摂食障害 治療方法

 摂食障害の治療は、一般的には非常に難しく、唯一特効的な治療はありません。それだけに、治療に対しては専門的な知識や技量を必要としますし、寛解や治療にいたるまでに長期間を必要とします。

 摂食障害の患者はさまざまな身体的、精神的な問題を有していて、内科的、精神医学的、心身医学的治療を含めた総合的なアプローチを必要とします。特に、神経性無食欲症の患者の場合、そのほとんどの方は病識に乏しく、治療に非協力的なために導入しにくいのが現状です。仮に治療を開始したとしても、途中でドロップアウトしてしまう患者もいます。さらに、治療を困難にしていることは、患者さん本人の治療だけでは不十分で、家族療法が不可欠であるということです。母親のみならず、家族全体を対象にしたシステムズアプローチなども必要となります。近年、患者本人や家族全体を対象にした集団精神療法も行われるようになり、その有効性も確認されています。

 摂食障害の治療においては、精神療法、行動療法、認知行動療法、身体療法など、さまざまな病因論にもとづく各種治療法が試みられ、それぞれ一定の効果を収めています。

 ひとつひとつの治療法には、患者の病態に応じて、医師の専門とする療法、治療に要する時間や経済性などが考慮され、適宜選択され、組み合わされて行われています。したがって、ある治療法が少数の患者には有効であっても、他の患者にはそれほど効果のない場合もあり、その逆もあります。この摂食障害の治療の難しさは、この病気の多面性を物語っています。摂食障害の治療においては、心身両面からの総合的なアプローチを試みながら、家族療法を視野にいれて、長期に渡って継続する治療が求められます。医師個人の力だけではおのずと限界がありますので、複数の医師による治療の分担や、臨床心理士、ケースワーカーなどのコメディカルスタッフの協力を得たチーム医療がきわめて重要となってきます。

 各種治療法を導入する以前の問題として重要なのは、治療への動機づけをした後、それを維持し強化するプロセスです。

 患者または患者の家族が受診してからの流れを示しますと、
 ①初診 → ②治療への導入 → ③重症度の判定 → ④外来治療
が治療の基本です。もちろん、重症度判定の段階で、身体的に重症であれば、必要に応じて短期間小児科や内科で入院治療も必要になりますし、精神的に重症であれば精神科への入院もあります。その後再び外来治療に戻して治療を継続していきます。いずれにしても、治療にあたっては、病気について正しく知ってもらうための教育を十分に行う必要があります。そして、治療への動機づけを強化し維持しながら治療をすすめ、少しずつ改善していく過程において患者さんの心の成長を温かく見守っていくことが肝要です。

 

治療への導入がポイント

 摂食障害の患者は、この病気についての知識が非常に乏しいということが問題になります。自分が抱いている強い痩せ願望自体が、実は病気の症状であるという認識がないのです。したがって、この病気の治療導入への最重要ポイントは、痩せたいという症状は病気によるものであるという病気の外在化です。このことをしっかり伝え、教育すると同時に、体重増加への動機づけをすることが病気改善への第一歩ということになります。

 病識が患者にないと、自ら進んで受診しようとはしません。親や家族が叱責したり、無理に説得してしぶしぶ受診させても、医師の診断に対して非協力的になったり、無言の抵抗を示したりします。本人にすれば、自分の肥満への恐怖心を無視して無理矢理に受診させ、体重を増加させて現実に苦しむのは自分だけではないか、という警戒心を持っています。しかし、一方においては、自分の痩せたくなる気持ちがどうして起こるのか、異常な食行動への不安や気分の不安定さに対しても強い不安感を持っているのも事実です。家族、学校、職場、そして医療機関を含めて、自分の気持ちを理解してくれないという、まさに四面楚歌の気持ちになっています。こうした状況下では、まず医師は最初に患者との間の信頼関係を確立することから始めねばなりません。

 信頼関係をつくるポイントとは、まず、受診したことを評価してあげ、悩んでいることに共感します。「痩せたい気持ちになるよね」と言って、医師は患者の心理に寄り添い、受け入れることが大切です。病気になったことを決して責めないことです。説得して改善しようとしないことです。神経性無食欲症を科学的に説明して、異常な心理や行動は、患者本人に責任があるのではなくて、病気がさせている特徴的な症状であることを話します。そして、痩せが改善していけば治る病気であることを情報提供していきます。例えば、あえて異常値の結果がでる検査を行い、その結果を丁寧に説明し、その異常を改善する方法も教えます。このように、患者のニーズに応じた医学的な情報を提供しながら、常に医療者は患者の味方であり、安心できる相談の場であることを伝えます。いずれにしても、医療者は患者に対して丁寧に対応し、自分が大切に扱われていることを気づかせ、自尊心を育てる工夫が大事です。

 これは、神経性大食症においても同じです。過食のエピソードに悩み、そこから抜け出せない自分に無力さを感じています。自己嫌悪や無気力に陥って、「自分は意志が弱くて治らない」と諦めて受診しないケースが多いのです。また、受診できても、医師の対応がまずければ治療への導入が図れず、治療を始めても途中で脱落してしまいます。したがって、摂食障害の患者の治療には、初診時にいかに治療への動機づけをして、患者を治療に導入するかがポイントです。

 

親・家族が相談にきた場合

 これまで、患者は病気を理由に、長期にわたって親や家族に対してかなりの無理を強いてきました。親も患者である子どもへの対応についてはかなり苦労し、手を焼き、切羽詰まって医療機関に駆け込んでくる場合が多くなります。悲痛な面持ちで相談に来られた親御さんの苦悩に対しては、十分に耳を傾けることが大切です。そして、ここでは両親の抱えている悩みをいかに軽減するかが医師の対応へのポイントになります。たいていの親は、自分たちのしつけや育て方の失敗にすべての原因があると考えて、自責の念に駆られています。子どもを上手く育てられなかった事への罪の意識や、後ろめたさを、できる限り取り除いてあげることです。この摂食障害という病気は、ただ単に子育てや教育の失敗だけで発症するものではなく、体質や性格、環境などさまざまな要因が複雑に絡み合って生じていることを伝えます。決して親だけの責任ではないことを説明し、親の罪の意識や後ろめたさを軽くしてあげることによって、親が子どもを客観的に見つめることができ、冷静に対応できるように治療者としては説明すべきだと思います。

