認知行動療法 詳しく

認知療法

 認知療法は、考え方に働きかける治療法のことです。1963年に、アメリカの心理学者であるアーロンTベックによって開発され、1970年代に体系化された心理療法です。出来ごとに対して、誤った考えや歪んだ認知を合理的な認知へと修正し、感情や行動の変容をはかって、精神的な悩みの問題解決に役立つ手法として確立しました。このベックの認知療法は、アメリカにおいてうつ病を治療することに成功し、その後デビッドDバーンズなどの弟子たちによって世界的に広められ、心理学や精神医療に革命をもたらしたのです。認知療法は、うつ病に対しての効果は著しく、抗うつ薬以上の効果があると証明された最初の精神療法とも言われています。以来、認知療法はうつ病、不安障害、パニック障害、嫉妬や罪悪感など、気持の問題解決に有効であることが証明され、さらに人間関係やストレス、自信の強化などにも効果をあげてきました。そして今日、医療の現場で開発された認知療法は、健康な人がより幸せな人生を送るための手法として注目されている一方、企業やスポーツの現場においても、認知療法の導入が盛んに行われるようになりました。ストレスが重なったり、悲しい出来ごとがあったりすると、一日中憂うつ気分になり、不安や悲しみ、焦燥感、不眠、食欲不振などに襲われ、それが原因でうつ病の発症につながる人が少なくありません。仕事で失敗したりすると、「自分はダメ人間だ」と決めつけて、いっそう自分を追い詰めたりします。私たち人間の感情はどのようにして発生するのか、そのメカニズムは分かっています。それは、現実世界での「出来ごと」(良いこと、悪いこと、意味のないことなど)があると、それについて「考える」(認知する、思考する、受け止める、解釈する)ことをし、その結果で「感情」が作りだされます。  つまり、この感情は、現実世界それ自体ではなく、現実世界に対する考え方、認知の仕方によって頭の中で作り出され、意味づけされ、感情として表出するのです。問題は、この思考プロセスのパターン化や、認知の歪みにあるようです。抑うつ感や不安感、怒りや悲しみなど負の感情が強い人、極端に悲観的で否定的な人は、この思考のパターン化に陥り、認知に大きな歪みがあることが明らかになっています。認知療法は、まさにこの歪みに焦点をあて、合理的な考え方に修正する技法のことです。考え方に働きかける治療法こそが、認知療法の目的なのです。  認知の偏り、歪み、パターン化とはどんなものかをまとめてみますと、次のような点が挙げられます。

両極端思考

 物事を白か黒か、良いか悪いか、0か100か、全か無かのどちらかでしか考えられない極端な思考です。事実はその中間のどこかにあるのですが、思考に柔軟性がないために、考え方に偏りがでてしまいます。例えば、試験に失敗すれば、「俺はダメ人間だ、失敗者だ」と悲観して落ち込み、逆に合格すれば「俺は有能な人間だ、完璧な人間だ」などと過信します。

一般化思考

 たった一度や二度、良くない事が起きたり、思うようにいかなかったり失敗すると、「いつも俺はこうだ」「決まっていつもこうなる」「何をやってもうまくいかない」と、思考をパターン化します。例えば、人とのお付き合いで、たった一回断られただけでも「私はいつも人に嫌われる、断られる」と考える人です。

飛躍思考

 結論を飛躍して考えるタイプです。確かな根拠もないのに、飛躍的に結論をだして悲観する人です。近所の方や会社の方と、たまたま道路上で行き違った際に、自分から頭を下げて挨拶したが、相手の方はそのまま通り過ぎていってしまったとします。そんな時、「どんな人も私を無視している」「皆が私を嫌っている」と考えます。相手は、たまたま考え事していて気がつかなかったかもしれない、視力が悪くて見分けがつかなかったかもしれないのに、自分の方から一方的に結論を出して悩むタイプです。

すべき思考

 何かやろうとするとき、「~すべき」「~すべきではない」と考えることです。この「すべき思考」が多いと、一般社会の人はこの基準に会わない事が多く、他人の行動に対して怒ったり、がっかりしたりすることが多くなります。また、「すべき思考」が自分に向くと、必要以上に罪悪感やプレッシャーを感じることになります。

 以上のような思考(認知)のパターンが、抑うつを初めとする精神疾患に大きく影響していることが、これまでの研究で分かっています。思い込みや現実とのギャップを認識して、ものの見方や考え方を変えていくのが認知療法です。

 

行動療法

 行動療法は、文字通り行動面に働きかける治療法のことです。アメリカの心理学者であり行動分析学の創始者であるスキナーや、同じく心理学者のアイゼンクらによって、1950年代に体系化された心理療法の一つです。行動療法は、一般に「行動(学習)理論にもとづいて、問題行動を適応的方向に変容させることを目標として行われる行動変容技法の総称」と定義されています。つまり、生活の中で不適応な行為や不合理な行動が身につき、それが習慣的になっている行動パターンを、一定の理論によってその行動を修正し変容させて、問題解決をはかる治療法です。一般によく知られているのでは、パブロフの犬の実験です。犬にベルの音を聞かせてから食べ物を与えると、やがて犬はベルの音を聞くだけで唾液をだすようになります。このように、専門家によって行動と条件についての研究や実験が数多く行われ、今日のような不安障害治療の手法として発展してきました。行動療法は、学習理論と行動理論に立脚し、不適応に陥っている行動の治療改善を図るのが目的です。異常行動そのものが治療の対象になります。たとえば、パニック障害にみられる乗り物恐怖症のような場合、乗り物に乗れないという行動そのものを問題とし、実際に乗れるように指導していくという手続きをとります。「一人で電車に乗ると不安発作を起こしてしまう」という患者さんがいたとすると、この患者にとっては、外出することに一定の制限を抱えることになります。この場合、問題は「電車に乗ると不安発作を起こしてしまう」という行動パターンそのものにあります。この行動パターンを修正し変容させるための手法として、まず「友人と二人で電車に乗ってみる」→「電車に乗らず改札まで一人で行ってみる」→「電車に乗らず一人でホームに立ってみる」→「人込みの少ない時間に一区間だけ電車に乗ってみる」→「人込みの少ない時間に30分程度の距離を一人で電車に乗ってみる」→「一人で電車に乗っても大丈夫な状態になり、これを繰り返していく」といったように、条件を段階的に変えていくことによって、行動を変化させ、問題を解決していきます。この段階的に目標をクリアしていく行動理論を消去理論といって、人間には恐怖刺激や不快刺激に対しての慣れが生じるというものです。この場合の技法としては、暴露療法(エクスポージャー法)の一つである系統的感作法が用いられます。  

 行動療法では、異常行動は素質ではなく、後天的に学習されたものであると考えます。したがって、学習の原理にしたがって、適切に学習し直すことが治療であると考えます。そのため、条件付けの考え方にたって、さまざまな治療法が工夫され、併用したり使い分けしたりして用いられます。系統的感作法のほかに、現実刺激によるフラッディング法、刺激統制法、オペラント条件付け療法、嫌悪療法、条件性制止療法などの技法があります。

 行動療法の特徴や取り組みのポイントについてまとめると、以下のようになります。

行動療法の考え方

① 人間の行動は、大部分が学習によって獲得されたとみなす。他の心理療法と比較して、客観性と普遍性において優れている。

② 神経症においてさえ、何らかの理由で不適応的に学習された習慣に過ぎないものであり、その習得に用いられた同じ原理を組み合わせれば、それは解除できると言う考え方に立っている。

