糖尿病の治療

 糖尿病の治療は食事療法、運動療法、患者本人への教育、そして多くの場合、薬物療法が行われます。

 糖尿病の人は血糖値を厳しくコントロールしていれば、合併症が起こりにくくなります。糖尿病治療の目標は、血糖値をできる限り正常範囲に維持することです。高血圧と高コレステロールの治療は糖尿病の合併症の予防にもなります。低用量のアスピリンを毎日服用することも役に立ちます。

 1型糖尿病で健康的な体重を維持できる人は、大量のインスリンを必要とせずにすみます。

 2型糖尿病では、健康的な体重を維持することで、薬物療法の必要がなくなります。食事管理や運動による減量がうまくいかない人は、減量を補助する薬を使用するか、胃の縮小手術を受ける場合があります。

 一般的に、糖尿病の人は甘いものを食べすぎてはいけません。また、食事は間隔を空けすぎず、規則的にとるようにします。糖尿病の人は血液中のコレステロール値が高くなる傾向があるので、食事の飽和脂肪の量を制限することが大切です。血液中のコレステロール値を制御する薬も必要になることがあります。

 適度な運動も体重のコントロールに役立ち、血糖値を正常範囲に維持します。運動中は血糖値が低下するため、低血糖の症状に注意しなければなりません。長時間の運動中は、糖分を含む食べものを少量だけ食べたり、インスリンの投与量を減らしたり、あるいは両方で対処します。糖尿病の人は禁煙し、アルコールも適量に抑えるようにします。

 糖尿病性ケトアシドーシスは昏睡や死亡に至ることがある緊急事態です。通常、集中治療室への入院が必要です。大量の水分と、過剰な排尿によって失われたナトリウム、カリウム、塩素、リン酸などの電解質を点滴で補給します。一般的に、インスリンは速く作用し量を頻繁に調整できるよう静脈内投与します。血糖値、ケトン、電解質は数時間ごとに測定し、血液の酸性度も測定します。酸性度が高ければ、追加の処置で低下させる必要があります。血糖値を制御し、電解質を補充すれば、体内の酸-塩基平衡は正常に戻ります。

 非ケトン性高血糖性高浸透圧性昏睡では、糖尿病性ケトアシドーシスと同様の治療を行います。この場合も、水分と電解質を補給しなければなりません。脳に水分が急激に移行しないように、血糖値は徐々に正常値に戻さなければなりません。血糖値は糖尿病性ケトアシドーシスの場合より容易にコントロールされ、血液の酸性度も深刻にはなりません。

 

インスリン補充療法

 1型糖尿病の人はほぼ全員、インスリン療法が必要です。2型糖尿病でも同様に多くの人がインスリン療法を必要とします。インスリンは注射します。胃で破壊されるため、今のところ経口投与はできません。インスリンの鼻腔スプレーも開発されましたが、製造中止になりました。経口で投与するものや皮膚に塗るものなど、インスリンの新しい剤形が試用されています。

 インスリンは通常、腕、太もも、腹壁の皮下の脂肪層に注射します。使われる小型注射器は非常に針が細く、注射をしてもほとんど痛みを感じません。注射針に耐えられない人はインスリンを皮下に送りこむエアポンプを使用します。インスリンペンはインスリン入りのカートリッジを備えられるため携帯に便利で、特に1日数回、自宅以外でインスリン注射が必要な人には有用です。インスリンポンプを使う方法もあります。この装置は、皮膚に刺したままにした小さい針からインスリンを連続的に送りこみます。プログラムされた時間にインスリンを体内に補充できるほか、必要に応じて注入することも可能です。このポンプによる補充は、体内でインスリンがつくられる方法によく似ています。ポンプを使うと良好に血糖をコントロールできる人もいますが、ポンプの装着が煩わしいという人や、針を刺した部位がただれる人もいます。

 インスリンには3種類の基本型があり、作用が現れる速さと持続時間によって区別されます。

 レギュラーインスリンなどの速効型インスリンは、素早く短時間作用します。レギュラーインスリンは投与後2~4時間で最大の活性を示し、6~8時間持続します。リスプロ、アスパルト、グルリジンというインスリンはいずれも特別なタイプのレギュラーインスリンで、最も速効性が高く、約1時間で最大の活性を示し、3~5時間持続します。速効型インスリンは毎日数回の注射を行う患者にしばしば使用され、食前15~20分あるいは食後すぐに注射されます。