 

本人をいかに受診させるか

 客観的に見て、身体的に緊急を要する場合は別にして、決して患者本人の受診を焦らないことです。無理矢理に受診させても、長続きしないことを親に十分説明し、本人自ら進んで受診するまで焦らず待つことが大切です。その間は、親や家族だけに来院していただき、患者の状態や経過を報告していただくように依頼します。こうすることによって、患者に関する情報を得ることができ、焦らずに時間をかけて対応ができますし、同時に親の不安や悩みの蓄積を防ぐこともできます。親との面談の際は、患者の痩せのことや 小食や 大食などの摂食行動については、あまりしつこく聞いたり指示したりせず、家庭や学校生活、友人関係、また将来はどうしたいのか、じっくり語り合うなかで患者の気持ちを理解するように努めます。

 ただ、患者の経過を観察するなかで、例えば「うぶ毛が濃くなった」「髪の毛がよく抜ける」「肌荒れがある」「便秘している」「両頬部の腫脹がある」などのような身体症状が現れた場合は、それとなく指摘してあげて、受診をすすめるきっかけにするのも方法です。それから無月経については、本人が気にしている場合は自分から受診することがあり、治療の導入もしやすくなりますが、中にはまったく気にしない人もいますし、むしろ無月経を望んでいる患者もいるので注意を要します。また、低体重になってさらに身体症状が進行し、生命の危険を感じるような場合は、子どもの意志に反してでも断固として親は行動を起こし、受診させることが重要となります。

 

初診時における患者への接し方

基本的な心得

 患者との間の信頼関係を形成するうえで、初診時での接し方はきわめて重要になります。不安を抱えて来院した患者の気持ちを理解し、温かい心で迎え入れ、寛容の態度で接していることが伝わるようにします。そうすることで、患者には医療者は自分の味方であるという安心感と信頼感が生まれるのです。患者が1人で来院した場合は良いのですが、親と同伴の場合は面接の際に親が同席してもよいかを尋ねます。同席してもよい場合は、患者中心に面接をすすめ、時には親からも意見を聞きます。同席を拒否した場合は親に退席をしてもらい、後で面接することにします。その際は、医師と親が共謀しているような印象を与えないことが重要です。

 まず、本人との面接では、よく患者の話しに耳を傾け、素直に言い分を聞いてあげることが大切で、最初から症状について詳しく聞き出すような深追いはしないことです。本人と親との話しが食い違っていても、問い正したり指摘したりしないことです。また、嘔吐や下剤の乱用については最初から言及しないことです。患者はある種の後ろめたさをもっていて、最初から話さないケースがしばしばあります。治療における信頼関係が深まれば、自ら語りはじめることがあります。中にはひねくれた態度をとったり、投げやりに答えたり、無口になってしゃべらない患者であっても、決して焦らず根気よく接していって、治療を急がないことです。症状は患者達に共通している面も多くありますが、患者一人ひとり異なった側面もあることを知っておく必要があります。もうひとつ、患者の特徴的な言動には二面性があるということです。自己卑下しながら高い理想をもっている、反抗するがそれは従順な気持ちの裏返し、ひねくれの態度の裏には強い依存心が、投げやりの裏には救いを求める気持ちがあることを、十分に心しておく必要があります。その心を敏感にキャッチしないと、患者との信頼関係は成立しません。

 

神経性無食欲症の患者への接し方

 初診の患者の治療に対する動機づけの程度を分類すると
 ①自分の今の状態を病気と認識していない段階
 ②問題意識は芽生えているが、食行動を変えようとしていない段階
 ③自分の今の状態を変えねばならないと考えている段階
 治療を受けてきたが、うまくいかず転医してきた段階
の4つに分けられます。

①『自分の今の状態を病気と認識していない段階』

 親に強制的に受診させられた場合、患者本人は、自分の食行動や痩せに関して問題があるとは考えていません。つまり、病識がまったくない状態です。したがって、病気ではないから治そうとも思わないし、今の食行動を変えようとも思わないのです。そこで、病識がない患者に対して動機づけをするには、治療を急がずに、まず、今の状態が病的状態であることを理解させることから始めなければなりません。神経性無食欲症の患者の場合は、この病気の身体症状や精神症状について解りやすく話してあげることです。特に身体的には単に痩せている状態ではなく、重大な事態に陥っていて死に至る場合もあることを丁寧に説明する必要があります。それと同時に、治療目標についても、正常な食事パターンの回復と日常生活に支障をきたさないように体力の回復が必要であることを説明します。決して肥満させることではないことを明確に伝えます。さらに、家庭や学校や職場で起こした不適応な心理的問題の解決も治療目標とします。そして実際の治療においては、一方的に食べることを強要するのではなく、正しい食習慣のあり方や、体重のコントロールの正しい方法を学ぶことも説明していきます。こうした初診時の地道な対応によって、患者は今の自分が病気の状態であることを知り、治療を受け入れようという気持ちになるのです。しかし、それでもなお治療に対する動機づけができない場合は、現在の状態(痩せ、大食、嘔吐など)を続けることによって「得ること」と「失うこと」を、紙に箇条書きにして1週間後に出してもらいます。その結果について、患者と一緒にゆっくり考える時間をとります。そこで「得ること」が多ければ今の状態を続け、治療を受ける必要はないことを伝えます。また「失うこと」が多い場合でも、治療を受けるか受けないかは患者自身が決めて下さいと説明します。大事な点は、本人の意志を無視した形での一方的な治療は行わないことを約束し、確認しながら根気よく進めていくことです。しかし、それでも明らかに失うものが多い(健康を損なう)のに治療を受けようとしない場合でも、本人の治療を「受ける」「受けない」の意志を確認して、あくまでも強制的に治療をしないことを伝えます。その際に本人と家族には、内科的な緊急事態になった時は、救急病院を受診し、危険な状態を脱する治療を受けるように指示しておきます。こうした経過の中で、治療に対する動機づけができ、患者が自ら通院治療を希望すれば、食生活日誌などをつけることを課題とし、治療を進めていきます。それでもなお、治療の動機づけができない場合は、患者は治りたくない状態と理解し、慢性の治療抵抗性の神経性無食欲症患者に対する治療法を適用していきます。