③ 一般に他の心理療法と比較して、治療に要する時間は短く、治療の経過を客観的に理解することができる。

行動療法の特徴

① 行動理論を基礎原理とする。

② 治療の目標を明確にし、客観的測定や制御が可能な行動のみを治療の対象とする。

③ 症状を、不適応行動の学習あるいは適応行動の未学習としてとらえる。

④ 治療の焦点を過去ではなく、今現在にあてる。

⑤ 治療の最終目標を行動のセルフコントロールとする。

 

認知療法と行動療法の統合

 認知療法と行動療法にはそれぞれの歴史があり技法も異なりますが、実際には表裏一体の関係にあります。認知と行動は密接に関係しているため、認知が変われば行動が変わり、行動が変われば認知も変わってきます。治療の効果も、認知面と行動面の両方に出ます。この二つの治療法を統合させたのが 認知行動療法です。

 認知行動療法は、1990年代位に体系化され、イギリスのクラークやサルコフスキスらによって、認知療法と行動療法が統合されました。強いエビデンスをもち、不安障害やうつ病の治療法として国家的に実践されるようになりました。

 世界的に見ても、メンタルヘルスの分野において、もっとも有効な介入法として幅広く用いられています。それは、他の心理療法とは異なり、閉じた体系となっていない点です。したがって、従来型の支持的精神療法や精神分析のように、患者の話しを傾聴・受容・共感して、回復をサポートする療法に比べ、認知行動療法の有効性は著しく高く、薬物療法に勝るとも劣らない治療効果が、医学的にも証明されています。

 認知行動療法の特徴は、個々の症状や問題に対して、それぞれ対応できる多様な技法をもっている点です。状況に合わせてもっとも適切な技法が活用でき、それによって有効な介入が可能なのです。そして、他の方法に開かれた体系であるため、生物-心理-社会モデルに基づくメンタルヘルスの活動に適合しやすく、薬物療法などの生物学的介入を含めたさまざまな介入方法と組み合わせることができるため、統合的な活動を構成することも可能となっています。

 世界の趨勢と比較すると、わが国における認知行動療法の導入は遅れていました。近年に至って、ようやく日本においても、医療機関で活用されるようになり、実績を重ねつつあります。とはいえ、認知行動療法を習熟した専門家は非常に不足しているのが現状です。イギリスでは、2008年から国家的に巨額の予算をつけて、専門家の養成に取り組んでおり、希望する人は誰でも認知行動療法を受けられるようになっています。わが国においても、2010年から認知行動療法が一部保険点数化されましたが、まだまだ不十分です。国民が良質な認知行動療法を受けることができるようになるためにも、専門家の養成が急務となっています。

 認知行動療法は、患者を温かく受け止める精神療法としての傾聴・受容・共感の部分はそのままベースにあり、そのうえで、病気の原因となっている認知や行動の悪循環となっているパターンを見つけ出し、それを良い循環に変えていくことによって、症状を改善していくことを目的とする療法のことです。

 認知、つまり「考え方」は人によって異なります。例えば、
 ①地球は丸い
 ②お化けは実在する
 ③空は青い
 ④自分が乗る飛行機は墜落する
 ⑤今の仕事に自信がある
 ⑥自分は美人(美男子)ではない
 ⑦明日は雨が降る
 ⑧初めて会った人とすぐに仲良くなれる
といった項目について、認知(考え)の確信度をパーセントで表わしたらどうなるでしょうか? もちろんこれは、常識や知識を問うものではありません。自分の主観的な考えをはかるものです。  

 この中で、①~④の項目については100%信じるか、まったく信じないかのどちらかになりやすい傾向があります。一方、⑤~⑧の項目のように、仕事や自分のことや人間関係などについては、その時の気分や状況、経験、性格などによって確信度が10%であったり30%であったり、50%や70%などのように柔軟に変化します。認知(考え、気の持ち方)によって確信度のパーセントが変わります。もちろん0%もいれば100%の人もいます。⑤の「仕事に自信がある」については0%に近い確信で、「自分はダメ人間だ」と考え、気分が落ち込み、不安になり、行動面にも影響が出てきます。

 認知行動療法は、この認知を変えられずに苦しんでいる人のために開発された療法なのです。自分の思考パターンをつかみ、それを変えていくことが出来れば、感情も変わり、行動も変わり、生活も変えていくことができます。

 一般的に、患者と治療者(精神科医や専門の臨床心理士)が一対一で話し合いながら進める個人認知行動療法の場合は、1回30~50分程度の治療を、合計12回程度のセッションで治療を進めていきます。一方、患者が3~10人という複数の場合は、治療者が2~3人ぐらいついて、グループで治療を進めていく集団認知行動療法という方法もあります。また、症状が軽く医療機関に行くほどでない場合は、自分でワークブックを使って、1人で認知行動療法を行うセルフヘルプという方法もあり、これによって症状を改善することも可能です。

 認知行動療法は、患者の気持をあたたかく受け止め、共感的に話を聞く点で従来の精神療法(心理療法、精神分析、心理セラピー、サイコセラピーなど)と変わりませんが、その後の対応において患者と一緒に具体的な解決策を考え、それを生活の中で応用していく点ではより実践的な手法といえます。

 これまでの精神療法というのは、物理的・化学的な手段に拠らず、治療者である専門医やセラピストが対話・教示・訓練を通して、認知・行動・感情などに変容をもたらすもので、精神疾患や心身症の治療などに寄与してきました。その基本となるのが支持的精神療法(支持的心理療法、支持療法)です。これは力学的精神療法の一つで、精神分析を基本におき、患者の「無意識の心」と「意識的な心や行動」の相互関係を理解しながら治療を行うものです。治療者はまず患者の悩みや不安をよく聴き、それを理解して支持するのが基本です。したがって、治療者は患者の訴えに対して、良いとか悪いとか、間違っているといった価値判断はしません。また、安易に励ますようなこともしません。あくまでも患者を支持することによって、気持を楽にさせ、精神的に自立できるようにしていきます。心の病気の治療においては、治療者は患者の気持をあたたかく受け止めることから始めます。

 その3つのポイントは傾聴・受容・共感です。傾聴では、まず話を聞くことに徹し、あれこれ指示することはしません。受容は、どんなに突拍子もないことを言っても、否定せず受け止めます。そして共感では、患者のつらい気持を自分のことのように理解することです。どこまでも、治療者は患者を支持(サポート)し続けることが重要となります。この手法は、そのまま認知行動療法においても受け継がれますが、認知行動療法ではその後の対応に特徴があります。それは理性的であり、実践的であるということです。感情を受け止めるだけではなく、理性(知性)の用い方も教えます。また、傾聴や分析にとどまらず、その先の道筋についても一緒に考え、実践に移して問題解決にあたります。このように、認知行動療法は患者のありのままの気持を受け止めて、なおかつ、患者の状態を変えて治療していく、という二つの側面を同時に行う治療法です。受容と変化という要素を扱う手法だけに、治療者にとっては難しい治療法ですが、それだけ患者にとっては、あたたかくて効果も高い治療法なのです。

  認知行動療法(CBT:Cognitive Behavioral Therapy)は、うつ病や不安障害の治療の第一選択となっているサイコセラピー(精神療法・心理療法)のことです。

 

薬物療法と認知行動療法の組み合わせのパターン

パターン・1・・・認知行動療法 → 薬物療法

 治療は、まず認知行動療法から始めます。これは、副作用で薬が飲めない場合や、薬を飲むことに強い抵抗感を感じる患者の場合に行われるパターンです。軽症のうつ病をはじめて発症したときに、このパターンが適しています。