 中間型インスリン(インスリン亜鉛懸濁液、レンテあるいはイソフェンインスリン懸濁液など)は1~3時間で効きはじめ、6~10時間後に最大の活性を示し、18~26時間持続します。この種類のインスリンは朝に注射して1日の前半分を供給するか、夕方使用して夜間のインスリンを供給します。

 長時間作用型インスリン(継続型インスリン亜鉛懸濁液、ウルトラレンテ、グラルギンなど)は、最初の数時間はほとんど作用がありませんが、使用する種類によって20~36時間効果を持続します。

 インスリン製剤は、数ヵ月間は室温で安定しているので、持ち運びができ、職場や旅行にも携帯できます。ただし、インスリンは高温または低温下で保存してはいけません。

 インスリンの選択は複雑です。どのインスリンが最適かを決める際には、以下の要素を考慮します。
 血糖値のチェックとインスリン量の調節が容易にできるか。
 日々の活動パターンは多様か。
 この病気についてどれだけ学び、理解しているか。
 1日の中で、また日々の血糖値はどれだけ安定しているか。

 最も簡単な処方は、中間型インスリンを1日1回注射することです。しかしこの処方は血糖値を最小限コントロールするだけなので、これで最適なコントロールができることはまれです。朝、1回目の注射に速効型と中間型の二つのインスリンを組み合わせて使用すれば、より厳密なコントロールが可能です。この組合せ方には知識が必要ですが、血糖値をより細かく調節することができます。夕食時か就寝時に、2回目の注射として片方または両方のインスリンを投与します。最も厳密に血糖値をコントロールするには、速効型と中間型のインスリンを朝晩注射し、さらに日中に速効型インスリンを数回注射します。必要量の変化に応じてインスリンの量を調節します。1日のさまざまな時間に血糖値を測定しておくと、調節方法を決定する際の参考になります。この処方は糖尿病の知識と治療上の細かい注意が必要ですが、インスリン治療を受けているほとんどの人(特に1型糖尿病の人)にとって最良の方法と考えられます。

 人によって、特に高齢者では毎日同じ量のインスリンを注射しますが、その他の人では食事、運動、血糖値のパターンで毎日のインスリン量を調節します。インスリン必要量は体重の変化、感情的ストレス、あるいは病気(特に感染症)によっても変化します。

 長期間投与を続けると、インスリン抵抗性が現れる人がいます。注射されるインスリンは、体がつくるものと完全に同じではないため、このインスリンに対して抗体ができる場合があります。最近のインスリン製剤ではこうした抗体の発生は少なくなっていますが、これらの抗体はインスリンの作用を妨げるため、非常に多量のインスリンが必要になります。

 インスリン注射は皮膚や皮下組織に影響を与えます。アレルギー反応はまれですが、痛みやほてりが生じ、それに続いて発赤、かゆみ、注射部位の周囲が数時間腫れることがあります。より多くみられる影響として、注射によって脂肪が蓄積してこぶのようにふくらんだり、脂肪が破壊され皮膚にくぼみができたりします。多くの人は注射する部位を、ある日は太ももに、次の日は腹部、次は腕というように変えてこうした問題が起きないようにしています。

 

経口血糖降下薬

 2型糖尿病では、経口血糖降下薬で血糖値を十分に下げることができます。しかし、1型糖尿病では効果がありません。経口血糖降下薬にはいくつかタイプがあります。スルホニル尿素薬(グリブリドなど)とグリニド系インスリン分泌促進薬(レパグリニドなど)は、膵臓のインスリン産生を刺激します(インスリン分泌促進薬)。ビグアナイド薬(メトホルミンなど)やチアゾリジン誘導体(ロシグリタゾンなど)は、インスリンの放出には影響しませんが、体のインスリンへの反応を促進します(インスリン抵抗性改善薬)。医師はこれらの薬のいずれかを単独で、もしくはスルホニル尿素薬と組み合わせて処方します。別のタイプの薬として、アカルボースなどのグルコシダーゼ阻害薬があり、これは腸内でブドウ糖の吸収を遅らせる作用があります。

 経口血糖降下薬は、2型糖尿病の人が食事と運動で血糖値を十分に下げられない場合に処方されます。薬は毎朝1回だけ飲めばよいこともありますが、1日2~3回必要なこともあります。1種類の薬で不十分な場合は、2種類以上処方されます。経口血糖降下薬で血糖値が十分に下がらない場合、インスリンを単独あるいは経口血糖降下薬と組み合わせて注射する必要があります。

