八王子信用金庫事件 東京地裁八王子支部判決(平成12年6月28日)

(分類)

 不利益変更

(概要)

 Y信用金庫は、
〔1〕昭和57年11月、従来の55歳定年制を改め定年を60歳まで延長したが、これに伴い55歳時年度以降の職員の処遇をそれ未満の職員の処遇と切り離し、2本立てとし、給与については54歳時年度の本給を基準として一律70パーセントに抑え、賞与の支給率も職員平均の70パーセントに抑える改正を行い(旧々制度)、
〔2〕平成4年3月末、定年を60歳から62歳に延長し、55歳時年度以降の職員の給与等についても、54歳時年度の本給を基準として一律70パーセントとする制度を廃止し、55歳時年度以降62歳の定年まで、毎年54歳時年度の本給を基準に、その6パーセントずつを逓減する制度を採用し(旧制度)、更に、
〔3〕平成8年7月、退職時の年齢によって給与等が異なるコース別の新制度を採用したが、Yの職員であるXら(一部は既に退職、また死亡者の訴訟承継人を含む)が、YはXらの同意なく就業規則及び賃金規程をXらに不利益な内容に変更したが、この変更はXらの同意がなく、また必要性も合理性もないものでXらに対して効力を有しないとして、変更以前の労働契約上の地位にあることの確認と、変更前の給与規程等により支払われるべきであった給与等の額と変更後の給与規程等によって支払われた額との差額の支払を求めたケースで、請求が棄却された事例。

 新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。

 右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。

これを本件についてみるに、旧制度と新制度を比較すると、55歳時年度以降の職員の給与等は、1年平均の本給額では最大で約21.3パーセントの減少となり(旧制度の計数76、新制度の計数59.8のとき)、55歳時年度以降退職までに支給される本給の総額では最大で約23パーセントの減少となる(旧制度の計数532、新制度の計数410のとき)から、本件就業規則等変更は、賃金という労働者にとって重要な労働条件を労働者に不利益に変更するものであり、したがって、本件就業規則等変更は、これを労働者に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合に限り、それに同意していない労働者に対しても、その効力を生じるものというべきである。〔中略〕  新制度に基づく原告らの55歳時年度から退職までの平均年収は、旧制度に比して減額されているとはいえ、いずれも600万円を超えるものであって、この賃金水準は、他の金融機関における賃金水準と比較しても特に遜色のないものである。また、賃金の本質が労務提供の対価であることにかんがみると、原告らの右賃金水準は、原告ら55歳時年度以降の職員が従事している職務の内容に照らして不相当に低いものとまではいえない。  また、新制度に基づく55歳時年度以降の職員の給与水準は、旧制度と比較すると確かにかなり逓減されているが、旧々制度と比較すれば、なお高い水準にあるということができるのであるから、新制度が55歳時年度以降の職員に対してあまりにも過酷な内容になっているとまではいい難い。〔中略〕

 このように、新制度の内容は、他の信用金庫や企業において採用されている高齢者処遇制度と比較すると、給与面だけでみても、特に高齢者に不利益に設定されているとまではいい難く、雇用確保という観点からはむしろ有利に設定されているとすらいうことができるのであって、高齢化を背景にした高齢者の雇用確保の要請とそれによる人件費増大を抑制する必要性との調和という見地から採用された高齢者処遇制度としては、やむを得ないものとみざるを得ない。〔中略〕

 さらに、本件就業規則等変更については、被告の全職員の約84パーセントが加入する労働組合であるA労が同意をしているところ、その同意は投票総数の約9割(全組合員の約8割に当たる人数である。)の賛成によってなされたものである。しかも、その時点において、A労には、55歳以上の組合員が1名、50歳以上55歳未満の組合員は8名、40歳以上50歳未満の組合員も14名所属していたものである。そうすると、本件就業規則等変更によって導入された新制度の内容は、労使間で十分に利益調整がされた結果として合理的なものと評価することができる。〔中略〕

 以上によれば、新制度導入のための本件就業規則等変更は、原告らを含む55歳時年度以降の労働者に対して少なからざる不利益を与えるものであるが、そのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度な必要性に基づいた合理的な内容のものであると認められるから、それに同意していない原告らに対しても、その効力を生じると解するのが相当である。

(関係法令)

 労働基準法3章 89条2号 93条

(判例集・解説)

 労働判例821号35頁

 

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