パターン・2・・・薬物療法 → 認知行動療法

 薬物療法から治療を始めるパターンです。薬で激しい症状を抑えてから認知行動療法に入る場合と、薬では十分な効果が出ないため認知行動療法に移行して治療が行われる方法です。現在、日本で行われている治療で最も多いパターンです。

パターン・3・・・薬物療法 + 認知行動療法

 これは、2つの治療法が平行して行われます。薬物療法で症状を緩和し、認知行動療法で生活を変えるもので、相乗効果が期待できるパターンです。しかし、どちらの治療法がよかったのか判断しにくいのが欠点といえます。

 2つの治療法を併用したときの効果については、科学的にも実証されています。併用という点でも、認知行動療法にはエビデンスがあるのです。

 

6つの基本原則と5つの相互作用

6つの基本原則

 認知行動療法には、6つの基本原則があります。

 1つ目は「治療者と患者との関係性」です。

 認知行動療法を行ううえで、重要なポイントになるのは、治療者と患者の信頼関係です。問題解決にあたっては、双方が協力して面接を進めていき、治療者と患者は常に対等の関係性のなかで、耳を傾け、質問や理解できない点をお互いに確認しあいながら、活発に対話をすすめていきます。

 2つ目は「認知行動療法の基本モデルを理解すること」です。

 このモデルにそって患者の問題を整理し、環境的な状況が患者にどのような影響を与えているのか、全体像を把握していきます。モデルは、「環境」と「個人」の相互作用を表したもので、ストレス源である環境(状況)が、個人の「認知」「感情」「行動」「身体」にどのような相互作用をもたらすのか、また、その反応が個人内部においてどのような相互作用を起こしているのかを把握するものです。  

 3つ目は「問題解決的な志向で進めていくこと」です。

 問題の原因を追究する方法ではないということ。いまここにある問題に焦点をあてて、どのような要因がその問題を起こしているのか、分析し理解します。そのうえで、現実的な目標をたててそれを達成することで、問題の解決を目指していきます。

 4つ目は「心理教育と再発予防の視点」です。

 心理教育とは、患者に認知行動療法についての教育を行うことや、患者自身がかかえる問題や症状についての情報を提供し、患者がそれを知識として理解することで、問題解決の対処法を習得することを目的とします。さらに、患者の内面に働きかけることによって、自分自身で問題に対処できる力を引き出して、再発を予防することが目的です。  

 5つ目は「構造化の明確化」です。

 認知行動療法の開始から終結までの流れを説明することです。アセスメント→問題の同定→目標設定→実践→検証→維持・般化への流れを十分に説明して、面接を行います。1回ごとの面接では、話し合う内容をあらかじめ決めて行い、1回の面接が全体の流れとどのようにつながっているのか、明確にしていきます。治療者と患者が「いま何のために何について話し合っているのか」を理解したうえで、面接を進めていくことが重要です。

 6つ目は「外在化」ということです。

 面接のなかで話し合っていることを、図や文章を使って紙に書き出し、視覚化します。治療者と患者が共通理解をしながら面接することで、自分自身の問題を客観的にとらえることができます。

5つの相互作用

 私たちの心や生活は、大きく分けて「環境」と「個人」の相互作用で成り立っています。環境においては、状況や他者(家族、友人、同僚など)が影響し合いながら生活しています。また、個人においては認知(考え、イメージ)、感情(気分)、行動、身体が常に相互作用し合っています。認知行動療法では、この「環境」「認知」「行動」「感情」「身体」の5つの相互作用が基本モデルとなります。その中で、特に認知行動療法は「認知」と「行動」に焦点をあてながら治療していく心理療法です。感情や身体を軽視しているわけではなく、「認知」「行動」に着目したほうが、比較的問題を把握しやすく、また、修正したり幅を広げたりしやすい。

 この5つの基本モデルにしたがって、Aさんのケースで考えてみることにします。

 環境・状況・・・Aさんは、職場でちょっとしたミスをした。

 認知・・・「なんて、自分はダメな人間だろう」と思う。

 感情・・・気分が落ち込んだ。

 行動・・・ミスを上司に報告し、謝罪した。

 認知・・・上司から「ダメなやつだ」と思われるに違いない。

 身体・・・心臓がドキドキし、足がガクガクしてきた。

 環境・他者・・・上司から「困るよ。この前と同じミスじゃないか」と言われた。      

 認知・・・これでまた、自分への評価が下がってしまった。もう、この仕事は任せてもらえないだろうと思う。

 認知・・・会議の席で、上司が「Aさんの仕事は、今後他の人にやってもらうことにする」と話している様子を想像する。

 感情・・・悲しくなり、ひどく落ち込む。

 身体・・・胃が痛くなってきた。

 感情・・・すっかりやる気を失ってしまう。

 行動・・・他にやらなければならない仕事にも、手がつけられなくなってしまった。

 Aさんのケースを相互作用モデルにあてはめると以上のようになり、その悪循環を繰り返すことになります。認知行動療法では、このようなさまざまなケースを相互作用モデルにあてはめて把握していきます。そして、次にいかにして悪循環から抜け出すかがポイントになりますが、状況、認知、行動、感情、身体の中で、容易に修正が可能なのが「認知」と「行動」です。仕事でミスをしたという「状況」は変えようがありません。また、心臓がドキドキしたり、足がガクガクしている「身体」的反応を変えたりするのも、無理なことです。同じように、落ち込んだり悲しんだり、やる気を失っている「感情」の部分を修正することも、また容易なことではありません。その点、状況に対してどのように認知(考え方、受け止め方、イメージ)するか、またどのように行動を起こすかの方が、修正しやすいのです。そのあたりを、、Aさんのケースで見てみたいと思います。Aさんは、「自分はなんてダメなんだろう」と一度は落ち込みますが、その後に「確かに自分はミスをしたけれど、だからと言って、自分は何をやってもダメな人間である、ということにはならない」「次に、同じミスをしないようにするにはどうしたらよいのだろう?」と考え直すことができれば、落ち込みは以前よりは深刻にはならないはずです。また、行動の部分でも、上司に報告する際に、ただ謝罪するだけではなくて「また、ミスをしてしまいまして申し訳ありません。今後このようなことがないように、事前にBさんにチェックしてもらおうかと考えていますが、いかがでしょうか?」と、改善案を提案することができれば、上司の反応も変わってくるかもしれません。また、「もう、仕事は任せてもらえないだろう」と考えて落ち込んでいたら、他の仕事もミスしかねないことになり、そうなれば、ますます自分の評価は下がるので、とりあえず今は目の前の仕事に集中しようと考え直すことができれば、気を取り直すこともでき、仕事への意欲もでてくるかもしれません。このように、認知を修正すれば、行動も修正されますし、行動を変えれば認知も変わってくるのです。普通の人であれば、何かストレスを感じるようなことが起きても、必要以上に落ち込まないように、無意識に認知や行動を修正しているのです。ところが、うつや不安などで、心の元気が失われると、自分一人で修正することができなくなってしまいます。認知行動療法は、患者が落ち込んだ気持を、再び自分で立て直すことができるように、心理的手法を用いながら教育的援助をする治療法なのです。

 

