帝全交通事件 東京地裁判決(昭和43年2月28日)
(分類)
均等
(概要)
男女別コース制を採用している社団法人において、女子の職員が男子の職員と比較して不当な賃金差別を受けているとして、格差を是正すべき賃金額を請求した事例。 (確定)
前記のように、憲法14条は私人間の行為を直接に規律するものではなく、性別を理由とする差別が私人間において違法とされ、法律上無効とされるためには、その差別が民法90条にいう「公の秩序」に違反するものでなければならない。そして、賃金についてはもちろん、賃金以外の労働条件についても、合理的な理由がないのに性別による差別的取扱いをすることが公の秩序に違反することも前記のとおりである。ところで、本件においては、結果的に男女の間に賃金の格差が存在するのであるが、それは、被告が前記のような男女別コース制を採り、事務局職員の採用に際し、幹部職員となるべき職員については男子のみを募集し、女子を募集していないことに起因しているのである。すなわち、本件のような男女別コース制は、従業員の募集、採用について、女子に男子と均等の機会を与えないという点において、男女を差別し、法の下の平等に反しているということができるのであるが、このような募集、採用の機会について男女を差別することが民法90条にいう公の秩序に違反するか否かについて考えると、労働者の募集、採用は労基法3条に定める労働条件ではないこと、雇用における男女の平等は、国内的にも国際的にもそれを目指した関係者の多年にわたる幾多の努力の結果ようやくその実現が図られつつあるのが現状であるということができ、昭和61年4月1日に施行された雇用機会均等法もその一つの成果であるが、同法においても労働者の募集及び採用については女子に男子と均等の機会を与えることが使用者の努力義務であるとされているにとどまること、従来労働者の採用については使用者は広い選択の自由を有すると考えられてきたこと等に照らし、少なくとも原告らが被告に採用された昭和44年ないし49年当時においては、使用者が職員の募集、採用について女子に男子と均等の機会を与えなかったことをもって、公の秩序に違反したということはできないものと解するのが相当である。 (中略) 採用基準及び採用手続を異別にすることが専ら女子を男子と差別するためにのみ行われたという特段の事情がある場合、すなわち、担当させる職務上は同一の資格、能力を要求しているのにかかわらず、女子を差別するとの意図の下に男子と女子とで採用基準、採用手続を異にした上、採用基準が別であるとの理由をつけて労働条件その他の処遇を異にするというような特段の事情がある場合には、採用基準、採用手続を異にすることは女子を差別する口実として用いられているというにすぎないのであるから、使用者がその採用した職員について同一の労働条件による取扱いをすべきことが強制されることがあるということができるが、本件においては、さきに認定した被告の職員についての採用手続、方法、担当する業務内容等に照らし、このような特段の事情があるものと認めることはできない。
昭和50年度基本給の引上げ、同年度冬季一時金、昭和51年度基本給の引上げ、同年度の夏季一時金及び冬季一時金、昭和52年度の基本給の引上げ並びに同年度の夏季一時金及び冬季一時金について、いずれも被告と組合との協定が締結され、その内容が原告ら主張のとおりのものであること、右の期間の賃金の引上げ及び一時金の支給が右協定のとおり実施されたことは、当事者間に争いがない。これらの事実によれば、右の期間の被告の事務局職員の基本給の上昇率及び一時金(昭和52年度冬季一時金を除く。)の支給係数については、男子職員の方が女子職員より有利な取扱いを受けていたものということができる。 この点について、被告は、右各協定において男子、女子との表現が使用されているが、これは、男女を差別する趣旨ではなく、「基幹職員」を男子と表現し、「その余の職員」を女子と表現したもので、職員の職種の違いによって、基本給の引上げ率や一時金の支給係数に差異を設けたにすぎないと主張している。しかし、いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第1、第2号証の各1、2、第3号証、第4号証の1、2、第5ないし第8号証によれば、これらの協定(昭和52年度冬季一時金協定を除く。)においては、職員を主任とそれ以外の者とに分け、それ以外の者は更に勤続年数又は年齢によりいくつかの階層に分け、そのそれぞれについて、基本給の引上げ率又は一時金の支給係数を、明確に男子、女子という文言を使って男子、女子別々に定めていることが認められるのであって、これらの協定中に男子職員及び女子職員の行っている職務内容やその職種の差異を理由として基本給の引上げ率又は一時金の支給係数に差異が設けられたことをうかがわせる文言は全く存在しない。また、賃金の引上げや一時金(成績評価に関する部分は除く。)は、一般に物価の上昇に対する補償や一時金支給対象期間中の労働に対する賃金の後払いや報償としての性格を有するものであることからして、従事する職務の内容によって差異が設けられることは少なく、仮にそのようなことが考慮されているならば、そのことをうかがわせる事情が存在しなければならないが、そのような事情の存在を認めるに足りる証拠はない。そうすると、右の協定はその文言どおり男子を差別したものといわざるを得ない。そして、合理的な理由なく男女を差別する労働協約は、前記のとおり民法91条に違反して無効というべきである。 被告は、この点について、これらの上昇率や支給係数の差異は、鉄鋼業界の水準及びこれとの格差を考慮して決定されたもので何ら男女差別に当たらないと主張し、証人Aの証言により成立が認められる乙第18号証及び証人Bの証言中には、右主張にそう部分があるが、他方、右B証言によれば、鉄鋼業界では賃金の上昇率はいわゆる標準労働者方式により決定され、その具体的配分は別途の交渉で決定され、被告において行われたような男女別に異った割合で決定されているものでないことが認められるから、被告の主張は失当である。 また、被告は、右各協定は被告と組合との交渉により労働協約として定められたものであると主張するが、男女の平等を内容とする民法90条の公の秩序の規定は強行規定であって、組合の同意があるからといって、その適用が排除されるものでないことは、いうまでもない。 そうすると、前記協定中、基本給の上昇率及び一時金の支給係数について女子を男子より不利益に定めた部分は、民法90条に違反して無効であり、無効となった部分、労基法4条、13条の類推適用によって、男子について定められたものと同一のものとなると解するのが相当である。従って、原告らは、右期間中の基本給の引上げ及び一時金の支給につき、同一の条件(資格、経験年数又は年齢)にある男子職員に適用される協定内容により計算した額と現実に受領した額との差額(その額は、別表差額一覧表(2)の【1】、【2】、同表(3)ないし(7)記載のとおりであることは被告も明らかには争わないので、これを自白したものとみなす。ただし、別表差額一覧表(3)の50年度の差額1,000円は900円の明白な誤りである。)を請求する権利を有することとなる。
(関係法令)
労働基準法3条 4条 13条 日本国憲法14条 民法90条
(判例集・解説)
労働民例集37巻6号512頁 時報1215号3頁 タイムズ625号113頁
労働判例486号28頁 労経速報1273号3頁 労働法律旬報1183巻4号92~99頁
判例評論340〔判例時報1227〕55~58頁 判例教室 憲法<新版>66~73頁
労働法律旬報1166号4~8頁 日本労働法学会誌70号120~127頁
労働法律旬報1167号19~27頁 季刊労働法143号143~149頁
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