②『問題意識は芽生えているが、食行動を変えようとしていない段階』

 これは、強制的ではなく患者自身も半ば同意して受診しているケースです。自分の食行動異常に対して問題意識は芽生えていますし、何とかしたいと考えてはいますが、しかし、前向きに今の食行動異常を変えようとするわけでもない両価的な状態で、自分を変えようという決意に至っていません。この場合でも治療は急がずに、患者の病気に対する理解を深めさせて、治療を受けて治そうという動機づけを進めます。

 方法は①の「病気と認識していない段階」の内容と同じです。治療を継続する決意ができれば、次回の診察の予約をし、治療の手順に沿って治療を行います。 

③『自分の今の状態を変えねばならないと考えている段階』

 親が付き添って来る場合と、患者1人で来院し受診する場合があります。この段階というのは、今の状態(不食、大食や嘔吐)を変えようと思っています。しかし、今の状態を止めたら自分がどうなるか確信が持てない、食べだしたら大食して肥満するのではないか、大食を止めたらストレスを晴らす方法が他にないなど、自分を変えようとするのを難しくしている要因があって、一歩前に踏み出せないのです。この場合も、神経性無食欲症という病気はどういうものか、資料を見せながら解りやすく説明し、体重やカロリーのことだけで人生が左右されてよいのかと問いかけながら、今の状態を変える意志を強くして、病気に立ち向かうよう決意してもらいます。

④『治療を受けてきたが、うまくいかず転医してきた段階』

 この段階では、治療に対する動機づけはできているが、病気に対する理解、治療目標、医師に対する期待などについて患者と医師とのズレがある場合です。したがって、病気に対する共通の理解、治療目標や治療方針などについて納得し、同意してもらう必要があります。

 

神経性大食症の患者への接し方

 本人が自ら来院する場合と、親が伴って来る場合があります。治したいという動機づけは出来ているので、その意志を持続して治療が受けられるようにサポートする必要があります。大食症という病気について、さらに解りやすく説明し、大食の嗜癖的側面についても話して、この病気は長期間かかっても必ず治ることを伝えます。そのためには、絶えず患者を励まして、病気を治したい、改善したいという意志を持続させるように努めます。途中、患者は何回か挫折しそうになるかもしれませんが、大事なことはそこから立ち直ることへの努力や、そのうちに必ず報われる、自己変革ができる、ということを繰り返して説明します。新しい自分を目指し、希望と夢をもつように励ますことが、治療者としての大事な役割であると思います。

 

初診時における重症度の評価と入院・外来治療の決定

 初診時においてまずしなければならないことは、「ただちに入院治療が必要なのか」または「外来治療で可能なのか」を判断することです。そのためには身体状態、摂食行動、精神症状について評価し、それが急性期であれ慢性期であれ、身体的または精神科的に生命の危機状態であるかどうかが、評価の第一要件になります。

 生命的に危険な状態で、入院治療が必要な場合の適応は、次のような場合です。

①生命的に危険な状態(脈拍、呼吸、体温、血圧、意識レベルなどのバイタルサインの異常)、②体重減少が著しく、標準体重から -30%以上の痩せで、浮腫などが生じ、歩行も困難

③急性膵炎、急性肝炎、急性腎不全などの重篤な身体合併症などが疑われる場合は、救急病院や内科系の病院に入院する必要があります。

 また、精神科的な救急入院の適応としては、自殺企図、自傷行為、問題行動、重篤な精神合併症、薬物、アルコール依存などを合併する場合で、いずれも精神病院へ入院する必要があります。ただし、本人が入院に応じなかった場合は、医療保護入院という強制的手続きをとることもあります。

 次に、緊急を要さない場合の入院治療もあります。適応は、身体状態の改善や身体合併症の治療、摂食行動の正常化、社会からの引きこもり、家族との関係の調整、精神症状の改善などがあります。いずれも、内科系病院か精神病院に入院し治療をします。そして、目標が達成されれば、速やかに外来治療に切り替えます。入院治療は悪循環を断ち切るためのひとつの契機になりますが、しかし、本来の環境の中で治療することを考えると、外来通院による治療が原則となります。

 

外来通院による治療

神経性無食欲症の患者の場合

 神経性無食欲症の患者においては、治療に対する動機づけが形成されたとはいえ、状況によっては絶えず心が揺らぐことを念頭において治療に当たる必要があります。少し体重が増えだすと肥満恐怖が生じ、治療への動機が弱くなったり、巧妙にカムフラージュしたりします。したがって、常に病気を治そうという動機づけの強化、維持に配慮しなければなりません。そのために、治療者は、この病気の資料を提示しながら、患者に病気の内容を伝え、自身を変えて生活を変えるように決意させることです。そして、この病気を否認していた状態から病気を認めて治療を受ける動機づけを高めることです。さらに、治そうと努力している間に生じる心理的抵抗や、治った状態や予防についても十分説明します。

 次に体重測定ですが、週1回行うことを約束します。どうしても体重が気になって、1日に何回も測定したり、逆に体重増加が恐怖となって測定を拒否する患者もいます。体重測定の態度で、過剰な関心や肥満恐怖がある程度判断できます。治療目標体重の決定は、基本的には患者の納得のうえで決めますが、神経性無食欲症患者さんの場合、標準体重の -10%位が目安になります。これは、月経が正常化する最低の体重とされているからです。

 次に食事指導です。食行動の自己観察記録として食生活日誌を毎日記入してもらい、1週間ごとに吟味していきます。正常な食事パターンの回復を目指して、1日3回(朝、昼、晩)の食事を決まった時刻に摂取する習慣をつけてもらいます。1回の量が少量しか食べられない場合は1日4~6回に増やして食べ、家族と同じ内容の食事を家族と一緒に食べず、別に食事します。家族は一切患者に対して指示はせず、医師の指示に従って食べるかどうかは患者さんにまかせます。食べる量も、まず1週間の量を100%とした場合、次の週はその20%を増やし、その次ぎの週は前の週を100%としてまた20%を増やして摂取します。こうして、体重が1週間に0.5~1kg増加することを目標とします。