自動思考とスキーマ

 うつや不安の根源である認知の正体は、「自動思考」とさらにその奥に潜む「スキーマ」にあると言われています。人間の認知を分析してみると、日頃から意識している考え方のほかに、何気なく思い浮かぶ心の声があることに気づきます。これを自動思考といいます。自動思考は、根拠なく自動的に思い浮かぶ考えで、自分では考えているつもりはないのに、瞬間的に頭に浮かんでくる考えです。「どうせやっても、失敗するだろう」「どうせ頑張っても、自分はダメだ」「どうせ、嫌われるだろう」「今度失敗したら、俺はもう終わりだ」「友達はきっと怒っているに違いない。全部自分のせいだ」「今日もまたつらい。生きている価値がない」などの考えです。この自動思考は、行動や感情にもすぐに影響を与えます。会議が始まると、緊張感が生じ、あわててしまってミスの連続となることがあります。それは、根拠のない自動思考がつぎつぎと思い浮かび、悪循環に陥ってしまうからです。

 認知の内容を詳しくみていくと、認知というのは意外と自分ではコントロールできないものです。自分では意識しているつもりであっても、いざその場になると、自動思考が思い浮かび、それに支配されてしまいます。自分が考えている通りことが運ばず、生活や仕事がうまくいかない場合は、自動思考を疑ってみます。その場合、紙に書き出してみるとか、人に話したりして、自動思考を言葉にしてみることです。言語化することによって、考え方を見直すきっかけになります。頭でもやもや思い悩んでいて、気付かなかった感情や行動が、自動思考の言語化によって明らかになることがあります。

 認知行動療法では、自動思考から行動への流れ、また、感情への流れがどのような影響をおよぼしているのか、そのメカニズムをくわしく見ていきます。自動思考をとらえることができると、さらにその先に認知の意外な姿が見えてきます。それが、スキーマ(考え方のクセ)と言われるものです。スキーマとは、考え方のクセをつくる設計図のようなもので、中核信念(コア・ビリーフ)とも言われ、自動思考よりもさらに奥深くあって、心の中核にある考え方のパターンのことです。自動思考はこのスキーマから生まれるのです。「自分はダメ人間」というような自己否定的な中核信念があると、それがその人の生き方すべてに影響し、毎日がつらいものになります。 

 認知の中核にある信念、また考え方のクセが見えてくると、それが症状を引き起こしている大きな問題であることに気づきます。こうしてスキーマをとらえることができれば、認知の全体像を掴むことができます。中核信念は、いつも正しいわけではなく、むしろ誤っていることの方が多いのです。そこに気づけば、そこを変えるのが治療であるという認識につながります。凝り固まった考え方、考え方のクセや思考のゆがみを修正していくことで、考え方にはいろいろあることを発見し、柔軟な思考を獲得できるようになります。認知の修正が感情や行動にも相互作用して、よい影響を与えるのです。

 

認知行動療法のセラピー形式

 認知行動療法は、患者の症状の程度やまた希望に応じて、さまざまな形式で実施されています。

 治療者と患者が1対1で行う「個人認知行動療法」から患者が1人で本を読んで行う「セルフ・ヘルプ式」まで、幅広い形式が用意されています。自分に当てはまる方法を選択できます。

 形式は、大きく5つに分かれ、患者の状態に合わせて、セラピーの強度が調整できます。

 弱いセラピーから強い順に並べると、①「セルフ・ヘルプ認知行動療法」、②「アシストつきセルフ・ヘルプ認知行動療法」、③「認知行動療法アプローチ」、④「集団認知行動療法」、⑤「個人認知行動療法」です。

 

セルフ・ヘルプ式

 セルフ・ヘルプ式(自分で自分を助ける)は最も簡易な形式で、患者本人が1人で行うセラピーです。

 うつ や不安の症状が軽く、まだ本格的な治療を必要としない患者向けの方式で、記入式の本を用いたり、パソコンのホームページを利用したりして、認知行動療法の一部を自習形式で体験できます。あくまでも入門的な取り組みになります。本を用いる場合は、認知行動療法の解説書を読み、記入式のワークブックを使って、認知や行動を書き入れていく方法が取り組みやすい。解説にしたがって、自分の気持や考え、また、行動を紙に書いて整理するだけでも、新たな視点を発見できる場合があります。

 

アシスト形式

 アシスト形式は、一人で行うセルフ・ヘルプ式と、本格的な治療の中間に位置します。うつや不安の症状が軽い場合は、セルフ・ヘルプ式に取り組みますが、その際、医師やセラピストなどから適宜に助言を受け、手伝ってもらうのがアシスト形式です。専門的な認知行動療法のダイジェスト版のような治療をうけられるメリットがあります。基本的には、患者が1人で本やパソコンなどを活用して取り組みます。1人ではうまくいかないような時に、助言や説明を受けることができます。より的確に作業ができることと、1人ではあきらめそうな時に、助言者のサポートが支えとなります。また、理解が深まって、治療意欲が高まるなどの効果もあります。このアシスト形式は、本格的な治療とは異なるため、認知行動療法本来の治療効果そのものを望むことはできませんが、その分、専門的なセラピストでなくても、患者をサポートすることはできます。患者にとっても、医療機関にとっても、取り組みやすい長所があるのです。

 

CBTアプローチ

 CBT(認知行動療法)アプローチは、本やパソコンだけでは治療の概要がつかめない場合に、医師やセラピストなど専門家からもっと詳しく話を聞く形式のことです。医師やセラピストが、一般向けにセミナーや講演会などを行って講義することがありますので、その機会を利用して話を聞くことができます。また、医療機関を受診し、病気や治療法について説明してもらうと、心理的になっとくできることがあります。

 CBTアプローチは、本来の双方向性の共同作業である認知行動療法をダイジェストにして、それを一方向で伝える形式で、精神療法というより教育に近いものです。したがって、認知行動療法の治療効果そのものを完全に望めるものではありません。

本格的な認知行動療法には、集団向けと個人向けの2種類があります。

 1対1で取り組む個人認知行動療法に対して、集団認知行動療法は数人(3~10人程度)の患者が、医師やセラピスト(ほかスタッフ2~3名)のもとに集って実践するものです。定期的に集まってセッションを行い、数ヵ月間かけて状態の改善をめざします。集団認知行動療法では、状態の近い患者同士が集うのが基本です。同じ境遇で頑張っている仲間が集うために、集団行動に強い抵抗がない人によい選択肢になります。

 集団認知行動療法というのは、グループで一緒に取りくむ治療ですので、いくつかの決め事があります。

1 お互いに認め合う
 患者たちは、お互いに発言したことに対して否定しないようにします。むしろ、相手の発言に対して、拍手をしたり賞賛の言葉をかけたりするようにします。

2 目標を立てる
 グループでの目標を立てたり、個人としての目標も立てたりします。治療者と相談して、適度な目標を設定します。

3 他の人の様子をみる
 同じグループの患者の考え方や症状などをみて、共感したり、客観的な視点に気づいたりします。

4 人前で発表する
 一人ひとりが、治療に取り組んだ結果を、メンバーの前で報告します。全員が均等に発言するようにします。

5 ルールをつくる
 グループへの途中参加はできません。患者の個人情報は保護するなどのルールを作り、治療の枠組みについては全員で守るようにします。

 この集団認知行動療法の場合、患者にとっても治療者にとっても、いくつかのメリットがあります。

1 悩みや問題に対して、一緒に取り組む仲間がいるため、患者にとっては精神的な支えとなります。

2 グループへの一体感や帰属意識などがめばえ、治療意欲が高まります。仲間に刺激されて、ほかの患者が症状を克服する過程を見ているうちに、自分にもできると思えてくるようになります。客観的な視点が養われるなど、さまざまな効果が期待できます。

3 熟練した治療者1人が数人の患者を担当できるため、費用の面で出費を抑えることができます。

 

