年次有給休暇 使用者の時季変更権

 労働基準法第39条第5項により、「使用者は年次有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。」とされております。例外として、ただし書きにより「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。」と、使用者の時季変更権が認められています。

 年次有給休暇を与える時季は、原則として労働者の請求する時季としていますが、同時に経営者の経営権との調整を図っています。(時季指定権と時季変更権

 この時季変更権の行使事由である「事業の正常な運営を妨げる場合」については、当該労働者の所属する事業場を基準として、事業の規模、内容、当該労働者の担当する作業の内容、性質、作業の繁閑、代行者の配置の難易、労働慣行等諸般の事情を考慮して客観的に判断されるものでなければなりません。

 事業の正常な運営を妨げるとは、例えば、年末などの特に業務繁忙な時期には、このような点を考慮することができます。同一時期に多数の労働者が休暇請求をしたため全員に休暇を与えがたいという場合などがあります。

 日常的に業務が忙しいことや慢性的に人手が足りないことだけでは、この要件はみたされないと考えられます。なお、指定した年休日数が多い場合、労働者側は事前の調整を要求され、それをしない場合には、使用者の裁量の余地が大きくなると解されています(時事通信社事件 最三小判平4.6.23)。

 使用者は、できる限り労働者が指定した時季に休暇を取ることができるように、状況に応じた配慮をすることが要請されており、代替勤務者の確保、勤務割を変更するなどの努力を行わずに、時季変更権を行使することは許されないとされています横手統制電話中継所事件 最高裁 昭62.9.2

 使用者、労働者が指定した時季に年休がとれるように状況に応じた配慮をすることを求められます(弘前電報電話局事件 最二小判昭和62.7.10)。すなわち、使用者は年休実現のために、いわゆる「配慮義務」を負い、この配慮を尽くさずに行った時季変更権の行使は無効となります。

 使用者がなすべき配慮で、代替要員の確保が特に重要となります。電電公社横手統制電話中継所事件 最三小判昭62.9.22 は、代替要員の確保のために勤務割を変更する配慮が必要であったと判断しました。
 その際には、
 a.年休の指定をした労働者の職務にどの程度代替性があるか
 b.客観的に代替要員の確保が可能な状況にあるか
 c.代替要員を確保する時間的余裕があったか
などが考慮されます。

 その他、代替要員は他の部署からも確保する必要があるか(業務の関連性や代行の容易さなどが考慮)、管理職も代替要員として考慮すべきか(管理職の職務内容や職場の慣行などが考慮)などの問題も生じえます。

 「労働基準法に定める年次有給休暇の制度は、労働者において同法39条1項ないし3項に基づく具体的な時季指定をすることによって、当該労働者の当該日についての労働義務を法律上当然に免れさせるものであるが、他面、使用者に時季変更権が認められていることに照らすと、右時季指定は、使用者において事前に時季変更の要否を検討し当該労働者にその告知をするに足りる相当の時間を置いてなされなければならないと解される。したがって、年次有給休暇の事後請求という概念は本来成立たない性質のものである。もっとも、労働者が急病その他の緊急の事態のため予め時季指定をすることができずに欠務した場合、使用者において、当該労働者の求めに応じて、欠勤と扱わず、年次有給休暇と振り替える処理が実際上行われることがある。この場合の年次有給休暇の扱いを求める申し出が年次有給休暇の事後請求と呼ばれることがあるが、右申し出に応じた処理をするか否かは、使用者の裁量に委ねられているものというべきであり、この申し出によって当然に休暇取得の法的効力を生ずるものと解すべき法的根拠はない。したがって、年次有給休暇のいわゆる事後請求が認められなかったからといって、一般には、使用者の処理が違法なものとなることはなく、ただ、当該申し出の事情を勘案すれば年次有給休暇として処理することが当然に妥当であると認められるのに、使用者がもっぱら他の事情に基づいてその処理を拒否するなど裁量権を濫用したと認められる特段の事情が認められる場合に限り違法となるものというべきである。」

昭和48・3・6 基発第110号

 「年次有給休暇の権利は、法定要件を充たした場合法律上当然に労働者に生ずる権利であって、労働者の請求をまってはじめて生ずるものではない。 同上第4項の「請求」とは休暇の時季を指定するという趣旨であって、労働者が時季の指定をしたときは、客観的に同項ただし書所定の事由が存在し、かつ、これを理由として使用者が時季変更権の行使をしない限り、その指定によって年次有給休暇が成立し、当該労働日における就労義務が消滅するものと解するのが相当である。  このように解するならば、年次有給休暇の成立要件として、労働者による「休暇の請求」や、これに対する使用者の「承認」というような観念を容れる余地はない。」。

 有給を一度に取得する日数に制限を設けることは、原則として出来ません。かといって、急に1週間や2週間も休まれては、仕事にならない場合もあるでしょう。ですから、それらを防止できるような規定を盛り込む必要があります。

 年次有給休暇の時季変更権について、就業規則には必ず記載しましょう

就業規則規定例
第○条 (年次有給休暇)
   ・・・
 年次有給休暇は、本人の請求があった時季に与えるものとする。ただし、従業員が請求した時季に年次有給休暇を取得させることが、事業の正常な運営を妨げる場合は、他の時季に取得させることがある。

(判例)

此花電報電話局事件 最高裁第1小(昭和57・3・18)
時事通信社事件 最高裁第3小(平成4・6・23)
電電公社関東電気通信局事件 最高裁第3小(平成1・7・4)

 

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