ハクスイテック事件 大阪地裁判決(平成12年2月28日)

(分類)

 不利益変更

(概要)

 会社の研究所に勤務する労働者Xが、(1)年功序列制から職能制度を中心とした給与規定の変更(年功部分80パーセントとする旧規定から職能部分80パーセントとする新規定へ変更)及び(2)退職金規定の変更(算定ベースを勤続年数とする制度から職能制度をベースとしたポイント加算制度への変更)が、合理性のない不利益変更で無効であるとして、変更前の給与規定及び退職金規定が現に効力を有することの確認を請求したケースで、(1)については、Xにとって評価が平均以下であれば、新規定の適用により賃金は減額するとして新規定による不利益を認定したうえで、その程度については、評価が低い者は不利益となるが、賃金減額分の補償措置等の実施や8割程度の従業員の賃金が増額していること等から不利益の程度はさほど大きくないとし、赤字経営のため収支改善すべきという高度の必要性も認められ、労働組合との交渉も合意に至らなかったものの数十回もなされていることから、右変更を高度の必要性に基づく合理的なものであったとして請求が棄却、(2)についても、退職金債権は、退職後初めて具体的に発生するものであり、退職前には具体的な債権として存在するものではないとして請求が棄却された事例。

 就業規則を変更し、労働者の既得権を奪い、また労働者に不利益な労働条件を課すことは、原則として許されない。しかしながら、右変更が、その必要性及び内容からみて、労働者が受ける不利益の程度を考慮してもなお合理性を有すると判断される場合には、労働条件の集合的処理の観点に照らし、使用者は個々の労働者の合意を経なくとも有効にかかる変更をなしうるとするのが相当である。ただし、その変更が、賃金や退職金といった労働者にとって重要な権利についてなされる場合には、かかる不利益を労働者に受忍させることを法的に許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理性がなければならない。〔中略〕

 別表5と別表2によって検討するに、原告に対する新給与規定における評価がCであった場合には、新賃金規定によると平成10年から平成18年までは賃金が減額することになり、その期間の賃金の合計は、被告による差額補償金の支給額を実質的に賃金として考慮しても、後述のように、少額に止まるとはいえ、新給与規定に基づく額が旧給与規定に基づく金額より減額することになる。そして、新給与規定における評価は、従来の原告の勤務成績からすれば当面は平均以下となる可能性は少ないとしても、平均より低い評価となる可能性がないではなく、その場合には、新給与規定を適用することによる賃金の減額幅はより大きくなるといえる。そうであれば、新給与規定は、原告にとって、給与規定を不利益に変更したものということができる。〔中略〕

 被告は、新給与規定の導入にあたり、労働組合(構成員は原告を含め2名)とは合意には至らなかったものの、実施までに制度の説明も含めて5回、その後の交渉を含めれば十数回に及ぶ団体交渉を行っており、また、右組合に属しない従業員は、いずれも新賃金規定を受け入れるに至っている。原告は、労働条件の変更については労働組合との合意を得て実施するという慣行があった旨主張するが、そのような慣行までは認めることができない。また、原告は、就業規則変更の手続において労働者の意見聴取方法に瑕疵があると主張するが、労働基準法90条1項は、使用者に意見聴取義務を定めたに過ぎず、労働組合との団体交渉が重ねられ、また、他の従業員がこれを受け入れているという事実関係の下では、右形式違反をもって、就業規則変更を無効とすることはできない。

 以上によれば、被告における新給与規定への変更は、高度な必要性に基づいた合理性があるということができる。

 原告は旧退職金規定が効力を有することの確認を求めるものであるが、その確認を求める趣旨は、退職金規定の変更によって生じた将来の退職金債権の有無や額に対する不安を除去するところにあるといえるところ、退職金債権は、原告が退職して初めて具体的に発生するものであり、退職前には未だ具体的な債権として存在するものではない。そして、退職金規定は、当事者が合意する場合には容易に変更され得るし、合意のない場合においても変更される余地がある。そうであれば、退職前に退職金規定の効力の確認をしても、無益といわざるを得ず、また、退職金債権については、これが具体的に発生した段階で給付請求をしても遅すぎることはない。そうであれば、右確認を求める訴えは、即時確定の利益を欠くものというべきである。  

 してみれば、原告の右訴えについては、不適法というべきである。

(関係法令)

 労働基準法11条 89条1項2号 89条1項3号の2 93条

(判例集・解説)

 労働判例781号43頁  労働法律旬報1481号36~40頁

 

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