個人認知行動療法

 個人認知行動療法は認知行動療法本来の形式です。治療効果がもっとも高い治療法です。

 原則として、1人の治療者が1人の患者の治療を最後まで担当します。患者個人が熟練したセラピストによって正式な認知行動療法が受けられる。治療者は、患者との対話を通し、認知や感情、行動について丁寧に引き出し、悪循環をみつけて、患者と一緒に問題解決の糸口を探っていきます。

 セッションは、1週間に1回程度行われ、全部で12回ぐらい行い、患者によっても異なりますが、3ヵ月から半年ほどかけて取り組みます。治療者と患者は、対話を中心にリラックスした中で語り合いますが、場合によっては診察室の外で行うこともあります。  

 認知行動療法に関する多くの実証結果は、この個人認知行動療法によってだされたもので、その効果は高く評価されています。ほかの形式よりも、手間や時間、費用の面でも多少多くかかりますが、その分効果も高いのです。

 個人認知行動療法のメリットとして、次のような点があげられます。
① 治療が認知行動療法の本来の形にのって行われるため、効果が非常に高いことがわかっています。
② 定められた治療内容があるため、計画的に進めることができます。したがって、治療経過が安定します。
③ 治療には専門家が携わります。知識が豊富なので、さまざまな質問に答えてくれます。

 

治療の流れと手法

 認知行動療法の進め方には、基本的な形式はあるものの、実際は治療者が患者に合わせて工夫します。認知行動療法の最終目標は、患者自身が、自分の考え方や感情、また、行動をコントロールできるようになることです。そのために、患者はその目標をめざして治療に取り組み、治療者は患者を全面的にサポートする役目があります。どちらも主役であり、共同作業による治療法と言えます。   

 認知行動療法の場合、1回30~50分程度の時間で、対話を中心にしたやり取りが行われます。一般的に、週に1回ほどのペースで定期的に実施して、全部で12回くらいのセッションで終了します。進行は治療者にまかせ、患者は自分の気持を繰り返して話していきます。それを繰り返すことによって、認知・感情・行動をとらえて悪循環を発見し、対策を考えていきます。

 

認知行動療法の1回の流れ

1 導入部(約10分間)

 ここでは、前回(先週)のセッションで行ったことを振り返って確認し、続いて今回のテーマを決めます。また、宿題が出ていた場合はその確認も行います。

2 本題(約30分間)

 本題では、患者が話したいテーマや、治療者が取り組みたいテーマが中心になります。ここで話し合うことで、患者の感じていることや考えが、言葉やイメージとなって出てきます。そして引き出されたことについて、患者と治療者で確認し、認知・感情・行動の区別を行います。認知・感情・行動に悪循環があるようだとわかれば、それについて話し合います。その悪循環から抜け出すためにできることは何かをよく話し合い、具体的な対策を一緒に考えます。

3 まとめ(約10分間)

 今回の治療を振り返って、意見や感想をざっくばらんに伝え合います。そして、より良い治療を探っていくように話をまとめます。最後に、次回までの宿題や日時を確信して終わります。

 

認知行動療法の3ヵ月の流れ

 週1回程度の治療を約3ヵ月間かけて積み重ね、12回のセッションで終わらせるのが標準です。長くても16回程度で終わらせます。病気が軽症で、治療が順調に進めば、6回ぐらいで治療が終了することもあります。また、病気ごとによって、治療の期間や内容はあらかじめ定められていますが、状況に応じて、途中で治療の進め方や内容、また、期間の長さを調整することがあります。

 「うつ病」治療の場合は12回程度のセッション回数で、前半で認知を変え、後半で行動活性化に取り組みます。

 「パニック障害」治療の場合は10回程度のセッション期間を設定します。前半2回くらいで認知をとらえ、3回目からエクスポージャーという対策に取り組みます。

 「パーソナリティ障害」治療の場合は、20回くらいのセッションを行います。

 まず、治療関係をつくり、認知や感情をとらえるのに時間がかかるため、セッション回数が増えることになります。なお、治療期間はあくまでも目安で、生活の中でテクニックをじっくりと実践するため、セッションの頻度は1週に1回という回数にこだわらず、2週に1回にするなど、流れを見直す場合もあります。  

 

3ヵ月間の治療の例

 治療者と患者との面接は、治療がスタートする前から行われていて、その中で、患者の困っていることがわかり、認知行動療法が必要だと判断されたとき、以下のような流れで治療がスタートします。

1ヵ月目の治療  認知・感情・行動の関係に目を向けさせる

 治療者から、「何でもいいから、話してみてくださいね」と言われるので、緊張していた患者でも、気持がリラックスできて、いま困っていることを話してみようという気になります。患者の話に対して、治療者は「そのとき、どんな気持でしたか?」「そのとき、どんな考えが浮かびましたか?」と質問したりします。こうしたやりとりの中で、治療者は患者の認知や感情、行動をつかむようにします。さらに、治療者が「どう考えると、その反対の気持ちになるでしょう」などと言葉をかけたりすることによって、患者は認知・感情・行動の関係に目が向くようになります。

2ヵ月目の治療 フォーミュレーションし、悪循環への対策および実践

 患者と治療者が話しを重ねるうちに、認知・感情・行動のパターンが次第に見えてきます。パターンが見えてきたことを、治療者が患者に伝えることで、治療経過が実感できます。患者の状態にもよりますが、フォーミュレーションまでに時間がかかることがあります。それは、患者に合わせた治療の進め方をするためです。

 認知・感情・行動の悪循環が発見されれば、次に良い循環に戻す方法を患者と治療者が一緒に考えます。対策が決まれば、それが身に付くまで繰り返して実践します。そのうちに、症状が軽くなり、自信がついてきます。

3ヵ月目の治療 患者1人で作業し、自信がつけばセッション終了

 患者と治療者の二人で行ってきた作業が、今度は患者1人でできるようになり、自信がつけばセッションは終結します。あとは、再発予防のために必ず継続するようにします。

 

治療の手順と手法

1 まず、何がつらいか話してみる

 うつ や不安障害の患者にとって、何が一番つらいかと言えば、周りの人に病気を理解してもらえないというつらさです。患者には、そのつらさやどうしたいかという要望などを話してもらう事から始めます。つまり、患者の話をよく「傾聴」することから始めます。特に、初めは徹底的に聞き役に徹します。次に、「つらかったでしょう」「今まで、一人で大変でしたね」と、患者の気持ちに寄り添って「共感」してあげます。そして、最後に患者のつらい気持ちを「受容」します。人は受容されれば、変わる事ができます。受容され、自分のすべてが問題なのではないと感じれば、問題の部分を少し変えてみようという意欲がでてきます。  

 認知行動療法の治療は、この傾聴・共感・受容からスタートします。患者は、治療者に話を聞いてもらい、共感してもらい、受容してもらっているうちに、「もうダメだと思っていた自分にも、良いところがたくさんあるんだ」と思えるようになり、病気を治すことができそうな気になってきます。話を聞いているうちに、患者の緊張感はとけていき、より詳しく話せるようになってきます。患者は、受け止めてくれる相手がいるとわかれば、安心し治療しようという心の準備ができるのです。

 一般に、人間関係の基本はお互いの信頼関係によって成り立ちます。認知行動療法においても、患者と治療者がお互いに信頼し、尊重し合うことが基本になります。治療者は、患者を受け止め、認めることを常に意識していますので、治療中に患者を一方的に指示したりするようなことはありません。どこまでも、双方の信頼と尊重のうえに治療は進められていきます。  