 

 糖尿病は、血液中のブドウ糖が過剰になっている状態で、インスリンはこの余分の糖を処理しようとして、一生懸命働いた結果疲れ果てている状態です。ここにさらにブドウ糖が入ってくると、仕事量が増え、さらに疲れが増してしまいます。仕事量を増やさないためには、必要最小限度の糖分の補給のみにとどめ、余っている糖を処理するようし向けなければなりません。これが基本の食事療法です。

 運動療法は、細胞でのエネルギーを枯渇状態にし、ブドウ糖の取り入れの欲求を増し、インスリンの関与なしに(少ない仕事量でも)、糖が利用される状況を作ってあげることを目的とします。

 薬物療法には、内服療法とインスリン治療があります。インスリンは、タンパク質のため経口では消化液・消化酵素で分解されてしまいますので、注射でしか投与できません。内服剤は、ブドウ糖の吸収を遅らせるもの、膵臓に働きインスリンの放出を刺激するもの、インスリンの利きを良くするものと種々ありますが、本来のインスリンの働きは持ち合わせておらず、間接的にインスリンの働きを助けるにすぎません。インスリン注射も含め、それぞれの使い方は、糖尿病の病型・病態により異なってきます。

 糖尿病治療の基本は、食事療法と運動療法ですが、血糖コントロール状態により、内服およびインスリン注射の薬物療法が加わります。

 糖尿病の治療は、合併症の発症予防と進展の抑制がその大きな目標です。言い換えれば、糖尿病合併症が発症すると、その時点で糖尿病のコントロールを良くしても、合併症自体は治りません。その時点からの合併症進展を防ぐ治療が主体となるのです。このために、血糖、体重、血圧、血中脂質などを可及的に正常値に維持することが大事になります。

 血糖値は自宅でもどこでも容易に測定できます。血糖測定装置を使って、まず小さなランセットで指先を軽く刺し、血液を1滴採取して測定します。ランセットは指先を突く小さな針のことで、バネ仕掛けになっていて、素早く皮膚を突くことができます。多くの人は針を刺してもほとんど痛みはありません。次に、1滴の血液を試験紙に載せます。糖に反応して試験紙に化学変化が起こります。その変化を測定器が読み取ってデジタルディスプレーに表示します。 

 ほとんどの測定器は反応時間と血糖値を自動的に読み取ります。測定器によっては、別の場所(手のひら、前腕、上腕、太もも、ふくらはぎ)から血液を採取することも可能です。これらの測定器は一組のトランプより小さなサイズです。

 新しい血糖値測定器には、血液を採取せずに皮膚を通して測定できるものがあります。腕時計のように身に着けて、15分ごとに血糖値を測定します。血糖値が低すぎるもしくは高すぎるとアラーム音が鳴るように設定できます。この測定器の短所は、定期的に血液検査を行って目盛りを調整しなければならないこと、皮膚を刺激すること、大きめであることです。ブドウ糖を継続的にモニタリングできる測定器もあります。しかしこうした装置は高価であり、血糖測定器より優れていることが証明されていないので、日常的には使用されません。重度の低血糖のような特定の状況では、この装置の信頼性は低くなります

 糖尿病の人は、血糖値を記録して医師や看護師に報告し、血糖値を調節するインスリンと経口血糖降下薬の量についてアドバイスを受けるようにします。多くの人はインスリン量の調節を体得し、必要なときに自分でできるようになります。

 尿中の糖も検査できますが、尿検査は治療の経過観察や治療法の調節にはあまり良い方法ではありません。それは、尿検査で示された尿中の糖の量が、その時点の血糖値を直接反映しているわけではないため、検査結果によって誤った方向へ導かれるおそれがあるからです。血糖値は尿中の糖濃度の変化にかかわらず、大幅に低くなったり、ほどほどに高くなったりします。

 医師は、ヘモグロビンA1Cという血液検査を用いて治療の経過を観察します。血糖値が高いと、血液中で酸素を運ぶタンパク質であるヘモグロビンが変化します。この変化は一定期間の血糖値と直接の相関関係にあります。つまり、ある瞬間の血糖値を示す血糖値測定と異なり、ヘモグロビンA1C値は血糖値が過去数ヵ月にわたりコントロールされていたかどうかを示します。 

