懲戒処分
懲戒処分とは、使用者が会社内の秩序を乱した労働者に対して、一定の不利益処分を課すことによって、会社秩序を維持することを目的とするものです。
企業は、服務規律に違反した労働者に対して、懲戒処分と呼ばれる一定の制裁(不利益措置)を加える制度を設けています。
懲戒権の根拠について、最高裁は、労働者が労働契約を締結したことによって企業秩序遵守義務を負い、使用者は労働者の企業秩序違反行為に対して制裁罰として懲戒を課すことができるが(関西電力事件 最高裁 昭58.9.8)、その行使に当っては就業規則の定めるところに従ってなしうるとしています。(国鉄札幌運転区事件 最高裁 昭54.10.30)
懲戒処分が有効とされる要件
服務規律によって維持される会社の秩序は、懲戒処分によってその実効性が担保されます。
しかし、服務規律違反があったからといって、当然に懲戒処分ができるわけではありません。
具体的に懲戒処分を行う場合には、一般に、次の4つの要件でその効力の有無が判断されます。これを欠いた場合、無効とされることになります。
(1) 刑法定主義の原則
刑法の適用についての罰刑法定主義で、懲戒処分をするためには、その理由となる事由とこれに対する懲戒の種類・程度が就業規則上明記されていなければなりません(フジ興産事件 最高裁 平15.10.10)。
法律や就業規則などによる具体的な規定がなければ、使用者は労働者に職場秩序を乱す行為があっても、その労働者を懲戒することはできないということです。ただ、例外として、明らかに企業秩序違反行為であると認められるレベルの行為は定めがなくても認められています。
また、懲戒の規定は、それが設けられる以前の違反に対して遡って適用することはできません(不遡及の原則)。
同一の事案に対し二度の懲戒処分を行うことは許されません(二重処罰の禁止)。
(2) 平等取扱いの原則
違反行為の内容や程度が同じ場合には、それに対する懲戒の種類や程度も同じでなければなりません。
(3) 相当性の原則
懲戒処分は、違反の種類・程度その他の事情に照らして社会通念上相当程度なものでなければなりません。
懲戒権の行使(懲戒処分)は、権利濫用法理によって規制されており、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為および態様その他事情に照らして、客観的合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は無効となります。(ダイハツ工業事件 最高裁 昭58.9.16 労働契約法15条)
(4) 適正手続
処分にあたっては、適正な手続きが要求されます(千代田学園事件 東京高裁 平16.6.16)。
懲戒処分を発動するまでの手続については、会社で定めた手続上のルールがあれば、これを遵守する必要があります。
労働組合との協議、懲戒委員会の設置・審議、処分対象者の弁明の機会の付与など諭旨退職や懲戒解雇といった、最も重い懲戒処分をしようとする場合には、弁明の機会を与え、事情をよく聴取するなど、適正な手続によるべきものとされています(西日本短期大学事件 福岡地裁 平4.9.9)。
なお、諭旨退職や懲戒解雇に至らない程度の懲戒処分については、必ずしも全ての事案について弁明の機会を与える必要はなく、事案ごとに会社の判断に委ねることで良いと思います。
違反の程度の軽重またはその回数
たしかに違反しているが、軽微であるとか頻度が少ないとかいう場合は、適用した処分が重いと(引責処分が相当なのに懲戒解雇処分をした)、解雇権の乱用とされるおそれがあります。
懲戒権の濫用に関する判例の状況
懲戒の程度は、懲戒の事由との間の均衡が十分考慮されていなければならず、判例においても、使用者の懲戒権の行使は、「客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合」には「権利の濫用として無効になる」(ダイハツ工業事件 昭和58年最高裁判決)とされている。 ただし、判例法理であることから、その内容が労使当事者に必ずしも知られていない状況にあると考えられる。
また、どのような場合に懲戒が無効となるのかが、必ずしも十分に明確になっていないのではないかと考えられます。
処分以前の警告の有無
規律違反については、国の刑罰と違うのだから、本人の自戒・反省を求めて、矯正を第一義とする教育的態度がほしい。 きわめて悪質、重大な違反ならば別としてそうでなければ、警告を与え、それにもかかわらず違反を重ねたら懲戒処分にする。問答無用で一刀両断に処分するのは、懲戒権の乱用とされます。
・エスエス製薬事件(昭和42年 東京地裁判決)
就業規則に、譴責等の懲戒処分を行う前に使用者が労働者から始末書の提出を求めうる旨 規定していることから、労働者が始末書の提出を拒否したことは「上長の指揮命令に従わず」との事由に該当し、懲戒処分の対象となるものとされました。
類似の違反行為がなされた処置との均衡
過去に類似の行為を誰かが行い、それに対する処分と比較して、重すぎる場合は他に特別な意図をもって処分したのではないかという疑いがもたれ、懲戒権の乱用とされます。
意力、能力不足によるものについては、労働契約の債務不履行に対する責任追及と懲戒処分とは性格が異なります。やむを得ず解雇する場合は、通常の解雇で対処することです。
就業規則に、懲戒処分を受けた場合は昇給せしめない、という欠格条件を定めても、制裁規定の制限には該当しません。
職務ごとに異なった基準の賃金が支給されることになっている場合、格下げ、降職等の職務替えによって賃金支給額が減少しても制裁規定の制限には抵触しません。
・福知山信用金庫事件(昭和53年 大阪高裁判決)
「誓約に違背する行為をしたときはいかなる処分を受けても異議を申し立てない」旨の誓約書には包括的な異議申立権の放棄を意味する文言を含んでおり、また、労働者の内心の自由にかかわる問題を含んでいることから、この誓約書を提出しないことをもって企業秩序を紊乱するものとはいえず、懲戒事由とはなりえないものとされた。
・山口観光事件(平成8年 最高裁第一小法廷判決)
懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠づけることはできないとされた。
・富士見交通事件(平成13年 東京高裁判決)
懲戒当時に使用者が認識していた非違行為については、それが懲戒解雇の際に告知されなかったとしても、告知された非違行為と実質的に同一性を有し、あるいは同種若しくは同じ類型に属すると認められるもの又は密接な関連性を有するものである場合には、それをもって当該懲戒の有効性を根拠付けることができるとされた。
(判例)
香川県職員退職条例事件 最高裁第3小(平成12.12.19)
神戸税関事件 最高三小判決(昭和52年12月20日)
JR東日本(本荘保線区)事件 最高裁第2小(平成8.2.23)
静内郵便局事件 札幌高裁判決(昭和54年1月31日)
鈴鹿国際大学(亨栄学園)事件 最高裁第2小(平成19.7.13)
住友化学工業名古屋製造所ビラ配布等事件 最高裁第2小(昭和54・12・14)
富士重工業事件 最高裁第3小(昭和52・12・13)
向日町郵便局事件 最高一小判決(昭和52年10月13日)
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