2 話したいテーマ(アジェンダ)を決める

 アジェンダ(agenda)とは、会議の議題を意味しますが、認知行動療法では、治療で取り扱うテーマ(話題)のことをアジェンダといいます。患者にとって、話しやすい雰囲気がでてきたら、その日に話し合うテーマを決めます。テーマを設定するのは、治療の対象や目的をしぼりこむためです。テーマが決まれば、患者にとっても何を話したらよいのかという迷いがなくなります。取り組む問題がはっきりすれば、それを解決しようという意欲も出てきます。患者と治療者がいっしょになって、毎回テーマを決め、それについて話し合い、その都度、解決策を見出していくという共同作業が行われれば、治療はスムーズに進行していきます。本格的な治療はここからスタートになります。  

 テーマ(アジェンダ)の一例としては、次のようなものがあります。
 ・人前にでると、緊張してつらくなる
 ・夜になると、いろいろ考えてしまい、なかなか眠れない
 ・家族と口論が多くなって、うまくいかない
 ・前回のセッションの宿題にうまく取り組めなかった  など

 このほか、いろいろなテーマがありますが、患者が話したい事があれば、それをテーマにすることができます。希望があれば、遠慮なく伝えることが大切です。あくまでも、テーマの決定は相談しながら行いますので、治療者が一方的に進めることはありません。面接時において、治療者は患者に「思いついたこと、何でもいいから言ってごらん」と発言を促しますが、患者本人も「いま一番つらい症状。しかし、どうにもできない。話したいことはたくさんあるが、それをどう話せばよいかわからない」という場合もあります。会話のやりとりをするうちに、患者の思いが少しずつ見えてきます。「そう、それが一番気になるんですね。では、その話を今日はお話ししましょうか」と提案し、その日のテーマとすることもあります。また、テーマがたくさん出てきて、優先順位をつける場合もあります。一番気にしているテーマにしぼると、二番目以降の問題が気にならなくなることもあります。テーマが決まり、そのテーマがセッションの最後には、ある程度解決の糸口が見えてきます。

3 患者と治療者の共同作業

 認知行動療法は、患者と治療者の共同作業によって成り立ちます。どちらも治療の主役です。患者のことは患者自身が一番よく知っていますし、治療のことは治療者が一番よく知っています。その両者が力を合わせることで、目標が達成されるのです。

 目標は、病気の回復です。その回復という共通の目標に向かって、一緒に努力するチームメイトですから、共に協力し合う仲間です。二人三脚で病態を把握し、現状を分析し、問題の解決を図っていきます。認知行動療法は、一心同体で協力しながら成功体験を積んでいく治療法のことです。したがって、いかに患者と治療者が協力態勢を築けるかが、治療成功へのカギとなります。そのためには、患者は積極的に治療に取り組み、治療者がそれをしっかりと支えることが重要です。どちらにも片寄らない関係づくりがポイントになります。「前回は、感情をとらえることができましたね。素晴らしい気づきだと思います」という治療者の声かけが、患者の治療意欲を高めることになります。また自己表現を上手に促していくことにより、患者は積極的に自分を表現して、治療者に理解してもらおうと努めます。  

 セッションを重ねていく過程で、患者は治療者の言葉を参考にしながら、自分の認知・感情・行動をとらえることができるようになっていきます。治療者は、患者の話や作業がよい方向に進むように、回復への道をガイドしていく立場にあります。そして、各セッションの最初と最後には、治療の目標や成果について、お互いに言葉を交わして確認するようにします。「今日のセッションに無理なところはありませんでしたか?」と声をかけるなどして、相手の意見や感想を丁寧に受け止め、お互いにフィードバックし合うことが大切です。こうして、各セッションのまとめでは、情報共有の機会をつくり、協力態勢を築きながら次回のセッションに活かしていくようにします。

4 ソクラテス問答で思い込みに気づく

 認知行動療法においては対話が極めて重要な要素です。その対話の際、治療者がよく用いる手法に「ソクラテスの問答」があります。この対話方法によって、患者は自分の意外な思い込みに気づくことがあります。哲学の祖と言われたソクラテスは、真理を追究するために、市民を相手に問答を繰り広げました。その手法は、相手の気づきを促すような質問を重ねることでした。聞かれた相手は「あっ、そういえば!」と気づくことで、真理を説いていったと言われます。ソクラテスの問答というのは、話し相手を自発的な気づきへと導く対話の手法なのです。この手法を、患者をして何らかの発見へと導くためのガイデッド・ディスカバリー(導かれた気づき)と呼んでいます。たとえば、患者が当たり前だと感じていて、深く考えたことがないような状況で、「その時、何が悲しかったのですか?」と、改めて問いかけてみます。すると、聞かれた患者は、悲しかったことの原因を改めて考え直すことになります。つまり、悲しかったという感情を引き起こしている原因について、自分で考え、探るなかで、感情と原因の関係にハッと気づくことがあります。しかも、答えやすい質問をされると、患者も何か自分でも考えられそうな気になり、対話を重ねていく中で、自分の認知・感情・行動の特徴に、自ら気づくことができるようになります。ソクラテス問答とは、聞かれた側が自分で気づくことができる対話手法なのです。

 ソクラテス問答の効果をまとめると、次のような点です。

①問題に気づく
 質問されたのをきっかけに、自分の生活を具体的にふり返り、ガイデッド・ディスカバリーによって問題に気づくことができる。

②誤解が溶ける
 当たり前だと思っていた悩みに、意外な思い込みがあったことに気づき、「あっ、そうか!」と感じて、気持ちがふっきれる。

③話せる自信がつく
 治療者が、ソクラテスの問答を繰り返すことで、患者には「自分でも話せる」「自分でも答えられる」という自信がつく。

④具体的に考えられる
 治療者は、患者が考えやすくなるようなきっかけをまじえながら、対話をかさねる。(完全なオープン・クエスチョンではない)

5 認知と感情を分けてとらえる

 患者にとって、自分の心を正確に知ることが重要となります。そのためには、出来事・認知・感情・行動を分けてとらえなければなりません。これらを分けることが認知行動療法の大切な作業のひとつです。認知・感情・行動の中で、行動は表に出ていることが多く、比較的とらえやすいのですが、難しいのは認知と感情を分けてとらえることで、これがなかなか容易ではありません。出来事があって、問題が起きているとき、そのときの考えと気持ちががっちりくっついていて、認知と感情の区別がしにくいのです。  

 区別するには、まず患者の自己表現が必要です。自分で気になっている問題や症状を言葉にします。話したいことを話し、質問されたら答えます。そのやりとりによって、感情表現をしていきます。この感情を表す言葉をたくさん用意する必要があり、特に感情の中の不快の部分について考えを掘り下げていきます。不快な感情でも、不安、心配、緊張、悲しい、さびしい、傷ついた、イライラ、混乱、恥ずかしい、罪悪感など、たくさんある感情の中で、自分の気持ちがどれに当てはまるのか考えていきます。不快な感情を抱くとき、頭にどのような考えが浮かぶか、丁寧に考えていきます。その作業を進めるうちに、感情と認知を区別することができるようになります。区別していくと、つらい感情と密接に関係している認知を引き出すことができます。それは、感情と一体化していた認知に気づくことになります。認知と感情を区別すると、感情と強く結びついている「ホットな認知」が見えてきます。この強い感情を伴うホットな認知が見えてくると、それが問題解決の糸口となり、治療のカギとなります。  

