西日本新聞社事件 福岡地裁判決(昭和47年1月31日)
(分類)
賃金
(概要)
時間外勤務および深夜勤務に対して、臨時手当を算定基礎から除外して計算した、割増賃金を支払われた従業員らが、臨時手当を基礎賃金に含めて算定した割増賃金との差額および附加金の支払を請求した事例。
右協定(労働協約)の効力につき判断するに、臨時手当を除外賃金として取扱う旨の合意は、先に判示したところよりすれば、法37条1項の基準に達しない合意であることが明白であって、少なくとも右の合意部分の効力は法13条により否定されるべきである。 この点について、被告は、法13条は労働契約に関する規定であり、その効力は労働協約の場合には及ばないと反論する。しかしながら、右規定の設けられた趣旨は、労働基準法に抵触するとりきめを含む労働契約が結ばれた場合にも同法に抵触する労働条件に関する部分だけを無効とし、無効となった部分は、同法のきめた最低の線まで引き上げて取扱おうとするところにあると解されるところ、労働契約といえども、当事者間の合意である点において労働契約となんら径庭はないから、労働協約中のある合意部分が労働条件に関するものであり、同法の定める基準に達しない限り、それが労働組合法16条により個々の労働者の労働契約の内容となるに至っているか否かの判断の過程を踏むまでもなく、法13条を適用して、右の合意部分を無効とすべきはもとより当然であり、被告の右主張は採用の限りでない。
被告会社の就業規則付属規定の一つである賃金規則(昭和37年7月1日および翌38年5月1日各改正、実施のもの)において、臨時手当が基準外賃金として割増賃金算出のための基礎賃金から除外されていることは当事者間に争いがない。 しかしながら、すでに判示したように、臨時手当は法37条1項の「通常の労働時間又は労働日の賃金」に属し、法37条2項、規則21条の除外賃金に該当しないから、これを賃金規則において除外賃金として取扱う旨定めることは、明らかに法37条1項に反する。したがって、賃金規則中の右規定は法令に反するもので、法92条1項により無効のものといわざるを得ない。(中略)法37条2項およびこれを受けた規則21条は、基礎賃金に算入することを要しない除外賃金として、(イ)家族手当、(ロ)通勤手当、(ハ)別居手当、(ニ)子女教育手当、(ホ)臨時に支払われた賃金および(ヘ)1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金の六つを挙げている。 ところで、法37条の割増賃金制の目的が、時間外および休日労働ならびに深夜業につき正規の賃金の2割5分増の割増賃金を保障することにより、時間外その他の労働をできるだけ抑制するとともに、かかる労働がなされた場合に、労働の生産性を回復させることにあるとはいえ、右のように、(ホ)、(ヘ)は別として(イ)ないし(ニ)の手当が除外賃金とされた趣旨は、それらが通常の労働の量や質とは関係なく支払われる個人的色彩の強い賃金である故、時間外その他の労働をしたからといって、それらを算入せずとも割増賃金制の目的に反しないとの理由によるものと思われる。 したがって、右割増賃金制の目的と除外賃金を設けた趣旨とに照らすときは、法37条二項および規則21条の除外賃金は制限的に列挙されているものと解すべきであり、これらの賃金に該当しない「通常の労働時間又は労働日の賃金」は、すべて割増賃金の基礎に算入しなければならないが、ある賃金が右の列挙された除外賃金に該当するか否かは、形式的に名称が一致するか否かのみではなく、該賃金が通常の労働の量や質とは関係なく支払われるものであるか否かの観点から実質的に判断されるべきである。(中略)
右臨時手当および一本化される以前の世帯手当、還付金は、その名称上も、前記列挙された除外賃金のいずれにも該当しないのみならず、もともと一本化される以前の通勤手当、世帯手当は以前のように、通勤距離、世帯構成等に関係なく全員一律に、あるいは職務等級に応じて定額が支払われていたうえ、一本化後の臨時手当も、すでに認定したとおり、従業員全員に対しその職務等級に応じて定額が支給され、しかも本給とともに、業務考課を経て昇給の対象となる賃金種目とすらされているのであって、それが家族構成、通勤距離、別居の有無等にかかわりなく支給されるものであることは右の説示によって明らかというべく、実質上も、通常の労働の量や質とは関係なく支払われる個人的色彩の強い賃金とはとうてい断ずることができない。
法114条の附加金は、割増金等の支払の不履行を防止するために、労働基準法によって使用者に課せられた給付義務違反に対する制裁であって、その支払義務は、労働者の請求により、裁判所が支払を命ずることによって初めて発生するものであり、その支払を命ずるか否かは裁判所の裁量に委ねられているものであるから、使用者に給付義務違反の事実が存する場合でも、使用者の違反に違法性または責任の阻却事由が存する場合は勿論、そうでなくても、特に右制裁を課するに値しない特段の事情の存する場合には、附加金の支払を命ずべきではない。 以上認定の事実によれば、A労働組合が臨時手当の割増賃金への完全はね返りを要求していたのに対し、被告が、昭和37年および翌38年の各賃金協定において、いずれも臨時手当の一部だけを基礎賃金に繰り入れ、その残額を除外賃金として存続させたのは、A労働組合の行なった右要求は、新聞企業の特殊性の故に生ずる被告会社従業員全体の賃金の不均衡を是正するために、A労働組合自身の要請によって新設され、運用されて来た臨時手当制度の本来の趣旨を自ら否定し、かえって、従業員全体の賃金の不均衡を助長し、さらには従業員の労働意欲の減退を生ぜしめる虞れがあり、しかも、当時、従業員の過半数を擁していたA労働組合以外の組合は統一して、被告に対し、地労委の勧告の趣旨に沿いながら、従業員全体の賃金の不均衡を調整するために、臨時手当の逐次解消を要求していたので、この組合の臨時手当の逐次解消の要求を容れることにより、臨時手当を基礎賃金に繰り入れた場合に、当然予想される種々の弊害を少しでも緩和しようと配慮したからであることが窺われ、他に、被告の右行為を、特に非難すべき事由は見当らない。すると、被告の本件給付義務違反には、あえて制裁を課するに値しない特段の事情があるものというべきであるから、被告に附加金の支払を命ずるのは相当ではない。
(関係法令)
労働基準法13条,37条,114条
(判例集・解説)
労経速報777号18頁
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