 

神経性大食症の患者の場合

 神経性大食症とはどういう病気なのか理解を深めてもらうために、資料を渡してよく読んでもらい、課題を一緒に吟味します。特に大食と排出行動をいかにコントロールするかについては、認知行動療法に基づいて治療していきます。大食は、過激なダイエットの反動や心理的ストレスが原因で発症することが多いため、規則正しい食生活の励行、適正体重の安定と維持、ストレスの回避および対処法を学習することが重要となります。同時に、自己誘発性嘔吐を減らすよう指導します。食べては吐く行為をなくすことで、心身への負担を軽減し、経済的な負担も減らすことになります。食生活日誌を1週間ごとに検討し、1回でも大食が減っていれば賞賛してあげ、変化のない場合はその原因を患者と吟味します。

 排出行動は、大食による体重増加を防ぐための行為です。自己誘発性嘔吐や下剤、利尿剤の乱用等が、いかに身体に害を及ぼすかを学習します。嘔吐はさまざまな合併症を生じさせる原因となりますので、食後1時間は嘔吐ができる場所(トイレや洗面所)に近づかないことを約束させます。嘔吐は一時的な苦痛の解消にはなりますが、永続したときに身体に与える害が大きい事、嘔吐している限り大食は止まらないこと、嘔吐すると浮腫を来たしやすい体質になるなど、嘔吐による害を知ってもらい、嘔吐したい気持ちを他のことで散らすなど指導します。下剤や利尿剤の乱用も身体に与える害は大きいので、中止するように指導します。

 

入院による治療

 入院治療は、その適応基準を満たし、かつ治療への動機づけが十分になされていて、患者が入院治療に意欲を見せた場合に行われます。ただし、入院治療だけで完全によくなるという考え方は正しくありません。入院治療は、悪循環を断ち切るひとつの契機にはなりますが、真の回復はやはり退院してからの本人の病気を治そうという取り組みにかかっています。医者任せや病院任せの考えでいると、退院してからの悪化率が高くなるといわれています。

 神経性無食欲症の患者の場合の入院は、行動療法を行って治療します。

一方、神経性大食症の患者の場合は、外来で認知行動療法の治療をしても、大食と嘔吐がどうしても止まらない場合に入院し、正しい食生活を学習し、大食と嘔吐を止めたいと強く希望した場合に限って入院します。その場合、入院中は大食と嘔吐をしないことを約束してもらい、もし約束を破った場合は退院してもらうようにします。なぜなら、スタッフに見つからないように大食するようなことがあれば、かえって大食を支え容認することになり、治療行為に反するからです。入院期間は、普通1~2ヵ月間で、あくまでも大食と嘔吐の悪循環を中断することができ、正常な摂食行動に戻った段階で退院して、外来治療を続けることになります。このほか、精神症状や問題行動が起きた時も、短期間入院して治療を受けることがあります。

 

各種治療法

 摂食障害の治療は精神療法が主体です。それは、思春期や青年期に起こる不安、また家族や社会の人間関係の葛藤から起こる不安など、これらの不安をコントロールしきれない精神病理が背景にあって摂食障害が発症していることから、精神療法がもっとも有力な治療として用いられています。精神療法には、近年とくにその効果が注目されている認知行動療法をはじめ、対人関係療法、集団療法、家族療法、精神分析療法、カウンセリングなどが挙げられます。また、状況に応じては、薬物などを使った身体療法なども導入されることがあります。いろいろな治療方法がありますが、摂食障害に万能な治療法があるのではなく、複数の治療法を組み合わせながら、患者さんの病状や経過をみて最適な治療法を選択して行われます。もちろん、生命に危険性がある場合、入院治療が先になります。低栄養状態で体力が特に低下している場合は、先に体力の復活や維持を優先してから、その後に精神治療を行います。

 

 主な治療法について説明していきます。

認知行動療法

 摂食障害の患者は自己を低く評価するために、体型や体重については過剰な関心や歪んだ信念や価値観(認知の歪み)をもっています。これが痩せ願望や肥満恐怖になり、その結果、極端なダイエットや自己誘発性嘔吐、下剤や利尿剤の乱用にいたっているという仮説に基づいています。そして、大食は極端な食事制限の反動として生じていると考えています。したがって、摂食行動異常を改善するには、体型や体重に関する過剰な関心や歪んだ信念や価値観を修正することによって可能であると考えます。この治療法は、患者との対話形式で進め、過去を問わずに、現在およびこれからの患者の認知の変化や行動の変化に焦点があてられることになります。

 治療の目標は、当然、摂食行動の正常化と体型や体重に関する歪んだ信念や価値観(認知の歪み)を改めることにあります。この目標を達成させるために、通常、次の3段階で治療が行われます。

 第1段階は、大食や嘔吐などの摂食行動異常を正常化させることを目標に、1週間に1回の頻度で4週間にわたって行われます。

 第2段階は、体型や体重に関する歪んだ信念や価値観(認知の歪み)を改めることを目標にして、2週間に1回の頻度で8週間行われます。

 第3段階は、これらを持続し強化することを目標に、3週間に1回を6週間にわたって行います。

 この治療を成功させるためには、患者と治療者が共通の目的に向かって心を一つにする必要があります。医師は、患者さんが自分を変えようとしている努力の過程を見守りながら、常に情報を提供し提案し支持し、患者がくじけそうになったら激励して、勇気づけていくことが大切です。そのためには、患者と医師の間の良好な信頼関係が必須となります。

手順その1(第1段階)

 第1段階の治療目標は、良好な治療関係をつくり、大食や自己誘発性嘔吐、下剤の乱用などの摂食行動異常を改善するのが中心で、1週間に1回の頻度で4週間に渡って行うことになっています。ただし、これは原則であって、各患者の状態や実施者の状況に合わせて柔軟に対応する必要があります。