 一方、行動は表に出やすく区別しやすいため、行動からとらえるのも一つの方法です。問題が起きたときの行動で、たとえば「外出できない」「それは火元を何度も確認するから」という具合に、細部を掘り下げていきます。「火元が気になって、家に飛んで帰ってしまった」という場合に、治療者は「そんなとき、どんな感情になりましたか?」と、うまく質問を重ねていきます。

6 フォーミュレーションして答えを推理する

 認知行動療法には、病気ごとに検証された理論的な式があり、これをフォーミュレーション(定式化)と呼んでいます。治療者が患者の認知・感情・行動に関する情報を多く集め、その内容を病気ごとの治療理論に照らし合わせ、問題をより正確に分析し、推理して答えを出していきます。これは、数学でいうところの公式のようなもので、公式がわかると問題がすらすら解けるように、認知行動療法でも自分の考え方の定式がわかれば、悩みの背景がわかり、問題が解消できるようになっています。そして、ひとつの悩みが解消できれば、ほかの悩みにもその定式が応用でき、治療がスムーズに行えます。   

 実際の進め方は、まず、患者との対話などを通じて、問題になっている事例についての情報をできるだけ多く集めます。集めた情報を整理して、病気ごとの式と照らし合わせ、「この事例はこの認知とこの行動が関連しているのではないか」などと推理します。そして、対話や対策によって、推理したものを検証します。式が正しければ、その式でほかの問題を解決することもできます。フォーミュレーションが完成すると、患者は自分の考えの式(型、モデル)を具体的に理解できるようになります。フォーミュレーションができたことで、問題の全体像を理解することができ、その答えとして具体的な対策を考えることができるようになります。  

 アメリカの心理学者であるアルバート・エリスが、認知をABCの流れで整理する「ABC理論」を提唱しました。この理論は、出来事の認知の仕方によって、結果が変わることを示しています。理論にそって考えると、認知を理論的に理解することができるのです。「ABC理論」のA(Activating Event)とは「きっかけになる出来事」、B(Belief)とは「信念、認知や考え方」、C(Consequence)とは「結果、感情や行動」のことです。

7 悪循環を発見してそのパターンを変える

 自分の認知・感情・行動をとらえることができれば、その3つが影響し合って悪循環のパターンが生じていることに気づきます。認知行動療法の治療は、この悪循環のパターンを変えることにあります。

 この悪循環のパターンを生み出している原因はどこにあるのでしょうか。フォーミュレーションした3つの要素のうち、認知の部分を掘り下げていくと、問題のもととなっている「中核信念」があることに気づきます。たとえば、「人間が嫌いだ」「世間話ができない」「なるべく人を避けて生きよう」「話が下手だから嫌われる」「どうせ、誰にも好かれないんだ」「自分は口下手だ」という患者の認知の部分を詳しく見ていく段階で、治療者が「子どもの頃も、同じような場面では同じパターンでしたか?」と聞いたとします。すると、「あの、ぼくは子どもの頃、口下手だと言われ続けたことがあります」と話します。こうして、生育歴を確認したり、過去にさかのぼって情報を集めたりしていくと、そこに問題となっている悪循環のパターンが見えてくるのです。  この悪循環のパターンは、セッションを繰り返していくと、さまざまな問題に共通している中核信念であることがわかります。次のようなケースがそれに当てはまります。

・出来事・A 偶然人に出会った
 認知 口下手だ(中核信念)→ 感情 話すのがつらい → 行動 会話をしない

・出来事・B 女性との共同作業
 認知 口下手だ(中核信念)→ 感情 嫌われそうで恐い → 行動 1人で作業する

・出来事・C 昇進のチャンス
 認知 口下手だ(中核信念)→ 感情 失敗しそうで不安 → 行動 昇進を辞退する 

 このケースでは、「口下手だ」という中核信念こそが悪循環のパターンをつくりだしている元凶です。このパターンに陥っている患者に、治療者は「口下手でも嫌われないと考えるとどう変わりますか?」と聞きます。患者は「口下手でも嫌われるとは限らないのだ」と考えを修正します。この考えを練習していけば、徐々に雑談ができるようになることを理解するようになります。

「悪循環を発見する」
 認知の歪みが、不適切な感情や行動を生み出し、歪みがさらに強化され、悪循環のパターンを作り出していることに気づきます。

「対策を考え、実践する」
 パターンが把握できれば、対策も自ずと見えてきます。患者は治療者の援助を受け、対策を考え、実践の段階に進みます。対策は、思いつくままに行うのではなく、その後も対話や分析を続けて、根拠ある対策を打ち出します。そのためにも、患者は治療者と丁寧に話し合う必要があります。そして、対策を実践することにより、認知の歪みを修正し、行動も同時に変えていき、悪循環を好循環に変えていくのです。

8 何かひとつ、治療技法を試す

 悪循環のパターンをとらえることが出来れば、治療の道も半ばです。認知行動療法は、実践的な治療法ですので、それからは、問題のある認知や行動を特別な治療技法を用いて少しずつ変えていく段階です。治療者と患者は、悪循環から良い循環にもどす方法について何ができるか、よく話し合います。そして、治療者が患者の問題に合わせて、具体的な治療技法をいくつか提案します。その中からテクニックを選び、それをもとにして治療に取り組むようにします。認知や行動を変える治療テクニックはたくさんあります。初めは1つか2つを試してみて、自分に合わなければ他のテクニックを試します。自分に合った方法でそれを継続して身につけ、いずれは自分1人で認知のゆがみに対処していけるようになることが目標です。

治療技法

アサーション・トレーニング
 自己表現訓練のことで、自信をもって自分の意見や主張、また感情を表現できるようにする訓練方法です。攻撃的でもない、非主張的でもない、適度な自己表現を練習します。

イメージ法
 日頃と違う行動のイメージを具体的に思い描くことによって、新たな視点に気づく方法です。

ロールプレイ
 今後とりたい行動を、その役になりきって練習します。治療者や家族にも意見を聞きます。

良い点・悪い点の比較
 認知や行動の良い点や悪い点を列挙して比較します。価値観の見直しになります。

不安階層表
 行動にともなう不安を 0~100の数字で表現します。不安数値の低い行動から挑戦して、生活を立て直します。

日記を書く
 チャレンジしたテクニックがどのようにできたかを日記に書きます。自分を励ます記録になります。

認知の修正
 完璧主義や、白か黒かの二分思考など、片寄った考え方を変えます。それらに当てはまっていないか確認して、考え方の幅を広げます。

呼吸法
 ホットな認知に支配されそうなとき、息を吐いて頭から体へと注意を切り替えます。

コラム法
 シートのコラム(枠)内に認知や感情、行動を書き留めます。枠をつくることで区別しやすくなります。

9 コラムに考えや気持ちを書いて認知を再構成

 治療の具体的なテクニックとして、一般的に知られているのが「コラム法」(認知再構成法ともいう)です。

 コラムとは、シートに書かれた枠のことで、2コラム法、3コラム法、5コラム法、7コラム法などさまざまな種類があって、自分が取り組めそうなものを、治療者と一緒に選んで実践します。

 方法は、自分が気になっている出来事について、そのときの認知や感情をできる範囲で簡単な言葉にして、コラムに書き出します。最初に書いた自分のいつもの考えと違う考えを、試しに書いてみます。最初は、2コラムか3コラムなどから始め、だんだん増やしていくようにします。2つのコラムであれば、たとえば、その時は「飛行機は恐い」と考えますが、別の考えでは「飛行機での死亡事故率は自動車の死亡事故率よりもはるかに少ない」と考えてみるのです。また、上司に仕事上のミスについてひどく注意されたという出来事があった場合、感情では憂うつになります。その時「上司は自分を嫌っている」と考えますが、しかし、別の考えとして「上司は自分を大事に思っていて、一生懸命指導してくれた」と考えます。このように、日頃の思考パターンをまず書き、次にほかの考え方を思いつくかぎり書きます。この2コラム法では、考えと感情を分けたり、日頃の考えと別の考えを探ったりするときなどに使いますが、記入するのが苦手な人には、取り組みやすい形式といえます。  