 糖尿病の人は、ヘモグロビンA1C値を7%未満に抑えることを目標にします。この値を達成することは困難ですが、ヘモグロビンA1C値が下がれば合併症になる可能性も低くなります。9%以上の値はコントロールが悪いことを、12%以上は非常に悪いことを示します。糖尿病治療の専門医はヘモグロビンA1Cを3~6ヵ月ごとに測定することを勧めています。糖に結合したアミノ酸であるフルクトサミンの測定も、2~3週間にわたる血糖制御状態を知るための指標として有効です。

 高齢者の糖尿病管理も、若年者と同じ原則(教育、食事、運動、薬)に従う必要があります。ただし、進行癌などで余命の短い人が、低血糖になる危険を冒して厳密な血糖コントロールを行うメリットは少ないでしょう。高齢者の糖尿病管理は若年者の場合より困難です。視力が低下すると、血糖測定器やインスリン注射器の目盛りが見えにくくなります。関節炎やパーキンソン病を患っていたり、以前に脳卒中を起こしていたりして、注射器の操作が難しいこともあります。また、高齢者では低血糖の症状が現れにくくなります。コミュニケーション上の困難や認知症を抱えていると、低血糖になっても症状を伝えることができません。

教育:

 糖尿病について学ぶことに加え、糖尿病の管理と他の病気の管理を調整する方法を習得する必要があります。特に重要なのは、脱水、皮膚の損傷、循環障害などの合併症を避ける方法や、糖尿病を悪化させる高血圧や高コレステロール値などの要因を管理する方法です。これらは糖尿病かどうかにかかわらず、加齢に伴って誰にでも生じる問題です。

食事:

 多くの高齢者にとって、バランスのとれた健康な食事で血糖値と体重を制御することは困難です。長い間の好みと食習慣を変えることは簡単ではありません。食事から影響を受ける他の病気を患っていれば、病気ごとにさまざまな食事が推奨され、それらを調整できないこともあるでしょう。

 自宅や介護施設などで他の人が調理を行うため、高齢者が自身の食事を管理できないケースもあります。糖尿病の人が自分で調理しない場合は、代わりに買い物や支度をする人も、どんな食事が必要かを理解していなければなりません。高齢者と介護者が栄養士に相談し、健康で実現可能な食事プランを作成してもらうことも有益です。

運動:

 特に高齢者が活動的でない場合や関節炎などの動作が制限される病気を患っている場合は、日常で運動の機会を持つことが困難です。しかし、車の代わりに歩く、エレベーターの代わりに階段を使うなど、普段の生活の中でも運動はできます。また、各種の地域活動で高齢者向けの運動プログラムが実施されています。

薬物:

 糖尿病の治療に用いる薬の服用は、とりわけインスリンは、高齢者にとって困難な場合があります。視覚やその他の障害があり、注射器に薬を正確に充填することが難しいときは、介護者が前もって注射器を準備し、冷蔵庫で保管しておきます。インスリンの用量が安定している人は、あらかじめ薬物が充填された注射器を利用できます。身体動作が制限されている人は、充填済みのインスリンペンの方が容易に使えます。これらの器具には、数字が大きく、回しやすいダイアルが採用されているものがあります。

血糖値の測定:

 高齢者では視力低下、関節炎による手先の不自由、ふるえ、脳卒中などの身体障害により、血糖値の測定が困難になります。しかし、特別な測定器を利用することもできます。数字が大きく表示され、読み取りやすい装置や、指示と結果が音声で読み上げられる装置があるほか、血液サンプルを採取せずに皮膚の上から血糖値を測定できる装置もあります。適切な測定器について糖尿病専門医に相談するとよいでしょう。

加齢による影響

 高齢者の糖尿病管理も、若年者と同じ原則(教育、食事、運動、薬)に従う必要があります。ただし、進行癌などで余命の短い人が、低血糖になる危険を冒して厳密な血糖コントロールを行うメリットは少ないでしょう。高齢者の糖尿病管理は若年者の場合より困難です。視力が低下すると、血糖測定器やインスリン注射器の目盛りが見えにくくなります。関節炎やパーキンソン病を患っていたり、以前に脳卒中を起こしていたりして、注射器の操作が難しいこともあります。また、高齢者では低血糖の症状が現れにくくなります。コミュニケーション上の困難や認知症を抱えていると、低血糖になっても症状を伝えることができません。

糖尿病の合併症 に続く