「三万日ぐらいの手持ち時間をどう使うかで、結局、人生の成功・失敗が決まる」と述べています。人生は一日一日の積み重ねだと思い、今日という一日、「一歩前進できたかどうか」を自分に問いかけてみましょう。

「一日に十数時間働いていると、仕事の時間をそれ以上増やすことはできませんが、他の人に仕事を八時間してもらうと、その人の持っている八時間という時間をもらうことができます。たとえ、その人の仕事のレベルが、社長である自分の半分や三分の一、十分の一であったとしても、その人の給料に見合っていればよいわけです。
 会社の社長が、経営資源としての自分の時間を有効に生かすために、秘書を入れて、電話をさせたり、書類をつくらせたりなど、いろいろな雑用をさせることは、経営であると言えます。「自分の持ち時間を増やし、時間を有効に使って効果的な仕事をする」という目的のために他人の時間を使っているので、これは経営と言えるレベルになるわけです。
 「他の人を使って、自分一人の仕事よりも大きな成果をあげる」ということが経営の基本なのです。まず、このことを念頭に置いてください。」
(『経営入門』)

「基本的に、付加価値の高い仕事に自分の時間を使っていくように、上が努力しなければ、仕事のレベルは全体には上がっていかないということです。トップは、トップにしかできないような仕事に、できるだけ自分の時間を使うようにして、ほかの人ができる仕事はほかの人に任せていくことです。
 最初に始める新規事業や、全社を挙げての重要な難しい事業のようなものは、トップ自らがチャレンジ精神を発揮し、リスクを冒さなければ、できない面がありますが、一定量、突破して、やり方が分かってきたら、それをいつまでも同じ人がやり続けるのは無駄なことです。
 そういう意味で、「時間」というものの価値をよく知り、上に行くほど、時間価値を高める努力をしなければいけません。」
(『イノベーション経営の秘訣』)

「人間の集中力は、たいてい一時間以上は続かないものです。集中力のある人でも二時間ないし三時間です。三時間を超えると、集中力は急速に衰えてきます。
 仕事を始めてから二、三時間が経過したときには、ちょっとしたコーヒー・ブレイクを入れて、休みを取ることです。「その十分か十五分が惜しい」と思う人は、実は残りの数時間を無駄にすることが多いのです。
 そして、原則、重要な仕事は体調のいちばんよいときに行うことです。
 集中力が続くのは、大きくは三時間と言いましたが、小さく見れば、やはり一時間だと思います。「一時間集中するためには、五分ぐらいの小さなブレイクが必要だ」と私は思っています。したがって、「一時間のうち五十五分、集中的に仕事をしたならば、五分は神経を緩める」という考え方が必要です。」
(『仕事と愛』)

「現代は情報過多の時代なので、情報を遮断することも非常に大事になります。
 ときどき、情報遮断をして、一定の間、邪魔されない「孤独な時間」を取らないと、考えを煮詰め、“蜜”をつくることはできません。
 疲れ果てたように、ただただ働き続けているだけでは、インスピレーションは降りてきません。そういう孤独な時間、“暗闇”の時間、沈黙の時間は絶対に要るのです。
 時間には、無駄なものを省いていくことによって、つくり出さなければいけないところがあります。そして、沈黙、聖黙のなかにアイデアは生まれてくるのです。」
(『創造の法』)

 経営における実践編として、トップとしての時間活用のあり方、また、情報遮断による「孤独な時間」が、インスピレーションやアイデアを得るために不可欠である。

 「パレートの法則」は、別名「80:20の法則」「働きアリの法則」と呼ばれ、会社組織で、例えば、売り上げの8割を全従業員の2割の人が稼いでいるというような法則です。「パレートの法則」は、時間だけに限らず、経営において重要である。

「「パレートの法則」とは、「すべてのものは八十対二十の比率で分割でき、重要な二十パーセントの部分を制すると、全体の八十パーセントを押さえることができる」という考え方です。
 「永遠の今を生きる」(『人生の王道を語る』第4章)では、「百パーセントを達成するのに十時間かかる仕事があるとして、それを八十パーセントの達成度でよしとすれば、かかる時間を二時間に詰めることができる。残りの部分については他の人に任せていけばよい」と説いています。
 二時間を使って八十パーセントの仕事をするというやり方をしていけば、十時間では「八〇×五=四〇〇」で四百パーセント、すなわち四倍の仕事をすることができるようになるわけです。」
(『経営入門』)

「私自身にとっても、「八割・二割の原則」は当たっています。私の人生の時間のうち、毎月の時間のうち、一日の時間のうちの、八十パーセントを制するために、私は、二十パーセントのところに最高度の情熱を注ぎ込み、最高の能率をあげるようにしています。
 一日のうちに、効率的な時間を、二時間、取ることです。
 あるいは、これをもっと大きく広げるならば、「十日のうち二日は非常によい仕事をする」という考えでもよいかもしれません。とにかく、時間の使い方においては、アクセントを設け、集中的に効率的な結果を出していくことが大事なのです。」
(『仕事と愛』)

「「上からの圧力で、『社員の給料を上げてください』と言われたときに、会社がどういう対応を取るか」ということです。
 「パレートの法則」は、誤差が少しはあるものの、だいたい似たような感じで当たってきます。「だいたい二割ぐらいの人が牽引車になっていて、八割ぐらいの部分を支えている」というかたちになるのです。したがって、その二割の人の分の給料を上げるのであれば問題ありませんが、残りの八割の人も一緒に上げるとなると、それは「コストが上がる」ことを意味します。」
(『仕事ができるとはどういうことなのか』)

「時間にはもう一つ違った面があります。それは時間の“面積”なのです。
 要するに、一日の時間を二時間にまで密度を縮めることができる人がいるとして、同じことばかりしてもそれほど生産性は増えないが、その二時間を二時間ごとにいろいろなことに振り向けていくと、いろいろな方向で使えるわけです。そのなかで、ひじょうに投資効果の大きい時間というものがあるわけなのです。
 たとえば、趣味の領域で、もっと広げていく人がいます。碁や将棋のようなものをする人がいます。旅行をする人がいます。また、それ以外でも、身体を動かすスポーツの領域で新しいことをしていく人がいます。一日のうち十分間、体操をする人もいます。一時間、テニスならテニスをやる、水泳をやるというような人もいます。このようにして、いろいろなことを同時に組み込んでいる人は、要するに、持っている時間の面積がひじょうに広いのです。この面積が広いということが、やがてその人の活動領域を広げることになっていきます。
 時間の面積を広げることによって、また新たな世界を拓き、それが自分の時間を創造していく機能が出てくるようになってきます。同じ二十四時間を生きている人間でありながら、時間の深さと時間の面積によって、生きている世界がまったく違ってくるのです。」
(『人生の王道を語る』)

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