 7つのコラム法を使い、上司に仕事上のミスで注意された出来事について自分の認知を詳しく見てみます。

コラム・1 出来事
 ○月○日、上司に仕事上のミスについて厳しく注意された。

コラム・2 認知・考え
 上司は自分を嫌っている。

コラム・3 感情
 不安(90点)

コラム・4 考えの根拠
 注意した声が荒々しく大声だった。

コラム・5 考えの反証
 注意のあとで、自分にわかるように詳しく説明してくれた。

コラム・6 合理的思考
 上司は自分を大事に思っていて、一生懸命指導してくれた。

コラム・7 心の変化
 不安な気持ちが減った。(90点から50点に)

 この7つのコラム法では、自分の認知を詳しくとらえ、その根拠をコラム・4で書き、反対の立場からコラム・5の反証を書き、コラム・6で合理的思考を考えることで、認知を再構成することができます。さらに、コラム・3やコラム・7では、点数化することによって、自分の心の変化をわかりやすくしているのが7コラム法です。

 このほかの認知再構成法としては、認知・感情・行動が図解されたシートに記入する形式のものや、不安や責任感などを円グラフで表す方法などもあります。思いついた事をどの枠に書けばよいのか、迷ったり悩んだりしたときは、治療者に相談して進めます。また、治療者が患者の状況を聞き取りながら、一緒にシートに記入して進めることもできます。

10 宿題(ホームワーク)に取り組む

 セッションを通じて理解したことを、毎日の生活の中でいかすことは、治療のうえで非常に重要なことです。それを可能にするのが宿題(ホームワーク)です。宿題に取り組むことで、治療の方向性があっているか、対策が本当に効果をあげているか、明らかになってきます。セッションとセッションの間は、家庭で宿題に取り組み、反復練習し、経験を積むことで自信につながり、また、励みになります。出来る、出来ないにかかわらず、とにかく毎日チャレンジし、継続することが患者にとっては大切なことです。  

 宿題は、治療の最後に治療者と患者で話し合い、その日のテーマにそった内容で決めます。宿題といっても、決して難しい課題ではありません。セッションの中でわかってきた対策の実践です。治療者は、宿題の内容とその根拠や重要性、また、期待される効果などを患者に説明します。患者は宿題の意義を理解したうえで取り組みます。治療者は「どの課題であれば取り組めそうですか?」「この作業をすると不安に慣れることが実感できます」「難しかったら、次のセッションのとき教えてください。ほかの方法を考えましょう」などといった言葉を患者に伝えます。患者は出された宿題を家庭生活や社会生活のなかで取り組みます。患者の希望が反映された内容なので、基本的に難しい内容ではありません。考え方を変えてみる、日記を書いてみる、不安を点数化して毎日シートに記録してみるなどの作業です。場合によっては、セッションで使ったシートを治療者から渡されることもありますが、少し頑張ればできる内容です。このようにして取り組んだ宿題は、次回のセッションの導入部で患者から宿題の感想について話します。治療者はそれを聞き宿題の有効性を判断します。出された宿題が出来ない場合もあります。しかし、出来ないからといって悪いことではありません。治療者に悪いなどと落ち込む必要はありませんし、結果がどうあれ治療者はあたたかく迎えてくれます。出来なかった理由については、ハードルが高かった場合もありますので、治療者と患者がよく話し合って、見直す必要もあります。「宿題が出来なかったことが気になりますか?」「これから2人で考えてみましょう」「原因がわかれば、また一歩前進ですから」と、治療者から声をかけて、それをその日のセッションのテーマにしてもよいのです。宿題ができたときは、治療者と患者で喜び合うようにします。

11 セッション終了後も続けて、再発防止を

 認知行動療法のセッションを始めて、約3ヵ月間(数ヵ月間)の治療を終える頃には、患者の思考や行動パターンはかなり変化しています。そして、うつ病や不安障害の症状も緩和してきます。また、その時だけの改善ではなく、先々の人生をも改善します。あとは、セッション終結後に同じ症状がぶり返してくる再発を防ぐことが大切です。しかし、認知行動療法を理解した患者ならば、症状が再発しても自分で対処できます。セッションを通じて認知をとらえる基本スキルが身についていますから、再発を防ぐことができます。症状が起きそうになったら、治療者に相談したり、関連資料を活用したり、また、セッションの時に治療者の声を録音させてもらった場合は、その録音を聞き直すことによって、再発を防止します。さらに、日記や本を読んで確認したり、宿題の記入式シートなどを見たりして、治療で学んだスキルを応用しながら柔軟に対応していきます。新しい問題が起きても、自分でその状況をとらえ、改善策を考えられるようになります。

 

症状・障害別の介入方法

 認知行動療法の適応においては、それぞれの問題のメカニズムに合わせて介入法を工夫しています。それは、問題が発生し、維持されているメカニズムは、症状や障害の種類によってその構造が異なっているからです。認知行動療法では、このような問題のメカニズムに適合した介入を工夫することで、これまでの心理療法では対応できなかった重篤な不安障害や精神レベルの障害に対しても、有効に介入することができるようになりました。  

 認知行動療法が介入するターゲットは、主にうつ病や不安障害で、その他の精神疾患にも有効です。治療の基本的な流れは同じですが、病気ごとの認知にあわせて技法を変えることによって、効果が高くなるようにアプローチを変えています。

 介入技法で分けると、大きく3つに分けられます。

 1つは「うつ病」、2つ目は「不安障害」、3つ目は「その他」です。

 うつ病は、認知面は否定的になりがちなので、その修正が中心となります。行動面は、消極的な傾向があるため、「行動活性化」という手法を用います。不安障害は、認知面では身体感覚や自意識などへの誤解に焦点をしぼって対応します。行動面は、エクスポージャーという手法で、不安に慣れる練習をします。その他の精神疾患である「不眠症」「依存症」「統合失調症」などにおいては、個々の状況にあわせて技法を選びます。「パーソナリティ障害」は時間をかけて治療していきます。

 認知のゆがみを修正する方法を「介入方法」といいますが、介入方法としての技法はさまざまな種類があります。病気ごとの最適な技法が研究者によって開発されており、より効果を高めるための研究が進められています。実際の治療では、これまでに実証された標準的な型が使われ、「この病気にはこの技法」という具合に治療が行われています。治療者はこの型をもとに、患者に技法を提案し、患者は自分に出来そうなところからチャレンジしていきます。  

 技法の提案にあたっては、治療者は患者と対話を通じて、患者の心のすみずみまで把握し、そのうえで患者にぴったりの技法が選択されます。したがって、認知の修正に用いる技法の種類や内容の細部は、患者一人ひとりの病気や症状にあわせてアレンジされます。そのために、治療に入る前に病名は診断されますが、対応においては病名にとらわれず、抱えている問題全体をみるようにします。そのうえで介入方法を考えていきます。対応においても、合併した病気が複数ある場合は、技法も複数の組み合わせになる場合もあります。実践して効果のある組み合わせを検証していきます。さらにまた、定義されている病気以外に、患者固有の問題があれば、それに対応して細部においてアレンジしていきます。