クリスタル観光バス(雇用延長)事件 大阪高裁判決(平19・1・19)
(分類)
再雇用 解雇
(概要)
雇用延長協定があるにもかかわらず延長を拒んだことが解雇権濫用に当たるか否か等が争われた事案 (使用者敗訴)
Y社バス運転手Xが、雇用延長を申請したにもかかわらずこれを拒まれたのは、労組との協定に反するとして、地位確認と雇用打切り後の賃金等を請求した事案の控訴審である。 第一審大阪地裁は、協定は希望者全員の定年を62歳まで当然に延長することが前提ではなく、Yが対象者ごと雇用の当否を判断することが合意されていたのであり、XはYが定める雇用延長例外事由に該当し、不承認に不合理な点はないとしてXの請求を棄却した。これに対して、地位確認請求を取り下げてXが控訴。大阪高裁は、協定の趣旨は60歳定年制を実質的に改めて原則62歳まで延長し、例外事由に該当しない限り希望者の雇用を延長することにあり、60歳に達する従業員には例外事由に該当しなければ雇用延長契約を締結する権利を有するものと認定した。そのうえで、Xが無事故表彰を受けるなど日頃真面目に稼動し、相当の勤務実績を挙げていたことに照らせば例外事由には該当せず、YがXの雇用延長を非としたことは協定の適用を誤ったもので解雇権濫用法理の類推により無効として、Xには満62歳まで従前と同内容の雇用契約を延長する契約が成立したものとした。
本件協定のそもそもの趣旨は、厚生年金の満額支給が61歳ないし65歳からに繰り下げられることをにらんで、その実施時期を上記厚生年金支給繰り下げと符牒を合わせ、従業員に対し、上記支給開始までの間雇用及びこれによる収入を相当程度保障するため、60歳の定年制度を実質的に改め、原則として62歳まで雇用延長することとし、ただ、該当従業員らの意志、体力その他の能力により、その職種において62歳まで稼働を継続できないと見られる者等については、例外的に雇用を延長しないこととし、上記例外的措置に該当する場合を限定的に列挙し、これに該当しない限りは、該当従業員らからの希望があれば雇用延長を行うというところにあると認めるのが相当である。そして、上記例外的措置に該当する場合について、本件協定によると、前提事実(3)ア(イ)〔1〕の2(1)、(2)はいずれも従業員らの意志、身体的事情等からその職種における稼働が遂行できない状態にある場合と解される。同(3)についても、その表現及び同(1)、(2)との均衡、上記協定の趣旨、特に雇用延長の可否判定の基準及び方法は、本件協定上、本人の意志以外には専ら健康診断等身体的検査によるものとされていること、その後の運用実態、被控訴人も事故歴自体を判断材料にはしない旨の認識を示していること等に照らすと、単に事故歴ないし処分歴の有無、その数や程度により、雇用延長の拒否をもたらすものではなく、これらを含めた勤務実績及び指導の結果に照らし、その身体的ないし技術的能力上、およそその職種の勤務を遂行するに耐え得ない状態にあり、今後もこれを遂行するに耐える能力を有しないと認められる場合をいうものと解するべきである。 もっとも、本件協定のうち、前提事実(3)ア(ア)1には「企業定年は満60才のままとし、就業規則は変更しない。」との定めがあるが、これは、形式的には、雇用延長を行うかどうかを双方の意思表示や例外的場合に該当するかどうかの検討を経て行うものとされていることを受けてのものにすぎず、上記解釈を左右するものではない。また、同(イ)〔2〕の3は、被控訴人において、雇用延長の可否を総合的に判断する旨定めるが、これは、上記協定の趣旨、内容に照らすと、被控訴人の裁量を広く認めるものではなく、上記例外的措置の内容を受けて、判定に当たっては、意志、体力その他の能力によるが、これらを総合的に判断することを注意的に定めたにすぎないと解するべきであり、本件協定が締結された当時の当事者であった南海観光バス株式会社時代には、専ら健康診断、適性診断の結果により雇用延長の可否が判定されていたところである。 そして、本件協定の上記趣旨及び内容によると、60歳の定年に達する従業員は、例外的事由に該当しない限り、雇用延長契約を締結する雇用契約上の権利を有するものと認められるから、定年までに該当従業員から雇用延長願いが被控訴人に対してなされ、被控訴人が、これを非承認にした場合については、解雇権濫用の法理が類推適用され、それが、例外的事由該当の判断を誤ってなされた場合には、非承認の意思表示は無効であり、該当従業員と被控訴人との間には、上記該当従業員の雇用延長に係る権利の行使としての新たな雇用契約の申込に基づき、雇用延長に係る雇用契約が成立したものと扱われるべきである。〔中略〕