 第1段階の治療目標を具体的に挙げると、次のような項目になります。
 1 患者と治療者の間に良好な関係をつくる。
 2 大食・嘔吐・下剤乱用を中止する。
 3 規則正しい食生活を実施する。
 4 大食や嘔吐、下剤乱用による身体合併症について教える。
 5 体重調節のための嘔吐や下剤乱用は根本的な解決ではないことを教える。
 6 1週間に1回の体重測定を励行する。
 7 大食や嘔吐の意味を吟味する。
 8 家族や友達の協力を得る。 

 1回目の面接では、病歴を聞き、症状や徴候を明らかにし、EAT、EDI、SRSEDなどを使って評価し、さらに病気についても説明して、認知行動療法についても患者が理解できるように説明します。治療の結果、大食が長い期間なくなり、ストレスがある状況下で大食が生じる可能性があっても、翌日から正常な食生活ができれば、「治った状態」であることを理解してもらいます。治療形式は、患者と対話をしながら、具体的な問題をとりあげ、達成可能な課題を面接終了時に提案します。例えば、週に1回大食をしない日をつくろうと決めて、患者がその課題を達成したら、褒めてあげて激励します。認知行動療法は、患者が主体的に治療に参加し、努力した分は必ず成果が得られ、それによって病気も必ずよくなることを保証してあげることが重要です。

 また、食生活日誌を渡して、これに毎日自分の食行動を記録してもらいます。記録することで、大食に陥りやすい状況が把握でき、これが克服への第一歩となります。体重測定も週1回行うことを約束します。気になって1日に何回も測ったり、逆に測定を拒否したりする患者がいます。体重測定時の態度で体重に対する過剰な関心や肥満恐怖の程度が推定できます。

 そして、2回目の面接では、食生活日誌を見ながら一緒に検討し、なぜ昼食を摂らなかったのか、大食が生じた時の状況などについて詳しく話してもらいます。この食生活日誌は、食事の直後に書かれたものであるか確認し、直後のものであれば褒めてあげます。

 次に、3~5回目の面接では、摂食をコントロールできるための行動戦略を提案します。まず、前回の面接時に出された課題がどこまで達成できたかを、日誌を見ながら検討します。それが1週間に1回でも達成できれば賞賛してあげます。この積み重ねが、患者の自信と自尊心を高めることになります。そして、次の達成可能な課題を検討して挑戦してもらいます。

 面接終了時には次の情報を伝えておきます。

1 目標体重は、標準体重の85%以上とし、極端なダイエットをしなくても維持できる範囲にします。しかし、実際には、規則正しい食生活と大食がある程度コントロールできるまで、維持する体重範囲は決めないでおくのが良いでしょう。ダイエット、飢餓や低体重が大食の引き金になることを伝えておきます。

2 大食や排出行動による身体合併症についてはよく説明し、理解してもらうようにします。

3 排出行動をしても、体重調整にはならないことを伝えます。嘔吐、下剤または利尿剤の使用は、体水分を一時的に失うだけで脂肪を減らすことはできず、食べた物がすべて排出するわけではないことを説明します。

日常の食生活での注意

1 1日3回の食事をきちんと摂る。(穀物やパンなど、炭水化物を必ず少量含めること)
2 お腹がすいた状態で買い物に行かない。
3 大食しそうな食物を、日頃から家に置かない、また買わない。
4 食事は1人で食べないようにする。(1人で部屋に閉じこもって食べないようにする)
5 1回の食事に必要な量だけ料理する。
6 料理を小さな皿に盛り、決して大盛りにしない。
7 食事の前(10分前)に野菜ジュース1~2杯をゆっくり飲み、すぐに満腹感が得られるようにする。
8 食事のとき、ゆっくりとよく噛み(20回以上)、30分以上ゆっくり時間をかけて食事を摂る。
9 食事の後、嘔吐をしないようにする。下剤を使わないようにする。
10 体重を毎日量らないようにする。
11 大食を防ぐため、週末と夜の計画をたてる。

大食しそうになったときの対策

1 何か酸っぱい物を口に入れる。
2 フルーツを、ゆっくり時間をかけて食べる。
3 製氷皿にオレンジジュースなどを凍らせておき、それをゆっくりなる。
4 歯をゆっくり磨く。
5 角氷をなめる。
6 10分間タイマーをセットし、それが切れたとき、まだ大食したいかどうか自分に聞いてみる。
7 シュガーレスのチューイングガムを噛む。
8 20分以上の運動や散歩(有酸素運動)をする。
9 指の爪を磨く。
10 新聞や雑誌を読む。
11 好きなテレビやビデオを見る。
12 友達に10分間だけ電話をする。
13 音楽を聞く。
14 温かいシャワーを浴びるか、風呂に入る。
15 手紙や日記を書く。

 このほか、食生活で注意することは、水分摂取を減らしたり(嘔吐するために大量の水を飲む)、食後すぐにトイレや洗面所に行かないようにします。また、手元にある下剤や利尿剤を捨てさせることも大事です。

 次の6~8回目の面接でも食生活日誌をチェックし、患者の毎日の摂食行動における課題や達成具合を検討します。出来ていないことがあれば、新しい戦略をたて、できるだけ時間単位で改めるようにします。達成したら褒めてあげ、自分で自分を褒めるようにすると、自信につながります。大食の回数が減ってきたら、大食のプラス面とマイナス面を明らかにしてあげます。大食がうまく防げたときは、日誌に記録するようにします。また、患者とその家族が同時に面接を受けることも必要です。これは、患者の秘密を明らかにすることで、罪の意識の減少にもなり、治療内容をオープンにするうえでも大事なことです。家族の協力の意味は、患者が改善に向かって努力するための環境づくりにあります。あまり家族を巻き込まないようにし、あくまでも患者自身が変わる事が大切です。

 

手順その2(第2段階)

 第2段階の治療は、2週間に1回で16週間にわたって実施されますが、これも原則であって、各患者の状態や実施者の状況に合わせて変更する必要があります。

 治療目標は認知の修正が中心になり、次の6項目になります。
 1 規則正しい食生活の維持。
 2 摂食制限の減少。
 3 大食を生じさせるような状況の把握と、そのような状況の減少と対処。
 4 摂食行動異常を維持させている思考、信念、価値観の同定と改善。
 5 身体像の歪み、身体像の蔑視の改善。
 6 治療終結への準備。

