ADHDの治療

 まず、周囲がADHDの人の困難に気づき、本人を不当にしかったり、傷つけたりしないように注意する必要があります。また、授業に集中できない子は席を一番前にして、先生がうまく注意を起こさせるようにしたり、忘れ物が多い子は、学校へ行く準備を親がサポートしたりする(一緒にチェック表を作り、確認する)などの工夫が必要となります。子供のADHDの場合は特に「ペアレント・トレーニング」の考え方が重要となります。大人の場合は、認知行動療法やコーチングなどを行う場合があります。

 薬物療法について検討します。ADHDの原因として、脳内の神経伝達物質の働きがうまくいっていないことが考えられています。日本で現在使用されているADHDの治療薬としては、ドーパミンという神経伝達物質の伝達を助けるもの(メチルフェニデート徐放剤)とノルアドレナリンという神経伝達物質の伝達を助けるもの(アトモキセチン)とがあります。それぞれ効果発現の時期や副作用の出方が違うため、うまく使い分けていく必要があります。

 ADHDの治療は、上記のような環境調整・支援・精神療法を行い、その後、薬物療法を行うことが推奨されています。本人や家族へ十分説明を行ったうえで、初回から薬物療法を開始する場合もあります。また、二次障害の治療が必要となる場合があります。

 ADHDでは2つの悪循環のパターンがあり、「不注意優勢タイプ」は不安やうつが多くみられ、「多動・衝動・優勢タイプ」は好ましくない行動や何かへの依存が多くなると考えられています。このような場合、悪循環の鎖をどこで断ち切るかを検討し、まずは二次障害をターゲットとして治療を行う場合があります。また、本人だけではなく家族のサポートも重要となります。子どものADHDの場合は、特に親が周囲との対応に追われて疲れ切っていることも多いため、心理的なサポートを行うことが必要です。

 ADHDの症状を抑えるには「メチルフェニデート」という成分が使われます。 ただし、効果は一時的なもので、薬を服用している問だけ症状を抑えるというものです。ADHDの治療には、リタリンと同成分で、メチルフェニデートの徐放剤である「コンサータ」という薬が、子どものADHDに対して使えるようになりました。多動性・衝動性・不注意といった症状を抑えるのに高い効果があります。ただし、効果は一時的なもので、服用している間だけ症状を抑えるというものです。その主な副作用は食欲不振や不眠、まれに腹痛や頭痛が起こる場合もありますが、 安全性の高いことがきちんと証明されており、処方量を超えた服用をしないかぎりは、薬物依存や重度の副作用はありません。しかし、薬をのんだからといってADHDの子どもの基本的な行動特性が変わるということはありません。 薬を服用している間は行動の抑制がきくようになり、周囲との気持ちの行き違いが格段に減ります。 また、集中力が増して授業にも身が入り、学習がスムーズに進むようになります。 さらに、まわりの状況を学ぶようにもなって、自分の行動がどんなものかがわかるようになってきます。  

 薬の効果については周囲の人々も実感しますが、もっとも実感するのは子ども自身です。 そして成長するにつれて、しだいに社会性が身につき、やがて薬をのまなくても過ごせるようになるケースもあります。

 

「行動療法」

 ごほうびや罰を与えることで、行動を変えていくのが「行動療法」です。 ADHDの治療には、行動療法が取り入れられています。

 ADHDの子どもの行動は、本人が意識して行っているものではありません。 そのため、説得などをして子どもの心に働きかけても、行動に大きな変化は見られないのです。「行動療法」は、梅干しを見ると唾液が出るといった、「条件反射」の研究から生まれた治療方法です。基本にあるのは「人間のとる行動は、刺激に対する条件反射が固定化したものである」という考え方です。つまり、ADHD特有の行動も、条件反射によって形成されたものと考えるのです。やってはいけない行動があらわれたときには、本人にとって嫌な条件を与え、反対に望ましい行動があらわれたときには、本人にとって好ましい条件を与えることで行動を変えていくのが「行動療法」です。 具体的にADHDでは「トークンエコノミー」という行動療法などが行われます。

行動療法の具体例  「トークンエコノミー」

 ADHDの治療に使われる「トークンエコノミー」は、家庭や学校で簡単に行える行動療法です。  行動療法にはいくつかの方法がありますが、ADHDで使われるのは「トークンエコノミー」という方法です。ADHDの場合、うまくできたときには言葉でほめるだけでなく、具体的な「ごほうび」を与えるとより効果的です。やってはいけない行動を前もって提示しておき、その行動があらわれたときには「マイナス10点」などと決めておきます。 また、その際、「掃除をする」「テレビの禁止」「遊びの禁止」などの罰を与えます。望ましい行動があらわれたときには「プラス50点」などとして、「100点たまったら好きなお菓子をあげる」「好きなところへ遊びに連れていく」「ゲームをする時間を延長する」などのごほうびを与えます。「ごほうび」と「罰」は、提示した行動があらわれたときに行います。課題は低めに設定し、子どもが達成感を得やすいようにしておくことも大切です。

 

