敷島紡績事件 大阪高裁判決(昭和37年1月31日)
(分類)
退職
(概要)
民青等に出入りし異性とも交際があるなど、このまま工場にいたのでは将来の結婚問題にもさしつかえるとの兄の説得により退職の意思表示をなすにいたった未成年者が、右意思表示が強迫によるものであるとして仮処分を申請した事例。
前記認定の事実関係のもとにおいては、控訴人の兄Aの被控訴人に対する退職の説得行為は、Aが前記誓約書を作成せしめた場合と退職願を提出せしめた場合とを前後相通じて考究すると、兄として気の毒な立場にあったとはいえ、通常の説得の程度を著しく逸脱したものであり、また被控訴人の容共民主々義の思想、信条及びこれに基く活動を嫌ってなされたものであるから、違法性を帯有するものであるというべく、なお、右説得行為は、被控訴人が退職を拒否するにおいては、前記のように兄A及び妹らに対し失職その他の悪影響を及ぼし、被控訴人自身につき解雇の結果及び再就職の困難を招来し、母を何時までも心痛せしめる結果になるべき趣旨の害悪を示したものであるということができ、なおまた、被控訴人は、Aの退職の説得を拒否するにおいては、右のような害悪の生ずべきことにつき畏怖を生じ、その結果やむを得ずAの要求を容れ、因って会社に対し退職の意思表示をしたものであるとみるべきである。従って、Aの説得行為は、民法第96条第1項の強迫に該当し、被控訴人の退職の意思表示は、強迫に因るものであるというべきである。
前示認定の被控訴人が退職するまでの事実関係を彼此参酌して考えると、Aの被控訴人に対する前記強迫の情況は、両名が右11月29日姫路市において別れたときにやんだものであるというべきである。従って、その翌日たる同月30日における被控訴人の前記履行の受領は、民法第125条第1号の少くとも「一部の履行」に該当し(同条第1号は、取消権者が債務者として自己の債務を履行する場合だけでなく、債権者として相手方の履行を受領する場合をも含むものと解するを相当とする。)、被控訴人は、取消し得べき行為たる前記雇傭契約の合意解約につき追認をなしたものとみなされ(被控訴人が同条但書による異議をとどめたことについては、被控訴人において主張、疎明をしない。)、被控訴人の意思如何を問わず、追認と同様の効果を生じ、右合意解約の効果は確定するに至ったものである。従って、右合意解約は、その後被控訴人において前記強迫を理由としてこれを取消すことができないものである。
(関係法令)
労働基準法2章 民法96条1項
(判例集・解説)
労働民例集13巻1号49頁 時報293号9頁 労働経済旬報511号23頁 季刊労働法45号124頁
判例評論56号22頁 法学研究〔慶応大学〕35巻10号60頁 労働法学研究会報493号1頁
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