 9回目の面接では、第2段階の治療に入るかどうかを見極めます。通院回数を減らすと、摂食行動が少し悪化する患者もいます。この場合は第1段階の治療を継続し、治療目標が達成できてから第2段階に入ります。そして10~14回目の面接では、規則正しい食生活が維持できているか、摂食制限の回数が減っているかを検討します。摂食制限をするとその反動で大食が生じ、さらに摂食制限をするといった悪循環になることを、繰り返し説明します。摂食制限の方法には、1日の食事の回数を減らすやり方と、太ると考えられる食物を選択的に食べない方法のほか、カロリーが不明の場合や組成が明らかでないと食べない、家でしか食べない、といった摂食行動を中止して、さまざまな状況下でいろいろな食事を自由に食べることが治療上の大きな目標になります。

 次に問題解決訓練を行います。これは、大食したくなるような状況や契機を明らかにし、これに対処する技能を高めるためのものです。

 訓練内容は次のような項目です。
1 大食に導いた出来事を、具体的にあげなさい。(例えば、母親と口論になった、など)
2 問題の解決法をできるだけ多くあげなさい。(例えば、なぜ口論になったのか? 母親が悪いのか? 自分の考えを主張できたのか? 話題を変えられなかったのか、など)
3 それぞれの問題について、その実行可能性、現実性という点で検討しなさい。
4 いくつかの解決法のなかから最上の方法を選びなさい。
5 これを実行する際に必要な手順を検討し、心の中で訓練しなさい。
6 それを実行しなさい。
7 実行した全経過を10点で評価しなさい。

 これを繰り返し練習する事で技能が高められ、困難な問題に直面したときに問題が解決できるようになります。もうひとつ大事なことは、認知を再構成することです。体型や体重に関する歪んだ信念や価値観(肥満恐怖、痩せ願望、痩せている事は美しいことなど)、また摂食障害を持続させている思考・信念・信条(完全主義的傾向、2分割思考など)を明らかにして、歪んだ自動思考を吟味し、これを変えていきます。例えば、太っているというのは、体重が重いことなのか、自分から見て太っているのか、他人が見て太っていることなのか、明らかにしていきます。また、自分の身体の一部や全体に対して過大評価する身体像の障害も変えるようにしますが、直接変えるのは難しいので、信頼している人の評価をたえず信じさせるようにして変えていきます。

 15~16回目の面接では、前回の時の面接内容の継続ですが、治療が終わりに近づいていることも伝えます。これについて患者が感じていることを話し合い、喜ぶ患者さん、不安に思う患者もいますが、これは独り立ちするためのプロセスであることを説きます。

 

手順その3(第3段階)

 第3段階の治療は、2週間に1回、6週間にわたって実施され、治療目標は今までの治療によって得られた改善の維持と、将来再発する可能性に対処するための準備をします。17~19回目の面接では、改善の維持が中心です。これまで学んだ技能を患者に繰り返し実施してもらいます。規則正しい食習慣を続け、大食や嘔吐をしない状態を維持させ、問題解決法や認知再構成法を自ら実行してもらいます。空腹感や満腹感を回復し、食行動をコントロールして、決してダイエットをしない状態になれば終わりになります。

 将来、ストレス下で大食が再発しても、今まで学んできた技能を十分に使って、翌日から正常な食生活に戻れば、再発ではないと説明します。再発とは、連続して大食して嘔吐する生活の事です。なぜ大食が生じ、いかに防げたかを考えさせることが、将来の再発防止につながります。

 

支持的精神療法

 摂食障害に対して行われている支持的精神療法は、治療初期においては、患者の食生活や体重に対する考え方、大食のきっかけや大食時の気分、日常生活や親との関係などを話題にしながら、病気について教育していくのが中心となります。摂食障害は自然に治癒するということはないので、治そうとしない限り、心身の症状や合併症は一生涯続くことになることを患者に説明しておく必要があります。患者がこの病気についての正しい知識と理解を得て、治そうという動機が強化されれば、その段階で体重(体力)と心の問題を切り離していきます。体力については、日常生活に支障をきたさない程度の体力を得ることに目標をおいて、食事指導をしていきます。この経過中に、患者の心の中では「治そうという健康な自分」と「このままでいいという不健康な自分」とが葛藤するようになります。ここで、治療者は、患者の健康な部分を支持し、不健康な部分には共感しながら、健康な部分が優位になるように支援していきます。

 良好な治療関係が生まれると、これまで患者の心の中にうっ積していた感情や欲求が吐露されるようになります。その言葉にひとつひとつ耳を傾け、患者の苦しみに対して、思いやりと共感を示します。しかし、心の問題の解決には時間がかかるため、まず先に体重を増やして体力をつけて、次に心の問題に取り組んでいこうと、繰り返して説明します。そして、体重が増加して食行動が正常化してきたら、この病気の発症の契機となった心の問題に入っていきます。日常生活での悩みや苦しみや葛藤、人間関係などからくるストレス、将来に対する不安などについて話してもらい、人に語ることによって、問題を明確化していきます。そして、その心の問題を回避しようとして向けられたのが、摂食行動異常という不適切な解決策であることを理解してもらいます。つまり、心の問題を体重の問題にすり替えないようにすることを納得してもらうのです。

 患者の多くは、小さい頃から親の願望や希望を受け止めて、それを叶えようという形で生きてきています。「良い子」「手のかからない子ども」として育ってきており、表向きはしっかりしているように見えても、自立性に欠け、いつも自己不全に苛まれ、少しのことで無能感に陥り、自尊心が傷つきやすくなっています。従って、思春期や青年期の発達過程で、自我同一性を確立して自立しようとしたとき、不安や恐怖に直面して挫折してしまうことになります。そこから立ち上がろうとしても容易に立ち上がれないため、治療者は、患者自身が仮の目標を設定して、試行錯誤を繰り返しながら、今まで見失ってきた自分を取り戻そうとしている行為に対し、励まし、助言し、共感し、患者の心の成長を見守っていくことが治療の肝要となります。

 