「環境変容法」

 集中していられる時間が短いため、気が散りやすいのもADHDの特徴です。 子どもが集中しやすい環境を作ってあげるのが「環境変容法」です。

 ADHDの子どもは、何かをしているときに別の刺激が入ってくると、すぐそちらへ注意が向いてしまいます。 例えば、ADHDの子が漢字テストを受けているときの状況を考えてみましよう。最初はテストに集中しているものの、ふと視線を移した先に鉛筆が転がっているのを発見すると、その子の注意はその鉛筆に向かってしまいます。その時点で、もう漢字テストのことを忘れてしまい、その鉛筆をとりに行こうとして立ち歩いたり、自分の鉛筆を転がしてみたりといった行動が始まってしまいます。 「環境変容法」は、子どもの注意がほかに移らないよう、周囲の環境を整えることをいいます。例えば、教室や家の中をすっきりさせることで、子どもの視覚に入る情報を減らし、注意がほかにそれないようにすることができます。 また、授業の進め方や教材の工夫によっても、集中しやすい環境が作れます。

環境変容法の具体例  「集中できる環境作り」

 ADHDの子どもが集中するには、目や耳に入る刺激を減らすことが大切です。 家庭や教室はできるだけシンプルな環境にしましょう。

 教室の壁に、教材や絵、書写などを貼り出している光景は一般的ですが、ADHDの子にとっては望ましいものではありません。 子どもの作品を展示する先生の善意も、ADHDの子には黒板から目をそらす一因となってしまうので、教室の壁にはできるだけ展示物を貼らないようにするのが基本です。また、授業は短い単元に区切って行う、教科ごとにフォルダーにまとめるなどの工夫が必要です。 席順は廊下側や窓側から遠い、真ん中の一番前が最適です。 先生がADHDの子の目を見て話しかけることで、注意がそれにくくなります。家庭では、テレビは時間を区切って見るようにし、遊び終わったおもちや、読み終えた本や雑誌などはそのつど片付けます。 また、勉強机の上には遊び道具を置かないようにします。 収納箱や整理棚を活用して片付けをしやすくし、棚は雑然としないように、扉を閉じるか力-テンなどで覆っておきましょう。

 

薬物療法

 メチルフェニデート塩酸塩の徐放剤で中枢神経刺激剤である「コンサータ」やアトモキセチンでノルアドレナリン再取り込み阻害剤である「ストラテラ」などが使用されます。

 

 ADHDを持つ人は「自己不全感」や「疎外感」に悩まされていることが多いため、まわりの人はまずADHDについて理解し、本人が悩んでいる点について理解を示してあげる必要があります。自己不全感や疎外感を助長するような声かけは、事態をさらに悪化させる場合が多いと考えられています。子どものADHDでは、特に親の対応が変わることによって、子どもの行動も変化することが知られています。たとえば、これまで悪いことをしてもなかなかあやまることのなかった子どもに対して、「あやまる」という重要な社会的スキルのめばえを見落とさずに肯定的に注目し評価することで、子どもは「あやまることは大事なんだ」と思うかもしれません。一方で「もっと心を込めてあやまれ」という否定的な注目を行うと、子どもは「二度とあやまるもんか」と思うかもしれません。このように同じ状況でも親の声のかけ方によって、その後の子どもの行動が大きく変わってくる可能性があります。

 ペアレント・トレーニングとは、親がほめたり、注目したり、評価したりするポイントが変化することによって、子どものよりよい行動が強化され、相対的に問題となる行動が減っていくことを目標としたプログラムです。ADHDをはじめとした神経発達症の子どもたちには有効な場合が多いと言われています。ペアレント・トレーニングは、児童相談所や子どもの心の問題を扱う医療機関などで講習会やワークショップが実施されています。大人のADHDの場合にも、本人のよい行動の芽生えに注目し、強化するというペアレント・トレーニングの考え方は有効となります。その他にも、神経発達症については、各地域で様々な家族支援の活動が行われています。社会資源を有効に活用して親同士でのネットワーク・仲間関係をつくり、ADHDの人のサポートに対して、勉強会に参加したりだれかに相談したりすることができる体制づくりが望まれます。  

 ADHD傾向を持つ人の中には、その傾向のプラスの面が評価され、世の中で活躍している人もいます。現状としてうまくいっていない人でも、適切な支援や治療を受けることにより、ADHDの特性自体は変わりませんが、学校や職場、社会への適応の度合いは向上することが多いと考えられています。  

 ADHDという診断を受けた場合には、まずは主治医との治療関係が良い形で築かれることが大切です。大人のADHDの人は、もともとの特性から通院日や通院時間を忘れてしまったり、服薬が規則的にできなかったりするので、主治医や家族とも相談して、服薬や通院が安定してできるシステムを構築していく必要があります。通院日や通院時間に関しては、手帳やスマートフォンのスケジュール管理アプリを使用したり、家族にも予定を伝えて当日の朝に確認してもらったりする工夫やサポートが必要となります。服薬に関しても、百円均一ショップなどで手に入る1ヵ月や1週間単位で服薬状況を確認できる「服薬カレンダー(1日ごとにポケットがついていて、その日に服用する薬を入れておく)」や「週間ピルケース(1週間の薬を曜日ごとに入れて整理する)」などを活用して自分でチェックできるシステムを構築するとともに、家族にも日々チェックしてもらうようにするサポートも考えていく必要があります。また、ADHDへの理解とそれに伴う自己理解を進めていく必要があります。医療機関や専門機関などが主催する勉強会や講演会に参加したり、当事者向けの本を読んだりすることをおすすめします。また、自分をサポートするネットワークを作っていくことも必要です。ADHDの人にとって、安心感のある居場所・行き場所や達成感のある仕事・課題・趣味活動が設定できることは、社会で生きていく際に最も大事なことだと思います。

 医療機関や地域の生活支援、就労支援事業など、社会資源をうまく活用し、自助グループ、当事者の会などに参加して、できるだけ社会の中で孤立せずに生活していくことが大切です。

特別支援学級 に続く