前提事実(3)ア(イ)〔1〕の2(3)のとおり、「過去、服務及び事故(運転、営業、一般関係)関係で指導するも、その実のあがらなかった者」については雇用を延長しないこととされているところ、控訴人には、上記(1)の本件事実 アがあり、その事故内容及び事後対応について、単なる接触事故よりも重く見られるものであり、この他に上記(2)の本件事実 イや(6)アの複数回の接触等事故歴もあって、これらは、服務及び事故関係上、不適切な行為であり、指導対象となるべき事実である。 しかし、上記1に述べた本件協定の趣旨及び雇用延長の例外事由の解釈に照らして考えると、控訴人は、無事故表彰等を受けるなど、日頃真面目に運転手として稼働していたこと、上記各事実以後も、平成16年の事故の処分も口頭注意で済まされており、定年まで運転手としての稼働を続け、相当の勤務実績を挙げていたものと認められることに照らすと、控訴人について、上記事故等の事実にかかわらず、バス運転手としての勤務実績及び指導の結果に照らし、その身体的ないし技術的能力上、およそその職種の勤務を遂行するに耐え得ない状態にあるとか、今後これを遂行するに耐える能力を有しないと見られる場合には当たるとはいえず、前提事実(3)ア(イ)〔1〕の2(3)の事由に該当するものと認めることはできない。
次に、本件事実 ウについて、束髪のような容姿については、控訴人の観光バス運転手としての業務を遂行する上で不相当なものであり、その意志、能力等を疑わせるものとはいえない。また、本件事実 エについて、この休暇取得については控訴人の権利の行使にすぎず、被控訴人が時季変更権を行使していないこと等に照らしても、これを雇用延長の拒否事由とすることは労働基準法の趣旨に反し到底許容できない。したがって、これらの事実は、何ら上記雇用延長の例外的事由を構成するものとはいえない。 本件事実 オについて、上記(5)認定事実のほか、雇用延長申請が2か月前になされなかったことにより、雇用延長の可否についての判断に支障があったことの主張立証はないことに照らすと、この点をもって、雇用延長を拒絶するべき事由ということはできない。〔中略〕 そうすると、被控訴人が控訴人の雇用延長を非承認としたことは、本件協定の適用を誤ったものであり、解雇権濫用の法理の類推適用により、上記雇用延長の非承認は無効であると認めるのが相当である。そして、控訴人の雇用延長願いにより、控訴人と被控訴人との間には、控訴人の定年後62歳まで、従前と同様の内容の雇用契約を延長する契約が成立したものと扱うべきである。〔中略〕そうすると、控訴人が上記支給分について有する残給与額は、前記3か月の平均給与月額29万6852円から上記受領額を差し引いた13万6463円である。 控訴人は、平成16年11月から平成18年9月の各5日支給分給与については、各月について29万6852円ずつの債権を有することとなる。〔中略〕証拠及び弁論の全趣旨によると、控訴人は、平成18年10月5日支給分については、控訴人が62歳で退職する日までの同年8月21日から同月24日分について、前記争いのない月額平均支給額に対する日割計算により、下記のとおり、3万8303円の支給を受けるべきであったものと認められる。〔中略〕
以上のとおりであるから、控訴人は被控訴人に対し、上記各給与額及びこれに対する各支給日の翌日以降商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を請求することができるというべきである。
(関係法令)
民法1条2項 1条3項 415条 709条
(判例集・解説)
労働判例936号5頁
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