対人関係療法

 この治療法は、もともとうつ病の外来患者の短期精神療法として開発された療法で、最近ではうつ病以外の障害や、摂食障害患者においても有効性が実証され、認知行動療法と並んで用いられています。この精神療法は、自分と親、配偶者、恋人など大切な他者との対人関係に焦点をあて、このあり方を変えていこうとするものです。治療は3期に分けて行われ、第1期は1週1回を2週間継続し、摂食障害を発症してからの対人関係の分析にあてられます。第2期は、2週1回を4週間継続し、現在問題となっている対人関係の歪みに直面し、これを快適な対人関係に変えていきます。第3期は、2週に1回を12~16週間で良好な対人関係を持続させて、将来起こりうる対人関係上の問題への対処法となっています。

 この精神療法の特徴は、認知行動療法で扱う摂食行動異常や、体重や体型に関する歪んだ認知については一切ふれません。治療終了6年後まで追った研究報告によると、治療終了時点では、大食症状がなくなった患者さんはそれほど多くはありませんでしたが、そのあとの日常生活の中で効果が顕著に現れました。

 

家族精神療法

 摂食障害を、患者だけではなくて家族全体の問題として考え、各人がどのように影響を与えているかを明らかにしながら、患者をサポートしていく治療法です。そのために、家族の個人の面談を行ったり、家族全員の面談も行います。治療者は、中立の立場で、それぞれの言い分を聞き、問題点を整理しながら、これから先どうすればよいのか、というビジョンを示しながら、積極的に家族に介入します。家族精神療法にはいろいろなやり方がありますが、まず家族が摂食障害とはどんな病気なのかを理解し、それに対する具体的なサポートの仕方を学びます。また、家族のあり方を振り返る貴重な機会となり、患者に対する対処の仕方が変わってくることで、患者の状態は非常に安定します。また、親も一人で悩んでいるのではなくて、家族全体で治療に参加できるために安心感が得られます。

 この療法は、もともと心身症における家族の交流パターンが最初にあって、その交流パターンが神経性無食欲症の患者の家族にもみられることから、家族全体に対して治療的介入を行い、家族の交流システムを健全化することが神経性無食欲症の治療につながるものと考えて導入されたものです。では、機能不全的な家族の交流パターンとはどういうものか、少し説明を加えます。

絡み合い

 家族同士の交流が極端に緊密で、過剰なまでの一体感、何でも分かち合うという感覚は、家族間のプライバシーの欠如を意味します。家族員が互いに考えや感情に容易に立ち入ってしまうため、個人としての立場が弱くなり、自立性がなくなります。親子間の一体感は、親が子どもの領域に干渉し、子どもが親のことに口出しするといった状態になります。したがって親は、親と子どもの境界線を明確にして、お互いの自主性を尊重して行動するように促します。

過保護

 家族が、養育と保護に強い関心を示しているため、過保護の親は子どもの自立性や能力の芽を摘み取り、家庭外の興味や活動の発展を妨げる結果となります。失敗や挫折から、自らの力で立ち上がることが、自立性を育てるうえで重要であることを繰り返して説明します。親は、子どもが試行錯誤しながら成長していく姿を温かく見守っていく姿勢が必要です。

硬直性

 硬直性とは、現状維持に固執して変化に対応できない状況をいいます。子どもが思春期になって自己主張をしようとしたとき、今までのパターンに固執して、自立性を抑圧するものです。子どもは親から離れて生活したいと希望しても、親はそれを黙殺して、その話題に触れることさえ許さないのです。この場合、親は子どもの希望や意見を聞いてあげて、なぜそうしたいのか、なぜそれを許さないのか、について十分に話し合い、新しい生活や生き方に対して前向きに取り組むことが重要となります。

葛藤回避

 自立性がなくなると、やがて家族の葛藤もなくなり、意見の対立も避け、家族に問題が生じることを否定するようになります。調和と合意を大切にするあまり、お互いに違う意見を出し合って、十分に話し合うことが非常に少なくなり、問題は解決しないまま残ってしまうことになります。例えば、夫婦間が上手くいっていないのに、そのことを話し合わず、上手くいっているように親は振る舞うのです。そして、夫婦間の葛藤が病気の子どもをめぐる親同士の争いの問題にかたちを変えたりすることがあります。これは、夫婦間の問題と子どもの問題を混同しないように、お互いに話し合うことが大切です。

両親による子どもの巻き込み

 夫婦間の問題に、子どもが一方の親の味方をさせられたり、父親と母親の仲裁の役割をしたり、また家族の内部を安定させたりするために、この状態が長く続くと、子供の正常発達に支障を来します。このような構造をもっていると、夫婦はお互いの問題を隠してしまって、家族の問題は子どもにあるとすり替えている場合が多いのです。これは、親同士の問題と子どもの問題を切り離して、はっきりと区別して、問題のすり替えを起こさないようにすることが必要です。

 

集団精神療法

 摂食障害の患者や家族に対して集団精神療法が試みられ、その有効性が認められています。この治療法は、支持的精神療法、行動療法や認知行動療法を補助するものです。方法は、同じ悩みをもつ患者同士(10人以内)が集まって、一人ひとりが皆の前で自分の体験や話したいことを語り、その後自由に討論するといった形式で行われます。もちろん話したくなければパスしてもよく、スタッフはあまり介入しないようにします。ただし、ルールとして、他の患者が話している時はよく傾聴すること、他の患者さんの話を批判したりしない、他の患者さんの秘密を守ることを厳守します。

 この治療法は、その家族や患者が自分だけがこのような病気で苦しんでいると思っている孤独感、絶望感、無力感、自己嫌悪感を軽減することができます。他の患者の考え、思い、行動を見聞きすることで、自己洞察を深めると同時に、自分の行動を変える契機となるのです。この集団精神療法は、共感できる仲間の獲得であり、対人関係面の改善にも効果をもたらします。

