恐怖性障害
恐怖症とは、特定の状況や環境、あるいは対象物に対する非現実的で激しい不安や恐怖感が持続する状態です。
恐怖症によって不安が引き起こされ、患者は特定の活動や状況を避けるため、日常生活に支障をきたすことがあります。
広場恐怖
広場恐怖とは、すぐに逃げられないような状況や場所に追い込まれることに不安を抱くもので、不安やパニックに襲われたとき、そうした状況をしばしば避けようとします。
任意の12ヵ月の間に女性の約4%、男性の約2%が広場恐怖と診断されます。ほとんどは20代初期に発症します。40歳を過ぎてからの発症はまれです。
広場恐怖は文字通り「人の多い場所に対する恐怖」を意味しますが、具体的には、不安が激しくなったときに容易に逃げ出すことができないような、人が多くにぎやかな場所に追い込まれることに恐怖感を抱く状態をいいます。
広場恐怖の人が恐れる典型的な状況には次のようなものがあります。
・銀行の窓口やスーパーマーケットのレジで人の列に並ぶ
・劇場や教室の真ん中の席に座る
・バスや飛行機に乗る
このような状況でパニック発作を経験した後に広場恐怖になる人もいます。同じような状況に居心地の悪さを感じるだけで一度もパニック発作を起こさない人もいれば、後になってからパニック発作を起こす人もいます。広場恐怖はしばしば日常生活に支障を来し、極端な場合は自宅に引きこもる人もいます。
治療
広場恐怖を治療せずにいると、重症度は一進一退します。
行動療法の一種である曝露療法は、不安を誘発する状況に患者を繰り返し直面させるもので、広場恐怖に対する最善の治療法です。曝露療法を忠実に行った人の90%以上で効果がみられます。
認知行動療法も役立ちます。この治療法では、どの時点で自分の思考がゆがんだのかを認識した上で、そのような思考をコントロールし、それに応じて行動を修正することを学びます。アルコールや高用量の抗不安薬など、中枢神経系(脳と脊髄)を抑制する物質は、行動療法の妨げになるため、治療を開始する前に徐々に減らしておきます。
広場恐怖の患者が重度の抑うつ状態やパニック発作を伴う場合は、ときに抗うつ薬が必要となります。
社交恐怖
社会での交際の場や人前や観衆の前で何らかの行為をするとき、強い不安や緊張、恐怖を感じたり、またその状況を避けたりすることによって、日常生活に支障をきたす病気のことです。社交不安障害の人は、人前で常に恥ずかしい思いをしたり、困惑したり、悪い評価をされるのではないかと心配をしたり、他人にじろじろ見られているのではないかという不安に陥っています。病気ではない人においても、人前で何か行為をしようとすると、神経質になったり、内気になったり臆病になったりすることがあります。
人間は社会的な生きものであり、社会生活における適応能力は、家族、学校、仕事、遊び、交際、結婚など、生活における多数の重要な面に影響を及ぼします。
社会的状況の中である程度の不安を抱くのは正常なことですが、社交恐怖の人はきわめて激しい不安を感じるため、社会と接することを避けたり、苦痛を感じながらこの不安に耐えたりしています。約13%の人が人生のいずれかの時点で社交恐怖になるといわれています。この障害は任意の12ヵ月の間に女性の約9%、男性の約7%に生じます。社交不安の中で最も重症度が高い回避性パーソナリティ障害になる割合は、男性の方が女性よりも高くなっています。生まれつき内気で、幼いころから憶病な性格だった人が、成長して社交恐怖になることもあります。思春期のころになって初めて社会的状況に不安を感じる人もいます。
社交恐怖の人は、自分の行為や言動がほかの人の目に不適切に映るのではないかと心配します。また、不安を抱いていることが他者にあからさまにわかってしまうのではと心配し、汗をかいたり、赤面したり、吐いたり、体や声がふるえたりするのではないかと思い悩みます。さらには、途中で何を話していたかわからなくなったり、自分をうまく表現する言葉が見つからないのではないかと不安を抱くこともあります。
社交恐怖の中には、特定の状況と結びついて、みんなの前で特定の行動を実施しなければならないときだけ不安を起こすものがあります。同じことを自分1人で行っても不安になることはありません。
社交恐怖の人が共通して不安を感じるきっかけには次のようなものがあります。
・人前で話をする
・楽器の演奏や教会での聖書の朗読など大勢の人の前で何かをする
・人と食事をする
・証人の面前で署名をする
・公衆トイレを使用する
より一般的なタイプの社交恐怖では、さまざまな社会的状況で不安が生じることが特徴です。
不安の根源には、自分の行動が期待に沿えないと恥をかく、みっともないと思いこんでいることがあります。