 集団精神療法の目的をまとめると、次の4点になります。

1 同じ摂食障害の悩みを持つ患者同士で、精神的サポートやアドバイスを与え合い、相互に受容することで、抑うつ感、孤独感、無力感、絶望感、自己嫌悪感などを軽減する。
2 患者が、家族(主には母親)に向けている両価的感情(愛憎=同一人物に対して、全く正反対の気持ちを同時に抱くこと)を軽減して、両親からの精神的自立を図る。
3 摂食障害の発症要因となる性格傾向や、痩せ願望、成熟の拒否、身体像の歪み、認知の歪みなどの心理的メカニズムを患者自身が洞察する。
4 このような自己洞察のもとで、食行動、対人関係やライフスタイルの偏りを正していく。 

 

薬物療法

 薬物療法の主な目的には、次の3点があります。

1 神経性無食欲症に対して、摂食量を増加させ、体重を正常範囲に回復させること。
 神経性大食症に対しては、大食をなくすこと。

2 不眠、不安、抑うつ気分、胃重感、消化・吸収機能の低下などの随伴症状に対する対症療法。

3 治療関係を促進し、精神療法や行動療法への導入を容易にする。

 現在、神経性無食欲症に対して、摂食量を増加させ体重を正常範囲に回復させる薬はありません。しかし、うつ気分で食思不振に陥っている場合、抗うつ薬が使用されたりすることはあります。一方、神経性大食症においては、抗うつ薬が大食と嘔吐の頻度を、短期間ではありますが減少させます。最近では、セロトニンの選択的な再取り込み阻害作用を有するSSRI系のフルオキセチン(国内未発売)が、抑うつ症状の有無にかかわらず、大食と嘔吐の減少をもたらし、摂食行動異常を改善することがわかりました。日本では、SSRI系であるフルボキサミンが、うつ病と強迫性障害で認可されていますが、摂食障害の治療には認可されていません。

 抗うつ薬は大食や嘔吐を減少させ、大食・嘔吐・抑うつ状態という悪循環を一時的に中断させることによって、他の治療法を容易にしたり効果を高める補助をすることで、大食症からの回復に有効な手段となり得ます。したがって、抗うつ薬だけで治る場合はきわめて限定的です。そこで、薬物療法と精神療法の併用が推奨され、認知行動療法と薬物療法を併用した方が、それぞれ単独の治療法よりも有効であることが認められています。また、大食と排出行動や摂食障害に関連する行動異常に対しては、認知行動療法の方が薬物療法よりもより有効であることが分かっています。あくまでも薬物療法は、補助療法としての位置づけです。

 その他、各種薬物が用いられる場合は、精神および身体の随伴症状である不眠、不安、抑うつ気分、強迫症状、胃重感、消化・吸収機能の低下などに対症療法として投与されます。

 

治療に要する期間と回復率

 神経性無食欲症においては、軽度で一過性のものもあれば、重篤で長期的なものもあります。国内における調査によると、初診後4~10年経過した患者を調べたところ、全快が47%、部分回復が10%、慢性化が36%、死亡率が7%という報告があります。この神経性無食欲症の患者の転帰に影響する要因としては、初発年齢、罹患期間、入院治療期間、体重減少度、過活動・食事制限の有無、嘔吐、大食・下剤乱用・利尿剤乱用、病前の発育発達上の異常や症状、親子関係、病気の慢性化、演技性または強迫性パーソナリティ、社会的・経済的地位の高さなどがあり、これらの要因を検討した報告では、予後に良好に影響する因子としては「良い親子関係」や「演技性パーソナリティ」などが挙げられます。不良因子としては、「嘔吐」や「大食・下剤乱用などの不適切な代償行為」「病気の慢性化」などです。実際に、不良因子である不適切な代償行為のある神経性無食欲症の患者の退院5年以上の調査では、死亡率が15%を超えたという調査報告もあります。

 

神経性無食欲症の経過と予後

経過

 神経性無食欲症の経過には、いくつかのタイプに分けられます。

① 摂食制限型で発症し、大食を生じずに経過するタイプですが、このタイプは2つに分かれます。一つは急性経過をとり比較的短期間で回復して予後も良い場合と、もう一つは慢性経過をたどる場合の2つです。この慢性経過をたどる場合、発症から数年~10年以上経過しても大食を生じず経過する症例で、日常生活はかなり制限されますが、生活はどうにかしています。

② 摂食制限型で発症し、大食型に移行して経過するタイプで、神経性無食欲症の中で最も多いタイプです。大食型に移行して、嘔吐などの排出行動を示し、低体重で慢性に経過します。

③ 摂食制限型で発症し、大食型に移行して嘔吐などの排出行動を示しますが、体重は正常化して神経性大食症の排出型に移行して経過するタイプです。このタイプは長い経過をとることが多く、神経性大食症で神経性無食欲症の既往歴がありと診断されます。

④ 上記の神経性大食症の排出型からさらに神経性大食症の非排出型に移行して経過するタイプで、肥満に傾いていきます。

予後

 思春期の治療の転帰は良好で、およそ80%が回復しています。しかし、この病気が3年以上続いている人の経過はあまり良くなく、良好な回復を示す例は50%以下になり、また30%以上に何らかの形でむちゃ食いが生じ、社会的および身体的な障害が残ります。またある研究では、退院後6.2年経過した51例について検討した結果、回復が76%、部分回復が8%、不良が8%、死亡が8%という報告があります。

 

神経性大食症の経過と予後

経過

 神経性大食症の経過も、いくつかのタイプに分けられます。

① 大食で発症し、排出行動が生じないで経過するタイプで、これも一過性で良くなる場合と、慢性化して体重が正常から肥満に傾く場合の2つに分かれます。

② 大食で発症し、排出行動が生じて経過するタイプで、神経性大食症の中で最も多くみられるタイプです。この場合、たいていは慢性化していきます。

③ 大食で発症し、排出行動を生じ、その後低体重になって神経性無食欲症の大食・排出型に移行して経過するタイプです。このタイプの人は多くありません。

予後

 5~10年の追跡期間で、50%の患者が完全に回復し、30%の患者は再発しており、20%の人はなおも神経性大食症の診断基準をすべて満たしているという報告があります。さらに9~11年の追跡期間で、回復と部分回復が47~73%、不良が9~30%となっています。神経性大食症の死亡率の研究はきわめて少ないのですが、ある研究報告では、全体の死亡率は0.3%と報告しています。死因は、自殺や事故死、心不全を伴う身体疾患とされています。