社交不安障害と診断される人は、この「不安」症状が普通の人と比べて顕著で持続的であるという点が特徴的です。それゆえに、強い苦痛を伴い、職業や学業、人間関係をはじめとする日常生活の機能全般に支障をきたすことになります。
治療
社交恐怖は治療せずにいると長びき、本来ならやりたい活動まで避けるようになります。
行動療法の一種で、不安を誘発する状況に患者を繰り返し直面させる曝露療法が有効です。しかし、患者がその状況に慣れて安心できるようになるまで長く続ける手配をするのは容易ではありません。たとえば、上司の前で発言するのが怖い人が、その上司の前で繰り返し話す練習をするのはまず無理なことです。こうした場合はトーストマスターズ(人前で話すのが苦手な人のための団体)に参加する、介護施設などを訪問して入所者に本を朗読するなど、代用となる状況で練習すると効果的です。
認知行動療法も役立ちます。
抗うつ薬や抗不安薬は、社交恐怖の人にしばしば効果があります。多くの人が社交を円滑にしようと飲酒をしますが、結果的にアルコールの乱用や依存を起こす人もいます。人前で何かを行うことへの苦痛から生じる心拍数の増加、ふるえ、発汗の軽減には、β遮断薬が一般に用いられますが、根底にある不安がこれらの薬で消えることはありません。
一般的な恐怖症
恐怖症 |
定義 |
高所恐怖症 |
高い所を恐れる |
塵埃恐怖症 |
塵や埃を恐れる |
雷恐怖症 |
雷や稲妻を恐れる |
飛行恐怖症 |
飛行を恐れる |
尖鋭恐怖症 |
針やピンなど尖った物を恐れる 注射恐怖症 など |
雷鳴恐怖症 |
雷鳴を恐れる |
閉所恐怖症 |
閉鎖された空間を恐れる |
女性器恐怖症 |
女性生殖器を恐れる |
渡橋恐怖症 |
橋を渡ることを恐れる |
恐水症 |
水を恐れる |
歯医者恐怖症 |
歯科医を恐れる |
おなら恐怖症 |
人前でおならが出てしまうのではないかと恐れる 自己臭恐怖(自らの身体から嫌な臭いが出ている)という類似のものがありますが、これは妄想に近づきます。 |
幽霊恐怖症 |
幽霊を恐れる |
恐怖症恐怖 |
恐怖症にかかっているのではないか、恐怖症を発症するのではないかと恐れる |
アスパラガス恐怖症 |
アスパラガスを恐れる |
13恐怖症 |
13という数字に関連したすべてのものを恐れる |
注射恐怖症 |
注射を恐れる |
動物恐怖症 |
動物(クモ、ヘビ、ネズミなど)を恐れる |
特定の恐怖症
特定の恐怖症とは、特定の対象物や状況に不合理な恐怖感を抱く状態をいいます。
特定の恐怖症にはさまざまなタイプがあり、1つのグループとしてみると不安障害の中で最も一般的なものですが、他の不安障害ほど治療に手を焼くことはありません。特定の恐怖症は任意の12ヵ月間で、女性の約13%、男性の約4%に生じます。
恐怖感を抱く対象によって、ほとんど不都合がないものもあれば、日常生活に重大な支障を来すものもあります。たとえば、都市部に住む人の場合、ヘビ恐怖症があったとしてもヘビを避けるのはたやすいことです。しかし、エレベーターのような狭い閉鎖空間が怖い場合には、頻繁にそのような状況に遭遇することになります。
大きな動物、暗闇、見知らぬ人に対する恐れなど、特定の恐怖症の中には幼いころに始まるものがあります。このような恐怖の多くは成長とともになくなります。ネズミなどのげっ歯動物や虫、嵐、水、高所、飛行機、閉所などの恐怖症は、成長してから発症するのが典型的です。
少なくとも、5%の人が血液、注射、けがに対してある程度の恐れを抱いています。こうした人は心拍数の減少や血圧の低下から実際に失神を起こすことがありますが、この症状は他の恐怖症や不安障害では起こりません。他の恐怖症や不安障害の患者では、多くの場合過換気が生じます。過換気によって失神しそうな感覚が生じますが、実際に気を失うことはほとんどありません。
治療
特定の恐怖症は、恐怖感の対象や状況を避けることによって対処できます。治療が必要な場合は曝露療法が適しています。治療が適切に行われているかどうかを精神療法家によって確認してもらうことができますが、精神療法家がいない場合でも曝露療法は実施できます。血液や針に対する恐怖症がある人にも、曝露療法で大きな効果がみられます。たとえば、採血時に失神してしまう人の場合は、針を血管に近づけ、心拍数が下がりはじめたら離します。これを繰り返し行うことにより、心拍数が正常になります。最終的には、採血しても失神しなくなります。
特定の恐怖症に薬物療法はあまり効果がありません。ただし、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬は、飛行機に乗るのが怖いといった恐怖症を短期間だけコントロールするには有用です。